10 ピーっという発信音の後にメッセージを録音して下さい。
「ニャフフフフフ、心配してたモンスターも居ないみたいニャし、この分ならすぐににグラスポートに到着できるニャね。それにしても馬車の旅は思ったよりもずっと快適ニャ。ニャフフフフフ」
「お前はもうちょっと、こう、思うところは無いのかよ……」
上機嫌で献上されたフルーツをつまみながらくつろぐ猫耳だが、今日はメイド服ではなくフリルとリボンのたくさん付いたフリフリでピンク色のドレスを着ている。
すっかり貴族か王族にでもなった気分のようだ。
あれから俺たち三人は砦の兵士たちにそれはもう盛大に歓待された。
特に猿芝居でゴーレムを召喚してドラゴンを倒したと言う事になっているリリカは兵士たちにやれ命の恩人だやれ大魔法使いだ救世主だとおだてられ、すっかりその気になってしまった。
ちなみに女装ショタエルフはリリカの弟子で俺は魔法を使う際に生命力を献げる生贄兼下働きという設定にされてしまった。
まあ一応大魔法使い様の所有物という体でそれなりの好待遇を受けたので不満は無いが。
そして砦で部屋をあてがわれて一夜を明かした後、砦で指揮をとっていた姫騎士エヴァンジェリンという、王族にして騎士という高い身分にありながら格好は露出狂という痴女の厚意で馬車で目的地であるグラスポートの街まで送迎される運びとなった。
姫騎士という肩書きの痴女は是非王都に来てくれとせがみ、危うくスタート地点の街まで送り返される所だったがリリカがゴネたのだ。やはり砦にもちゃんとした風呂は無かったので一刻も早く温泉に浸かりたいらしい。
そもそも凶暴なモンスターが所構わず暴れまわるようになったこの世界でそのグラスポートの街が無事かどうかも分からないのだが、今のところ道中でモンスターに出くわしてはいない。
そういう訳で今現在俺たちは馬車に揺られながら山岳地帯に入りグラスポートの街を目指していた。
ちなみにあの姫騎士という痴女も数人の騎士と馬車の前でそれぞれ馬に騎乗して同行している。
「なんニャ? まだ気にしてるのかニャ? 意外と正義感が強いというかナイーブなんニャね」
さらにフルーツを貪りながらリリカが俺に聞いて来た。
「俺だってそんな柄じゃないと思ってたけど、もっと早くモンスターを倒すって決めていればあの兵士たちは死ななくて済んだのかも知れないって考えると…やっぱりどうもな」
「クラリスにゃんはよくやったニャ。リリカたちが居なかったらあの砦は全滅してたかもしれないのニャ。それに比べればずっとマシニャ」
「たしかに目の前であんな風に人が死ぬのを見たのはちょっとショックでしたけど…あたしたちだってまだこの世界がどうなっているのか解らないんですし、特にクラリスさんはゲームだった時の事も知らないんですから仕方ないですよ。人助けなんかよりまずは自分達の事を何とかしないと」
兵士が死ぬところを見て真っ先にキレて暴走したナツミにまでそんな風に言われてしまった。
リリカもそんなナツミを見てニヤニヤしているが、確かにまずは自分たちの事やこの世界がどうなっているのかを知る事の方が重要だろう。
「チートの塊みたいなアメコミで一番有名なヒーローだって飢えに苦しむ難民を救えなくて苦悩するのニャ。死んだ兵士の人たちは可哀想だと思うけど仕方ないのニャ。多分今だってこの世界のどこかで死んでる人はいるニャ。全部助けようなんて地球を逆回転させて時間を巻き戻すくらいの無茶なチートを使えるようになってから言うニャよ」
「意外な事知ってるんだな…ああ、オッサンだったっけ」
「違うニャ! 映画でハマっただけニャ! 俳優さんがカッコいいのニャ」
「あの人降板するから次回作は絶望的だってよ」
「ニャアああああ!? そんなの知りたくなかったニャあ!」
