表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無題  作者: ケケロ脱走兵
20/45

(20)

「おーい、弘子!」


キッチンの流しで背を向けて静止している妻を呼んだ。何時もなら


こういう相談を美咲は私に直接言って来ずにまず母に打ち明けて、


妻が私に伝えてきたので、妻が知らないはずはなかった。


「はい」


妻は、エプロンの裾で手を拭う素振りをしながら応えた。私は、美


咲のすぐ後ろに現れた妻に、


「聞いてただろ?」


「ええ、少しは」


「じゃあ、すぐに京都の部屋を引き払うようにして、いや、待てよ、


部屋を探す方が先か?」


「あっ、それなら。ね、美咲」


「えっ、もしかして、もう決まってるの?」


美咲は小さく肯いて弘子の方を振り返った。ほら、いつもこの調子


だ。私が相談を受けた時には実は何もかもが決まっていて、ただ私


はハンコを押すだけだ。妻の説明によれば、実は、美咲は転入する


学校も決めていてその近くに部屋も見付けて、あとは私の承諾をも


らうだけだった。ただ、今までなら美咲は私への相談ごとは些細な


事でも母を使っていたが、今回は自分から私に話すと決めた。


「よし、わかった。それから、美咲、よく話してくれた。お父さん、


本当にうれしかった」


娘は口元を緩めて応えた。そして、イスから立ち上がって自分の部


屋に戻ろうとしてテーブルを離れた。


「ほら、本、忘れてるぞ」


「あっ、それお父さんにあげる」


「なんだ、もう読んだのか?」


「んん、もう読まない」


そして、私は娘にどうしても伝えたかったことを口に出した。


「あのさ、美咲、焦んなくたって何れ人は死んじゃうんだから」


彼女は、私に背を向けたまましばらく立ち止まってから、黙って階


段を上った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