11 ヤバい。これってピンチじゃないか?
女湯とはいえ他の客は無く、それまで貸切状態の露天風呂を満喫していた俺の後ろで銀髪の姫騎士が桶で湯船から掬ったお湯でかけ湯をしている。
頭がどうにかなりそうだ。
「フフ、そう緊張するな。こういう場では身分など関係なかろう? それに君も我らを救ってくれた恩人なのだ。私に気を使う事は無い」
そう言って全裸の姫騎士エヴァンジェリンが広い露天風呂の湯船でわざわざ俺の隣に入ってきた。
湯に触れた縦ロールの銀髪が湯船に広がった。
かけ湯はするのに髪はそのままなのかよ。いちいちチグハグだな。というかその縦ロールまたセット出来るの? 部下の騎士の中に誰かそういうのやってくれる人が居るの? 乳輪大きいですね。よくあの小さいビキニアーマーもどきで隠れてましたね?
様々な疑問が頭に浮かんだが、豊満な肉体の美女との混浴という未曾有の事態に俺はまともに返事を返す事も出来なかった。
いや、今や俺だって金髪の美少女なのだから混浴では無いはずなのだが。
「いや、ええ、はい、どうも」
「君は細いな。リリカ殿の大魔法の際に生命力を使うのだろう? 酷な役目とは思うがせめてもっと食べて体力をつけた方がいい」
「あー、その、はあ、そうなんですかね、気をつけます」
「そういえばリリカ殿は一緒ではないのか?」
「いえ、その、先に入って今は部屋に居ると思います。たぶん」
「そうか、主人と一緒に入る訳には行かず、こうやって遅い時間いに一人で湯を使っていた訳だな? だがリリカ殿はあのような大魔法使いにも関わらず気さくなお人柄だ。君が遠慮せずとも普段通り友人のように接してくれるだろう」
「いえ、まあ、そういう事になってるんですかね」
エヴァンジェリンは何か勝手に勘違いをしているらしく、優しい笑みを浮かべて身を寄せてきた。いやその馬鹿デカい乳が当たりそうなんですけど気をつけてください。
「悪辣な奴隷商人に売られていた君をリリカ殿が買い取って救い出したと聞いている。君も大変だっただろう。未だ我がグランシールの領内でも奴隷の売買が行われているのは恥ずべき事だが、王族である私にもその責任の一端がある。王家に名を連ねる者として、騎士として詫びさせて欲しい。辛い目に合わせてすまなかった」
そう言ってミスドスケベボディグランシール王家代表、兼騎士団代表が俺の体を優しく抱き寄せもっちり柔らかい感触で包み込んだ。
ああもう、今でこそ金髪美少女だけど元の現実世界の俺だったら暴れん坊が利かん坊で大変な事になってる所ですよ? 俺の体の説明できない部分が説明できないながらも清楚な佇まいの金髪美少女になってて命拾いしましたね?