「あたしはM◯U派なんですがせっかくチームの映画が出来たのに残念でしたねー…って、この世界から帰れなかったらア◯ン◯ャ◯ズの続編も見られないじゃないですか! メチャクチャ気になる所で次回に続くってなってるんですよ!?」
「それこそ今心配する事じゃないだろ…」
なんとなくシリアスな気分だったが、結局同行者がアホ猫耳と変態女装ショタエルフではどうしてもシリアスな空気は続かないしバカな話になってしまう。
まあもしかしたらこいつらなりに俺を元気付けようとしたのかも知れない。
「失礼リリカ殿、ご歓談中の所すまないがグラスポートの街が見えてきた。どうやら無事のようだ」
馬車の窓の外から馬に乗ったエヴァンジェリンが声をかけてきた。
目的地に到着するらしい。
「ホントに無事だったニャ!? 良かったニャ! やっとお風呂に入れるニャあ!」
リリカがはしゃいで馬車の窓から身を乗りだしたので俺とナツミもつられて窓の外を見ると山の斜面に作られた、あちこちから煙の立っている街が見えた。
「なんか煙が出てるぞ? アレで無事なのか?」
「アレは温泉の湯気ニャ。ゲームだった頃から町の外からも湯気が見えたのニャ。楽しみニャあ」
◇
グラスポートに到着した俺たちは馬車から降りて街の中に入った。
山岳地帯の山の麓と言うよりはやや標高の高い場所に斜面に沿って作られた街は石段が続きあちこちから温泉の湯気が立ち昇っている。
建物はほとんどが石作で西洋風なのにどこか日本の温泉街を思わせる奇妙な街並みだった。
「なんか人が多いニャね? プレイヤーじゃないみたいニャけどこの街にこんなにNPCが配置されてたはず無いのニャ」
たしかに街の中には人が多く通りのあちこちで座り込んでいる者も居る。
「その、リリカ殿の言うぷれいやーやらえぬぴーしーという区分は知りませんが近隣の村々の住民が逃げ込んでいたようです」
エヴァンジェリンが親切に教えてくれた。格好は酷いが根は真面目そうで良い人のようだ。
「ふーん、ゲームだった時は近くに村なんか無かったのにニャあ」
「ゲームのフィールドも行動できるのは限られたエリアだけでしたし、登れない段差とか透明な壁とか進入禁止エリアなんてのもありましたからね。あれが世界の全部だったんじゃ無いんでしょう」
「確かにPPGの街みたいなのだけじゃ世界なんか成り立たないだろうしなあ。そういう所トイレやNPCの行動みたいに補完されてるのかもな」
「そう考えるとなんか不思議ですね。ただゲームの世界に入ったんじゃ無いみたいです」
「それはそうと、近くの村人が逃げ込んでるならこの辺にもモンスターが来たんじゃないのニャ?」
「先行させていた部下の報告ではこの街に滞在していた腕利きの冒険者が街を守ってくれたとの事です。もっともドラゴンの様な強大な魔物は現れなかったようですが」
リリカの質問にエヴァンジェリンが答えた直後、タイミングを計ったように俺たちの前に四人組のプレイヤーらしき人物が通りの支路から姿を表した。
「そーそー、オレ達がこのグラスポートの街をモンスター共から守ってやったのさ」
「アンタたちも風呂目当てでここに来たのかい? だったら感謝してくれよ? 丁度オレ達がこの街に来てなきゃ今頃ここは廃墟になってたぜ」
「へえ、女の子三人のパーティーか、元のプレイヤーがどんなだったにしろ中々良いじゃねえか。これなら礼も体の方でしてもらったっていいぜ?」
「まったくスケベだねえ、アンタだって今は女の体だろうにさ」
「ヒヒヒ、女の体で女とヤるってのがあんなに良いとは思わなかったぜ」
見るからに豪華な装備を付けた熟練者らしい男二人と女二人だが、どうやら女の片方は俺と同じようにこの世界に来て性別が変わっているらしい。
そしてキャラメイク時には美形に作られたであろう顔は下卑た笑みで醜く歪んでいる。
一目見て思った。こいつらは気に入らない。
