エピローグ『雨がやむ』(終わり)
エピローグ『雨がやむ』
「これで僕の話は終わりです。
今でもこうかい(後悔)をすることがありますよ。彼女にもっと注意をはらっていれば、まだ人間でいられたんじゃないかって」
「霊力切れかぁ。アタシも経験あるけどぉ……。でもそれなら、ネイルさんが霊力を与えてあげればよかったんじゃないの? ほら、以前、湖底の原木を浄化する際、アタシとミアンが手伝ったみたいに」
「ミーナさん。もちろん、やってみましたよ。先生にも協力してもらいました。ですが……」
「だめだったの?」
「ええ。どうやら、フローラが流れ星から与えられた霊力って、きわめて異質なものだったようです。いくら与えようとしても受けいれてはもらえず、外へ流れてしまうだけでしたから。
僕たちの霊力をこうげき(攻撃)とみなしたか、あるいは力が足りなさすぎたのか。いずれにせよ、今となっては知るよしもありませんが」
「そう……。それでそれ以後、フローラさんとは?」
アタシの言葉にネイルさんは静かに首を横にふる。
「あれから会ったことはありません。レイナスさんに聞いてみたら、
『湖の妖精「佐那」に聞いてみたところ、「元気でいます。ご心配にはおよびません」との答えが返ってきました。ほかの者たちよりも強い霊力を持つ妖精になった、とのことですが、すがたかたちは以前のままだそうです。
「水の妖精」は、身体がとてもびさい(微細)で、かつ霊力も小さく、その上、ものすごい数で群れています。だから少しばかり霊力が強くなったとしても、わたくしには会話はおろか、だれがだれなのか、かいもく見当もつかないというのが正直な話です。フローラについても同じこと。「『水の精霊』にもなりうる」と「佐那」は期待しているようですが、未来はともかく、少なくとも今の時点で彼女のことをわたくしが直接知るのは、はなはだ困難といわざるをえません。「佐那」をとおして聞く以外、方法はないのですよ』
とか、いっていました」
「でもレイナスさんって湖をとうかつ(統括)している精霊だよね。それなのに判らないの?」
「すみません、ミーナさん。今の話し方ではちょっと言葉足らずでしたね。
うぅん。どう説明したら……」
なにやら考えあぐねている様子。だけど、すぐに思いついたらしい。『あっ、そうだ』といって、間を置くこともなくしゃべり始めた。
「ねぇ、ミーナさん。今、ミーナさんは僕と話していますよね?」
「えっ。うん、そうだけど」
「この僕もさいぼう(細胞)ぐらいにまで分解すれば、構成要素は、かなりの数になるはずですよ。でもミーナさんは、その一個一個を意識しているってわけじゃないでしょ?」
「うん。アタシがしゃべっているのは、ネイルさん。つまり、『人間』という、一つにまとまった個体に、だわん」
「レイナスさんにも同じことがいえます。水の妖精って一か所に集まると、それ自体がひとつの意志を持つのだとか。たとえば、ひとつの湖なら、そこに集まっている水の妖精全てからひとつの意志が生まれる。この場合、その意志は『湖の妖精』と呼ばれるとのことです。池に集まった水の妖精からは『池の妖精』。沼では『沼の妖精』が生まれる。彼女のような湖の精霊が認識できるのはそういった集合体の意志で、単体まではとても無理とのことでした。それほど霊体としては弱い存在なのだそうです」
「それなのに、どうして『佐那』には判るの?」
「フローラが『佐那』をささえる妖精の一体にもどっていることを、ミーナさんはお忘れじゃありませんか? 霊覚だけじゃなくて、しょくかん(触感)でも感知することができますよ」
「なるほどね。それならうなずけるわん」
ネイルさんは『フローラ』の名前を口にするたびに、さみしげな表情をうかべる。なぐさめになるかどうかはわからないけど、一応、しゃべってみた。
「『あれから会ったことはない』っていっていたけど、『佐那』の言葉が正しいとすれば、フローラは元気でいるわん。それが判っただけでもよかったじゃない、ネイルさん」
「まぁ、その点に関していえば」
「とはいっても、もうネイルさんと話すことも自分だって認識してもらうこともできないわけかぁ……。なんか、かわいそうな気がするわん」
「彼女は強いですよ。大丈夫だと思います。どちらかといえば問題は僕のほうです。なんかぽっかりと穴が開いてしまったみたいで。
気持ちの切りかえが早いほうだと思っていたんですが……、今回ばかりはだめでしたね。いつもそばにいたものが、いなくなってしまう『そうしつかん(喪失感)』ってやつ。これは僕にとっては、あまりにも大きすぎましたよ」
「ふぅん。それでもまぁ、湖『佐那』に行きさえすれば、フローラのほうはネイルさんを見つめることができる。会えるってわけだわん。だったら、それでいいじゃない。
『フローラがどこかで見ている』
そう思って満足すれば? ネイルさん。実際、今はそれしかできないと思うわん」
「おっしゃるとおり。……ですが」
ネイルさんは水色の食器に、ちらっと目をやったあと、再びアタシたちのほうをふり向いた。
「僕の心の中にはね。はにかむような表情で僕を見つめているあの子がまだいるんですよ。
いつかまたここへやってくる。またいっしょに暮らせる。ありえないことだって判っているのに、気がついてみるとそう考えている。期待している。あの食器を今でも手放さずに置いているのは、単に想い出だから、っていうだけじゃないんですよ」
