第三話『尋問(じんもん)』‐②
セレン先生が、そういえば、と、想いだしかのように声をかけてきた。
「ところで、ネイル。親ごさんはなぜ、『妹がいる』などといったのだろうか?」
「はい。実は、つい先日、彼女といっしょに実家へもどって両親にしょうかいしたんですよ。この村では変わったことがあれば、すぐに親元までうわさが流れてしまいますから。心配をする前に、と思ったんです」
「ちょっと待て。ネイル、そういえばお前はまだ、あたいを両親にしょうかいしていないぞ」
ラミアさんが血相を変えて話に割りこんでくる。
「あのぉ、なぜ、ラミアさんを?」「必要性が全く見えないのだが」
師弟がそろって、きょとん、とした顔をしている。ついでにいうと、わたしも。
「ネイル、それはないだろう。知りあってどれくらいの月日が経っていると思うんだ」
「どれくらいって……。確か、先生と同じぐらいだったと思いますが」
「だろう。それなのにセレンは会わせてもらえて、あたいはまだなんだぞ。今回なんか、あとから来たやつに先をこされちまった」
(ええと、あとから来たやつって……。ひょっとしてわたしのこと?)
「すまない、いっている意味がよく判らないのだが」
そう前置きして、セレン先生は首をかしげつつ、言葉ををつづけた。
「我はネイルの師で、彼女は同居人だ。しかも身なりは女性。親にしょうかいするのは、ある意味、当然ともいえよう。しかるに、ラミア。君がそうしてもらわねばならない理由はなにか?」
「あたいか。もちろん、あたいは……」
ラミアさんの言葉がとぎれる。ややあって、舌がもつれたような感じで再び口を開いた。
「と、と、友だちだからだ」
(あれっ。ラミアさんの顔が赤くほてっている。なんで?)
「友だちか。確かに、理由にならないとはいえない、こともないが……。
ちょっと無理があるような気がする。ネイルはどう思うか?」
「ラミアさんは、僕がセレン先生の元へ来た時からの知りあいですし、友だちとも思っています。ですが、だからといって親にしょうかいするまでには」
「そのとおりだ。ラミア、これがいっぱん常識というものだ。あきらめた方がいい」
「そうか。……うん。そうだよな」
ラミアさんは、がくっ、とかたを落とした。
「ラミアのおかげで話がわき道にそれてしまったが……、ネイル、君は彼女を」
セレン先生はここでいったん言葉を切ると、わたしの方をふり向いた。
「すまん。つい聞くのを忘れていたが、君には名前があるのか?」
「えっ。……あっ、はい。わたしは『フローラ』っていうの」
「セレン。さっき、ネイルがその名前で呼んでいたぞ」
ラミアさんも横から口を出してきた。
「……そうだったな。つい、失念してしまっていた。
おっと。そういえば、我の方もまだ自己しょうかいはしていなかったか……」
セレン先生はいすからこしをあげると、わたしの方に手を差しだした。
「フローラ。我はこの病院の院長であり、かつネイルの師でもある『セレン』というものだ。
よろしく」
それじゃあ、とラミアさんも立ちあがった。
「あたいもまだだったな。名前は『ラミア』っていうんだ。セレンとは学生時代からの親友だ。もちろん、ネイルとも友だちだ」
当然、わたしも席を立つ。
「こ、こちらこそ、よろしくうっ」
少しばかりきんちょうしつつ、セレン先生やラミアさんとあくしゅをかわした。
席にもどると、セレン先生は話をつづける。
「先ほどの話では、ネイル、君は彼女を、いや、フローラを親ご(おやご)さんにしょうかいしたということだったが、どんな感じだった?」
「それが、ですね。両親、特に、母は女の子がほしかったみたいで、すごく喜んでくれましたよ。同居もすぐに認めてくれました。最初にしょうかいした時など、
『あれっ。この子、私が生んだんじゃなかったっけ?』とすら、いっていました」
「のんきな家族だな……。ところで、セレン。この子のあつかいはどうするんだ」
「ラミア。聞けば、親ごさんも同居することに納得しておられるようだ。ならば、ここはネイルの妹としておくのがけんめいだろうと思う」
「そうだな。顔もにているし、その方が波風も立たないだろう」