「このリリカ殿たち三人は強大な魔物の群れと巨大な竜に襲われたドーラ砦を救ってくれた恩人だ! たとえこの街を守った冒険者でも無礼な物言いは止せ!」
俺もリリカもナツミも四人組の態度の悪さに顔をしかめているだけだったが同行していた姫騎士エヴァンジェリンが食ってかかった。
だが四人組の男二人と女一人は姫騎士の露出狂染みた格好をまじまじと眺めてから、爆笑した。
「ぎゃはははははは! なんだこのヘンタイ! アレか、姫騎士か! ゲーム中でもアレだったけどリアルになると破壊力ハンパねえな! マジやべえわ!」
「うひひひひひ! その格好で「無礼な物言いは止せ」って! うひひひひ! ウケる! お前の格好が無礼だつーの!」
「でもまあ、体の方はエロいじゃねーか、無理矢理ヤってみるか?姫騎士って「くっ殺せ」とか言うのかな!? ヒヒヒヒヒヒ!」
聞くに耐えない。
エヴァンジェリンは恐らくは怒りで顔を赤くしているが、こんなのに付き合っていても良いことはないだろう。
「行きましょうエヴァンジェリンさん、早く宿を見つけて休みたいです」
「そ、そうニャ。とにかく早くお風呂ニャ!」
「し、しかしあのように言われては騎士として」
俺たちは何か言いたそうなエヴァンジェリンを引っ張って四人組の前から立ち去った。
四人の嘲笑うような視線を背中に感じながら通りを抜けて横道に入るとリリカが大きく溜息を吐いた。
「危なかったニャ、あんなのに絡まれてたらどうなってたかわかったもんじゃないニャ」
「なんとなく予想はしたが、やっぱり高レベルのプレイヤーなのか?」
「全員レベル230、リーダーっぽいヤツの名前が『シュナイダー』だったニャ。多分ガチ攻略ギルド『ブラックギルティ』のパーティーニャ」
「それ、あたしも聞いたことあります。ギルドに入るには無茶な審査を通れなきゃいけないって」
「完全に廃人の集まりニャ。イベントで魔王を倒してゲームを存続させるって息巻いてたらしいニャけど、こんな所に居るニャらそれは間に合わなかったみたいニャね」
「あんな運営のリップサービスを真に受けた人居たんですねえ」
「でもケンカになったら危ないニャ。ゲームだった時はPKは出来なかったけど今じゃどうなるかわかったもんじゃないニャ」
「そうだな、できるだけ関わらないようにしよう」
一緒に居たエヴァンジェリンは終始何を言っているのか解らないといった表情だったが、俺たちはとりあえずあの四人組に関わらないようにと決めて近場にあったそこそこ良さそうな宿に入った。
「この街は宿がいくつもあるのニャ。気をつけてればそうそうあんな連中に出会う事も無いニャ」
「完全に温泉街って感じだなあ」
「歓楽街みたいな側面もある観光地ですね。スタート地点のグランシール王国にも北のラレンティア王国にも属さない自治区で両国から観光客が訪れるという設定なんですよ」
「こんな山の中の温泉街が自治区ってのもどうなんだろうな」
「たぶん開発者が細かいトコまで考えてないのニャ。この宿だって中はこの通り完全に日本の温泉旅館ニャ。ゲームコーナーが無いのが惜しいニャ」
リリカの言う通り、宿で通された部屋は畳敷で座布団の付いた座椅子とテーブルが並んで窓の近くには椅子と小さいテーブルまである。完全に日本の温泉旅館のそれだ。
ちなみに部屋は三人一緒である。この世界に来て最初の日はわざわざ宿で別の部屋を取ったのにもう慣れたのか、リリカは特に何も言わず当然のように三人部屋を取った。中のオッサンが面倒になったのかも知れない。
姫騎士と部下の騎士もこの宿で別の部屋を取っている。騎士団が温泉宿で浴衣を着て布団で寝るのだろうか、少し気になった。
だが日本の雰囲気を感じさせる部屋でリラックスできたのか、俺もリリカもナツミも畳の上で寝転がってだらけてしまっている。
ちゃんと藺草の匂いがする。どこかで採れるのだろうか?
