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七呪 思わぬ誘い

 叶真の反応が恥ずかしかったのか、鈴音はまだ赤みの引かない頬を視界から隠すようにそっぽを向きながら、コホンと咳払いをした。


「お、お腹が空いた。そう、お腹が空いたのよ、私。だから今から帰るのだけれど……」


 そこで言葉を切った鈴音はそっぽを向いたままチラチラと叶真の様子を窺ったかと思うと、どこか怒ったような調子で言った。


「……暇なら、私の家に来る? 大したものはないけれど、草よりはマシなお昼ご飯なら出せるわよ」


 いきなりの申し出にポカーンとしていた叶真だったが、鈴音が言ったことが脳まで到達した途端ブンブンとヘッドバンギングのごとく頭を縦に振りまくった。


「そ、そりゃもちろん行っていいのなら喜んで!!」


「言っておくけれど、期待はしないでくれるかしら」


「大丈夫だ毒がなくて咀嚼出来るもんなら何でも食えるから!!」


「……好き嫌いはないってことで認識しておくわ」


 若干呆れたように言った鈴音は、おもむろに右手を叶真に向かって差し出した。


「? 握手でもすんのか?」


「違うわよ。言ったでしょう、私は瞬間移動が出来るって。歩くのも面倒だから、それで帰ろうかなって」


「ああ、なるほど! え? じゃあなんてお前昨日徒歩で帰ってたんだ?」


 あれだけ疲れていると言っていた昨日の方が、瞬間移動で帰りそうなものなのに。


 鈴音の答えは、至極単純なものだった。


「昨日はどうしても寄らなくてはいけないところがあったのよ。家に直接帰るのであれば、トイレ辺りから魔法を使えばいいのだけど。目的地が人の多い場所の場合、目撃されてしまう恐れがある。だから昨日は徒歩で帰ったのよ」


 何もないところから突然人が現れれば、絶対に驚かれる。しかもそれに種も仕掛けもないのだから、面倒なことになるのは間違いない。


 その答えに納得した叶真だったが、鈴音と一緒に帰るに当たって一つ大きな問題があった。


「悪い蛇喰、俺チャリ通なんだ」


「……ちっ」


「舌打ち!? いや悪いてかホントごめん! 俺んちちょっと遠いから、チャリないと困るんだよ! 明日もバイトだし月曜登校出来なくなるし!!」


「遠いって、どれくらいよ?」


「電車乗らねえから詳しくわかんねえけど、多分七駅ぐらいとなり」


「ば、馬鹿じゃないの!?」


 学校から駅の距離も含めると、叶真の家の位置にもよるが自転車でも最低一時間かかる距離だ。普通はその距離であれば電車を使うであろう。


「ぜんっぜん近くないじゃない学校!! 家から近くて安いところ選んだんじゃなかったの!?」


「いやだから、ここが市内で一番学費安かったんだって」


「ほぼ市の反対側じゃないの……」


 朝から一時間も自転車を漕ぐなんてあり得ないと鈴音が戦慄するが、叶真にとっては慣れたものだ。


「定期代払うような余裕があったら、借金返済に使うからなあ。あれってひと月で俺の食費二か月分超えるんだぞ? そうそう買えねえって」


「サラッととんでもないこと言ったわねあなた……」


 この年で借金を抱えていると言うのもそうだし、食費がニか月で四千円を下回ると言うのも普通はない。しかも、俺の家、ではなく俺と個人の食費を把握しているところを踏まえると、叶真が一人暮らしをしているだろうと推理出来るのも闇が深かった。


 流石に借金の件をこれ以上突っ込むと藪蛇になりそうだからか、鈴音はそれについては何も言わなかった。その代わりに、盛大に嘆息してくるりと入口の方を向く。


「まあ、そう言うことなら仕方がないわね。私の家はここから歩いて十分くらいだから、今日は歩いて帰ることにするわ。学校の駐輪場から瞬間移動するのは、見られるリスクが高過ぎるもの」


「ホントごめん……」


 と言うわけで、二人は歩いて帰ることになった。四階にある図書館の階段に鈴音が辟易しながら降りるなか、毎朝一時間も自転車を漕いでいる叶真は余裕そうだ。鈴音より少しだけ先を歩く叶真の背中を見ながら、鈴音はふとロングホームルームで言われたことを思い出した。


「そう言えば、昨日駐輪場に粗大ゴミが捨てられていたそうよ」


「あー、そう言や帰りにひとみちゃんが言ってたなぁ」


 ひとみちゃんと言うのは叶真のクラスの担任で、フルネームを人見(ひとみ)剛太郎(ごうたろう)と言う、れっきとした男性教師だ。しかも、担当は体育。


 大抵はいかにもスポーツマンと言った感じの教師を思い浮かべるだろうが、剛太郎は名前や担当科目とは裏腹にずいぶんと華奢だ。線が細く色白なので、見ようによっては女性にも見える。

が、体育の担当だけあってスポーツ万能で、足が速く体力もある。身体は丈夫な方ではないらしいのだが、どうしても体育教師になりたかったそうだ。


 そんな可愛らしい外見から、入学初日から速攻であだ名が決定したと言う次第だ。


 自分よりも小さな担任教師のことを思い出しながら叶真がそう返すと、鈴音は何となく感じていた嫌な予感を確かめるように言葉を続ける。


「なんでも、駐輪場の一番端っこの一年生用スペースに置かれていたそうよ。あちこち錆びているうえに前輪も後輪もタイヤはパンクしていて、どう見ても廃車って感じのママチャリが一台。

昨日の夕方見たらなくなっていたから引き取って行ったのかと思いきや、今朝見たらまたあったらしいわ」


「ひとみちゃんもそんなようなこと言ってたなー。入学早々そんなことをするような奴を見つけたら、即刻反省文書かせて親呼んでやるっつってたっけ。だから心当たりがある奴は名乗り出ろーって。ま、誰も手ぇ挙げなかったから、うちのクラスは関係なかったんだろうな」


「……」


 はははーと笑い飛ばす叶真を見ながら、鈴音は嫌な予感が確信に変わるのを感じた。


 まもなく二人は駐輪場に到着し、何の迷いもなく叶真が向かったのは。


「よし、んじゃ行くか!」


 一年生用のスペースの一番端。ボロボロのママチャリが停まっていた場所だった。


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