第1話
今日こそ憧れの雪ノ宮さんに挨拶をしてみせるぞ…!!
僕─花月 優慈─は通学路を歩きながらひっそりと決心を固める。
この一週間、毎朝同じことを決心しているけれど、彼女を一目見ただけでその決心は激しく揺らぐ。
彼女は、雪ノ宮 真白さんは、まさに高嶺の花だった。一目で雪ノ宮さんに心奪われる男は後を絶たなかったが、その男たちのどんなアプローチも冷たくあしらう彼女は、高校生活が始まって一週間で、高嶺の花の称号をしっかりがっちりゲットした。氷山に咲く冷たき美貌という称号も聞くようになったけど僕もこの称号はなかなかぴったりだと思う。
整った顔に浮かぶ表情は凍りついているかのように、いつも無表情。それが冷たい印象を与えていて、本当に僕たちと同じ人間なんだろうかというほどに綺麗で、近づき難く感じる。
それでも、僕はなんだか雪ノ宮さんが気になるというか、惹かれるというか。
僕も高校一年生だから、綺麗な女の子とお近づきになりたいのかもしれない。せっかく同じクラスになれたのだから仲良くなりたい!
そんなわけで、僕は今日も雪ノ宮さんに挨拶することを心に誓っていた。
(い…いた!)
前を歩く雪ノ宮さんを見つけ、僕の心臓は高鳴る。
艶めく長い髪を腰まで届くポニーテールにした彼女は今日も眩い美貌を放っていた。手足もすらっと長くて、多分僕と同じくらいの身長があるだろう。
僕は歩調を早め、雪ノ宮さんの少し後ろにつく。
お、おは、おは…と口の中で言いながら、雪ノ宮さんの肩を叩こうとするけど、なかなか勇気が出ない。
挨拶を返してくれなかったらどうしよう?!キモいって言われたら?もし挨拶がうまくいってもその後一緒に通学するとしたら話がもたないかもしれない!
色々な不安が一気に頭を駆け巡り、手が震える。
雪ノ宮さんは僕に気づいた様子もなく歩みを緩めない。
そのまま何分か経過したけど、相変わらず僕の手は下がったり上がったりを繰り返し、雪ノ宮さんの肩に届くことはない。
そうですよ!どうせ僕はヘタレですよ!!!
僕は心の中で自分の不甲斐なさに悔し涙を流しつつ、ついに腕を下げ、大人しく雪ノ宮さんに挨拶することを諦めた。
明日だ…明日こそ…!
これも一週間毎日思ってる…。
学校に着くと、僕はため息をつきながら机に腰を下ろした。窓際の最後尾というナイスポジションだ。ちなみに雪ノ宮さんは廊下側の最後尾ね。
「おはよ!花月くん!」
僕の前の席に座っている女の子、夜咲 夜半さんが笑顔で挨拶してくれる。ツインテールと八重歯がチャームポイントの小柄な女の子だ。
「あ、おはよう、夜咲さん」
実は夜咲さん、僕の小学生の時の同級生である。中学校は別々になったから、また会えて嬉しかった。
小学生の時と全然見た目も身長も変わっていないのにはちょっと驚いたけど。
「花月くんため息ついてたけど、どうかしたん?」
首をかしげる様はまるで小動物のようで僕は思わず笑ってしまう。
「なになに?何で笑ってん?」
「何でもないよ」
教えてや〜と僕の腕をつっつく夜咲さん。
僕はその時なんだか刺すような視線を感じ、周りを見渡した。
皆、思い思いに友達と話したり、寝てたり、授業の予習したりスマホをいじったり。僕らの様子を見ているような人はいない。
(気のせいかな?)
僕と夜咲さんは先生が来るまで話を楽しんだ。
視線は途切れることはなかった。
放課後。
教科書を鞄に詰め込み、僕は席を立ち上がる。
まだ誰かに見られているような感じがする。
夜咲さんも帰り仕度が終わったようで、僕を振り返る。
「ねぇ、花月くん!一緒に帰「優慈」
夜咲さんの声に重なった凛とした声に、教室はシンと静まり返った。
クラス中の視線が集中する。
夜咲さんは、呆然と目をぱちくりさせて、僕の背後を見つめている。
この声は。
「わたくしと一緒に帰りましょう」
振り返ると。
雪ノ宮さんが鞄を両手で持ちながら、無表情に立っていた。
僕が緊張のあまり口をパクパクさせていると、
「聞こえなかったのかしら?優慈、一緒に帰りましょう」
なんで?!雪ノ宮さんに挨拶すらしたことないのに?!
