16 あんなモノに囚われてしまったらどうなるのだろうな。
魔獣を召喚する悪の魔術師の居場所を見つけるべく、調査のために初心者向けダンジョンだという遺跡に入った俺たちは順調に進んでいた。
今の所モンスターも動きのぎこちないスケルトンにしか遭遇していない。
最初こそ初めて目にする動く人骨に驚いたが、慣れてしまえばさすがは初心者向けザコモンスターという所であろう。
リリカもナツミも苦戦する事なく、現れるそれらを淡々と処理して行った。
同行している姫騎士エヴァンジェリンも剣の腕が立つらしくほとんど剣の一振りでスケルトンを倒していた。
俺もスケルトンが落とした錆付いた剣を拾って戦ってみた所、魔法のかかっていない剣であれば鉄の棒で殴る程度の威力は発揮できる事が解った。
だがそうは言ってもやはりこの世界ではレベル1で細身の美少女である。
念のためリリカが片腕と片脚を粉砕して動けなくなったスケルトンにトドメを刺すべく錆付いた剣で殴りつけたが、完全に動かなくなるまで細かく砕くには時間がかかり過ぎるし息も切れる。
そしてやはり俺がモンスターを倒しても他の三人が倒した時のように光の粒子になって消えたりはせず、アイテムも素材もドロップしない。その上リリカに確認してもらったステータスも文字化けしている経験値が変動した形跡は無く、レベルが上がる兆しも無い。
時間がかかり疲れる上に得る物も無い。
戦うだけ損と言うものだ。
それに試してはいないがスケルトンのような骨だけのモンスターに銃器は効果が薄そうだ。
ショットガンでも持って来ればよかった。
結局、俺はナツミに渡された魔法のランタンという熱を出さず長時間長持ちで二酸化炭素を排出しない、エコな便利照明器具を持って三人が戦うのを後ろで眺めるだけの照明係兼ビスケット運搬係であった。
そんな具合に地下三階層まであるという、この遺跡の二階層までをあちこち調べながらも順調に踏破し、いよいよ最下層である第三階層に足を進める事になった。
「エリカ、まだ聴こえてるか?」
『今の所問題ありませんマスター、念のためドラグーンから地下空洞の開口部付近に自律中継器を射出しました。地下空間を形成する人工物の構成と周囲の地層を考慮してもあと50メートル程であれば深度を下げても問題なく通信できると判断します』
「わかった。何かあったらよろしく頼む」
『了解』
最下層へ降りる際にエリカに通信状況を確認したが問題なさそうだ。
いくら初心者向けと言ってもこの世界に来てから既に何度その言葉に裏切られたか。
用心に越したことは無いだろう。
最下層に降りて少し歩いた所でリリカが自ら確認するように言った。
「ゲームだった時と同じスケルトンしか会ってないし荒らされた跡も無いみたいニャ。どうやらこのダンジョンに強いモンスターは入り込んで無いみたいニャね」
「モンスターと言ってもわざわざ暗くて狭い地下の空間に入るよりは森にでも居た方が居心地が良さそうですからねえ。体の大きいオーガなんかこんな所に居たら息が詰まりますよ」
「ふむ、魔物共も自分の住処を選り好みするという事だろうか。考えてみれば今までが不自然な場所に居たような気もする。何故アンダレス山のようなろくに木も生えていない高い岩山に大量の魔物が住んでいたのだろうな」
「まあ、今までがそう言うものだったとしか言えないニャね。深く考えても仕方無いニャ」
「それにしてもジメジメして気持ち悪いですねえ。こんな所までリアルにならなくてもいいのに」
ナツミの言う通り、確かに最下層ともなると空気はひんやりとしているが湿気が多く少々不快だ。
「なんかヘンな生き物でも居そうな雰囲気だな。このダンジョンに出現するモンスターはスケルトンだけなのか?」
「んニャ、最下層はちゃんと別のモンスターも居るニャよ。まあそれもRPGでは良くあるザコニャけど…ほら、出てきたニャ」
リリカが指し示す暗がりの奥から不定形の物体が這い出てランタンの光に照らされた。
ぐねぐねと蠢く半透明で緑の粘性の高そうな半液状の塊。膝丈ほどの大きさだが横に広がっているため質量はそれなりにありそうだ。
単細胞生物という設定なのか、中心付近に核のような赤く仄かに光る球状の器官がある。
「……スライムか」
「スライムニャ。こうして見ると結構キモいニャね…リリカは素手だから触りたくないニャ」
「そうですか?ちょっとメロンのゼリーみたいな感じであたしは嫌いじゃないです」
「うむ、スライムは複数体で襲った人間を飲み込んで穴という穴から人体に入り込むと言う。動きの遅い魔物とは言えあんなモノに囚われてしまったらどうなるのだろうな」
スライムに対する評価は人によってだいぶ別れるようだ。
それと姫騎士殿下はスライムの脅威を語っていながら、何故ちょっと嬉しそうなんだ。
