四呪 魔法とか
翌日。部活説明会などのイベントを終えた叶真は、早速昨日の話を続けるために鈴音の元へと向かった。
叶真は一年A組、鈴音は一年D組なので、教室は地味に遠い。だがA組の方が昇降口へ向かう階段が近く大抵の生徒はここを通るため、扉を見張っていれば見つかると思ったのだが、そう上手くはいかなかったのだ。そこで仕方なくD組の教室へ向かったのだが、そこにはもう誰もいない。
「って、あいつ真っ直ぐ帰んなかったのかよ!」
入学して早々、行くところがあったのだろうか。新入生オリエンテーリングと部活動説明会はあったのだが、仮入部は週が明けた月曜からだ。今日は金曜日なので、特に行く場所もないと決めてかかっていたのが良くなかったらしい。
目立つのを覚悟でD組に行けば良かったかとも思うが、入学したばかりで変な目立ち方はしたくなかったし、昨日の態度から察するに鈴音はもっと嫌がるだろう。無駄な会話で疲れたと言うほどに会話をしたくないのだから、余計な会話が増えるのは好まないと思われる。
しかもそれが、あの別のクラスの男子、誰!? 彼氏!? などと言う最も面倒な色恋沙汰に関するものであればなおさら避けたいはずだ。友達もあの様子ではいないだろうから、友達の用事に同行したと言う線も薄い。
そこで立ち止まっていても埒が明かないと気付いた叶真は、とりあえず学ランのポケットから生徒手帳を取り出した。そこには学校の見取り図も載っているので、それを見て考えようと思ったのである。
「蛇喰がわざわざ俺に見つからないように帰ったのでなければ、逆の階段から行ったんだよな。ってことは……」
D組付近の階段の方が近く、かつ学校のことに詳しくない新入生でも行くような場所の心当たりは、一か所しかなかった。
「図書館か!」
という訳で図書館へと行ってみると、案の定鈴音はそこにいた。生徒どころか司書の姿すら見当たらない貸し切り状態のその空間で、鈴音は一人本を読んでいる。近寄ってみると、その本の題名は『呪い全集』。
「……えと、蛇喰?」
「ふあっ!?」
近くまで来ていた叶真の気配に気付けないほど真剣に読んでいたのか、鈴音は声をかけられた瞬間奇声を上げて飛び上がった。それだけでなく、至近距離にいた叶真から反射的に離れようとしたのか椅子ごと後ろへひっくり返るというおまけつきだ。
「わ、悪い!」
声をかけただけでそこまで驚くと思っていなかった叶真は、鈴音のリアクションの方に驚きながらも手を差し伸べた。鈴音は一瞬不思議そうに差し出された手を見ていたが、自分がひっくり返っているという現状を思い出したのかすぐにその手を掴んだ。
見た目以上に軽いなと思いながら助け起こすと、鈴音はスカートに付いてしまった埃を払ってから言った。
「お、驚いたわ……あなたも瞬間移動が出来るのかしら?」
「いや出来ねえし普通に正面のドアから入ったんだが……つーか“も”ってことは、お前は瞬間移動出来るの?」
「!」
あ、やばいどうしよう、みたいな顔で、鈴音は固まった。どうやら、図星のらしい。
「えーっと……大丈夫だ、誰にも言わない。なんなら、俺が使える魔法も教えるから、それでおあいこってことで……」
恐る恐る言った叶真に、鈴音は微かに困った顔になった。
「今のは私の失言だわ。あなたが気に病むことでは……それに、別に隠しておかなければいけない、というような話でもないしね。ただつい、いつもの癖で」
「いつもの癖?」
「そう。あなたは魔王の子孫だなんてふざけた経歴だからいいのだけれど」
「おいこら勇者の子孫が何言ってんだ」
「そこは……今はいいとして、あなたは私よりも魔法とかに親しんでいそうだからいいのよ。けど今の言葉を、一般人の前で言ってごらんなさい? どう思われるかは、火を見るよりも明らかでしょう」
「……あー」
言われて、鈴音の固まった理由に思い至った。
普通の人間に瞬間移動がどうとか、魔法がどうとか言えば、良くて中二病、悪いと頭のおかしい人間と見做されてしまうだろう。下手をすれば、魔女狩りのような事態が起こってしまう恐れだってある。
鈴音は嘘が吐けないと言うより、何も考えずに思ったことをなんでも言ってしまっている感じだ。そんな鈴音が魔法を使えるとなれば、ぽろっと言ってしまってもおかしくない。と言うか今の反応を見る限り、何度か口が滑ったことがありそうだった。
「そんなわけだから、あなたにだったらバレてもいいのよ、別に」
「まあな。同類っちゃ同類なわけだし」
「魔王の同類にしないでくれるかしら。ベクトルが真逆じゃないの」
「そうだけどそこは同意とまでいかなくても、否定しないで飲み込んどくとこじゃないかね蛇喰さんよ……」
ため息を吐きたくなるのを我慢して叶真が言うと、鈴音は鈴音で微妙な顔をしていた。
「そうかもしれないのだけれど、どうも否定したくなると言うか、ありえないだろふざけんなとDNAレベルで拒絶反応が出たと言うか。どうもそこに同意したら、アイデンティティがまるっと崩壊するような危機を感じたのよ、なぜか」
「DNAに刻まれるほど恨まれてたのか俺の先祖……」
若ハゲになると言う謎の呪いをかけられている時点で恨まれていたのはわかっていたが、ここまで強く拒絶されるほどとは思っていなかった。しかも、鈴音本人の意志ではなく反射的に出たと言うのが問題の根深さを示しているのではないだろうか。
「まあとりあえずそれはいいとしといて、わざわざ呪いについての勉強していてくれたんだよな?」
「今日は暇だったから」
やはり昨日のあれは断るための言い訳などではなく、本当に疲れていたから断ったのだろう。正直なのはいいことだと思うが、鈴音の間の取り方が独特なうえに素で毒舌なので、正直に言っているように思えないのが問題だ。
これは勘だが、こいつには本気で友達がいないんだろうなーと叶真は思った。叶真にも友達と呼べるような人間はいないので、鈴音に知られれば何自分のことを棚に上げてるんだと言われそうだ。