「ではそういうことにしよう。ネイル、フローラ。君たちも異存ないな」
「はい」
お兄ちゃんとわたしは同時に答えた。
「じゃあ、これで決まりだな。誤解も解けたし、よかった」
ラミアさんがそういうと、セレン先生もうなずいた。
「ではこれでお開きにするとしよう。ネイル、フローラ。折角の休みだというのにわざわざ来てもらってすまなかった」
「いえ、先生。彼女の件でこうやって話ができてよかったです」
「わたしもお二人と知りあえてよかった」
みんなが笑顔になっていた。
「あっ、そうだ。フローラ、ちょっと聞いていいか?」
ラミアさんが声をかけてくる。
「なに? ラミアさん?」
「お前、今、下着をつけているのか?」
「うん。これでしょ?」
わたしはえりをちょっと開いた。
「どれ……。うぅん。まちがいなく女ものだな。これ、ネイルといっしょに買ったのか?」
ふしぎそうな顔でたずねるラミアさん。
「うぅん。ちがうの。下着はね。お姉ちゃんと買物に行った時、選んでもらったの」
「お姉ちゃん? お前のお姉ちゃんも人の姿になっているのか?」
ますますふしぎそうな顔をするラミアさん。
「ちがうちがう。わたしの、じゃなくて、お兄ちゃんの。ねぇ、お兄ちゃん」
お兄ちゃんは、くすっ、と笑いながら、うなずいた。
「ネイル。お前に姉なんか」
ラミアさんは困ったようなしゃべりかたをしている。
「ラミア」
セレン先生が口を開いた。
「彼女のいう『お姉ちゃん』とは、別にネイルの姉を指しているわけではない」
「じゃあ、だれのことだよ」
「マリアのことだ。そうだな、ネイル?」
「はい」
「マリア? マリアって、あたいたちの親友の?」
「そうだ」
ラミアさんは、ますますもって、わけが判らない、といわんばかりの顔つきだ。
「どういうことなんだ? セレン、もったいつけずに教えてくれよ」
「うん? そういえば、いっていなかったか……。
ラミア。ネイルの家族は彼がこどものころ、中央区に住んでいた」
「へぇぇ。……それで?」
「マリアの家がとなりだったそうだ。つまり、ネイルとマリアは幼なじみ。ネイルがひとりっ子だったことから、一つ年上のマリアは姉としてよく遊んであげていたらしい」
「全然知らなかったなぁ。まぁ、それなら、ネイルがマリアのことを、お姉ちゃん、って呼ぶのも、たよるのも判る気が……。あっ、でもさ」
ラミアさんはお兄ちゃんに視線をなげかける。
「ネイル。お前、いつもは、マリアさん、って呼んでいるじゃないか?」
「ラミアさんと話す時はたいてい、お姉ちゃんが近くにいるからですよ」
「うん? それって一体?」
「何年前か忘れましたけど、僕が『お姉ちゃん』って呼んだら、『だめですよ。これからは、「マリアさん」と呼んでくださいね』っていわれたんです。それで、ですよ。こどものころからの口ぐせだから、姿が見えない時は、ついしゃべっちゃいますが」
「どうしてそんなことを?」
「何回かたずねてみたことがあります。ですが、理由を教えてはくれません。ただ、『とにかく、そうしてください』っていうばかりで」
「『お姉ちゃん』って呼ばれるのをいやがっているってわけか……。
なぁ、セレンはどう思う?」
「さぁな。マリアの心の中など知るよしもない」
「いや、そうじゃなくてさ。どう思うか、って聞いているんだけどな」
「ラミア。親しき仲にもれいぎあり、という言葉がある、マリア自身が望む、あるいは、どうしても知らねばならない、というならともかく、だ。そうではないのに、心の中をおしはかろうとする、あるいは、しゃべりたがらないことをわざわざ問いただす、などといったことは安易に行うべきではない。少なくとも我はそう思う」
「それもそうだな」
(『マリアさん』と呼ぶ理由かぁ。お兄ちゃんは知らないみたいだけど、わたしはマリアさん本人から聞いたことがあるの。
でもぉ……、いっている意味がよく判らなかったなぁ)
「……にしてもセレン。お前、いつごろ、ネイルとマリアの関係を知ったんだ?」
「初めてネイルと会った時に。マリアから、呪医を志望している弟同然の幼なじみ、としょうかいされ、ついでいろいろと聞かされた」
