三呪 悪いやつではないんだが……
あまりにもしつこく叶真が食い下がるので、少女は面倒そうにしながらもスカートのポケットからケータイを取り出して告げた。
「仕方ないわね。今日は疲れていてもう本当に関わり合いたくないから、連絡先だけ教えるわ。今度、暇な時になら手伝えると思うから。だから本当に今日は帰ってちょうだい。ケータイ出して」
「……俺、ケータイ持ってない」
ぼそりと言った叶真の言葉に、少女は本気で嫌そうな顔になった。
「ちっ。使えないわね」
「舌打ちしてまで言うことじゃなくねえ!? ってかしゃーねえだろ!! んな高級品が買えるほど、俺金持ちじゃねぇんだよ!!」
「ケータイくらい、今時普通持っているものでしょう。なんで持ってないのよ」
「だから!! 金がねえって言ってんだろ!! 今日の晩飯が菜の花のお浸しとノビルとヨモギの味噌汁の人間に、そんなもん買う余裕があるとでも!?」
「え。……その、何と言うか……あの、本気でごめんなさい」
少女としては悪気があったわけではないのだが、完全に喧嘩を売っていると思われても仕方のない発言だった。叶真の言う『金持ち』の基準が、そこまで低いとは思っていなかったのだ。
大真面目に謝る少女に毒気を抜かれた叶真は、盛大にため息を吐いた。どうやらこの少女は、ナチュラルに他人に喧嘩を売って行くタイプの人間らしい。毒舌と言うか、思ったことは率直に全て言ってしまうのだ。
「はぁ……いいよもう。そういうわけだから、俺はケータイ持ってねえんだよ」
「そうとは知らず、本当にごめんなさい……えぇと、じゃあこうしましょう」
本気で申し訳なさそうにする少女は、何かを思いついたらしく持っていた鞄から大学ノートとボールペンを取り出した。ノートのページを適当に破り取ると、自分のケータイを見ながら何かを書き付ける。
「これが私のケータイ番号よ。ケータイがないのならメールアドレスはいらないと思って書いてないけど、これがあればいいわよね?」
そう言って、自分の名前とクラス、それからケータイの電話番号が書かれた紙を寄越して来た。先ほどの疲れていると言ったのも暇があれば手伝うと言うのも、嘘でも方便でもなかったらしい。
妙なところで律儀な奴だなと思いつつ、叶真はそこに書かれている十一桁の数字と名前を見た。
「えっと……これなんて読むんだ? へびくいすずね?」
『蛇喰鈴音』と書かれていた文字列を思ったままに読むと、少女はぱちくりと目を瞬かせた。
「逆にすごいわね、あなた。一文字すらも合っていないなんて」
「嫌味じゃなくて、本気で驚いてるところに俺はすごさを感じるよ……」
「あ、いえ、ごめんなさい。そんな風に私の名前を読んだ人、他にいなかったものだから。正しくはじゃばみりいん、って読むのよ」
「蛇喰は名字だからともかくとして、これを『りいん』って読むのは厳しいものがあるぞ……」
叶真の言う通り、この字なら普通は『すずね』、読めても『れいね』、限度が『りおん』だろう。恐らく、鈴の鳴る音が『りいん』と言う響きだから、それをかけて名付けられたと思われる。
「まあでもあれか。綺麗な響きだし、いい名前じゃね? 俺のじいちゃんのネーミングセンスよか、よっぽどいいしな」
「おじいさん、そんなに妙な名前を付ける方なの?」
「俺の親父の名前、奇跡って書いてミラクルだかんな。付けたのは言うまでもなくじいちゃんだ」
「奇跡でミラクルって……そのまんまね」
「まったくな」
やれやれと二人して肩を竦めるなか、叶真がはたと何かを思い出した顔になった。
「あ、お前……えーっと蛇喰! 今何時だ!?」
この場面で鈴音になんと呼びかけていいかわからず悩んだ叶真だったが、結局名字を呼び捨てにすることで落ち着いたようだ。
鈴音も拒否しなかったところを見ると異存はないようで、それについては何も言わず、律儀に一度鞄に仕舞ったケータイを再び取り出してから答えた。
「十一時二十三分ね」
「やっべぇバイトの時間だ!?」
大慌てで踵を返しバイト先へと走ろうとする叶真に、鈴音はキョトンとして聞き返した。
「あなた今、バイトの時間だって言ったわよね? うちの学校、校則でアルバイトの類は禁止のはずなのだけれど」
「バイトでもしなきゃ生活出来ねえんだよ!! 言ったろ、今日の晩飯も近所の土手で摘んで来た野草のフルコースなんだって!!」
「なら、アルバイト禁止のうちの学校に来なければよかったのに」
「しゃーねえだろ、ここがうちから一番近い学費の安い学校だったんだから! ただでさえ奨学金貰ってんのに、これでなんもしなかったら超絶ヤバい借金地獄だっての!! だから頼むから、先生にチクるような真似だけはしないでくれよ!?」
「……そう言う事情なら仕方ないわね。別段先生にわざわざ言うようなことでもないし、言わないわ」
これまでの会話を鑑みて、内緒にしてくれるつもりだと言うのを信用した叶真はじゃあな、とだけ叫ぶと、ダッシュでバイト先まで行ったのだった。




