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無題  作者: ケケロ脱走兵
10/45

(10)


 美咲は京都の大学に合格が決まって家を出た。彼女は私の娘の役


を演じていたが、遂には私の子にはならなかった。いや、私が彼女


の父親になれなかった。私が仕事ばかりであまり家に居なかったこ


ともあってその隔たりを埋めることはできなかった。やがて、彼女


も変な気を遣い始めて心を開かなくなった。互いが感情をぶつけ合


って怒ることも泣くこともなかった。そして、笑顔を作る余裕を失


くした時は私を避けた。理性でかかわっていても感情で繋がってい


なかった。ついには言いたいことがあれば妻を通して伝えるように


なった。私は理解のある父親であったかもしれないが、それが返っ


て彼女を迷わせる結果になったのではないか。本当の親なら自分の


子どもをたとえ間違ったことでも責任など考えずに押し付けること


ができるはずだが、私の場合はその責任という意識が先に立ちはだ


かった。そうだ、私はもっと間違いを怖れずに彼女を迷わすべきだ


った。迷いの中からしか自分の生き方は見つけられないとすれば。


 美咲が手首を切って自殺を図ったのは二年生の終わり頃だった。


彼氏にデンワで宣言してから自分の部屋で行った。すぐに彼氏が駆


けつけて、躊躇い傷は多数あったが致命傷でなかったので大事には


到らなかった。彼氏との別れ話が原因だった。早速、母の弘子が京


都の病院へ向かったが、私は仕事を休むわけにはいかなかった。二


週間あまりの入院のあと、独り京都に残すわけにはいかないので学


校に休学届を出して暖かくなるのを待って連れ帰って来た。思ったよ


りも元気そうだったので妻に言うと、妻は、そう装っているだけだと言


下に否定した。そうだった、彼女は明るい自分を演じるのが実に巧妙


だった。普段は闊達に振舞う彼女と、初めて会った子どもの頃に見せ


ていた臆病な暗い表情が私の中でどうしても繋がらなかった。私の目


には彼女の明るさが生まれ持った性格というよりも、過去の寂しさを


忘れようとして無理にそうしているように思えてならなかった。私は、


「それで、彼氏とはどうなったの?」


妻は、大きく手を振って、


「ダメに決まってるじゃない」


妻が言うには、一縷でもやり直せる望みがあれば彼女は決してそん


なことはしなかっただろう。入院中に彼氏が訪ねてきたが、彼女は


面会を断ったという。そして妻は、


「恋愛は同情とはちがうから」



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