「そんな昔から……。やい、セレン。なんであたいに教えてくれなかったんだ?」
「聞かなかったから、だが」
「お前なぁ」
「ラミア。君も知っているだろう。我は必要もないのに、べちゃくちゃとおしゃべりしまくるような人間ではない。それに、おせっかいでもない」
「だけどな。あたいとだって親友じゃないか。だったら」
「むろん、君とは親友だし、この情報を知りたがっていると判っていれば教えていた。だが、少なくとも当時、その気配はみじんも感じられなかった。だからなにもいわなかった。ただそれだけのこと」
「学生時代はな。でも、そのあとだって」
「『知っている』。そう思ってしまっていた。今、君に問われ、それが、まちがいであることに気がついた。だから……ことの次第を話した。
ラミア。以上が、『なぜ、教えなかったか?』という君の質問に対する我の答えだ。君が望んでいた答えになっているか? なにかおかしな点はあるか?」
「……いや、答えになっている。おかしな点もない」
ラミアさんは不満げな様子ながらも、一応は納得したみたい。
「結構だ」
ラミアさんとは正反対に、セレン先生の顔には満足そうな表情が浮かんでいた。
「さてと。それじゃあ、あたいはお務めにもどるとするか。特に用事もないのにいつまでもいたら、じいさんがおこってアーガの使い手をやめさせられるかもしれないからな」
「いいじゃないか、ラミア。その時は病院に来い。研究とう所属の職員として、高給でむかえる用意がある」
「……へぇぇ。それで、あたいになにをやらせようってんだ? いっておくが、病気のことなんざ、これっぽっちも知っちゃいないけどな」
「かまわん。表向きの役職などかざりにすぎない。我がほしいのは君の身体だからな」
「そりゃ、どういう意味だ?」
「我は今、一日のうち、約三分の一を新薬の開発にたずさわっている。ネイルに全ての医りょうを任せられるようになったあかつきには、大半をそれについやすつもりだ。だが、ここで一つ難題がある」
セレン先生の顔が急にけわしくなる。
「モルモット、すなわち、動物実験までは今でも順調に進められる。だが、問題はそのあとだ。実際に人体に服用させた時、本当に当初予定したとおりの効能を示すのか、あるいは副作用がどれくらいあるのかなどを見きわめなければならない」
「そりゃそうだろうな」
「そこでだ。我としてはかんじゃへとうよする前に、人体実験を試みたい、と考えている。だがそれには、どんな強力な薬や、かこくなじょうきょうにもたえうることのできる、がんきょうな身体が不可欠であることはいうまでもない。そこで目をつけたのが、ラミア、君だ!」
セレン先生はそういって、びしっ、とラミアさんを指さす。
「セレン。お前、以前、自分でいっていなかったか。そうやって指さすのは、人を見くだしている、と受けとられかねないって」
「これは『ノリ』だ。気にしないでほしい」
「って、いわれてもなぁ」
「それはともかく、ラミア。人間とよくりゅうドラス、両方のさいぼうと血をあわせ持つ君の特異な身体こそ、まさに我が切望していたものだ。新薬のひ験体として、これ以上の存在を我は知らない。それにここだけの話だが、君が我の親友であることも都合がいい。現在、我へのあてつけかどうかは知らないが、人道的見地からと称し、村では人体を使う新薬の実験は禁止されている。つまり、大っぴらにはできない。やるなら、こっそりとやらねばならない。だが君ならば、我を裏切ることもないだろうし、口もかたい。全てがいいことずくめなのだ。
ラミア、たのむ。お金なら可能なかぎりいくらでも支払う。ぜひ我の研究室に来てほしい」
セレン先生は必死になってラミアさんをくどき始めた。
「あのぉ、先生。僕たちは」
「ああ、もう帰ってかまわない」
セレン先生はわたしたちに興味を失ったみたい。手をふって、『ほら、出ておいき』、みたいな仕草をしている。
「じゃあ、フローラ。出ていくとしますか」「うん。行こう」
「それじゃあ、先生。先に失礼します」「失礼しましたぁ」
部屋を出ようとしたわたしたちの耳にラミアさんの大声が。思わず立ちどまる。
