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14 そういうのはよくわからないニャ……

 どこがささやかだ。


 複雑に燦めく幾つものシャンデリアに照らされた、王城の中の広く天井の高いホールで着飾った貴族か金持ちのような紳士や淑女たちが数カ所に集まり歓談しており、ホールの一角では楽器を持った一団が会話の邪魔にならない程度に静かな音楽を演奏している。

 俺はディ◯ニー映画の中に迷い込んだような気分で目の前で繰り広げられる絢爛豪華なパーティーを呆然と眺めていた。


 リリカもナツミも、そして俺もドレスで着飾らせられてこのパーティーに参加している。


 もちろん俺はドレスなんか持っていないし、現実は勿論ゲームの中であろうと着たことも無かったが王城の侍女たちが用意したベージュ色のシンプルながら作りの良いドレスを半ば無理やり着せられた。


 俺はグラスポートでの経験から、全身タイツ風の電磁バリアスーツを脱ぐのを躊躇ったが、タイミングよく入ったエリカの通信に従い手首のタッチセンサーを操作すると当のエリカによって魔改造されたそれは簡単操作でほぼ完全に透明のシースルーとなり、王宮の侍女達とはいえ再び突然人前で全裸となった俺をリリカとナツミは呆れたような目で見ていた。

 おかしな趣味に目覚めたのではないかとあらぬ誤解をしていなければ良いのだが。


 だが透明になったとはいえスーツの電磁バリアは健在で、不用意に衝撃を加えてバリアが展開されれば高価そうなドレスは弾き飛んでしまうだろう。

 既に着替えの段階でコルセットを一枚吹き飛ばしている俺は慎重に動かなければならなかった。


 会場の中心に目をやれば、衣装ガチャで当たったというピンク色の豪華なドレスを着たリリカが着飾った紳士やご婦人達に囲まれてあれやこれやと質問責めになって悪戦苦闘している。

 調子に乗って有る事無い事吹聴した報いであろう。いい気味だ。

 だがケットシー族という猫耳と尻尾の生えたリリカにも特段気にする様子もなく接しているあたり、この国の人間は貴族階級でも人種差別的な思考は薄いようで少し安心した。

 

 薄いブルーのドレスを纏った、可憐な少女にしか見えない女装ショタエルフのナツミもリリカ程では無いが同じような状況だ。


 しかし俺は元奴隷の下働きと言うリリカの捏造したいい加減な設定のお陰か、さすがに話し掛けてくる人間もおらずリリカたちの様子を見ながら、ドレスに気を使いながらも一人気楽に会場の隅で適当に見繕った料理にありついていた。

 さすがに王城のパーティーだけあって料理はなかなかの物だ。

 しかし貴族の集まる王城のパーティーが立食形式なのは俺としては助かるがこれが普通なのだろうか。これも世界が変わった時に補完された事なのだろうか?


 そんな事を考えていたら会場がにわかにざわついた。


「アーネスト王子殿下とエヴァンジェリン王女殿下のご入場で御座います!」


 司会らしき男性の声が上がると、会場に居たほぼ全ての人間が紹介された二人が入ってくるのであろう開かれた大きなドアの奥に注目する。

 いつもの痴女衣装ではなく、シンプルなデザインながらも俺やナツミが着せられたそれよりも遙かに質が良さそうな青いドレスを着て、良く分からないがこれまた偉そうな格好のイケメンと数人の従者を伴って姫騎士エヴァンジェリンが会場に現れた。


「皆、今日はよく集まってくれた。今宵の祝賀会は私の凱旋を祝うだけではなく、我が友にして恩人である大魔導士、リリカ・猫神姫・ミルクチャン殿をもてなすための物でもある。彼女とその二人の従者に失礼の無いよう丁重にもてなしてやって欲しい」


 全く人のことは言えないが無闇なキャラネームを付けるとゲームの世界が現実になった時に大変な事になるのだと改めて思い知った。

 何とかならなかったのかその名前。というか何とも思わないのか会場の紳士淑女の皆さんは。

 エヴァンジェリンの宣言に会場の紳士淑女たちは盛大な拍手で応えた。


 まあ今更姫殿下が出てきたところでパーティーの輪の中に入る気も無いので、そのまま隅で豪華そうだが何だかよく分からない料理をつまんでいたら一人の男性が俺に近づいて来た。


