八呪 助けてくれた人
「予想を裏切らないわねあなた……」
呆れ返る鈴音のリアクションが腑に落ちないらしく、叶真は首を傾げていた。
「どうした? なんでそんな疲れた顔してんの?」
「いえ、あなたの財政状況を聞いたうえでさっきの話を思い出した結果の嫌な予感が、ものの見事に的中してしまって脱力しているだけよ」
「サッパリわからないんだが……」
本気でわかっていない様子の叶真に、鈴音は懇切丁寧に説明を始めた。
「さっきの話に出て来た粗大ゴミって、あなたの自転車のことよ」
「はぁ!? なんでだよ!?」
いきなり自分の自転車を粗大ゴミ扱いされキレる叶真に、鈴音は面倒そうにではあるが律儀に続ける。
「まずその自転車、全体的に錆びまくっているわよね? その時点でもう見た目はゴミなの。そのうえハンドルは片方明後日の方向に曲がってるし、フレームも全体的に歪んでいる。極めつけにタイヤがどっちもパンクしてるじゃない。それはどこからどう見てもゴミよ。と言うか、話に聞いていたより数段酷いし」
鈴音の言う通り、叶真が乗ろうとしているそれはもうすでに自転車とは呼び難い。後ろの荷台も後輪の上にあるはずのフレームもないし、チェーンも錆で真っ赤だ。どこからどう見ても、紛うことなき粗大ゴミだった。
が、叶真は何を言っているのか全くわかっていないようで憤慨していた。
「意味わかんねえ!! ちゃんと動くし、前輪のフレームに自転車通学の許可証だって貼ってあるんだぞ!? それを言うに事欠いてゴミとか失礼過ぎるだろ!!」
「位置的に見づらいでしょ。普通後輪のフレームに貼るのにそれがないからそこに貼ったんでしょうけど、言われるまで私気付かなったもの」
そこまで言われて、納得はしてないまでもこれがゴミ扱いされていたと知り、叶真はムッとしていた。
「ちゃんと許可証あるってんのになぁ……明日ひとみちゃんに抗議するか」
「それで収まればいいのだけれど。割と大きな問題になっているようだし、明日朝一くらいで言わないと、多分より面倒なことになるわよ」
今すぐ言うのが一番いいのであろうが、担任である人見剛太郎は大事な用があるとかで学校に残らず帰ると言う話を聞いた。どうやらつい最近子供が生まれたばかりらしいので、病院にでも行くのだろう。
担任以外の先生だと誰に言えばいいのかわからないし、説明がややこしくなる恐れがある。ここは次の登校日に早めに学校に行って、担任に言うのがベストのはずだ。
そう判断した叶真はどこか釈然としないものを感じながらも、その件は後回しすることにした。
「ったく、なんでこんなことに……」
てくてくと案内のため先を歩く鈴音の後ろをついて行きながら、叶真はまだ納得出来ずに不満顔だった。
「いい加減そう言うものだってことにして、諦めたらどうかしら。後ろでぶつぶつ言われていると、不審者につけ狙われてるみたいで落ち着かないのだけれど」
器用にも歩きながらこちらを振り返って言う鈴音は、相当うんざりした顔をしていた。ただでさえ歩いて帰ることになっているうえにその相手が文句ばかり言うようなやつであれば、誰だってうんざりするだろう。鈴音の場合は特殊な部類なので、こういうことはそうそうないだろうが。
叶真も鈴音に愚痴っても仕方がないと思い、素直に謝った。
「悪かったよ。お前は客観的に事実を言っただけだもんな」
「まあそうね。それと後ろでその自転車を押しながら来られて気付いたのだけれど、錆びているせいであちこちギィギィ鳴ってうるさいわ。油は差さないの?」
「ねーよそんなん。つーか、この自転車だって貰い物だし」
「むしろその自転車をくれた人、あなたに嫌がらせしてるんじゃないの?」
ここまで粗大ゴミな自転車をもらっても、大抵の人は困るかゴミを押し付けられたと怒る。
だが、貰った当の本人である叶真はその問いに首を横に振った。
「それはない。このチャリは俺の恩人――ツカコさんって呼んでる人が、わざわざ捨てられてたチャリのパーツを拾い集めて作ってくれたもんなんだよ。
俺のせいでお金ないのに、新品の買えなくてごめんて謝るような人だぞ。貰ったのってだいぶ前だし、そりゃゴミに見えるくらい傷んでるかもしれないけどさ、嫌がらせだなんてあり得ねえ」
「……いい人なのね、その人」
叶真の話し方を見れば、そのツカコと言う人物が善人なのは間違いなかった。しかも、そのツカコと言う人物がしたことは、それだけではないらしい。
「ああ。俺が借金のせいでどうにも出来なかった時、ポンと二百万貸してくれてさ。『出世払いで倍にして返せよー』って笑いながら、期限も決めずに。お蔭で完済までは出来なかったけど、借金取りが大人しくなってくれて高校に行けたってわけだ」
「……ええと、何と言うか、とてもコメントしづらいわ」
高校に行くのが難しいほどの借金もそうだし、二百万あって完済出来ない額の借金と言うのもどう言っていいのかわからなかっただろう。
叶真もこんな暗い話をするつもりはなかったので、少々反省した。
「あー……なんか悪い。俺は別に気にしてねえっつか、どう言われようと事実だからさ。特にどうとも思わねえんだけど、普通特別仲良くもないやつにこんな話突然されたら困るよな」
「ええとても」
「そこで誤魔化さないお前、マジすげえわ……」
ここまではっきり言われると、呆れるのを通り越してもはや感心するしかない。
そんな会話を繰り広げていると、いきなり鈴音がピタリと立ち止まった。
「どうした?」
叶真がそう訊くと、鈴音はポケットをごそごそと探りながら答えた。
「ここが私の家よ」
「……え?」
言われて、叶真が鈴音の立ち止まった家を見ると。そこは、かなり大きな家だった。