〜上〜
地球にいる億単位の人の中で、顔が似ている人がいるなら性格が同じ人もいるのだろう。
しかしどこか違っているのは間違いない。
イタリアの絵画の展覧会一ヶ月前に一本の電話と手紙が届いた。
私、片木尤来は日本の三大芸工大学の一つの洋画コースを出て、今京都で文化遺産の修復家をしている27歳。
その仕事の中で趣味と実績を兼ねて画家としても油絵を描いている。
その趣味とも仕事ともとれぬ絵画を3年に一度程度で出していた。
その一点がイタリアの展示会で実績に泥を塗った。
ーーーーー「あなたの作品は、ルイ・g・ベルナールの贋作である。展示できない。」
という手紙が届いた。
電話では日本の委員会からどのようにして作品の情報を探ったのかを質問された。
ルイ・g・ベルナール氏とはフランス出身の有名な画家である。
彼は美しい女の絵を描く。そして、何よりもその背景が人々の心を打つのだ。
生命力をお持ち、感性を持つ。
その才だけではない。彼はフランスの有名難解大を二本出たエリートである。
そんな有名画家の最新の作品のはずが、似た作品が存在してしまった。
これが人の目に晒せば彼の実績も汚してしまっていたはずだ。
よかったことに私の実績と信頼が汚れただけであった。
いや、私の時間と金が水の泡であった。
贋作とされたその作品は、自然の中に立つ自画像だった。
作品を描き始める数ヶ月前。
愛しい人が死んだ。結婚もしていた。
写真家だった旦那とよく遠出しては写真を撮っていた。
彼は自然が大好きでよく山に行っていた。福岡出身の彼の自宅からは海も見えて、静かな音の中に訛りの低い声が響いたものだった。
彼がお気に入りだという熱い眼差しで見つめていた写真が心に残っていた。
それは幼い私を撮ったものだった。
青いワンピースと白いカーディガン。
真っ黒な私の髪に日焼けもしなかった青白い肌。
新緑が少し夜で霞んでて、青と白がはっきりと浮かんでて、それは朝焼けの中起きた蝶のようだった。
彼が死んでから、その写真を見つめる瞳が脳内から消えなかった。
そして、海の底のような気持ちにすっと入り込んで来て悲しみに浸った。
彼はなぜこんな悲しい写真が好きなのか不思議に思えた。
「よかね」と呟く、彼。
彼の故郷と仕事場を行き来しながら考え込んで描いた。
この作品だけはたくさんの人の心に残して起きたいと思ったはずだったのに、出展不可となった今では彼の思い出だけが私の心に残っている。
手紙の中にはまだ知らせが残っていた。
一人の名と一つの題名と展覧会の名だった。
贋作だと言われた作品と似た有名画家が描いた作品を見てみたい。
どんな思いでこの作品を描いたのか聞けるのなら聞きたい。
私は、まだ見ていない作品の題名だけを片手にイタリアへと飛び出した。
ーーー“探し求めている” ルイ・g・ベルナール作ーーー
展覧会は6月下旬だった。
暑すぎない夏にどこか気持ち良い落ち着きを感じた。
古びた屋敷の周りをひまわり畑が覆っていた。
最高の場所に最高の絵画が飾られる。この雰囲気の中で観れるなんて素敵なものに違いない。
人が混むこともなく少なくもない。
ゆっくりとした時間が流れていて、日本とは違う心地にたくさんの想いが込み上げるほど考えさせられた。
入り口にチケットを見せて、自分の名前と仕事先が書かれたネックストラップを貰った。
薄めのベージュのスーツに青い縦線が入る。
初めの部屋は大きく開けた広場だった。そこにはガラス張りになって一般の方たちの作品がずらりの並んでいた。
50号にも満たない油絵だったが、繊細に描かれたものに技術の違いを感じさせられた。
こっちじゃ凄い技術を持った人がゴロゴロいる。
圧倒された技術に気圧されそうだった。
一番目の部屋を進み、奥へ奥へ行くともう会員の名が知れた匠の部屋に入って行く。
ここに私も入るはずだったのだ。
私は足を止めた。
