第三話『尋問(じんもん)』‐①
第三話『じんもん(尋問)』
お兄ちゃんとの買物から数日が経ったある日のこと。
たのんでいた作務衣ができてきた。
右足をじく(軸)に、くるっ、とひとまわりする。
「どう? お兄ちゃん」
「うん。とてもよく似あいますよ。フローラ」
「そう? えへへっ」
ほめてくれたお礼に、わたしはとびっきりの笑顔をお兄ちゃんにあげた。
毛先が、くるっ、と曲がっている、耳元までの短めなくろかみ(黒髪)。お兄ちゃんに似ている色白の顔。人魚の『ししゅう』がある、うすべにいろ(薄紅色)の作務衣。女の子であることを表わす紅い色のこしひも。最初にお兄ちゃんに買ってもらった、走るのも楽な白いくつ。これが……今のわたし。人間として生まれかわったわたしの姿。
「ねぇ、お兄ちゃん。明日は休みなんでしょ?」
「ええ、そうですよ」
「うわぁい!」
わたしはお兄ちゃんに飛びつく。両うで(腕)でお兄ちゃんの左うでをだきしめ、そのかたに頭をもたれさせる。
「それで? 今度はどこに連れていってくれるの?」
そういってお兄ちゃんの顔をのぞきこむ。
「うぅん、そうですねぇ」
なにやら考えているみたい。うでを組んでうつむいている。しばらくしてから顔をわたしの方へと向けた。
「この前の休みはしょうにゅうどう(鍾乳洞)へ行きましたよね」
「うん。なんかとても神秘的な場所だった」
「また探検みたいなことをやってもいいんですが……、そればっかりというのも」
お兄ちゃんはわたしの顔をまじまじと見つめた。
「フローラ。フローラはなにかしたいこと、ありますか?」
「そうだなぁ。……ねぇ、お兄ちゃん。自然の景観もいいけど、わたし、せっかく、人の住む場所へ来たんだから、人が造った作品みたいなものを見たり聞いたりして感動したいな」
「人が造った作品ですか。それなら……、うん。あれがいい」
笑顔になったお兄ちゃんの口から一つの案がつむぎだされる。
「どうでしょう。音楽祭に行くっていうのは?」
「音楽?」
「霊山『亜矢華』のとなりに『雅楽』っていう名前の山があります。亜矢華にくらべるとずっと小さい山なんですが、その頂上付近では定期的にいろいろな『もよおしもの』が開かれています。
で、明日の午後からは音楽祭。耳で聞いて楽しむお祭りです。いくつもの広場で歌や曲の演奏がくり広げられるので、これが好きかも、というのが見つかるかもしれません。そういった楽しみを味わうのはどうです? アーガに乗れば、現地へは、あっという間につきますよ」
「耳で聞いて楽しむ……かぁ。うん。行きたい」
「それじゃあ、決まりってことでいいですね。なら、さっそく予約を取らなきゃ」
霊覚交信を使おうとしてか、お兄ちゃんは目をつむった。一方、わたしは、といえば、先ほどの言葉にふくまれていた単語ひとつが心に引っかかっていた。
(アーガかぁ……。霊翼竜に乗って飛ぶ日がくるなんて、水の妖精の時には夢にも思わなかったなぁ。一体どんな感じなんだろう?)