「は、はひ」
僕が混乱して思わず漏らした声を雪ノ宮さんは肯定ととったのか、僕の腕を掴み、引っ張っていく。
クラスの皆は固唾を飲んでこの様子を伺っている。
教室の出口から出て、雪ノ宮さんが戸をピシャンと閉めた途端、教室の中がドッと騒がしくなった。
「なっなななななんやあれー!!!!」
あ、夜咲さんの声。
「あの二人って仲良かったの?!」
「雪ノ宮さんと下校なんて…う¨ら¨や¨ま¨し¨い¨…!!」
「俺なんか話しかけても、はぁ、とか、そう、くらいしか言われたことないのに…!」
「まだいい方だろ!俺なんか…ウッ…」
「でもあの二人が話してるとこ私見たことないよ〜!」
男子のむせび泣く声や女子の興奮した声。教室の外まで聞こえてくる。
僕はふと雪ノ宮さんの方を見ると、彼女は既に歩き始めていて。僕は小走りでついて行った。
僕は今、高嶺の花であり、氷山に咲く冷たき美貌である、あの雪ノ宮 真白さんと…!一緒に帰ってるんだ…!こんな幸せあっていいの?僕、幸せすぎて死ぬんじゃないか??
「優慈」
「はっはいぃ!?」
突然、雪ノ宮さんから呼ばれて、僕は飛び上がってしまう。
「貴方から話しかけられるのを一週間も待ってたのよ。毎朝、わたくしに話しかけようとしていたでしょう。どうして話しかけなかったのかしら?」
ば…バレてた!!毎朝雪ノ宮さんのこと見てたの…!!!恥ずかしい!!!
僕はあまりの恥ずかしさに俯く。
「すいません!ええと、その…雪ノ宮さんが、き」
「き?」
「きれい…だったから、なんだか話しかけられなくて」
「……」
雪ノ宮さんは押し黙ってしまう。
僕、変なこと言っちゃったかな?と、視線を恐る恐る上げてみると。
雪ノ宮さんは、ほんの少し、顔を赤くしていた。
僕に見られているのに気付くと、ぱっと顔を背ける。
雪ノ宮さんの顔に表情が浮かんでるの初めて見た…。
雪ノ宮さんはすぐに表情を元に戻し、咳払いを一つ。
「そう」
「で、あの、雪ノ宮さん」
何かしら、と雪ノ宮さんの冷静な瞳が僕に再び向けられる。
「どうして僕と一緒に帰ろうと思ったの?」
雪ノ宮さんの細い眉毛がぴくりと動いた。
「あの!雪ノ宮さんと一緒に帰れるのは、すごく嬉しいんだけど、僕たちまだ話したこともないから、気になって…」
僕が話すたび雪ノ宮さんの眉毛がぴくぴく動く。
「……わたくしのこと、覚えていらっしゃらないの?」
怒ってる?!冷たい無表情なのに、胸の内に沸々湧き上がる怒りが伝わってくるよ?!視線は僕を殺しかねないほど鋭利。冷気に体が震える。
ん?冷気?
今日は、一日中暖かいでしょうと天気予報のお姉さんが言ってたのになぁと、のんきにも考えていると、雪ノ宮さんは僕に向けた殺人級の視線をぱっと別の方向へ向ける。
僕もつられて同じ方を見る。
その瞬間、ヒュンと何かが僕の頰を掠め、コンクリートにザックリと突き刺さった。
包丁?
僕は頰を震える手で押さえながら、雪ノ宮さんが見据える先、電柱のてっぺんを見上げた。
「チッ、外したか…」
僕とそう年も変わらないように見える少女が電柱のてっぺんに立っていた。長い髪をゆるく三つ編みにした妖しく光る金色の目の少女は、全身を黒いローブで包んでいた。最も目を引くのは、少女が左手に持っている大きな鎌。優に、少女の身長の二倍ほどはある。
「優慈、下がりなさい」
雪ノ宮さんは少女から目を離さず、僕の前に立ちはだかる。
「おい、貴様。ボクの狩りを邪魔立てする気か?」
少女は唇を歪め、低い笑い声を立てる。
「貴様風情が死神のエリートであるボクから人間を庇護できるとでも思ってるのか」
少女はふわっと電柱から飛び降り、軽やかに地面に着地する。
「闇駆ける漆黒の翼、死神 美狂から!」
その言葉とともに、少女、死神の美狂は大鎌を雪ノ宮さんにピタリと据える。
「雪ノ宮さん!危ない!」
僕は雪ノ宮さんの腕を掴み、逃げ出そうとするけど、雪ノ宮さんはビクともしない。
「大丈夫ですわ。だって、わたくし」
雪ノ宮さんから冷気が吹き出してきたように感じた。白い光に身を包まれたかと思うと、雪ノ宮さんは白い着物姿で立っていた。
着物の前は大きく開かれ、白い肩とサラシを巻かれてもなお豊かな胸元があらわになっている。丈は太ももの半ばまでしかなく、輝くような足には白いニーソ。足元は赤い鼻緒が目を引く下駄。
「雪ノ宮…さん?」
一瞬、僕の方を振り返り、
「だって、わたくし、雪女ですもの」
花唇を真っ赤な舌で、艶めかしく舐める。
「面白い…!貴様人間の女ではなかったのか!少しは楽しめそうだな!」
美狂は大鎌を雪ノ宮さんに据えたまま、ケタケタと狂ったように笑う。
雪ノ宮さんは、美狂に掌を向け、さらに眼光を鋭くする。
と、次の瞬間。
「うっ…!」
美狂が苦悶の表情を浮かべ、鎌を取り落とした。ガランガランと耳障りな音を立て大鎌は地面に。美狂は体を痙攣させ、憎々しそうに雪ノ宮さんを睨む。うまく動けないようだ。
「雪ノ宮さん!何をしたの?!」
僕は思わず聞く。だって、雪ノ宮さんは何もしてないように見えたから。
雪ノ宮さんは腕を下ろし、肩を竦めながら僕を振り返る。
「いや、何もしてないのだけれど」
「え?それじゃあどうして…」
ぷるぷる震えながら美狂は口を開く。
「か…鎌が重くて筋肉痛が…!ウッ…!」
話した拍子に体を動かしてしまったらしく、筋肉痛に悶える美狂。
死神のエリートじゃなかったのかよ?!!?
