三十二呪 越えてはならない一線
黙り込む叶真を優しげな目で見る求磨からは、邪気は感じられない。先ほどの闇がなんだったのかと言いたくなるくらいに。だが、それはほんの数秒だけ。すぐに求磨のことを、闇が覆い尽くした。
「問題は、ここから。普通いくら遺伝子をどうこうしたところで、呪いという魔法に魔力を供給するものがいなければ、いつかは解呪されるものなんだよ。けど、そうなっていない。それはなぜか」
「……勇者の呪いが強力過ぎたからじゃねえのか?」
「違うよ。いくら勇者がかけた強力ま呪いと言えど、無補給だと効力は精々百年。つまり、動力源は必ずあるってことだ。レネルアの代わりに、呪いに魔力を供給出来る存在と言えば?」
求磨に問われ、叶真は考える。レネルアがかけた呪いは特殊だし、魔法を使えるやつなんてそう多くはないだろう。さっき求磨の話に出て来た魔法を研究する組織だって、魔法使いがいたとしてもレネルアの墓を暴くくらいだ。呪いの件とは無関係と見るべきだろう。と言う事は、魔力を供給している人物は一人しか――
ハッと求磨の隣の少女を見る。それは、信じたくなくて。信じるわけにはいかない結論。だけど、解答はとてもあからさまにそこに存在していた。
「……おい、待て。それこそ嘘だろ。だって、それは……!!」
「そんなこと、あるわけないって? でも、これが事実だよ。キョウ」
僕達を今呪っているのは、この女だ
そう告げた求磨は、いっそ清々しいほどの笑みを浮かべていた。何かを振り切ってしまったような、そんな壊れた笑顔。
「本人の自覚のあるなしに関わらず、魔力が供給されているのは事実なんだよ。正確に言うと、この女本人と言うよりも勇者の血を引く者全員って感じかな。勇者の血そのものが、世代を超えて僕達を呪っているんだよ」
「……だからお前は、蛇喰に何かしたのか? 俺達魔王の子孫にかけられた呪いを、強制的に解かせるために」
それなら、納得は出来ないが理解は出来る。
だが求磨は、ゆるゆると首を横に振った。
「それは違うよ、キョウ。と言うか、それは無理だ。さっきも言った通り、自覚なんて関係ない。無自覚であるなら解呪の方法なんて知らないだろうね。それに、この呪いを解呪するには、この世から勇者の血を根絶やしにするしかないんだから」
「は……?」
勇者の血。それが、自分達を呪っているのだと、求磨は言っていた。それが本当ならば、確かに呪いの根源である血を消すことくらいでしか解呪することは出来ないだろう。だがそれは――
勇者の血を引く者、鈴音を含めた全員を皆殺しにすると言う事だ。
「僕がこの女に何をしたか、だったよね。僕の魔法をかけたのさ」
「それでなんで、蛇喰がそんなことに……」
尋ねる声にどこか覇気がないのは、本人の意志とは無関係とはいえ真実を知ってしまったからだろうか。今現在の呪いに、鈴音が関わっているということに。
叶真の葛藤を見透かすように笑う求磨は、とても楽しそうに歪んでいた。
「僕の魔法はね、自分以外の生物にかけると身体能力が強化されたり強度自体が上がるだけでなく、狂化――つまり、精神が変容する。凶暴になり、魔法をかけた術者である僕の命令を聞くだけのバーサーカーになるのさ!!」
「お前、それはっ……!!」
それは、越えてはいけない一線だ。
そう言いたかった。だがそれを言葉にする前に、気付いてしまった。求磨が、鈴音にその魔法をかけて何をさせようとしているか。
勇者の血を、根絶やしにする。普通に考えて、一人ずつ殺して回るしかない。だがそんなことは実際不可能だ。途中で気付かれ警戒されれば、すぐに取り押さえられる。常人よりも虚弱な求磨が、例え自らに強化の魔法かけていたとしても絶対無理だ。
なら、どうするか。答えは簡単だ。
身内である鈴音を操って、油断させて殺せばいい。鈴音のテレポートを使えば、人を殺すのなんて簡単だ。適当な物を体内にテレポートさせれば、それで終わり。証拠だって残らない。そうすれば、勇者の血族は存在しなくなるだろう。
他ならぬ、勇者の末裔である鈴音の手によって。
「……待ってくれよ、キュウ。お前、そんな……そんなのは……!!」
「間違っている、って?」
どこまでも楽しそうな求磨。叶真の知る優しい求磨なんて、もういなかった。だって、こんなにも邪悪に微笑む存在を、叶真は知らない。
「最初に間違ったのは僕じゃない。レネルアとか言う、勇者気取りのヒステリックで自分勝手な最低女さ。あいつが元凶。全ての始まりだ。僕はそれを正すだけ。理不尽な呪いを解くためにね」
「そんなことで呪いが解けたって、どうしようもねえだろ!! それは、また違う呪いを生むだけだ!!」
「大丈夫さ。呪う奴がいなくなるんだから、呪いだってなくなる」
「んなわけあるか!! 死んだ人間だって呪う。いや、むしろ死んだ人間の方が強いだろ。人を殺せば呪われるのは当然だ!! だったらそれは、呪いを余計に強くするだけでなんの意味もない!!」
「意味なんていらないだろう? ただ呪いが解ければそれでいいって、なんでわからないんだ?」
叶真の言葉は、想いは、何もかも届いていない。上滑りするだけで、求磨に何の影響も及ぼしていないのだ。