あれやこれやと想像をめぐらせているうちに、ふと気がついた。霊覚交信を行なえば、こちらの心にも伝わるはず。なのになにも感じない。わたしの視線と意識をお兄ちゃんにもどしてみる。理由はすぐに判った。どうやら交信をする前に、なにかを想いだしたみたい。
「ああ、そうだ。すぐには行けなかったんでした」
「どうして? お兄ちゃん」
「呼びだしを食らっていたんです。すっかり忘れていましたよ」
「呼びだし? だれから?」
「僕の師から」
「師?」
お兄ちゃんが勤めている中央病院は灰色のへい(塀)に囲まれている。中は、と入ってみれば、角張った白い建物が二つ、目に飛びこんできた。高さはそれぞれちがう。三階建ての方は、『びょういんとう(病院棟)』で、二階建ての方は、『けんきゅうとう(研究棟)』らしい。
わたしは今、病院とうにある『休けい室』というところに来ている。
部屋の真ん中あたりに置かれた灰色っぽいテーブル。わたしから見て手前にある二つのいすには女の人らしき後ろ姿が。その向かい側にはお兄ちゃんが座っている。この部屋は『いこいの場』ということだけど、なぜか、重苦しいふんいきがただよっている。
片方の女の人が口を開く。わたしと同じ黒髪だけど、かたまで真っすぐのびている。
「実は聞きたいことがあるのだが」「はぁ」
「君に関してよくないうわさが流れている」「はぁ」
「もちろん、我は君をしんらい(信頼)している。だが、いろいろなところから、そういう情報が多々入ってくる」「はぁ」
「そこでだ。念のため、君からじかに聞こうと思った次第だ」
「休みなのに、朝早くから来い、ってアーガに伝言をたのんだのは、それが理由ですか」
「そうだ」「ふぅぅっ」
お兄ちゃんはため息をついた。
「先生。質問の前に、こちらから聞きたいことがあります」
「かまわない。いってくれ」
「先生は僕の師ですから、聞かれたことには可能なかぎりしゃべるつもりですが……、
ラミアさんがなんでこの席に?」
しばし、ちんもく(沈黙)が流れる。
「……ほら見ろ。いわれると思ったんだ。だから、いやだっていったのに」
ラミアさんと思われる人が、小声でとなりの相手に話をしている。
「我もこんな尋問まがいのことなどやりたくはない。だが、立場上、やらざるをえないじょうきょうにある。とはいってもだ。何分初めてのため、ひとりでは心もとない。それで親友の君にも同席してもらったというわけだ。……それに」
お兄ちゃんから『先生』と呼ばれている人も、小声で言葉を返している。
「それに、なんだ」
「君だってネイルのことには関心があるはず。だから、ここへ来たのだろう?」
「……まぁ、そういうことになるかな」
「だったら二人で聞くべきだ。ネイルからどんなしょうげき(衝撃)的な発言を受けても、それならなんとかなると思う」
「お、おどかすなよ、セレン。一体、なにをしゃべるっていうんだ」
「それをこれからたずねる」
(そうか。これから質問する方が、お兄ちゃんが師事しているセレン先生で、その横に座っているのがラミアさん、っていう彼女の親友なのね)
セレン先生は、お兄ちゃんの方へ向きなおったみたい。
(……にしても、ここからじゃ後ろ姿しか見えないな)
「ネイル。彼女がここにいる理由は、だな」
「さっきから聞こえています。いう必要はありません」
「そうか。それならば結構だ。さてと。本題に入るがかまわないか?」
「どうぞ」
「先ほどもいったと思うが、君に関してよくないうわさが流れている。大ざっぱにいえば、『女の子を自宅に住まわせている』、『深夜、女の子と公園を歩いているのを見かけた』などだ。また、その女の子が君とそっくりだという話も入ってきている。
それが妹さんというのであれば、それほどさわぎたてる必要などない。だが、君が最初にこの病院へ来た時、我はいっしょだった親ごさんから家族構成を聞いている。それによれば、君はひとり息子だ。妹などいない」
「ええ。そのとおりです」
「ところが、だ。つい先日、この件で再度確認したところ、親ごさんから、『やっぱり、妹はいる』といった返事が届いた。『うわさがあっても気にしないでほしい』ともな。わけが判らない。そこでことの真相を確かめようと、君に来てもらったというわけだ」
「そうでしたか」
「我はこの病院の院長だが、未成年でもある」
「それはよく知っています」
「その我より君はさらに年下。つまり、同じ未成年だ。
……単刀直入に聞こう。君は今、どうせい(同棲)しているのか? もし、そうなら」
しぃぃん、と静まりかえる。
ごくっ。ごくっ。
セレン先生側から、生つばを飲みこむ音が二回聞こえた。
「……見かけ上は、そういうことになるかもしれません」
お兄ちゃんはゆっくりと、そしてはっきりと言葉を返した。
「見かけ上? ネイル。それはどういう意味だ!」
ばん!