しかしあのアホ猫耳め、いい加減な事を吹き込みやがって。誰が奴隷だ。
「あ、あの、その、だ、だいじょうぶ、だいじょうぶですから」
このままではこの世界では存在しない利かん坊は兎も角、温泉の温度との相互作用で頭がフットーするかどうにかなってしまう。
俺は気力を振り絞ってドスケベボディの豊満な抱擁から抜け出して距離を取った。
「なんだ? 女同士恥ずかしがる事もあるまいに」
「いえその、そういうわけではなくて、その、困ります」
「心配するな。さっきも言ったがこのような場所で身分など気にするな。今はただの裸の女二人であろう、恥ずかしがる必要も無いぞ」
だから困るんだよ。
「フフ、そんなに赤くなって、君は可愛いな」
もうやだ。このままじゃ本当に頭がおかしくなってしまう。
どうしたらお優しい姫騎士様の機嫌を損ねずにこの状況を抜け出して風呂から上がれるだろうかと、のぼせそうな頭を無理矢理回転させる努力をしている時、悲鳴が聞こえた。
露天風呂に居るため良くは分からないが宿の外の通りの方から聞こえたようだ。
エヴァンジェリンも辺りを見回し声のした方角を探っている。
「な、何でしょう!? 様子を見に行きます!」
悲鳴の主には悪いがこれ幸いと、それを理由に俺は湯船から出て脱衣場に飛び込むとそそくさと体を拭き、宿の浴衣を着て外に出た。
◇
宿の外では既にリリカとナツミが数人の野次馬らしい住民に紛れて脇道の角から大通りの方を伺っていた。二人とも悲鳴を聞いて急いで出て着たのか宿の浴衣姿のままだ。
夜だというのに通りには大勢の住民が集まって事態を見守っている。
「悲鳴みたいなのが聞こえたけど何かあったのか?」
「んニャ…それなんニャけど…」
そう言ってリリカが大通りの方を指し示した。
「や、やめてください! いくら街を救ってくれた冒険者様でもこんな事は許されません!」
「ハッ、誰が許さねえんだってんだよ! オレはレベル230の重装聖女だぜ!? もうこの世界でオレに指図できるヤツなんか居ねえんだよ!」
「うひひ、聖女なんだからちっとはそれらしくしろよクローディア」
「うるせえよ秋山、お前は男のままだからって僻むんじゃねえ。イケメンになってるだろうが」
どうやら街を守ったというあの四人組のうちの二人が騒ぎを起こしているようだ。
一人の女性の腕を掴んでどこかに連れて行こうとしているらしい。
「どうもあの4人組、街を守ったのを恩に着せて街に避難して来た人たち相手にやりたい放題やってるみたいニャ」
「なるほど、タチが悪い連中だとは思ったが予想以上だな」
「どうします? このままほっといてもいいですけどああいうのが好き勝手やってるのはちょっとシャクですね」
「そうは言っても相手は全員レベル230の廃人ニャ。リリカ達じゃプレイヤー同士のPKが出来ないままだったとしてもケンカになったら多分ろくな事にならないニャ」
「じゃあクラリスさんは…ってその格好じゃ何も出来ませんね……」
「……悪い、急いでたんだ」
急いで風呂場から出てきた俺は宿の浴衣を適当に着て帯を締めただけの格好で、我ながら少々セクシーな姿である。迂闊だった。せめて銃と通信機くらいは持ってくれば良かった。
これでは無法者の狼藉を周りの野次馬と一緒に見守ることしかできない。
後悔しつつ銃だけでも取りに戻ろうかと考えていると、一人の青年が周りを囲んでいた群衆から抜け出して女性を連れ去ろうとする二人と対峙した。
「エレナを離してください! いくらこの街のみんなを助けてくれた人たちでもやっていい事と悪いことがあるでしょう!」
「あん? 何だ? テメエがその許さねえヤツか? NPCがイキってんじゃねえよカスが」
「ウヒヒヒヒ! やっぱ女の体だからナメられてんじゃねえのか?」
「うるせえっつってんだろ秋山! …ったく、女の体だとアレはすげえんだが面倒な事が多いな。…おいお前、この女の恋人かなんかか? そんなにブルってんのに出てくるほどコイツを返して欲しいのか?」
「だ、だったら返してくれるんですか?」
そう言って縋るように見る青年にクローディアと呼ばれた女は無造作に近寄ると何も言わずそのまま蹴り飛ばした。
蹴られた青年は背後の群衆まで吹き飛び、何人かを巻き添えにして通りの奥の闇の中へ消えた。
「ジョッシュ! いやあああああ!!」