ぼんやりとそんな事を考えていたらリリカが尋ねた。
「そういえば今日はエリカにゃんが静かだったニャね? どうかしたのニャ?」
「ああ、それか…」
俺は腰についていた通信端末を外してテーブルの上に乗せるとスイッチを押した。
『こちら銀河連邦宇宙軍所属MCSF宇宙艦隊運用サポートAI、エリカです。ただ今通信に出ることが出来ません。ご用の際はピーっという発信音の後にメッセージを録音して下さい』
数秒して通信端末から「ピーッ」という電子音が響いた。
「留守電ニャ?」
「留守電ですね…」
「昨日の戦いの後にクルセイダーと武器コンテナを回収させてからずっとコレなんだ」
「何か嫌われるような事したニャ?」
「警告を無視して接近戦したりクルセイダーの頭を壊したからなあ…ゲーム中でこんな事は無かったんだけど……拗ねてるのかなあ……」
「クラリスにゃんはエリカにゃんが居ないとホントに何も出来ないひ弱っ子ニャよ?ちゃんと謝った方がいいニャ」
「モンスターと戦う時になって武器を持ってきてもらえないのはマズイですね…誠心誠意謝らないと。女の子に謝る時は何よりも誠意が大事です。あとプレゼントも」
人ごとだと思っていい加減な事を。だがもしもの時にエリカの支援が無ければ俺は即座に詰んでしまうのも事実である。
「じゃあリリカはそろそろお風呂に入ってくるニャ。クラリスにゃんはリリカが出てくるまで絶対に入っちゃダメニャよ?」
「あー、あたしもオフロ行きますー! 男湯! 少年の体で男湯に入れるなんて夢みたいです!」
そう言ってリリカとナツミが各々風呂の準備をして出ていった部屋で、俺は一人どうやったらエリカの機嫌を治せるのか考える事となった。
なったが結局何も思いつかず、リリカがホクホク顔で部屋に戻ってきてからさらにもう少し時間が経ってから俺も気分を変えようと風呂に入った。
オッサンめ、随分女湯を堪能して来たみたいじゃないか。
今は俺も金髪美少女の体であり女湯に入るのに何も問題はないが、それでも先客が居たらどうしようかと少しドキドキして入った浴場には誰も居らず貸切状態であり、少しだけ拍子抜けした。
しかし既に陽も落ちて夜になっており、ランタンのような照明器具で照らされた露天風呂は何とも言えない風情を感じさせて俺は上機嫌になり温泉に浸かった。
これが女湯かぁー、入ってみちまえば大した事ねえなぁーっ、誰もいねぇけどよぉーっ。
ついつい頭の中が困難を乗り越えた気になっている甘ったれた男のような思考になってしまうが仕方あるまい。一つ歌でも歌いたいようなスガスガしい気分だァーッ。
そんな支離滅裂な思考で温泉を楽しんでいた所に誰かが浴場へ入ってきた気配がした。
ヤバい、だれかきちゃった。どうしよう。
「おや? 君はリリカ殿の下僕の少女じゃないか、こんな時間に入っていたのか」
姫騎士ことミスドスケベボディファンタジー世界代表の露出狂痴女、エヴァンジェリン姫殿下が湯煙の中、全裸で、脚を広げた堂々とした立ち姿で湯船の中の俺を見下ろしていた。