(5)
妻の弘子から会社に居る私の携帯へ電話が掛かってきて、娘の美咲
がまたリストカットをしたと聞き取り難い声で言った。
美咲は彼女の連れ子だった。私が妻の弘子と知り合ったのは、それ
まで勤めていた会社が倒産して職を失い、アルバイトとして雇われた
スーパーで彼女は主にレジ係としてパートで働いていた。レジ係とい
っても小さなスーパーだったので客が少ない時は商品の陳列やラップ
掛けなどもしなくてはならなかった。彼女は、経験のなかった私に仕
事のことを何もかも教えてくれた。それほど背は高くなく幾分痩せて
いてパッと見て人目を引く華やかさはなかったがハッキリした目もと
や引き締まった唇、それに真っ直ぐな鼻筋が強い意志を感じさせ、目
を移した後にすぐには脳裏から離れなかった。私よりも2才年上で既
に前夫とは離婚をして母娘二人で暮らしていた。当時小学4年生だっ
た娘の美咲は、母親の顔立ちを失わずにさらに濃縮させて利発的に見
えたが、人と話す時には表情全体から不安が読み取れた。学校が終わ
ると毎日母親が働く店に立ち寄り母親と言葉を交わしてから家路に着
いた。大人しい子だったが何度か顔を合わすうちに私にも「おじさん、
こんにちわ」と恥ずかしそうにあいさつをしてくれるようになった。
やがて、彼女のお母さんは私に、仕事以外のことも色々教えてくれる
ようになって、仕事上の関係よりもさらに親密な関係を結ぶようにな
っていた。その頃私は、今は亡き社長から正社員にならないかと誘わ
れていたので渡りに船とばかりに彼女との関係を打ち明けてその誘い
に有難く従った。娘の美咲は、それまで「おじさん」と呼んでいた人
を「お父さん」と呼ばなくてはならなくなったことに最初は戸惑って
いたがすぐに判ってくれて私を本当の父親のように慕ってくれた。わ
がままを口にしない聞き分けの良い子だった。むしろ、どちらかと言
えば急に育ち盛りの娘の父親になった私の方が解っていなかった。し
ばらくすると、私の仕事が忙しくなって家族で過ごす時間どころか寝
る時間さえなくなった。それにも係わらず妻が私の子を身籠った。女
の子だった。美咲はすでに中学生になっていた。思春期のむつかしい
年頃だと聞かされていたが、私は仕事に追われてそれどころではなか
ったし、妻は赤ん坊の世話でそれまでのように彼女と関われなかった。
そんな時に、彼女の最初の反抗が始まった、夏休みに入ってすぐに家
出をした。夜になってもまだ店で働いていた私に妻から電話があって、
美咲が出掛けたまま戻って来ないと泣きながら言った。すぐに、警察
に捜索願を出して、友だちとか心当たりのあるところへ電話で確かめ
て見るように言った。私が店を閉めて家に帰った時はすでに深夜だっ
た。妻は、方々へ連絡を取ったが彼女の行き先がまったく解らないと
嘆いた。しばらくして、警察から「保護しました」という電話が掛か
ってきた時はすでに十二時を回っていた。彼女は隣県の繁華街を独り
で歩いているところをおまわりさんに保護された。そこは彼女の実の
父親の実家がある街だった。