僕は心の中でツッコむのをやめられなかった…。
「ふぇええん」
雪ノ宮さんのサラシで容赦なくギチギチに縛り上げられた美狂さん(もうすっかり悪役には見えないから、さん付けで呼ぶことにした。)は、情けない声で泣いている。
そんな美狂さんを絶対零度の眼差しで見下ろす雪ノ宮さんの方がよっぽど悪役らしい。
ちなみにサラシを取った雪ノ宮さんはキッチリと着物の前を閉じている。別に残念じゃないよ?!
「ごめんなさいごめんなさい〜うぅぅ…ボクは死神カンパニーの新人社員で…今日は初めての魂狩り…」
語り出した…と僕は思いつつ聞いてあげる。
「何回も面接を受けてやっと入れた会社なのだ…!家族の反対も聞かず家を飛び出した身だったボクは、ボク自身の意地ゆえに家族に頼ることも出来ず…今日家賃を払えなければ寮から追い出されることになってて……この仕事に生活がかかってたんだぁあ〜!!」
僕だって命がかかっていたんだからちょっと許し難いけど、可哀想だなと思ってしまった。
「ねぇ、美狂さん」
「?」
美狂さんは涙でぐしょぐしょになった顔を上げる。
「優慈、あまり近づかないように。この死神はこんな状態になっているけれど一度は貴方の命を奪おうとしたのよ。追い詰められて何をするか分からないわ」
美狂さんに近づこうとする僕を押しとどめる雪ノ宮さん。
「大丈夫だよ」
僕は雪ノ宮さんを静かに見つめる。
雪ノ宮さんはしょうがない、というようにため息をつき、手を下げた。ただし、美狂さんの動向にしっかりと注意は続ける。
僕は、縛り上げられ地面に転がされている美狂さんの前に屈み、目を合わせる。
「もし良ければだけど、次の仕事が見つかるまで僕の家に居候する?」
「「?!」」
美狂さんと雪ノ宮さん、二人ともが驚いて目を見開く。
「何?そんなことを言っていいのか?ククク…甘い人間だな…そんなに寝首を掻かれたいのか?」
「じゃあ路頭に迷ってもいいんだね」
「ごめんなさい居候させてください」
はや!
「貴方お人好しが過ぎるのではなくて?自分を殺そうとした死神を居候させるだなんて信じられませんわ」
雪ノ宮さんは呆れたように言う。
けど。
「そうだよね。でも、美狂さんをこのまま放っておいても、誰かの命を奪っちゃうかもしれないでしょ。そんなの駄目だと思う。だから、やっぱり放っておけない」
「そう…」
怒ったようにそっぽを向く雪ノ宮さん。
雪ノ宮さんは僕のことを心配して言ってくれてるんだ。それぞれの考えがあるけれど、僕は自分自身の考えを曲げる気は無い。
「…分かりましたわ」
「え?」
「わたくしも一緒に住みます」
「えっ」
なんだって…???一緒に住む?雪ノ宮さんが??僕と???
「やっぱり死神に居候させるだなんて心配ですわ。だから、わたくしが優慈を守ります」
そして、雪ノ宮さんは初めて、にっこりと、笑顔を見せたのだった。
雪女と死神と同居。とんでもないことになったぞ…???
続く。
はじめまして!せかおにと申します。
初投稿です。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
最後まで読んでくださりありがとうございました!第2話も頑張ります!