ぴたっ。ぴたっ。
「だから、断わる、っていってんだろうが!」
「ラミア、そこをなんとか。君はまだ知らない。君のうちに秘めたる力が、どんなに、とてつもないものであるかを。
我ならば。我ならば、それを十二分に引きだすことができる。
さぁ、我とあくしゅを。さすれば、この村の医りょうがめざす未来への展望は、ゆるぎないものとなろう」
「なんだ、手を差しだしたりして。誰があくしゅなんぞするもんか。ふざけるな!」
「ふざけてなどいない。我の目を見てくれ」
「……確かに。ふざけているなんてみじんも感じられない。だから、……よけい、ぶきみなんだよ」
ラミアさんは、セレン先生におそれをなしたのか、あとずさりを始める。
「ラミア……。これほどいっても、まだ判らないのか!」
逃げようとするラミアさんを後ろから羽がいじめにするセレン先生。
「ええい。放せ、放しやがれ!」
もがきまくったあげく、セレン先生を力任せにつき飛ばし、なんとか離れるラミアさん。
はぁ、はぁ、はぁ。
はぁ、はぁ、はぁ。
両者とも、もはや息切れ寸前。
「……ふっ。我としたことが。つい、あせってしまったようだ。
判った、ラミア。もう無理強いはしない」
セレン先生は平常心を取りもどしたみたい。
「ふぅ。助かったぁ」
ほっと一息入れるラミアさん。
「だが、あきらめたりもしない」
セレン先生は油断しているラミアさんの両かたに、がしっ、と手をかけ、自分の方へと引きよせた。その目はまばゆいばかりに、きらきらと輝いている。
「いつでもかまわない。その気になったらすぐ声をかけてくれ。
ラミア。我と注射針が君を待っている」
「だから、やらない、っていってんだろ!」
「あがいてもむだだ、ラミア。君を手に入れるためなら、どんな手を使ってでも」
「どんな手も使うなぁ!」
「フローラ」
お兄ちゃんがセレン先生たちに見いっているわたしのかたを、ぽん、とたたいた。
「用事はすみました。さぁ、早く音楽祭へ行きましょう」
「えっ。……うん」
「楽しみだなぁ。僕の好きになる演奏があればいいんですが」
「わたしもすっごく期待しているの」
セレン先生とラミアさんがもみあう中、お兄ちゃんとわたしは病院をあとにした。
「ラミアさんとセレンにゃんは相もかわらず仲がいいにゃん」
「けんかしているみたいにも見えるけどね」
「けんかするほど仲が、ってわけにゃん」
「そういえばさ。アタシとミアンって、けんかしたことなんてないわん」
「まぁ、せいぜいやっても口げんか、ってところにゃん」
「バトルも全然やらなくなっちゃったしね。これっていいことなのか悪いことなのか」
「ミーにゃん。もうウチらは、にゃ。友情を確かめあうためのけんか、にゃどという低水準な領域を、はるかにこえてしまっているのにゃ。絶対の愛、神の領域に近づいているといっても決して過言じゃないのにゃん」
「やっぱり。実はそうなんじゃないかって、うすうす気がついていたわん」
「悲しいことにゃけれども、これが選ばれしものの宿命なのにゃん」
「アタシたちはこうやって、全ての命をちょうえつしたもの変わっていくのねぇ」
「にゃあ、ネイルにゃんもそう思う……、あれっ? ネイルにゃんがいつのまにか消えているのにゃけれども」
「本当本当。どこへ行っちゃったのかな?」
「おや。ミーにゃん。ここに一枚の紙切れが落ちているのにゃよ」
「さっきまでなかったのにね。一体なにが書いてあるの?」
「ええと……、これは裏にゃから引っくりかえすと……、ああ、書いてあるのにゃん」
じぃっ。
「どれどれ。アタシも見るわん」
じぃっ。
『親愛なるミーナさま、ミアンさまへ。
はいけい、時下ますますご清しょうのこととお喜び申しあげます。
さて。このたびのお二方の会話におかれましては、当方で十分にしんさをした結果、尊大きわまりない暴言ということで、つっこみを入れるのが、はなはだ困難であるとの結論に至りました。
つきましては誠に勝手とは存じますが、当事者であるお二方に責任をとってもらい、会話に出てきた発言の内容、及び、発言から生じる一切の問題に対して、すみやかなるあとしまつをつけていただくこととあいなりました。