メインの部屋だろう入り口にはシンプルながら高級感に満ち溢れていた。
金のパネルには作者の名前がある。
心して私は真っ白な壁を通り抜けた。考えてきたことが通りを歩くたび無になる。
「あぁ」
そう溢れた息を浄化するように偽物の新鮮な空気が吸い取る。
これはあの人の写真だ。
涙が出た。
あの人が「よかね」と呟いた可愛い訛りの低い声。
熱い眼差しが私の脳裏に走り去った。
何分も観ていた時、隣に座ったおばさまが私に言った。
「これは、あなたがモデルなの?」
「え?」
再度見ると、違和感に気づいた。
あの人が撮った写真は子供の頃の私だったから気づかなかった。
今の私にどこか似ている。
背景も何もかもどこか古びているように見えて、もし今同じあの自然に立つならこんな感じかも知れない。
「い、いえ。違うと思うんですけど・・・。」
「そうなのかい?とても似ているよ。見た目もだけど、あなたから伝わる雰囲気もね」
にこりと笑うおばさまの顔を見ながら、現実に戻った目でその絵を見返した。
よく見ればあの写真と雰囲気が違う。
あの写真に重ねて見ていたせいではっきりと見えていなかった。
逆に私が描いた絵の方に似ている。
この絵を描いた時の感情が似ていたのかもしれない。
この人はどんな出来事があったのだろう。
それだけが頭から離れなかった。
展覧会を後にし、予約していたホテルに向かった。
あえてイタリアで取らずフランスで宿をとった。
ベルナール氏がどんな環境で育ったのか見て見たかったのだ。
建築物一つ一つに心から息が漏れた。
綺麗で古びた感じが逆に高級で繊細で広々としている。
陽の落ちにくいここだからこそ、まだ人々は動いている。
眠さは確かにあったがこの歳になってここのバーで飲むのが夢だった。
知人に勧められたバーに入ると、日系が珍しいという雰囲気で目線が注がれた。
ハンサムなマスターがようこそと何がいいか聞いて来た。
オススメのカクテルを飲みながらマスターが話しかけてくる。
「お嬢さんお仕事でこちらに?」
「まぁそんなところです。展覧会を観に。」
「あぁ、あそこのですね。このバーにお得意様がよくいらっしゃるんですよ。」
「え?出展者ですか?」
「はい。今夜はもう帰られましたけどね。」
マスターはにこやかにカクテルを作っている。
イタリアは近いし出展者って言ってもフランスの方はたくさんいるしベルナール氏とは限らないよね。
“カランカラン”
「あれ?ベルナールさん。戻られるなんてどうしたんですか?」
「いや、鍵を置き忘れてね。」
あの作者と同じ名前、でもベルナールなんてここでは多いか、なんて驚いたものの冷静になった。
しかし、彼は鍵を取りながらふと見えた私の顔をみて驚いていた。
「・・・失礼した。」
そういうと彼は顔を背けた。
「いやぁ、ベルナールさん先ほどあなたの話をしていたんですよ。このお嬢さんも芸術家でいらっしゃってね。」
私は息を飲んだ。
「あなたがルイ・g・ベルナールさんですか?」
「え・・・と言うことは展覧会にいらっしゃったんですか」
「はい。私は出展できませんでしたけど・・」
「・・」
彼は何か思いつめたように私を見る。
名前だけで顔も見たことがなかったけど、綺麗なブルーの瞳に金がかったブラウンのオールバックの髪型に少し顎髭。
一見30代に見えてとてもハンサムだった。
「あの、この後時間ありますか?」
「え」
思ってもいなかった言葉にチャンスだと思った。
この人の絵に対しての想いが聞けるかも知れない。
「えぇもう出るところだったので」
そこから私たちは静かな坂道に出た。もう繁華街からは出てしまった。
赤いオープンカーが駐車場に止められてある。
「乗ろうか」
言われるがままだった。
ほろ酔い気分もすっかり冷めていた。
緊張で汗ばんで来ている。
口数が少ないのか無言な時間が長く過ぎた。
数分でついた先は、開けた平原に海が見える一軒家だ。