テーブルをたたいて、ラミアさんは立ちあがった。
「ラ、ラミア、落ちつけ。……わ、我も知りたい。そ、それは一体」
セレン先生も立ちあがった。心なしか、その声はふるえているような気がする。
お兄ちゃんは口をつぐんでいた。でも、すぐに意を決したような表情をうかべ、口を開く。
「百の言葉を並べるより、実際に見てもらう方がいいでしょう。
フローラ、こっちへ来てください」
「は、はい」
わたしはお兄ちゃんたちの方へと向かう。それまでは部屋のおくにある台所のいすに座って、みんなが話している様子をながめていた。
セレン先生とラミアさんが立ちあがったまま、後ろをふり返る。もちろん、そこには近づいてくるわたしの姿が。
「あっ!」とわたしが、「そんな!」とラミアさんが、「まさか……」とセレン先生が、三人が三人、同時に叫んでいた。
(まちがいない。この二人だ。湖へ、お兄ちゃんといっしょに来ていたのは!)
こうやって、近くで見るとよく判るけど、セレン先生の方は無愛想な感じがする。でも、着ているのは白い作務衣と白衣。お兄ちゃんとおそろいだ。
(いいなぁ。なんだかとてもうらやましい。病院関係者はみんな、こうなのかもしれない。わたしも機会があれば、ぜひ着てみたい)
ラミアさんの方はといえば……、勇ましいというか、男っぽい感じがする人だ。着ている水色の作務衣と、頭に巻いている同じ色のバンダナ。どちらも、なかなかよく似あっている。
(だけど……、やっぱり、きれいな女の人だな。二人とも)
そう思ったとたん、胸にもやもやしたものがこみあげてくる。
(なに? この気持ち。あまりいい感じじゃない)
わたしが自分の心を持てあましているさなか、二人はじっとこちらを見つめている。
「ネイルが二人! ……いや、ちがうか。確かに女の子だ」
おどろいたような表情でつぶやくラミアさんの口を、セレン先生が手でふさぐ。うすめ(薄目)でこちらを見ている。なにごとも見のがすまい、と観察するようなまなざしで。
「ネイル。この子は、ひょっとしたら」「ええ。先生が思っているとおりです」
その時、ラミアさんがセレン先生の手をはらいのけた。
「セレン。手がじゃまだ」
ラミアさんが逆に彼女の口を手でふさぐ。そのあと、お兄ちゃんとわたしを、かわるがわる見つめた。
「ネイル。彼女は人間じゃないんだな」「そうです。ラミアさん」
「ラミア。話をしているのは我だ」
セレン先生はラミアさんの手をはらいのけ、またまた彼女の口を手でふさぐ。
「そういうことか……。ネイル。くわしく聞か……、痛っ! ラミア、なぜ、我の指をかむ」
「文句をいいたいのは、あたいの方だ。なんでいちいち人の口をふさぎやがる。それがこのいそがしい時に、わざわざ来てやった者に対する態度かよ」
「今日は休みではなかったのか……。それにもかかわらず、よく来たな」
「『よく来たな』って……。お前がアリアをあたいのところへよこしたんだろうが。
『困ったことができたから大至急来るように』って伝えるために。それであたいが、
『今、いそがしくてだめだ』って返したら、またよこして、
『人間、死ぬ気になればなんでもできる。いいから早く来い!』って急かしやがって」
「……だったか?」
「『だったか?』ですますな!