どうか、ご了承ください。
では、お二方の今後のごけんとうを心よりおいのりいたしております。
まっ、簡単にいえば、ですね。
「つっこみもままならないほどの、どうしようもない暴言をはいた以上、せめてオチぐらいは自分たちで考えてくださいな」
とまぁ、こういうことをいいたいだけなのですよ。
あっ、そうそう。あらためていうまでもありませんが、
「なるほどね。あんな『前ふり』をやったのは、このオチにつなげたいがための苦肉の策だったんだわ。そんなことも判らなかったなんて……、あたしってやっぱりだめね」
と、だれもが納得していただけるようなものであれば、いうことなしです。
では、ミーナさん。ミアンさん、よろしくお願いします。
ネイル』
「ふにゃああ!」「そんなぁ、だわん!」
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「ミアン! ぬるい! なまぬるすぎるわん!」
「仕方がないにゃろ。外は雨なんにゃし」
「室温のことをいっているんじゃないわん!」
「じゃあ、なんなのにゃん。ふわぁぁんにゃ」
「それだわん! ミアン」
びしっ。
「どれ、にゃん?」
「きょろきょろしなくてもいいわん。ねそべったり大あくびをしたり。その油断しまくっているところが、なまぬるいっていうのよ!」
「ミーにゃん。ここはウチの家にゃよ。自宅でくつろぐのは、あったりまえにゃん」
「うっ……。そ、それだけじゃないわん。『たかい、たかい』、ぐらいで喜んでいるし」
「ミーにゃんも楽しんでいた、と思うのにゃけれども」
「うっ……。あ、あれは、つい、ってやつだわん。いつものアタシとちがうアタシが顔を出しただけだわんっ!」
「やれやれ。いつもにゃがらの都合のいい、自分勝手ないいわけにゃん」
「うっ……。
(なんかアタシ、言葉につまってばかりだわん)
と、とにかくね。このぬるま湯にひたっているような状況。今こそ改善する時だわん」
「ぶふふっ。『とにかくね』の最後の文字と、『このぬるま湯』の最初の文字をあわせたら、『ねこ』になってしまったのにゃん。ぶふふっ」
「つまらないことを見つけて喜んでいる場合じゃないわん!」
「まぁまぁ。ミーにゃん。言葉遊びもにゃかにゃか楽しいものにゃよ。
ところで、にゃ。『改善』って、一体どうするつもりなのにゃん?」
「ふふっ。聞きたい? 聞きたいよね? 聞きたいに決まっているわん」
「いや、別に。どうでもいいにゃん」
「えええっ! そこは、『ぜひ聞きたいものにゃん』っていわなくっちゃ。
ねぇぇ、ミアァン。アタシたち、親友同士じゃなぁい」
「(ミーにゃんの相手をするのも大変にゃあ……。まぁ、今に始まったことでもないのにゃけれども)
にゃら、ミーにゃんのご希望に答えていいなおすにゃよ」
「うん。たのむわん」
「『ミーにゃん』。『改善ってなんなのにゃん』。『ぜひ聞きたいものにゃん』」
「(なんかずいぶんと棒読みだわん。まぁ、この際、うるさいことはいわないわん)
ミアン、よく聞きなさい。 ずばり! 『ほふく前進』、だわん!」
ぐにゃり。ぴたっ。そっ。そっ。
「とまぁこんな感じで、はいずりながら進むってわけ」
「でも……にゃん。
それって、たたみにおなかをこすりつけているじゃにゃいか。ひまさえあれば、毛づくろいにいそしんでいる清潔好きなウチにはちょっと、なのにゃけれども」
「それがなまぬるいっていうのっ! いぃい? ミアン。いったん戦場に行ったら相手は命がけで向かってくるわん。あっちとは闘っているけど、こっちは見逃してくれる、なんてアホなことを期待をする方が無理というもの。そんな区別をしてくれる余裕なんてあるはずもない。全員がいっしょくたんに攻撃を受けるに決まっているわん。となれば、よ。あとは……いうまでもないことだけど、『自分の身は自分で守る』、それしかないわん。なのに、おなかがよごれるからいや? そんなゆうちょうなことをいっている場合じゃないわんっ!」
「あのにゃあ……。おおげさにゃよ、ミーにゃんは。