「ここは私の別荘でね。今日はここに泊まって行きなさい。疲れただろう。」
家に入ると、古い骨董品が目にとまる。
シンプルで素敵だ。
部屋に案内され、着替えもないまま私は案内されたソファーに腰をかける。
するとノックオンとともにグラス2個とワインを持ったベルナール氏が飲まないかという。
正直ねれる格好でもない。だから肯定した。
「君の名前を聞いてもいいかな」
「片木尤来です。」
「ユーキか。私はルイでいい」
「あの、聞いてもいいですか?あの絵のことについて」
そういうと彼は苦笑いをしながらああと答える。
そこから話を聞くにつれ、本当に偶然で必然だということを思いさられる。
そう、私の旦那と繋がりがあったことを・・。
「私は日本の写真家の友人にある写真を見せて貰ったことがあるんだ。彼も私も20で互いに名が知れるようになって知り合った。
そんな彼が自慢げに私に見せたのが女の子の写真だった。私はその女の子に心が奪われた。
15,6歳の少女がなんとも言えぬ夜の艶を出していて、見るからに胸を締め付けられそうな感情が伝わった。2年前彼が亡くなったと聞いた時その写真が頭から離れなかった。彼女が今大きくなったらどんな女性になっているか気になった。彼が彼女のことを私に何か伝えたがっているような気がしてならなかったんだ。僕は記憶にある映像と大きくなった姿を想像して。
そしたら、
君があのバーに現れた。しかも、あの写真の女の子とそっくりで。いや本人で・・・・」
窓から青い白光が差し込んだ。
私のベージュのスーツが青と白色に変わっていた。
彼の青い瞳がより濃い青となって、海の底に押し倒すように青く染められたベットに倒した。
悲しさと神秘的な幻想がアルコールの回った脳をかき回す。
彼の瞳は熱い熱を持っていた。
「い、いや・・・ダメです。私あの人の」
言おうとした途端唇を奪われていた。
頭を胸に当て、彼は呟く。
「これは、運命なんだ!・・・ずっと会えたらと・・・探して」
長いまつ毛の瞳の奥に何か揺らめいて、辛そうな顔をしていた。
私は心の奥に苦しい思いを感じて、旦那が仕組んだ何かの出会いなのかと
思ってしまったのだ。
ーーーーー
蜘蛛の糸にかかってしまった蝶のような、そんな関係性を感じていた。
異なる存在なのに住んでいた環境が同じで出会ったというなら、違う形でも、心は同じものではないだろうか。
眩しいくらいの日差しが目を覚まさせる。
白い肌に赤く歯型が残っていた。
食べられた蝶のようだった。
シワになったシャツとヨレたスーツを着て、もぬけの殻になった家を出る。
何が起こったのか曖昧にしかし確実にわかっていた。
もともと取っていたホテルに向かっている途中だった。
後ろから赤いオープンカーが私の横に通り止まる。
サングラスをかけ、小麦に輝くサラサラな髪が揺れていた。
「やあ、お嬢さん」
その男は天才過ぎたイカれものである。
「ベルナール氏・・・」
「ルイでいい」
昨日とは違う雰囲気にダンディな中年から一気に20前後の姿になった。
伸びていた髭もない。
白いシャツと対象に黄ばんで見えるスーツ。
私はその爽やかさにため息が出た。
「昨夜のことはなかったことにしてください。これでも私は既婚者なので」
キスで言えなかったことを伝えると、彼はわかっていたかのように嫌味な笑みを見せたのだ。
「あぁわかっていたよ。でも、私は自分の直感で生きているからね。君は運命なんだ。」
サングラス越しでその熱意はあまり感じられない。
なんていう芸術家だ。既婚者とわかっていながら、それでも運命として捉えた男。
常識離れた存在も関係も蒼く壮大に広がる空間の中ではちっぽけなものにしか見えなかった。
街には程遠い一本道を見て、今朝出発のはずの便の飛行機雲みため息をついた。
今日は月曜日。仕事は木曜日からのはずだった。