セレン。あたいは病院関係者じゃない。お前たちは休みでも、こちとらはちがうんだ!」
「ラミア、あまりおこるな。血圧が」「やかましい!」
「ねぇ、お兄ちゃん」「なんです? フローラ」
「あの人たちって仲がいいのね」「そうですね。時々、うらやましくなることがありますよ」
さっきのもやもや感はすでに消えている。残ったのは、面白い、という感情。お兄ちゃんの横に座って二人の口げんかを楽しんでいた。
彼女たちは再び席についた。お兄ちゃんの話に耳をかたむけている。
「……というわけなんですよ」
「なるほど」とセレン先生。「そんなことがあったのか」とラミアさん。
お兄ちゃんは、わたしが何者なのか、どうやって出会ったのか、などを二人に話した。わたしも自分が知っていることは、大体、話せたと思っている。
「だが、それにしても」
セレン先生は真顔で、お兄ちゃんの方を向く。
「今回の件がきわめて異常なじょうきょうの元で起きたことは認めよう。だが、それならそれで、すみやかに我の方へ伝えるべきではなかったか。君は未成年で、かつ我のかんとくか(監督下)にある。親ごさんも一時は心配しておられたのだから」
「僕も先生に相談するつもりでした。ただそれは、彼女がここの生活になれてきてから、と考えていたんです。でも、先生のおっしゃるとおりです。もっと早く話しておけばよかったと思います。すみませんでした」
お兄ちゃんは神妙な顔をして頭をさげた。
「判ればいい。ところで、深夜に出歩いていたそのわけは?」
「……多分、ですが、病院勤務が終わってから、買物や食事したことがあったんです。その際、予定より帰るのがおそくなってしまって……。その時のことではないかと」
(そうだ。確か公園で星空をずっとながめていたから)
「なるほど。そういうわけか。だが、ネイル。君は未成年だ。今回の件にかぎらず、身内でもない女性を、『自分の部屋にとまらせる』、『深夜に連れあるく』。これはやはり、つつしまねばならない。『見かけ上』、あるいは『はた目からすれば』というのは、実は重要なのだ。人という者はそれだけで判断しがちなものだからな。
君は村のこうきょうしせつ(公共施設)であるこの病院に従事している。そのことに自覚と責任をもって、私生活においても常に節度ある行動をとるよう心がけてほしい。そのことを、しかと、きも(肝)にめいじてもらいたい」
「はい、判りました。先生には、ご迷惑をおかけして申しわけありませんでした」
「いや、ちがう。迷惑などではなく……、そのぉ、なんというか、……心配していたのだ」
「先生……。ありがとうございます」
お兄ちゃんは少し目をうるませながら、再び頭をさげる。
そんなお兄ちゃんを見て、セレン先生とラミアさんは顔を見あわせ、たがいにほっとしたような表情をうかべた。
「たかい、たかぁい!」
「ふにゃあ!」
「……ミアンったら、赤んぼうみたい。
(ええとぉ……、なんか忘れている気が)」
「ほぉら。もっとたかぁい!」
ひゅぅ。くるくるっ。
「ふにゃにゃあ!」
ひゅぅ。ひしっ。
「……ミアンったら楽しそうだわん。放りなげられて一回転。ネイルさんのうでに、もどっている。なかなかうまいわん。
(ええとぉ……、なんだっけかなぁ)」
「ほぉら。もっともっとたかぁい!」
ひゅぅぅ。くるくるくるくるっ。
「ふにゃにゃにゃにゃにゃあ!」
ひゅぅぅ。ひしっ。
「……ミアンったら、ずいぶんと喜んでいるわん。
(ええとぉ……、あともう少しで想いだせそうなんだけどなぁ)」
「ミーにゃん。ミーにゃんも見てばかりいないでこっちに来るのにゃよ」
「えっ、アタシも?
……うぅん、どうしょうかなぁ。そんなことをしなくたって空は飛べるしなぁ」
「確かに自分の力で高いところまで行くっていうのも、それなりに面白さはあるのにゃけれども」
「うん」
「だれかの力でそれを味わってみる、っていうのも、なかなかいいものにゃよ。
まぁ、だまされたと思って、やってみるのにゃん」
「そう? ミアンがそこまでいうならやってみようかなぁ」
「さぁ、ミーにゃん。こっちへ」
「判ったわん。んもう。ミアンったら強引だわん」
ばたばたばた。
「ネイルさん。アタシもお願いするわん」
「おっ。ミーナさんも加わりましたね。
じゃあ、行きますよぉ!
ほぉら。もっともっともっとたかぁい!」
ひゅぅぅぅ。くるくるくるくるくるくるっ。
「ふにゃにゃにゃにゃにゃあ!」
「うわああああ!