「とにかくスライムには火属性魔法が効果的ニャ。ナツミチャン、やっちゃうニャ!」
「はいはーい! こういう敵ならあたしの出番ですよねー! 炎よ!我が敵を焼き尽くせ! ファイヤーアロー!」
ナツミのノリノリの台詞と共に放たれた炎の矢はスライムに突き刺さると、その不定形の体全体を炎上させた。
すぐに乾いた様に固まって崩れ落ち、破片が光の粒子となって数枚のコインを残して消えたが、暗がりから別のスライムが這い出てきた。
「また来ましたねー! 飛んでけファイヤー!」
そのスライムも炎に包まれ光になって消えたが、さらに別のスライムが現れる。
「何匹来ても同じですよー! 燃えろ熱血闘魂ビーム!」
だがナツミの魔法で焼かれる度に次々とスライムが現れ、遂には複数のスライムが奥から溢れ出した。
「ちょ、ちょっと、スライム多くないですか!?」
「なんかマズいニャ! 一旦上の階に逃げるニャ!」
リリカの判断に従い元来た道を戻ろうと振り返ったが既に背後でも通路の石壁の隙間から大量のスライムが湧き出して退路を塞いでいた。
「こっちニャ!」
仕方なく前方のスライムの脇を掠めて突っ切り、通路より少し広い広間のような空間に出るとそこにあった扉の一つを開いて中の部屋へ飛び込んだ。
「な、なんであんなにスライムが居るんですかあ!?」
部屋に入って安全を確認しドアを閉めるとナツミはへたり込んでしまった。
「スライムは僅かな水と空気があれば幾らでも増えるって設定だった気がするニャ…きっとそのせいで無茶苦茶な数に増えちゃったのニャ……」
「あの数に飲み込まれては無事では居られんだろう、あれでは流石にちょっと試してみようなんて気にはなれんな……」
スライムの設定としてはありがちな気がするが、本当に幾らでも増えるのはあまりに迷惑だ。
そして姫騎士様は一体何をちょっと試してみる気だったんだ。
「とにかくここに隠れていてもどうにもならないだろう。一体一体が脅威で無いなら全員で戦って少しでも数を減らして退路を確保しよう」
背負っていた変形アサルトライフルを展開させる俺にリリカが小声で囁く。
「……それなんニャけど…実はリリカまだ魔法が使えないニャ……あの数に飛び込んで殴るのはヤバいのニャ…助けて欲しいニャ……」
このアホ猫耳、あれだけ大魔法使いだと大ボラを吹いておいてまだ自分で魔法を使えるようになっていなかったのか。
ナツミは軽々と魔法を使えるようになっているのに。
だがナツミは精神の集中とかイメージとか言っていたので、どう見ても集中力が散漫で想像力の乏しそうなリリカは中のオッサンにそういう適性が無いのかも知れない。
「まあ、うん、とにかく取りこぼしたのをちょっとでもいいからがんばれ」
「わかったニャ…せめて灯りはリリカが持つニャ……」
ランタンをリリカに渡してアサルトライフルを構えた俺は扉の前で飛び出す準備をする。
「それはリリカ殿の作ったという魔法の武器か」
「はい、リリカ様は私がこの武器を使うために集中なさるので後方から付いてきます。精神を乱されないように守ってあげてください」
「わかった、安心しろ。君の主人は私が必ず守る」
エヴァンジェリンに適当な言い訳をして彼女の返事に頷き、俺は扉を開けて広間に飛び出した。
広間には既に大量のスライムが溢れ返っている。
これだけ居るなら狙わなくてもどれかに当たる。俺はアサルトライフルの引き金を引いてフルオートで乱射した。
『マスター、発砲を感知しました。何者かと交戦中なのですか? 周囲には識別困難な液体のようなものが溢れていますがそれらしき生命体の反応は感知できません』
エリカにもスライムは感知できないのか、何かの液体と誤認しているようだ。
銃を構える俺の視界にもうぞうぞと蠢く大量のスライムが居るにも関わらず、照準のクロスヘアは表示されているのに動体を感知する四角いカーソルは表示されていない。
「ちょっと状況が説明し難い! 何とか脱出を試みるがダメだったらトライアドをここの上空まで移動させてペネトレイターで穴を開ける! 準備してくれ!」
まさかスライムがこんな脅威になるとは思わなかった。
俺はアサルトライフルを撃ち続けたが、スライムに命中した弾丸は半液状の体を貫通してたまたま核に当たった物以外はまるで効果が無いようだ。
俺はハンドガンに持ち替え、戦法をスライムの核を狙撃する方向に変えたが数が多すぎてすぐに弾が切れてしまいそうだ。
エヴァンジェリンもリリカに近寄ったスライムを核ごと真っ二つにしているが既に息を切らせ始めている。
そんな中でナツミが炎の範囲攻撃魔法でスライムを纏めて燃やしており、この中では一番効果がありそうだ。
石壁に囲まれた地下空間でグレネードを使うのは不安だがナツミの魔法に合わせて吹き飛ばせば退路が開けるか?
