9 嬉しそうにしてて悪いけどそれは飾りだよ。
北の空に浮かぶ、翼を広げた長い胴体をした生き物のシルエット。
紛れもなくヤツだ。
この剣と魔法の世界を代表するアレだ。
アレの戦力がどの程度の物かは判らないが、今はこの砦に残った兵士達を守るためにも出し惜しみをしている場合じゃない。
「エリカ! クルセイダー投下!」
『目標地点を指示してください』
「あのイノシシの真上でいい! 踏み潰してやれ!」
『了解。AWCS12クルセイダーⅣを投下します』
エリカの確認の直後に空から巨大な鉄の塊が降って来た。
それは腹部と頭の大半を失いながらも立ち上がろうとしていた巨大猪を下敷きに轟音と地響きを立てて落下し、周囲に落下の衝撃から機体を守っていたプラズマバリアの放電と血煙を巻き上げた。
衝撃で胴体が千切れ飛んだ巨大猪は残っていた半分の顔面を城門に叩きつけられ、今度こそ息絶えたようだ。
血煙の中、膝立ちの姿勢で着地していた全長8メートルの銀色の鉄の巨人が立ち上がり頭部のカメラアイが俺に応えるように発光した。
それを見た猫耳メイドが驚きの声を上げる。
「な、なんニャあ!? クルセイダーってそんなアニメみたいなロボットじゃなかったニャ! もっと足のついた箱みたいなやつだったニャあ!」
「外見変更MODだよ。元のもまあ、嫌いじゃないけどこっちの方がカッコいいだろ?」
元のゲーム内の二足歩行戦車クルセイダーは鉄の箱に逆関節の鳥足と無骨な腕がくっついたいかにも海外らしいデザインであったが、俺はMODで他の国産ゲームに登場したロボットのデザイン参考に有志が作ったらしいCGモデルに差し替えていたのだ。
まあ宇宙艦隊戦がメインのゲームで陸戦装備同様その出番は多くないが。
ちなみに性能自体は元のゲームのままで、カッコいいスタイリッシュなアニメ風のロボットになった頭はただの飾りで、目も本当はカメラなんかじゃなく無闇にピカピカするだけだ。
それでも両腕や背部に装備された武器は人間が持ち歩ける携行火器とは比べ物にならないはずだ。
「エリカ! コクピットハッチオープン!」
『了解』
俺は城壁から身を踊らせ、胸のハッチが開いたクルセイダーのコクピットに飛び移…ろうとして思いの外コクピットまでの高さに差があることに気づき、猫耳に手を貸してもらい何とか肩の部分に足を付けてからそろそろとコクピットに潜り込んだ。
コクピットハッチが閉じると前面のいくつかに分割された半球状のモニターが次々に点灯し周囲の様子を映し出し音も入ってきた。
「な、何だその巨人は…ゴ、ゴーレムなのか…?」
姫騎士という肩書きの痴女が狼狽えながら呟き、周囲の兵士たちも慄いている。
「そ、そうニャ! リリカが召喚したゴーレムニャ!」
「…そうは見えなかったが…あの中に入って行った少女は…どういう事だ…?」
「あ、アレはリリカのシモベニャ! ゴーレムに生命力を与える動力源ニャ! つまりイケニエみたいなモノニャあ! さあゴーレム! 残りのモンスターどもを皆殺しにするニャ!」
いい加減な猫耳メイドがいい加減なことを言って誤魔化した。とりあえず今は放っておこう。
操縦方法は、うん、何となく解る。
この体が知っているのか体内のナノマシンとかのお陰なのか、キーボードとマウス、ゲームパッドから二本の操縦桿とペダルに変わってはいるがゲーム中の操作とあまり変わらないせいか、とにかく問題なく操縦できそうだ。
「よし、エリカ! まずは残りのザコ共を片付けるぞ!」
『了解。しかしマスター、何故搭乗したのですか? クルセイダーⅣは無人でも問題無く運用できますが』
「……」
目の前にロボが降りて来て乗らないという選択肢は思いつかなかった。
俺は眼下のオーク共に照準を合わせ無言で左操縦桿のトリガーを引いた。
クルセイダーの左腕に装備されている機関銃が火を吹き、オーク共が次々にその体を引き裂かれ不揃いな肉片へと姿を変える。
既にその大部分が倒されていたモンスターは残りも散り散りに逃げ出して行った。
このまま逃してしまえばまたどこかで人を襲うだろうかとも思ったが、さすがに逃げる敵の背中を撃つ気にはなれなかったし、今はもっと危険な敵が近づいて来ている。
『マスター。巨大飛行生物がクルセイダーⅣ搭載火器の有効射程圏内に入りました』
モニターの分割された一部がズームして敵の姿を映し出す。
巨大なコウモリのような翼を広げ、鱗に覆われた胴体と長い尻尾。南米かアフリカあたりに居そうなトゲだか角だかが突き出たトカゲのような頭。
紛れもなく剣と魔法のファンタジー世界に付き物のドラゴンだ。
体長は12〜3メートルと言ったところか、あんなもの生身で倒すのはどうやるんだろうな、と一瞬だけ考えた。
「空を飛ばれたままだと厄介だ。まずはドラグーンの機銃で地面に叩き落とせ」
『了解』
即座にこちらへ向かって飛んでくるドラゴンに、それよりもさらに上空から銃弾の雨が降り注いだ。
『信じられません。目標の背部体表に命中したタングステンの7.8ミリ機銃弾が弾かれています。効果は想定の50パーセント以下と推定』
「落とせないか?」
『翼の部分は体表の鱗より脆いようです。指示の遂行は可能。ですが目標の装甲強度はクルセイダーⅣを上回ります。接近戦は避けてください』
「わかった。落ちた所をプラズマキャノンで狙い撃ちにしてやる」
俺が左の操縦桿のサブウェポンボタンを押してプラズマキャノンをアクティブにすると、クルセイダーの背部に装備されている砲身が左肩の上にせり上がって展開した。
『目標の周囲で粒子の異常振動を感知! 警戒してください!』
「魔法か!?」
俺はとっさに身構えたがドラゴンは首を上げると口を開き、そこから何も無い上空へ向けて火球が発射された。
いや、何も無いんじゃない! ドラグーンだ!