「こういうパーティーは苦手ですか? 僕もまだこういう場には慣れません。お察ししますよ」


 しかも何か話しかけてきた。

 面倒くさいなあ、早く何処かへ行って欲しい。


「しかし君は上手くやったようですね。元奴隷なんて肩書きならさすがに貴族達は近寄らないらしい。どういう経緯でそんな設定になったのかは知りませんが、さすがにレベル1とは言え奴隷商人なんかに売り飛ばされるプレイヤーは居ないでしょう?」


 こいつプレイヤーか。

 こういう時他のプレイヤーのようにステータスで相手の情報を確認できないのは不便だ。


 良く見ればこの男、それなりに周りから浮かないように気を使ってはいるらしいが他の貴族達とはだいぶ違う格好をしている。

 一応マントのような物を羽織っているが眼鏡に現代風のスーツ、美男美女の多いプレイヤーにしてはイマイチ冴えない感じの日本人的な風貌だ。


「あなたもプレイヤーですか?すいません、私はデータが壊れていたみたいでステータスが確認できないんです」


 とりあえず適当に言い訳しておこう。


「クラリスさん、ですか、確かにステータスが一部文字化けしている…こういう事もあるのか…それは災難でしたね。失礼、僕はマサトと言います。街にいたプレイヤーのみんなと話し合って一つのギルドとして協力して行こうという事になりまして、一応代表としてこのパーティーに参加しているんです」

「そんな事になってたんですか。すいません、少し街から離れていたので」

「そうらしいですね。あなた達だけではなく、他にももう街を離れた人も居ましたし勿論ギルドに協力することを拒んだ人たちも居ました。気にしないで下さい。それに僕に女性のフリはしなくても良いですよ。いえ、趣味ならそのままで構いませんが」

「いやまあ、趣味って訳でもないんですが、場所が場所ですから」

「ははは、確かに。僕もキャラメイクの時には女性キャラを作ろうかとも考えましたがこうなると男のままで気を使わずに済んでほっとしましたよ」

「それは正直言って羨ましいです」

「この異変に巻き込まれた者同士、みんなで力を合わせて問題を解決できればと考えています。困ったことがあったら是非ギルドに相談してください」

「ありがとうございます。助かります」


 この世界に来てからプレイヤーといえば、皆どこかしらおかしい変態か狂人しか見ていなかった気がするが、このマサトという男はかなりまともな考えを持っているようだ。

 こういう人物がプレイヤー達をまとめてくれるなら相当助かるだろう。


 マサトと名乗るプレイヤーと話をしていると、そのマサトに声を掛ける人物がやって来た。


「マサト、こんな所に居たのか。冒険者の代表である君に挨拶したいというご婦人方も大勢いるんだ。こっちへ来て私の顔も立ててくれないか」


 なんだか凄い刺繍の入った豪華な衣装の、如何にも女性受けを狙ったであろうデザインの線の細いイケメンで確かエヴァンジェリンと一緒に入場してきたナントカという王子だ。

 このマサトという男、既にこの王子と友好関係を構築しているのか。中々侮れない。


「すまないアーネスト、こちらのお嬢さんが壁の花になっていたんでつい、ね」

「君も人並みに女性に興味があったとは喜ばしいな。それでそちらのお嬢さんは……」


 そう言ってイケメン王子は俺を見て、一瞬ビクッと痙攣して沈黙した。


 大丈夫かこの王子。おかしな病気の設定でも持ってるのか。

 だが病弱設定というのもイケメンの王子としてはありがちかもしれない。


 俺がそんな事を考えながら動きの止まった王子を訝しんでいると言語機能が回復したらしい王子が呟いた。


「……可憐だ」


 何だと。


「マサト、このお嬢さんも、その、冒険者なのか?君の友人か?」

「いや、冒険者ではあるだろうがあの猫耳の大魔法使い殿のお仲間らしい。君の妹君の方が良く知っているんじゃないのか?」

「そ、そうか、失礼した可憐なお嬢さん、私は第一王子アーネスト・ストライフ・グランシール。是非気兼ね無くアーネストと呼んで欲しい」

「はあ、いや、はい、どうも、王子様」

「そういう時は自分も名乗るのが礼儀ですよ、クラリス嬢」

「い、いや、よい、良いのだマサト。私とて冒険者の通例は知らぬ。私が勝手に名乗ったのだ。しかしクラリス嬢、お名前も素敵だ。この出会いを今宵のひと時の物にするのは惜しい、是非これからもお会いできる機会を持たせて欲しい」

