表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無題  作者: ケケロ脱走兵
41/45

(41)

 妻には、今さら人に使われたくないと訴えて、出来たら安定した


仕事に就いてほしいと願う彼女を説き伏せた。ただ、子どもの将来


の為の預金には決して手をつけないことと借金だけは絶対にしない


ことを誓わされた。私は、さっそく商店街の事務所に借りる旨を伝


えに伺うと、理事長がわざわざその店舗に案内してくれた。もちろ


ん場所や店の様子は何度もその前を通って知っていたが、店の奥ま


で見ることができて色々思い描くことができた。さすがに古くから


の店だけのことがあって駅にも近くて場所が良く、真っ直ぐのびる


アーケード街の閑散とした向う側からボーリングの玉でも転がせば、


そんなものが転がってくるはずがないと思って歩いてる誰かしらの


踵に当たって通り抜けることがないと思えるほどの人通りはあった。


その店舗は、駅から最初に交差する抜け道がつくる角地で、なるほ


ど青果などを並べるにはもって来いだった。ただ、仕入れが不安定


な私の思い描く店舗としては広すぎた。理事長は「大は小を兼ねる


と云うじゃないですか」と言った。私も、わざわざ狭い店舗を選んで


設備を調えるほどの無駄はしたくなかった。何といっても、広くたっ


て無料で借りれるんだから。私は、事務所に戻って契約書に判をつ


いた。


 年末に開店したかったが、おそらく春過ぎになるだろう。実は、ス


ーパーで働いている時からそんな日が来ることを夢見ながら、有機


野菜を栽培する農家に足を運んで繋がりを持ってきた。私は、彼ら


を素人と言ったが、代々受け継がれてきた農家の出身ではないと


いうだけで、有機農法への思い入れは片手間にコメを作る兼業農


家などよりよっぽど強く研究熱心で、すでに「如何にあるべきか」


は作物の生産のためだけに問われるのではなく、自分たちの生き方


さえをも変えようとしている。つまり、農業を語ると思想を語らず


には済まないのだ。私は、すぐに彼らに連絡を取って年末の出荷を


打診すると、大方の農家はすでに予約がいっぱいでそんな余裕など


まったくないとのことだった。仕方なく来春の作付けを増やしても


らうように頼むのが精一杯だった。市場には出回らない彼らの野菜


は専らインターネットやそれ以前のチラシや人づてに頼って、自ら


会員を増やしていく直販以外に主だった出荷先がなかった。しかし、


農家が自信を持って作った作物であっても一方的に送り届けても、


会員が求める食材と一致しないミスマッチが起こり、使われずにや


がて傷んで捨てられることもままある。更に、今の消費者は有機野


菜であっても見た目に拘るので、いくらしっかりした味のある野菜


であっても、曲がっていたり歪つだったりするとおかしなものを送


って来たのではないかと疑ってしまう。そうなると、会員の方も本


来の動機を見失って飽きてしまい脱会する。直販に頼る農家も決し


て安定した販路を確保しているわけではなかった。そこで、彼らが


作り過ぎたりして処分するしかない作物を引き取ろうと考えていた。


だから、私が有機野菜専門の青果店を開くつもりだと言うと、素っ


気なく答える農家の人など誰一人居なかった。ものを作る者は買い


取ってくれる者を拒んだりしない。ただ、一口に有機栽培といっても


その方法は千差万別で、まったく手を掛けない自然農法から、近代


農法の毛が「抜けた」だけの減農薬栽培まで、とても同列には語れ


ないほどの開きがある。さらには、無農薬栽培を謳いながらも納屋


には農薬のビニール袋が山積みされている農家も少なくない。何が


言いたいのかといえば、「土は耕すな」という自然農法からすでに土


さえ用いない野菜工場まで、消費者にはいったい何がオーガニック


なのかがまったく判らず、ただ生産農家の謳い文句を信じるしかな


いのが現状で、そこで、生産者と消費者の間に立って正確な情報を


仲介する者が求められているのではないかと考えていた。


 大袈裟なことを言えば、近代文明の終焉の始まりは、つまり、自然


内存在としての人間が自然循環へ回帰するためには、生産性ばかり


を追い求める近代農業からの転換、農業の原点回帰から始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