そう考えた直後、スライムたちが寄り添うように一箇所に集まりだした。
集まったスライムがくっつき、重なり、一つの大きな塊になって行く。
遂には独立していたそれぞれの核が一つにまとまり大きな核となって赤く光った。
「が、合体したニャ……」
「これは、アレですねえ、あの、王冠を被ったヤツみたいな」
「スライムとしてはありがちだけど、色々とアレだな、なんかヤバいな」
「うむ…これだけ分厚い層に包まれてしまっては核に攻撃が届かないぞ」
俺の言ったヤバいとエヴァンジェリンの感じている危機感は、多分種類が違うが実際に彼女の言う通りでもある。
そしてナツミの魔法から核を守るためか、天井に届くほど巨大になった合体スライムは完全に出口に繋がる通路を塞いでしまっている。
これを倒さなくては脱出も出来そうにない。
『マスター、ご無事ですか? トライアドプリムスの離陸準備が整いました。いつでも指示してください』
「心配させて悪かった、大丈夫そうだ。トライアドはよこさなくていい」
エリカの救援を断った俺にリリカが驚いて抗議した。
「何言ってるニャ!? アレをどうにかしないと出られないニャ」
「数が多すぎるから困ってたんだ。一つにまとまってくれたんだから何とでもなる」
俺は合体スライムの核に向かってハンドガンの引き金を引いた。
炸薬と電磁バレルで加速された銃弾は合体スライムに命中したが、半液状の体に運動エネルギーを奪われ核まで届かずに止まってしまう。
「やっぱこれじゃダメか」
「やっぱダメかじゃないニャ! 何を急にありがちなスカしたチート主人公みたいに悟った事言ってるのニャ! そういうのはちゃんと自分自身の能力がチートになってから言うのニャ! ふざけてないで考えがあるならさっさと何とかするのニャ!」
「だからそういう事言うなよ、核に攻撃が通ればいいんだろ」
俺は羽織っていたポンチョを脱ぎ捨てると合体スライムの半液状の体に飛び込んだ。
驚いた三人が何か言っている。
『マ…ター…通…途絶…状況……告…て……さい…マス…』
エリカの途切れ途切れの声もしたがすぐに聞こえなくなった。
こいつの体は通信も妨害するのか。
おまけに口を閉じて息を止めているが、内部でも自在に動くらしい半液状の体が俺の口をこじ開けようとまさぐってくるし、体のあちこちで同じように蠢いて気持ち悪い。
どうもエヴァンジェリンの期待にはそぐいそうに無い。
もがきながらも何とかスライムの体内を泳ぐように掻き分けて、核の目の前まで到達するとそれは赤い光を明滅させた。
怒っているのか喜んでいるのか、恐怖しているのか。
そもそもそんな感情のようなモノがあるのかは判らないが俺は目を合わせて心の中で呟いた。
あばよ。
握りしめていたハンドガンを自分の胸に押し当て引き金を引く。
ばつん、と音がして展開されたスーツの電磁シールドに吹き飛ばされてスライムの体が弾け飛び核が剥き出しになった。
「今だッ!」
体を投げ出され、落下しながら叫ぶ俺の声に応えてナツミの魔法の炎がスライムの核を覆い、エヴァンジェリンの剣が突き刺さる。
一度だけ大きく体全体を震わせた後、急速に乾燥したように固まったスライムは崩れながら光の粒子になり、ジャラジャラとコインを撒き散らして消えた。
『マスター! ご無事ですか!? 数秒間全ての信号が途絶しました! ご無事なら返事をしてください!』
「大丈夫、心配させてすまなかった、エリカ」
エリカの心配そうな声に答える俺に、リリカが俺の脱ぎ捨てたポンチョを持って近づいて来た。
「ニャあ、ありがとうニャ。お陰で助かったニャ……でもアレ、あそこまで近くに行ったのならそのまま核を撃てばそれで倒せたんじゃないのニャ?」
「……だから…そう言う事、言うなよ……」
そんな事、気付かなかったんじゃ無い。確実な方を選んだだけだ。
決してそんなつまらない決着方法を気付かなかったんじゃないぞ無粋な猫耳め。
「すごいですね! よくあんなのに飛び込みましたね!? そういう趣味だったんですか!? 服が溶けなくて残念でしたね!」
「ああ、全く驚かされた。それで…どうだったのだ? あの中は…?」
ナツミとエヴァンジェリンの反応もイマイチ期待していたのとは違う。
体を張ったんだからもっと褒めてくれてもいいじゃない。
「とにかく、あれだけのスライムを倒したんニャし周りに他のが居る様子も無いニャ。これなら安心して調査を続けられそうニャね」
リリカがそう言って俺の手を引いて立ち上がらせると、広間の奥側から俺たちが逃げ込んだのとは別の扉が開き何者かの声が響いた。
「ははははは! 愚かな冒険者共め! わざわざスライムを倒してこのワシが遺跡から出られるようにしてくれるとはな! これで大魔獣ガルムグリフを呼び出し愚民共を邪神復活の生贄にする事が出来るわ! 礼を言うぞ冒険者ども!」
どうやらこの遺跡が当たりだったらしい。