十四呪 驚きの変貌
聞いて驚け、これがあの蛇喰鈴音だ。誰に言うでもなくそんなことを思った叶真は、目の前でどこの言語かもわからない難しい本とにらめっこをする鈴音を見やった。
鈴音と友達になってから、一か月。矢のように過ぎて行ったその年月の中に、これまでではあり得ないようなとてつもない量の友達イベントがあった。
ざっと上げると、友達っぽく二人でお弁当とか、友達っぽく、放課後に二人で出かけたり(ただし場所は叶真のバイト先であるラーメン屋)、叶真がケータイを持たないので始めてみた交換日記とか。
一か月経って、友達経験値を上げた叶真ならわかる。
これ、友達と言うよりカップルでするイベントなのでは、と。
二人でお弁当。勝手に侵入した屋上でランチ。ちなみに最近は鈴音の手作り。
二人で放課後に出かける。つまりデート。
交換日記。同性同士ならまだしも、これは完全に恋人同士の行いである。内容も、
『昨日近所に猫がいたわ。可愛かったけれど猫アレルギーなので、撫でるのは自粛。ショボーン』
とか、
『料理って、意外と難しいのね。なので、申し訳ないのだけれど今日作って来たお弁当もオールチャーハンです(T_T)』
とか、そんな内容なのだ。と言うか、鈴音って顔文字を使うようなキャラだったのかと新しい発見があったわけなのだが。
それはさておくとして、現在地はなんと叶真が一人で暮らす市営住宅的なアパートの一室。そこで二人きりの状態なのである。
ちなみに今日はゴールデンウィーク明けの初日で、学校が終わってすぐにここまでテレポートして来た。
鈴音は制服が皺になるからと一度帰宅してからまた来ているので、制服ではなくエメラルドグリーンで裾の長いハイウェストのワンピースに、白いカーディガン姿だ。生地がとても上等なものなので、もしかするとどこかのブランド物からもしれなかった。
傍から見れば、すごくデレている。元がツン――と言うか、天然だったため、ツンデレと言うには何かが違うのだけれど。関係ないが、昔からお金がなく漫画やテレビを観ない叶真は、ツンデレの存在自体をを知らない。もしかすると、知っていればまた違った反応をしたかもしれなかった。
「どうしたの? 百鬼くん、なんか遠い目をしているけれど」
「なんつーか……回想的な?」
「ああ、あの車庫とか帰るために通る、乗れないバス?」
「その回送じゃねえよ!! 昔を思い出す方だよ!!」
「ああ、なるほど。で、なぜそんなことをしていたのかしら?」
不思議そうな顔で訊いて来られても、とても困る。なぜと訊かれても、この色んな意味での異常事態が原因としか答えられないのだから。
と言うか今の反応からして、回送の件はボケたのではなく素で言っていたらしい。それはそれで変わっている。
その件で誤魔化そうかとも思ったが、ツッコんでもキョトンとされた終わりだろう。普通に訊き返されると厄介なので、適当に誤魔化すしかなかった。
「ええっとその、あれだ。お前いいの? ここにいて。つーか、俺しかいない家なんか来て」
普通は男の一人暮らしの家に女子が一人で来るのは、色々問題があるのでは。
そう思って訊いてみたのだが、
「……ふっ」
「鼻で笑われた!?」
まさか、鈴音に鼻で笑われる日が来るとは夢にも思っていなかった。と言うか、そんな風に鼻で笑われるようなことを言ったつもりはなかったのだが。
地味に凹んでいる叶真に気付いたのか、少し申し訳なさそうな顔で言った。
「いえだって、あなたがそんなことを言うとは思ってもみなかったものだから」
「そんなことって……え、何か間違ったか俺」
「あなた、忘れていない? 私がどうやってここまで来ているのか。今日もどうやって学校から帰って来たのか」
「テレポート……」
そう。その能力があれば、もしも何かが間違って叶真が変な気を起こしたりしたとしても、一瞬で逃げる事など容易い。鈴音の能力では触れているものも一緒にテレポートしてしまうようなのだが、テレポートする場所を工夫すればそれも問題ないだろう。
例えば上空何千メートルにテレポートして相手を話してから自分だけ安全な場所にテレポートするとか、誰か助けてくれる人がいる場所にテレポートするとか。鈴音だけが助かるようにテレポートすれば、話は簡単だ。
最近登下校全部その能力でしていたのだが、逆に慣れ過ぎて頭から抜け落ちていた。そのおかげで家にいることが出来る時間が増え、こうして話しながら内職までやっていると言うのに。
「そういうわけよ。……まあ、それに」
「それに?」
言いよどんだ鈴音の顔は、赤い。
「……百鬼くんは絶対、なにもしないもの」
「……」
そこまで信用されていると、何と言うかくすぐったかった。叶真の人生において、ここまで全幅の信頼を置かれたことがあっただろうか。
きっと自分の顔も赤くなっているだろうと、叶真は思った。
だからだろう。どこか遠くで、薄氷が砕けるような甲高い音が微かに響いた気がしたのだが、そのことを考えることはしなかった。