「だそうです。アーネスト王子が寛大な人で良かったですねクラリスさん」


 マサトがニヤニヤと笑みを浮かべながら俺と王子を見ている。畜生こいつ楽しんでやがる。

 俺は相手がこの国の王族とあって嫌とも言えず、結局「はあ、どうも」と口から滑り出た生返事を返した。


 その後付き人らしい人間に諭されて王子とマサトはホールの中心へ戻っていったが、王子はパーティーがお開きになるまで何度もチラチラと俺の方を伺っていて、イケメンの王子には悪いが中身が男の俺は正直気味が悪いやら鬱陶しいやらで辟易とさせられた。



「いいなあーっ! イケメンの王子が一目惚れのロマンスですかー! 羨ましいなあー!」


 パーティーが終わり、結局今夜はここで過ごすようにと案内された王城の一室でナツミが羨望の声を上げた。


「そうは言ったって俺は中身は男なんだし、お前だって今は体の方が男だろ」

「何を言ってるんですか! ああいう気位が高そうなイケメンをあたしのメケメケちゃんみたいな可憐な少年がガン掘りして快楽でメス堕ちさせるのがロマンってモノじゃないですか! ですよね!? リリカさん!?」

「リ、リリカにはそういうのはよくわからないニャ……」


 どうやらリリカは貴族たちの質問責めが相当こたえたらしく、部屋に戻るなりベッドに突っ伏して疲労困憊している。これも自業自得だ。


「あー! イケメンの尻も掘れないんじゃエルフ少年になった甲斐ってもんがありませんよおー! あっ! でもあのイケメン王子がクラリスさんの事をそんなに気に入ったなら今夜もう夜這いに来るかもしれませんね!? そしたら一緒に迎え撃って前と後ろから苛めて遊びましょう!」

「嫌なこと言うなよ冗談じゃない」


 ナツミがおかしな事を口走るので気になってしまい、その夜は豪華なベッドがあてがわれたにも関わらず中々寝付けなかった。

 だがさすがに王子が夜這いに来るなんて事は起きず何事も無く、無事に朝を迎えた。



 翌日、ようやく城から解放された俺たち三人はマサトに言われた通り早速冒険者ギルドを訪れた。


 受付の女性にマサトという人物に会いたいと伝えると、少し待って欲しいと言われそのまま待合室らしいホールで待たされたので俺はなんとなく二人に尋ねた。


「さっきの受付の人、NPCだよな。冒険者ギルドってのはNPCというか運営が管理してた施設じゃないのか?本当にここで良かったのかな」

「ギルドと言っても二通りの意味があったのニャ。クエストなんかの依頼を受ける施設としてのギルドとプレイヤー同士が集まって作るクランとしてのギルドニャ。プレイヤー同士のギルドに所属するとそこのギルドマスターが一応街のギルドの代表って事になる設定だったニャ。いくつもギルドがあったはずニャから今はどうなってるのかリリカにも見当も付かないニャけど、多分そのマサトとかいうのに聞けば分かるニャ」

「俺はともかく二人はギルドに所属してなかったのか?」

「舐めないでください。あたしはずっとソロプレイでしたよ。小学校中学高校大学から会社までいつだってソロでした。ゲームやSNSはおろか匿名掲示板でも書き込むたびにハブられるあたしの気持ち分かりますか?」