てんじょうぎりぎりまであがってしまったわん! た、楽しすぎるわん!」
ひゅぅぅぅ。ひしっ。
「ふぅ。ミーにゃん、どうにゃった?」
「うん。これなら満足……。
(ええとぉ……、あれっ。今ので考えていたことが頭の中から消えてしまったわん)」
さすさすさす。さすさすさす。
「たかいたかい、が終わったと思ったら……、
今度はネイルさんのひざの上であごをなでられているわん」
「にゃあんごろ。にゃあんごろごろ」
「ふふっ。うれしそうに、のどを鳴らしているわん。本当、べったりとしていて、いつ見ても仲がいい……。はっ!
(うわっ! いきなり想いだしたわん!)
ちょ、ちょっとぉ! ミアァン!」
「なんにゃ? どうしたのにゃ?」
ぼとっ。すたすたすた。
「ミーにゃん。無意味に大声をあげるのは、にゃ。声帯に悪いえいきょうをおよぼすかもしれにゃいから注意した方がいいのにゃよ」
ぺろぺろっ。ぺろぺろっ。
「ぷっ。いきなり顔をなめるんじゃ……、ぷふっふっ。そんでもって……身体をなめまわして……、ぷふっ。ふふっ。はははっ。あっはははっ!」
ぺろぺろぺろっ。ぺろぺろぺろっ。
「ああっはっはっはっ! ちょ、ちょっとぉ、もうやめ……、ああっはっはっはっ!」
ばたばたばた。ばたばたばた。
ぺろっ。
「(うんにゃ。どうやら、ミーにゃんがごきげんになったみたいにゃ)
それで? 一体どうしたのにゃん?」
「ひぃっひひひひっ……。
(あっ、いつの間にか終わっていたわん)
ミアン! どうしたも、くそもないわん!
前の話が終わったあとに、ネイルさんと別れるだの別れないだのって、ひともんちゃくあったじゃない。今になってまるで何事もなかったのごとくふるまっているけど……、
『あれ』ってどうなったの?」
「『あれ』っていわれてもにゃあ……。はて?」
「ミアンったら……、忘れちゃったの?」
「にゃあ、ネイルにゃん。ミーにゃんのいう『あれ』ってどうなったのにゃん?」
「ふぅ。やれやれ、だわん。
(やっぱり忘れちゃったのね。しかも説明まで求めているわん)」
「ミアンさん。
『あれ』なら、一日三食。多くても四食で考えようって決着しましたよ。もちろん、いじわるなんかじゃなくて、あくまでも経済的事情ってやつでして。そこのところをお忘れなく」
「そうにゃった。ひさびさに味わった、くじゅうの決断だったにゃあ……」
「なぁんだ。聞いてみれば、ずいぶんと、だとうな結果に終わってしまったのね」
「ふにゃ? ミーにゃん。にゃにか、がっかりしているみたいなのにゃけれども。
一体、なにを期待していたのにゃん?」
「へっ? ……うぅん。なぁんにも。
(結果が出ちゃった今、うっかりしゃべって気分を害されてはたまらないわん。このまま、とぼけてよぉっと)」
「そうにゃん? にゃらいいのにゃけれども……。
それよりネイルにゃん。ウチは聞きたいことがあるのにゃけれども」
「なんでしょう? ミアンさん」
「市場へはウチもネイルにゃんと、よく行くにゃろう? フローラにゃんとは一か月ちょっとぐらいで外食を楽しんでいるのに、ウチは未だにさそわれていにゃい。この差は一体どこからくるのにゃん?」
「へぇぇ、そうだったの」
くるっ。
「ネイルさん、差別はいけないわん。
(ふふっ。また期待が高まってきたわん。ここでミアンと一緒になってネイルさんを責めたてれば、ネイルさんとの仲が解消、なんてことになるかも。そしたら、ミアンはアタシの元に帰ってくるしかないわん。ふふっ)」
「ミアンさん。いいですよ、さそっても。ただ……」
「ただ、なんなのにゃ? ネイルにゃん」
「それだとミアンさん自身が困ると思いまして」
「ウチが困る? それはどういうことなのにゃん?」
「ミアンさんのことだから、きっとものすごく、なやむことになりますよ。それでも聞きたいですか?」