火曜日に帰って休む時間が少しだけか・・。
いろんなことにため息がつく。
横にはフランスのイケメンがサングラス越しに笑みを浮かべて、ゆったりとした風が体を押す。
「乗るのか、乗らないのか。」
「・・・」
太陽が心の罪悪感を薄らいでくれて、もうなんでもできるんじゃないかと諦めて乗った。
芸術家はやはり芸術家であった。
手の骨格がとても綺麗で惚れ惚れするほどだった。
ずっと見ているのもあれではあったがひとつひとつの指がハンドルのにぎる形や髪をかきあげる繊細さに目を奪われる。
多分彼は私の視線に気づいていてあえてこちらを見なかった。
そのあからさまな空間が私の目のやり場と緊張を乱雑することはなかった。
「どこ行くんですか」
視線を横の山々に目を向けねがら呟いた。
計画的な言葉が彼の企んでいることを物語る。
「私の職場」
「え・・」
彼が現在在住してるのはイタリアでもフランスでもないと聞く。
そして、目の前に見えてきた空港に焦りを感じた。
「ちょ・・・ルイさん。私荷物がホテルに、あと私は明日中には日本に帰らなければならないのですが」
「そのことは心配しないでくれ。私は君の上司、長谷部くんとは昔からの知り合いなんだ。連絡させてもらったよ。荷物ももう運ばせている。」
「ママママ・・待ってください!!!!そんな話聞いいてません!」
彼は大丈夫だろうと言った。急に私は彼と彼の仕事場に行くことになったのだ。
ーーーーードイツ南部バイエルン州
空港で手続きを終えて、晴れた今日にはノイシュバンシュタイン城が見える。
赤いレンガの古びた大きなこの家は彼、ルイ・g・ベルナール氏の現在の拠点になる。
自然豊かで広々とした空間が彼の作品の一部を思い出させるものだった。
家に上がると、新鮮な野菜と果物、グラス皿がキッチンの周りに綺麗になれべられていた。
細い扉にはワインだろう貯蔵庫もある。
ひらけた廊下はガラス張りになっていて、外の庭が見える。
小さなプールの向こう。家の離れには真四角な白い建物があった。
彼は家でもてなすのではなく、離れの建物へと歩いていく。
蔓の伸びた花に生暖かい風が白い木材の扉に惹きつける。
彼は黙々と進み始めたかと思うとやはりのその扉で止まり無言で私に道を譲った。
それに応えるように金のノブを話ますと思ったよりも軽い扉は軽く吹いた風で行き良いよくあいた。
「」
ハッとした。
壁には鉛筆で書いたような大きなデッサン用紙があった。
それは、イタリアの展覧会で出した彼の作品のものだった。
そこには等身大で書かれていて、少し私よりは大きな私がいた。
そしてその横には夫の写真が乱雑に貼られていた。
どれも覚えのある幼い頃の夫が撮った写真。
囲むようにオイルと乾いた油絵の色がある。
私の視界いっぱいに広がる魅力的なものに私は胸に何かを募らせた。
これが見たかったのだ。
私はここに来るために展覧会を口実にやってきた。
同じ絵を描いた何者を知るために。
彼がどう感じたのかは知り得ないが同じ写真を見ていた。
これは外見的に似た一つである。
「ルイさんと私の絵が似た理由がわかりました。」
「わぁお・・口頭だけでしか知らなかったが、ここまでとは!」
私は彼に一つの写真を見せた。それは私が描いた絵。
彼は写真を手にして瞳を大きくした。
彼は息を大きく吸って笑みを見せたが私を見た瞳には少し潤ったものがあった。
彼は私を抱きしめて呟いた。
「君はすごい・・僕とはやはり違っている。」
「・・・え。似ているのでは・・・」
彼は言う。この世に似ている者などいないと。
私は少し裏切られたような気がした。
同じような作品を描いたのだから同じ心情に違いなく同じ性格だと。
そして私は見てしまった。
写真の一つに夫が撮ったのではない女性の写真を。
黒髪に黒い瞳である褐色の肌の女性。
きっと彼も、同じ境遇なのだはないかと。
思ってしまっていたのに。