 自信満々で悲しいことを言うナツミにリリカも苦笑しながら続けた。


「ニャはは、まあこのゲームサービス終了直前だったからリリカも仲のいいフレンドは…多分、みんな引退しちゃってたニャ」

「そんなもんか、俺たち三人ともはぐれ者同士だなあ」


 そんな話をしていたら受付嬢が来て、準備ができたと言い建物の二階にあるギルド長の部屋という場所へ通された。

 そこで面談用のソファーにリリカを真ん中にして三人並んで座った所で、昨夜よりも幾分ラフな格好のマサトも部屋に入ってきて挨拶を済ませ反対側のソファーに座った。


「やあ、よく来てくれましたね。同じプレイヤー同士、畏まらずにどうぞ楽にして下さい」

「あなたがこの街のギルドの代表になったニャか?他のギルドの人は何とも言わなかったニャか?」


 さっそくリリカがマサトに質問をぶつけた。


「その事ですか、最初は突然誰がギルド長なのか判らなくなったってNPCの女性が混乱してましたよ。ですが皆さんも知っての通り、このS(ソード)B(ブレイズ)O(オンライン)はサービス終了直前だったので残っていたギルドもそう多くはなく、僕が代表していた「チーズケーキ友の会」が最大勢力というか、一番人数が多かったんです。それもサービス終了前に最後にみんなで集まろうと呼びかけていたせいですけどね。勿論反対の人も居ましたけど大半は街から出て行ってしまいました僕の至らないせいです」

「仕方ないニャ。みんな統率なんか無縁のゲーマーニャ。リリカたちだって街を離れていたニャ」

「そう言ってくれると助かります。そこで僕たちのギルドが中心になって、この街を住みやすい街にしようと思って王様にその事を陳情したんです。王様は取り合ってくれなかったらしいですけど、アーネスト王子がすぐに僕のところへ来て、民の暮らしが良くなるなら協力させてくれと言ってくれました。さすがに民思いの善人設定というだけはあって、その通りの人格になっているんでしょうね」

「たしか愚鈍な王に優秀な母親の血を引いた心優しい王子と王女、という設定だったニャ。妹の姫騎士の方もそんな感じになってるニャ」

「ええ、それでまずはこの街に下水道を整備しようという話になりまして、リックと言ううちのギルドのメンバーなんですが、リアルで土木工事の専門家の人が居たのが幸いでした」

「それは助かるニャ! この街のトイレ事情は最悪ニャ!」

「ははは、アレには僕も参りましたよ。女性プレイヤーなんかは特にトイレと風呂を何とかしてくれという声が多かったですね。上水道は城まで伸びているらしいので近いうちに街の方でも使えるようになるはずですよ」


 このマサトという人物、早くにこの世界の問題に気づきかなり上手くやっているようだ。


「そうこうやっているうちにこの街の冒険者の代表に担ぎ上げられてしまいました。もっとも僕は元々のゲームでもギルドのみんなが仲良く楽しめるようにそんな事ばかりしていて、熱心に攻略する方じゃなかったので街から出てモンスターと戦うよりは向いているようです」

「んニャ、レベル150の錬金魔導士ニャ? それでもリリカ達よりレベル高いニャ」

「錬金魔導士はアイテムの錬成や補助魔法は得意ですが自分で戦うのは向かないんですよ」

「通好みの職業なんニャね。でもありがたいニャ」

「こちらこそ、僕はアーネスト王子とは友好関係を築けましたがエヴァンジェリン姫は優しいながらも勇猛な姫騎士という設定通り、自分の意思で動くようになった途端に街から飛び出してしまっていたのでリリカさんたちが仲良くなってくれて本当に良かった。この国で何をするにも王族と友好な関係を保っているのは重要ですからね」

「グラスポートへ向かう途中で偶然会ったニャ。たまたまニャ」

「はは、謙遜を。王族を救ったというのは大きなアドバンテージですよ。是非これからも皆さんにはあの姫様と仲良くして貰いたいです。そして出来れば僕たちにも協力して欲しいですね」

「わかったニャ。リリカたちにもまだわからない事だらけニャ。この世界から元の現実世界へ帰れる方法がわかるまでみんなで協力すべきニャ」

「……ええ、その通りですね」


 ほんの一瞬、マサトの表情が固まった気がした。現実の世界に何か思うところがあるのかも知れない。

 だが元がネトゲにハマるゲーマーならそれも仕方ないだろう。


 それからまた少しマサトと、主に近くで目撃された推奨レベルの高いモンスターなどの情報を交換して俺たちはギルドを後にした。



 ギルドを出て、さて城から放り出された今夜の宿はどうしたものかと考えながら大通りを歩いていると街の外の方向から歩いて来た六人の冒険者パーティーとすれ違った。


「やあ! ミルクチャンさんじゃないか! 森ではぐれてから会わなかったからどうしたのかと心配していたよ! そっちの君もエルフのお嬢さんも無事なようで良かった!」


 その中に森で妄言を吐きながらオーガにぶっ飛ばされて強制送還された直結厨ことレベル80の騎士(ナイト)、ジークフリードが居た。


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