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平凡な大学生がビール片手に「勇者」と呼ばれる

初投稿になります。

面白かった、つまらなかった、どんな内容でも構いません。

ぜひ、感想をいただけたら嬉しいです。

 あるいは異世界なのかもしれない。


 立花伊織、二十歳。大学の仲間と飲み歩き、ふと気が付くと見知らぬ女性と屋台小屋のカウンターで肩を並べていた。

 どうにも女性の顔に焦点が合わず、頭もガンガンと痛む。


「あなたは、ジャパンゲームの勇者様だと思います」


 焼き鳥片手に女性が、そんなことを言った。少しだけ子供っぽいような調子と、さっぱり、聞き覚えのない声。


「どこにでもいる普通の人、村人A。なのに、ある日偶然事件に巻き込まれたことで、平凡な日常が一変。世界を揺るがす大きな事件の当事者になっていく」


 大きな瞳を輝かせ、まるで子供のような無邪気さで笑う女性。なんだ、この可愛い生き物は。

 食道から込み上げるものを必死で抑えながら、伊織は目の前の女性が何を言っているかさっぱり理解できなかったが、とにかく釣られたように愛想笑いを返した。

 カウンターに置かれた串入れをいじりながら、人生ってなんだろうと思う。


「勇者になりましょう、立花伊織さん!」


 一気に酔から覚める気がした。

 しかし、体はそんなこともなく鉛のように重たくて、ただただ聴覚と思考が研ぎ澄まされたような感覚になった。

 女性は確かに「立花伊織」の名前を口にした。

 自分の名前を、なぜこの女性は知っているのだろう。

 自分で名乗ったのだろうか。どのタイミングだろう。見当がつかない。

 初対面の女性に対して「ボクは立花伊織。二十歳の大学生でバイト代全部使ってキャバクラはしごして、今は酔い潰れてあなたの隣でゲロ吐きそうなのを我慢してます。よろしくね!」とでも自己紹介したのだろうか。まさか。

 顔を動かすたびに、どんどん視界がぼやけていく。まるで、いま直面している現実を避け、まどろみの中へ潜ろうとしているように視界は霞む。

 なぜだろう。答えは実に簡単だった。


「メガネずれてますよ」と、女性の手が伊織の顔まで伸びる。


 やや霞んで見えていた女性の顔が、はっきりと見えるようになる。なるほどな!

 若干ゆらめいているが、これで女性が誰なのかわかるかも。ひょっとすると中学や高校の同級生とかのオチでは。

 ぐるぐるした焦点がようやく女性の顔にピントが合う。


「ぉま………………………ッ!」


 ゲロが出そうなので口にはできなかったが、この女性は間違いない。


(知らない人だ!)


 セミロングの黒髪、少したれたような丸みのあるアイライン。ふっくらとした唇に全体的に柔らかい雰囲気と、どことなく幼い印象のある女性だ。

 さっき相手してもらったキャバ嬢より格段に美人だというのに、不思議と二十歳の自分より年下に見える。

 仮に自分より年下の場合、女性が右手に掲げたビールジョッキが大問題になるわけだが。


「…………あなたは、だ、れ? ……………ぅっぷ」


 辛うじて吐かずに六文字も口に出来た。

 その問いかけに応えるように、カランッ、と串入れに先ほど頬張った串を投げ入れて、手にしたビールジョッキを盛大に煽り、立派な白ひげをつけて女性はニッコリ笑う。


「奈倉なるえ。ただのフリーライターです」


 店内に置かれたラジオから天気についてと、明日から夏の甲子園が始まることが聞こえた。

 酔って火照っているからか、蒸し暑い店内だからか、額を少し汗が流れた。夏なんだなぁ、と思う。

 大学は夏季休業中。バイトは休みだし、はてさて。明日は何をして過ごそうか。

 いや、なんというか……。自己紹介を終えた奈倉が、「あなたに勇者の武器を進呈しましょう」とか言い出し、唐突にカバンをガサゴソし始めたのでつい現実逃避をしてしまいました。申し訳ありません。


 そして、カウンターには『ムチ』が置かれていた。


 ぐるぐる巻にしてあるが恐らく二メートルくらいの長さはありそうだし、おまけに太さも大型動物の骨くらいありそうな品物だ。


「この武器と共に、立花伊織さん。あなたに二つ名を与えます」


 仮に三軒はしごしたキャバクラを、一軒で終わらせてこの場にいたとしよう。

 この、よくわからないことを宣って止まらない奈倉なるえ(フリーライター)を前に、どのような言葉を返していただろう。

 『そんなことより、連絡先教えて』だろうか。

 あるいは、もっと真面目に『頭のお医者さんは大通りを出て東に真っ直ぐです』かも知れない。

 いずれにしても、奈倉からは少々夢見がちというか中二病的というか、そういった発言が散見される。まともに取り合っていなかっただろう。

 ……仮に三軒はしごしたキャバクラを、一軒で終わらせてこの場にいたとしたらの話だ。


 振れば体が振り回されそうなムチを持つ。

 これが勇者の武器?

 カウボーイか女王様くらいしか、ムチを使う職業が出てこない伊織の頭では、『勇者=ムチ』という方程式がなかなか成り立たない。


「二つ名を聞けば、あなたもきっと納得すると思います。このムチで、なにゆえ勇者なのか」


 伊織の頭の中を読んだように、奈倉が言う。

 そして、微笑む。まるで、天使のように小悪魔のように。


「二つ名は、吸血鬼殺し。あなたは恐ろしい吸血鬼に怯える人々を救う勇者になるのです!」





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