一呪 俺、呪われてます
「ついに見つけたぞ!!」
桜が舞い散る、住宅街の裏路地。どこかの家から落ちる桜の花びらも、昼までも手入れされていない木々のせいで薄暗いこの道では、その美しい色は見る影もない。こうして積もったまま放置されてしまえば、ただのゴミだ。人は住んでいるはずなのにどこか荒廃しているように感じるのは、そのせいだろう。
突然上げられた大声に、前を歩いていた少女が振り返った。
腰まである長い髪は、明るい茶色をしている。それだけ聞けば不良だと思われるかもしれない。だがキッチリと編まれた三つ編みと、膝下まであるスカート丈がそれを否定していた。
しかも瞳を見れば薄ら緑が交じっているうえに、顔立ちもどことなく日本人離れしているため、少女が純粋な日本人でないことは明らかだ。身長も低く、高校の制服を着ていなければ小学生と間違われそうなことも相まって、妖精のような少女である
少女に向かって大声を上げた少年はというと、こちらも身長は高くない。中肉中背で、顔立ちも特筆するような点はなく、強いて言うなら角度によっては赤く見える髪が珍しいくらいだろうか。
少女と同じ学校の制服を着ていることから同じ学校だと言うことは覗えるし、制服の着こなしがキッチリしていることからもどこにでもいるごく平凡な少年と言えるだろう。
そんな場所で大声を張り上げ一人の少女に詰め寄る少年は、一歩間違えれば痴漢や暴漢として警察を呼ばれてもおかしくなかった。だが少女は初対面であるその少年のことを面倒そうに見やるだけで、逃げる様子すらない。
それをいいことに、少年は手を伸ばせば届く距離まで近づいていた。
「お前、勇者の子孫だな!?」
セリフだけ聞けばふざけているのか中二病なのかと思われるが、少年はどちらでもない。そう言った顔は真剣そのものであったし、自らを選ばれし者だと言うような痛い性格もしていなかった。
その証拠に、答える少女は投げやりに頷いた。
「そうらしいわね。どうでもいいけど。と言うかそんなことを言うってことは、あなた魔王の子孫? 本当にいたのね」
「ああそうだ! 俺はお前の先祖である勇者レネルア・クーネストと闘いし、魔王カナイエス・モーキネアの子孫、百鬼叶真!! 今日こそ二百年に及んだこの因縁に、決着をつけてやるぜ!!」
びしりと人差し指を突きつけ大声を上げる叶真に、少女は心底嫌そうな顔で一歩距離を取った。
「私の今の心境を一言で表すと、『うわぁ……』って感じなわけなのだけど。
とりあえず百鬼くん、だったわね。私は今、とてもとても疲れているの。疲労困憊と言ってもいいわ。今日は高校の入学初日だったものだから、無駄な会話が多かったせいで。
そう言うわけで、即刻帰ってくれないかしら。ああ、家に帰りたくなかったらそれでもいいわ。土に還ってくれればそれで」
「何サラっと初対面の相手に死ねとか言ってんの!?」
「面倒だから、という理由では不足かしら」
「不足過ぎるわマイナスだっての!!」
叶真のツッコミに、少女は何も言わずマイペースに話を勝手に進めて行く。
「なぜ百鬼くんは、今私に勝負を仕掛けて来たのかしら。入学式が始まる頃から感じていた視線の主は、あなただってことは理解したわ。そこまで私のことを認識していなかったということはつまり、あなたは私のことを魔力の気配か名前辺りでわかったということでしょう?
さっき名前を呼ばずに『勇者の子孫』と呼びかけて来たことを考慮すると、前者かしらね。ここで声をかけて来たのは人目に付かないからだとして、なぜ今日なのかしら。もっと私のことを調べて、弱点とかを知ってからの方がいいと思うのだけど」
確かに、少女の言う通りだ。勇者の子孫だと言うことをどのような理由で知ったかまではわからないが、どちらにせよこんなにすぐ仕掛けて来るのは得策とは言えない。
叶真と少女が出会ったのは今が初めてで、お互いのことはなにもわかっていないのだ。最低でもこのまま少女にばれないもしかしたら襲われていたかもしれない少女から言うのは、どうかと思うが。
そんな少女の冷静な分析による言葉を、叶真は真っ向から否定した。
「違う!! 俺は別に、お前が勇者の子孫だから倒してどうこうしようとか、そんなんで声をかけたんじゃねーんだよ!!」
「じゃあなに? まさかお近づきになるため、ってわけでもないのでしょう? だったら、教室で声かけて来ればいいだけの話だし、こんな人目につかないところにすることもないのだから。それに私、どうも積極的に友達になりたいタイプではないようだし」
「こ、後半は置いといて、前半はそうだよ! 俺の目的は――」
後半の部分については否定出来ないので誤魔化した叶真は、少女に突き付けていた人差し指を自らの頭へ向けて叫んだ。
「俺のご先祖様がお前のご先祖様にかけられた、『若くしてハゲる呪い』を解いてもらうことだっ!!」
ピシャーンと背景に雷でも落ちそうな勢いで、叶真は確かにそう叫んだ。