大体、いつからウチとネイルにゃんの住んでいるこの寮が戦場になったのにゃん?」
「あくまで、もののたとえ、だわん。地において乱を忘れず。それくらい、しんちょうを期さなければ、自分の身すら守れない事態におちいることもありうる、ってことをいいたいだけだわん」
「にゃから、それが、おおげさなのにゃん。
まぁ、いいにゃよ。ミーにゃんがやりたいっていうのにゃら、つきあうにゃん」
「それでこそミアン。持つべき者は親友だわん」「うんにゃ」
ひしっ。
「じゃあ、始めるわん」
「ミーにゃん。並んでいこうにゃん」
「それがいいわん」
そっ。そっ。そっ。そっ。
そっ。そっ。そっ。そっ。
「ところで、ミーにゃん」
「なぁにぃ? ミアン」
「ほふく前進はいいのにゃけれども。ウチらはこうしてただあてもなく、はいずりまわるだけなのにゃん?」
「ふふっ。ちがうわん。ちゃんと標的はさだめてあるわん」
「標的? 一体なんなのにゃん?」
「……それはね」
「どうしたのにゃ? ミーにゃん。急に小さな声ににゃって」
そっ。そっ。
「あのね、ミアン」
「(顔が必要以上にせまっているみたいなのにゃけれども、一体にゃにを……。
あっ、判ったにゃよ。ミーにゃんは鼻と鼻で、こっつんこ、をしたいのにゃん)
よぉし。それにゃら」
ぐぃっ。ぶぅん。
「うわぁっ。ひげが顔をかすったぁ。かゆい、かゆいわん!」
さすさす。さすさす。
「ふぅ……。かゆかったわん」
「惜しいのにゃん。もう少しで届いたのに……。どれ、もう一回にゃ」
ぐいっ。
「ちょ、ちょっと待ってほしいわん。それ以上、顔を近づけなくてもいいわん」
「でもそうしにゃいと、こっつんこ、ができないのにゃよ」
「こっつんこ、って……。だれがそうしたい、っていったのよ」
「ミーにゃんが」
びしっ。
「こっちを指さされても……。アタシがいつ、そんなことを」
「ついさっきにゃ。心の中で。ウチはそれを察して協力しただけにゃん」
「察し方が悪いわん。そんなこと、これぽっちも思っていないわん」
「じゃあ、にゃんで自分の顔をウチの顔に近づけ……。
ま、まさか、にゃん!」
「ええと……。ミアン。今度はなにを思いついたの?」
「ミーにゃんは……ウチに口づけをせまっていたのにゃん……。
ごめんにゃ、ミーにゃん。気持ちは痛いほど判るのにゃけれども、ウチらは種がちがっても女の子同士。そればかりはかんべんしてほしいのにゃん」
ぺこぺこ。ぺこぺこ。
「(……どんどん話がおかしくなっていくわん。ここらへんでとめとかないと、あとあと大変かもしれないわん)
ミアン、あなたは大変なまちがいをおかしているわん。アタシは秘密な話をしたいだけなのよ」
「秘密な話? なんのことにゃん?」
「ミアン、あれを見て」
びしっ。
「あれを、って……、ネイルにゃんじゃにゃいか」
「ほら。ネイルさんが、せを向けて、うとうと、としているじゃない」
「ええとぉ……。うんにゃ。ミーにゃんのいうとおりみたいにゃ。でも、それがどうしたのにゃん?」
「これから、そぉっと近づいてね。『うわっ!』っておどろかしてみたいの」
「ミーにゃん。ネイルにゃんは、にゃ。ウチらが食いちらしたおやつのあとかたづけや、部屋の掃除が終わったばかりなのにゃん。今、それをやったら迷惑なだけにゃよ。にゃからウチとしては、このまま、そぉっとしておいたほうがいいと思うのにゃけれども」
「ミアン、それはちがうわん。全てはネイルさんを助けるためだわん」
「助ける? ミーにゃん。それはどういうことにゃん?」
「最初っからねむるつもりなら、ネイルさんは自分の身体をねかせているはずだわん。それが座ったまま、うとうとしているってことは、とりもなおさず、自分の意識とは関係なくねむけにさそわれている、ってことだわん」
「まぁ、それはそうなのにゃろうけれども」
「いい方を変えれば、ネイルさんは今、『睡魔におそわれている』ってわけ。
ミアンにとってネイルさんはご主人さまなんでしょう? ご主人さまがおそわれそうになっているのに平気なの? 本当になにもしないつもりなの?」
「にゃあるほど。そういわれれば、そんにゃ気もしてくるのにゃん」
「でしょ?