「ふにゃ? にゃんかよく判らないのにゃけれども……、ここで聞かにゃいでいたら、将来に、かこんを残すと思うのにゃ。にゃから話してほしいのにゃん」
「じゃあ、いいますね。ミアンさん。かくごして聞いてくださいよ」
「うんにゃ。判ったにゃん」
「さすが、だわん。それでこそミアンよ。アタシの親友よ。
(なんかこっちまで、きんちょうしてきちゃったわん。……にしてもネイルさん。一体なにを話すつもりなのかな?)」
「たとえば、ですよ。外食で、お料理を一品、たのむとしますよね」
「ふむふむ。それがどうしたのにゃん?」
「同じ値段で僕が自宅で造れば、三皿分は造れるんですよ」
「にゃ、にゃんと!」
「もちろん、小ぎれいな場所で、うでの立つ料理人が造ったものを食べるんですから、それはそれで最高なんでしょうが……」
「にゃからウチも」
「とはいっても、多分、素材自体は同じものを用意できますし、店の料理人にはおよばないものの、味的にもそれなりのものを造れる自信はあります」
「うんにゃ。ネイルにゃんの料理のうでは、ウチが、だれよりも認めるのにゃん」
「それでも三皿をあきらめて一皿にしたいか、ということなんですよ。
ミアンさん。この難問にどう立ちむかいますか?」
「うぐっ……」
「あっ、ミアンが絶句したわん!」
「……た、確かに難問にゃ。ひょっとすると、ウチが経験した中では一番の」
くねくね。くねくね。
「ふぅ。
(残念だわん。どうやら思ったようにはならないみたい。
……にしてもミアンったら、身体をよじらせて顔にも、くのうの表情をうかべているわん。こうなると、親友としては見すごすわけにはいかないわん。なにかいい助言でもしてあげなくっちゃ)
ねぇ、ミアン。簡単に考えたら? とりあえず外食をしてみて、満足するようであれば今後もさそってもらえばいいし、思ったほどじゃなければネイルさんに造ってもらえばいいじゃない。ねっ。そうしなさいな」
「ミーにゃん。それがそうもいきそうにないのにゃん」
「どうして?」
「外食をして、いったんは満足をしたとしても、にゃ。少にゃくともその日は……、
もう、あとはないのにゃよ。ねむるまで満足感にひたっていればともかく、そうでにゃかった日には」
「なぁるぅ……ほろ。
(アタシとしたことがそこまでは考えつかなかったわん)」
「ネイルにゃんの三皿を食べて満足をしたとしてもにゃ。それはそれで心のどこかに、外食を食べてみたかった、とのしこりが残るのにちがいないのにゃ。そうやって一生、見果てぬ夢を追いかけるっていうのもにゃんか……」
「なぁるぅ……ほろ。
(なんかアホらしくなってきたけど……、確かにミアンには難問かもしれないわん)」
「ようするに、にゃ。どっちに転んでも、こうかいのなみだ、とやらで、まくらをぬらしそうなのにゃよ。にゃらば、どちらの方が心の痛手を少にゃくできるか、ということになるのにゃん」
「それで? どっちなの?」
「にゃから答えが見つからないのにゃよ。それで、なやんでいるのにゃん」
「大変ねぇ、ミアンも。
(心情はあまり理解できないけどね。とりあえず親友としてはいっておくわん)」
「ウチにとっては、たった一回の食事でさえも、こうかいすることがあってはならないのにゃん。はてさて。どうしたものやら」
くねくね。くねくね。
「あっ、ミアンさん。これだけはいっておきますが」
「にゃにを、にゃ? ネイルにゃん」
「どちらを食べるにせよ、その日に口にするほかの食事は全て、フローラの時と同じ軽めの食事とさせていただきます。よろしいですね」
「ふにゃあっ!」
「すみませんね。これも経済的事情ってやつでして」
かっきぃぃん!
「あっ! ミアンが、こおりついたわん!」