あいつドラグーンに気付いて攻撃しやがった!
火球はステルスモードで空に同化していたドラグーン輸送艇に直撃し、一瞬ステルスモードのカモフラージュ映像が明滅して暗灰色の機体が露わになったが、すぐにまた空と同化した。
「エリカ! 大丈夫か!?」
『心配要りませんマスター。私のコアはエインフェリアのメインフレーム内です。ですが先ほどの攻撃でドラグーンのシールドが30パーセント減衰しました。何度も直撃されると危険です』
「何度もやらせるかよ!」
ドラグーンの攻撃でそれなりに高度は落としたものの、未だに空中に居るドラゴンに照準を合わせプラズマキャノンを発射した。
放たれたプラズマの光弾はドラゴンの右の翼に命中してそれを千切り飛ばし、今度こそドラゴンはバランスを失い地上へ落下した。
「さすがに今度もまだやってないよな?」
『はい、通常あの大きさの生物があれだけの高さから落下して生きているはずはありませんが、まだ生きていますし飛行能力を失った以外に運動機能に大幅な低下があるようには見えません。この惑星の生物の評価基準を改める必要があると判断します』
「それは後でいいとして、とりあえず攻撃は効くんだから…後は死ぬまでブチのめす!」
落下で巻き上げられた砂埃をかき分けて、ドラゴンが前足を浮かせた前傾姿勢で突進して来た。
ドラゴンの表情は判らないがその目は怒りに我を忘れているといった感じだ。
だが真っ直ぐこちらに向かって走ってくるドラゴンに俺は「バカめ」と一言つぶやいてプラズマキャノンを二発打ち込んだ。
ファンタジー世界にはよく言葉を喋る、知性を持ったドラゴンも出てくるがどうやらコイツはそういう類ではなく野生動物じみた本能で行動しているらしい。炎のブレスが魔法扱いだったのは驚いたがそれも本能的な物なのだろう。
プラズマキャノンの二連射をまともに喰らい、顔面の一部と右の前足の殆どを融解させてよろめいたが、それでもなおドラゴンはこちらに向かってくる。
『プラズマキャノンオーバーヒート、急速冷却開始。再使用可能まで30秒』
「エリカ! ロケットサルヴォ!」
『了解。ミサイル一斉発射』
機銃で牽制して距離を取りながらエリカに指示するとクルセイダーの右肩にロケットランチャーがせり上がり、12発のロケット弾が次々と発射されドラゴンは爆炎に包まれる。
『周囲の粒子に異常振動! 先程の火炎による攻撃が来ます!』
エリカの警告に反応する間も無くドラゴンを包む炎の一部がこちらに向かって盛り上がり、火球となってクルセイダーに直撃した。
『シールド耐久力50パーセント減衰。後方に障害物。これ以上後退できません。回避してください』
エリカが再び警告してくるが後ろにある障害物というのはあの砦だ。
逃げる事も横にかわす事も出来ない。
俺はクルセイダーの姿勢を低くして、炎を撒き散らして突進して来たドラゴンと真正面からぶつかった。
衝撃でコクピットが激しく揺さぶられる。
『シールド消失! 危険です! 直ちに脱出してください!』
エリカが叫ぶように言うが俺は衝撃で一部が明滅するモニターに映るドラゴンの姿を見て確信した。
行ける。
コイツだってもうボロボロじゃないか、体はあちこち焼け爛れて右の腕も翼も無くなって顔だって半分溶けている。後はトドメを刺すだけだ。
「プラズマブレード起動!」
『マスター!!』
「プラズマブレードだッ!!」
俺が叫ぶとエリカは観念したのか、クルセイダーの右腕から鋼鉄の刀身が展開されその周囲に白く輝くプラズマの光刃が形成される。
ドラゴンは半分以上が焼け爛れた顔を歪めて笑い、残っていた左の前足で、その鋭い爪をクルセイダーの頭に叩きつけて切り飛ばした。
嬉しそうにしてて悪いけどそれは飾りだよ。
光刃をドラゴンの胸に突き立てるとそれは大した抵抗も感じさせずに吸い込まれ、そのまま頭まで垂直に切り裂いた。
上体が半分に分かれ力を失ったドラゴンが地面に崩れ落ちると同時に背後の砦で歓声が上がった。