だったら今こそ、ネイルさんへの『ちゅうぎ』とやらをを示す絶好の機会だわん。
さぁ、ミアン。一緒にネイルさんを助けよう、だわん!」
「ミーにゃん、判ったにゃん! ネイルにゃんはウチが必ず助けて見せるのにゃよぉ!」
「(ふふっ。なんとか、だまくらかしたわん。これくらいの楽しみはないとね)
ミアン、その心意気だわん。じゃあ、ほふく前進を再開するわん」
「うんにゃ。いいにゃよ」
そっ。そっ。そっ。そっ。
そっ。そっ。そっ。そっ。
「ふぅ。ミアン。ここまで来れば十分だわん。
(ふふっ。せなかはもう目の前。ネイルさんのおどろく顔が目に浮かぶわん)
それじゃあ、ミアン。せぇのぉ、って声をかけるから、そしたら、せなかにしがみついてほしいわん。もちろん、アタシも肩に飛びつくから」
「判ったにゃん。ウチに任せてほしいのにゃん」
「ミアン。いぃい? 張りついたら同時に『うわっ!』って叫ぶのよ。
このタイミングの善し悪しで成功か失敗かが決まってしまうから、くれぐれも注意をおこたらないようにね」
「ミーにゃん、大丈夫にゃよ」
「それじゃあ、いくわん。……せぇのぉ!」
ぱたぱた。
ぐわん!
「うっうっ。……ふわぁぁい」
「ミアン! 見てぇ! ネイルさんのせなかが近づいてくるぅ!」
「りょ、両腕を拡げにゃがら、あお向けに倒れるつもりにゃよぉ!
ミーにゃん、作戦中止にゃ。すみやかに、逃げるのにゃん!」
「も、もう間にあわ……、うわぁっ!」
「ふにゃああ!」
ばたん!
むぎゅ。ぐしゃ。
「おや」
くるっ。
「なにかがせなかにぶつかったような……、
ミ、ミーナさん、ミアンさん!
おしつぶされたような格好なんかして一体どうしたんですか?
ミーナさん! ミアンさん!」
ぱちっ。
「ここはどこにゃ……。そんでもってウチは一体だれ……」
はっ。
「ネイルにゃん……」
「よかったぁ。やっと目を覚ましましたね、ミアンさん」
「にゃんでウチはネイルにゃんに抱かれて……。
(おっ、そうにゃ。確か、ネイルにゃんをおどろかそうとしたのにゃん。それで……)」
はっ。
「ミーにゃん。ミーにゃんはどこにいるのにゃん?」
「それが、実は」
「まさか、ミーにゃんの身ににゃにか」
「ミーナさんは……、あそこに……」
「あそこ? ……にゃ、にゃんと!」
ひらひらひら。ひらひらひら。
「ミアン、やっと起きたの? んもう、本当、なんとかしてほしいわん」
「ミーにゃん。なんであんた、ぺったんこになって飛んでいるのにゃん?」
「好きでこんな格好をしているわけじゃないわん。ネイルさんとミアンの間にはさまれてこんな風になっちゃったのよ」
「にゃんと!」
「ねぇ、ミアン。お願いだから早くなおしてぇ」
「判ったのにゃん。ウチに任せるのにゃよ」
「ですが、ミアンさん。どうやって?」
「こうやってにゃよ」
ひそひそひそ。
「そ、そんなことをやって大丈夫なんですか?」
「ウチを信じにゃさい。信じるものは救われるのにゃん。
ネイルにゃん。とりあえず、ミーにゃんをねむらせてほしいのにゃん。起きにゃがらあれをやるのは、ミーにゃんにとって大変なことにゃと思うし」
「判りました。
それじゃあ、ミーナさん。しばしの間、ねむっててもらいますよ」
「なにをやるのか判らないけど……、まぁ、それでなおるのであればお願いするわん」
「では」
「うん? ネイルさんが手に持っている白い布でアタシの口をふさい……」
ひゅぅぅっ。ぱたん。
すぅぅっ。すぅぅっ。
「ミアンさん。ミーナさんは気持ちよさそうにねむっています」
「判ったにゃん」
さっ。さっ。ごとっ。かたん。
「準備完了にゃ。それじゃあ、さっそく始めるのにゃよぉっ!」