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ある人  作者: ざぶろ
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もふもふの中

 おしりに衝撃が来た。痛くて声が出る。

「ごめんごめん、いつも失敗しちゃって」

 ある人が言った。

 あたりを見回す。まるで雲の中だ。周りを白いもやもやで囲まれている。今私が座り込んでいるのももふもふとした雲のようなものの上だ。

「これ、どういうこと?」

 ここはどこなんだろう? ある人はどうして私をこんなところに連れてきたの?

「私はいつもここでお願いごとを聞くんだよ」

「どうして?」

「ここに来ると、みんなリラックスして本当のお願いを言うことが出来るんだよ」

「そうなの?」

 私はもふもふに手を触れてみた。だけどもふもふを手で触ることは出来ない。そこには何もないかようだ。触ろうとしたものを手が突き抜ける。

「お嬢さん、ここが気に入った?」

 ある人は楽しそうに言った。

「気に入ったというより、不思議な感じです」

「そうかいそうかい」

 ある人はそう言うとぴょんと飛び跳ねた。ある人はそのもふもふに包まれた空間の中をまるで鳥のように飛び回った。とても軽やかだ。黒いバスローブが円を描いた。おとぎ話に出てくる魔法使いみたいに。

 ある人はしばらく飛び回っていた。そして気が済んだのか、私のところに戻ってくる。

「さて、それじゃあお願いを聞こうか」

 私は考えに考え抜いたお願いを口にした。

「お願い、お母さんを子どもにしてほしいの」

「お母さんを子どもに? どうして?」

「どうしても。ずっとずっと考てたの。私が幸せになるにはどうしたらいいのかって。それで、この結論になったの」

「お母さんを子どもにして、どうするの?」

 ある人は心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「あのね、私の話をきいてくれる?」

「いいとも、理由を説明してごらん」

 そこから私はある人に理由を話した。それは長い長い話だ。だって私がうんと小さい時の事から始まるんだもの。


 記憶があるなかで一番小さい時のは何?

 そう聞かれたら、私は迷わず3歳の時の記憶、って答えると思う。

 私が3歳くらいのとき、お母さんはとても情緒不安定だった。まだ小さかった私を軽く叩きながら「私たちはわかりあえない、私たちはわかりあえない」って、まるで何かに取りつかれたみたいに。

 お母さんは近所の人たちとの関係やお父さんとの関係でうまくいってなかったみたい。

 お母さんはその溜まった思いを小さな私にぶつけてたんだよね。

 私が少し大きくなって、お母さんもだいぶ落ち着いた。でもお母さんはお父さんのことを怖がっていた。

 お父さんとお母さんは好きだから結婚した訳じゃないんだ。そこにはある事情があって、要するにお金。 お母さんは自分のためにお金が必要だった。お父さんはそれを提供することが出来る。

 それで契約を結んで結婚した。お父さんはお金をお母さんに提供する。そのかわりお母さんは家事をすべてこなす。子どもの事も、全部。

 だけど出産はお母さんにとって重荷だったみたいで家事を十分に出来ない日が続いた。

 お父さんは怒り狂って、物を投げたり、お母さんに殴りかかったりした。

 お母さんは家の中では安心して過ごせなくなってしまったの。

 そのままずるずると時間は過ぎていった。家の中の気まずい空気は相変わらず。私もほんと、窒息するかと思った時もあった。

 お母さんは料理クラブである男性と知り合った。その男性は在宅の仕事をしていて奥さんはふつうの会社員をやっていた。お母さんはその男性と気があったみたい。一緒にカフェでお菓子を食べたりすることもあったんだって。もちろん、これは恋愛とかじゃなくてあくまで知り合いとしてのお付き合い。

 だけどお父さんがそれを知って誤解をしたの。

 お父さんのお母さんへの暴力はひどくなった。

 だけどお母さんはお父さんから逃げることが出来ない。なんだかんだ言って、お父さんはお母さんにお金を提供した。約束は守ったんだ。約束を破ってるのはお母さんの方。

 お母さんはそれがわかってるから逃げ出さない。私もいるしね。

 だけどお母さんにある異変が現れた。だんだん物忘れが激しくなってきたんだ。

 そう、若年性アルツハイマー病って診断された。これはつい最近の事ね。

 お母さんはこれで怖いものが増えてしまった。お父さんも怖いけど自分の中で進行していく病気も怖い。

 お母さんはぶるぶる震えながら毎日生きてる。

 それで私、思ったの。お母さんを救ってあげたい。

 お母さんを助けてあげたい。

 だからお願い、お母さんを子どもにして。


 ある人の顔が私の顔のすぐ近くにある。ある人は私の顔をじーと覗き込んで言った。

「お嬢さん、君は自分のことを話してないよ。さっきからお母さんの事ばっかりだ。もっと自分のことを話さないと」

「自分のこと?」

「そう。今までの自分のこと、話してごらん」

 ある人はそういってにこっと笑った。

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