「うははははは! NPC風情がプレイヤー様に楯突くんじゃねえよ! バーカ! 死んでろカス!」
なんてヤツだ。顔は美形で聖職者風の格好をしているのにやっている事はチンピラ以下だ。
俺は怒りで拳を握り締めたが、すぐ横にさらに怒りを燃え上がらせている、ほとんど胸元をはだけさせた浴衣姿のセクシー女装ショタエルフが居た。
「……! なんて奴ら! もう我慢できません! ぶっ殺してやる!」
そう言って飛び出そうとしたナツミを俺とリリカで押さえ付けてどうにか押し留める。
「離してください! あいつらに地獄を見せないと正義が立ち行きません!」
「い、今は抑えるニャよ! リリカたちが闇雲に突っ込んでも勝ち目は無いニャ!」
「それに相手は一応人間だしこの状況じゃ周りに被害が出る! 何かするにも対策を立てなきゃマズい!」
この女装ショタエルフ、普段は他人の事なんかどうでもいいとか言う癖に目の前で誰かが理不尽な目に合うとキレるのが早すぎる。そういう所は嫌いじゃないが今飛び出すのは無謀だろう。
なおもがくナツミを押さえ付けていると通りの真ん中でクローディアがさらに信じられない行動に出た。
「いやあああああああ!!」
腕を掴んで捉えて居た女性の服を素手で引きちぎり丸裸にすると、自分の服も脱ぎ捨てて裸になり女性の髪を掴んで自分の股間に押し当てた。
「オラ、舐めろよ! 特別サービスだ! 今夜はここで遊んでやるぜ! 野外ってのもオツなもんだろ、混ぜて欲しい女は来な!」
「おいおい、こんな所でおっ始めるんじゃねえよ。男どもだって見てるんだぜ? 一応聖女なんだから少しは恥じらいってモンを持てよな」
「ンなもん知るかっつーの、回復魔法が使えるってこのジョブをやらされてただけだ。まあ男が寄って来やがったらブッ殺すけどよ!」
キャラメイク時はそれなりに気を使ったのか、ゲーム中では美しかったであろうその姿はただただ醜い。オマケにボーボーだ。キャラメイク時にはそんな項目無かったはずなのに。
目を覆いたくなるような蛮行が繰り広げられる夜の大通りに一際通る凛とした声が響いた。
「貴様らッ! こんな街中で何という事をッ! 恥を知れッ!」
もはや頭がおかしいとしか思えない凶行に走る女の前にもう一人、頭がおかしいんじゃないかと疑いたくなる格好の女が躍り出た。
シースルーマイクロビキニアーマー風プレイコスチュームフル装備の姫騎士エヴァンジェリン殿下だ。
なかなか出てこないと思ったがあの衣装は意外と準備に時間がかかるのだろうか。
「おいおい、今度は昼間の姫騎士かよ。でもまあ、この女よりコイツの方が楽しめそうだな。せっかく自分から来てくれたんだし姫サマの方で楽しませて貰う事にするか」
そう言ってクローディアは裸に剥いた女性を引き剥がし群衆の方へ放り出した。
「下手クソが、ちゃんと舐めねえからちっとも気持ち良くならねえ。姫サマはガッカリさせてくれるんじゃねえぞ?」
「下衆が…! 騎士隊! この二人を拘束しろ!」
エヴァンジェリンの声に応え群衆をかき分けて騎士達が次々と現れ、騒動の中心たるクローディアと秋山と呼ばれていた男を取り囲んだ。
「ヤバいニャ! このままじゃ多分騎士たちの方がただじゃ済まないニャ! ナツミチャンはリリカが抑えておくからクラリスにゃんは部屋に戻って銃と通信機を取ってくるニャ! 何とかしてエリカにゃんに連絡をとるニャ!」
「わ、わかった!」
リリカに応えて振り返り宿に戻るため走り出した俺の肩をを何者かが掴んで制した。
勢い余って地面に倒れ込んでしまった俺を背後から現れた二人の男女が見下ろしている。
リリカとナツミもそれに気づいて俺の後ろで立ち竦んで居るようだ。
「クロとジャスのヤツが派手にやってるみてーだから来て見りゃあ、こいつら昼間姫騎士と一緒にいたプレイヤーじゃねえか。いいのかよ姫サマ置いて逃げ出しちまって…つってもコイツレベル1じゃねえかアホくせえ」
「ねえリーダー、こいつらもクロちゃんのオモチャにしてあげれば?他のプレイヤーなんかにいちいち周りをウロつかれたら面倒よ」
「そーだな、神殿送りにしないように痛めつけてやりゃあ大人しくしてるだろ」
そう言って四人組の残り二人の男の方、リーダーらしい男が俺の着ている浴衣の襟を掴んで引き上げた。
ヤバい。これってピンチじゃないか?