ネイルさんの言葉が終わると、『会話のじゃまにならにゃいように』とえんりょしていたのかどうかはさておき、今の今までおとなしく耳をかたむけていたミアンの口が、ついに開いた。
「にゃあるほど。ネイルにゃんもつらかったのにゃあ。
でもそれにゃったら、フローラにゃんと別れた直後はもっと大変にゃったろう?」
「ええ。しばらくは、あ然としていましたよ。なにも手につかないありさまでした。もちろん、彼女と知りあいになった人たちもみな、僕の話を聞いた時には、しばし、僕と同じように、ぼぉっと立ちつくしたり、なみだを流したりしてはいましたけどね。僕が一番近かっただけに心の痛手も大きかったみたいです。
先生やラミアさんにはずいぶんとはげましてもらいましたよ。そのおかげでフローラが来る前の僕へともどることができたんです。……それでも」
「どうしたのにゃん?」
心配そうな表情をうかべるミアン。
「やっぱり、このりょう(寮)にもどってひとりっきりになると、あのころのことがふと思いだされて悲しくなってしまうんです。
『いつまでも落ちこんじゃいられない』
そう思ってある日、散歩に出たんです。そしたら」
「なにかあったの?」
アタシは思わず身を乗りだした。
「姿はちがいますけど、フローラのように自分の居場所を探している霊体の姿が目に映ったんです」
「ネイルにゃん。それってひょっとしたら」
なんか知らないけど、ミアンの、どきどき、が、アタシにも伝わってきた。
「はい」
ネイルさんはミアンをだきかかえた。
「あなたですよ。ミアンさん」
「そうにゃったのか」
「今でも思うんです。フローラが僕たちの出会いを与えてくれたんじゃないかって」
「ウチもネイルにゃんに初めて会った時、思ったのにゃ。さみしそうになにかを求め、さまよっているお人にゃと。それがまるで自分の生きうつしのように思えて、それで」
「僕は思わずいったんです。『僕といっしょに暮らしませんか?』って」
「ウチも頭をさげていったのにゃん。『よろしくお願いしますのにゃ』と。
ほとんど反射的にいったような気がするのにゃけれども」
「ふぅん。ネイルさんとミアンの出会いってそんな感じだったの。それでそのあとは」
「ミアンさん……」
「ネイルにゃん……」
ひしっ。
二体はだきしめあったあと身体を少しはなして、うるうるとした目でたがいの顔を見つめた。
(ネイルさん……。それにミアンまで)
アタシの言葉を聞くものは、もうこの部屋にはだれもいない。アタシはこどく(孤独)を感じた。窓まで飛んでいくと、ふちに立って外をながめた。心なしか雨の降り方が弱まってきているようにも見える。
(まもなくやむんじゃないかな。この雨で湖の中にいる水の妖精は、さらに増えるだろうし、そしたらフローラの周りは一段とにぎやかになるはず。きっとさみしくなんかないわん)
雨が落ちるのを目にしながら、いつの間にか『ある思い』にふけってしまう。
(別れかぁ……)
会うは別れの始めとか。もちろん、花の妖精であるアタシにも訪れる。身近なところでいえば、イオラの木に咲く花たちとの別れかも。つぼみが出て花が咲いてそして散る。一輪一輪、出会った、接した。別れた。何度も何度も。数えきれないほど多くの花、いや、アタシの家族たちと。
出会いの喜びと別れの悲しみ。この二つをくり返して心は成長していく。そんな話をだれかから聞いた気がする。だとすれば、アタシの心も、少なくともネイルさんよりは成長しているのかも。だから、別れる悲しみも乗りこえられる……。
(ううん。それはちがうわん)
アタシが悲しみに負けないでいられるのは、そばでささえてくれるものがいるから。
イオラの森でともに生きる友だちがいるから。
お花さんたちがいるから。
イオラがいるから。
そして……ミアンがいるから。
みんながたえず、なぐさめ、はげましてくれるから。だから……今の自分でいられる。
ネイルさんの話でそのことを……あらためて心に深くきざんだ。
しばしの間、ぼぉっとしていた。すると、とつぜん、
「ミーにゃん」と声をかけられた。我に返ったアタシは何気に窓の外を見る。
「あっ!」
「ミーにゃん、どうしたのにゃ?」
今度は声とともに、かたを、ぽん、とたたかれた。ふり返ってみれば、すぐ横に後ろ足二つだけで立っているミアンの姿が。
(いつの間に。全然、気がつかなかったわん)
「見てよ、ミアン。雨が」
アタシの言葉を聞いて、ミアンも、どれにゃん、と外の景色をながめる。
「おおっ。どうやら、やんだみたいにゃ」
「じゃあ、ミアン」
「うんにゃ。出かけようにゃん」
「よぉし。遊びに行こう!
じゃあ、ネイルさん。お茶……」
(あれっ?)
水色の食器が置いてある後ろ、ネイルさんのかたわらに、『ある者たち』を見つけた。
「ミーにゃん。なにを見ているのにゃ?」
「なにを、って、ほら、あそこに……」
アタシはミアンに、ちらっ、と目をやったものの、すぐに視線をもどした。
(あれっ、いないわん)
「あそこって……ネイルにゃんが座っているだけにゃよ」
「そう……だよねぇ」
(おかしいな。今、ネイルさんによく似た可愛い女の子が二人、笑っていたんだけどなぁ。
……まぁ、いいや。気のせいかもしれないし)
「ミーにゃん。本当にどうしたのにゃん?」
「ううん。なんでも。さぁ、早く行こう、ミアン。
ネイルさん、お茶、ありがとう」
「ネイルにゃん、ウチも行ってくるのにゃよ」
「あっ、ちょっと待ってください。今、開けますから」
ドアをとおりぬけようとしたら、とめられた。
「外へ出るのにわざわざ霊力を使わなくても」
がちゃ。
ネイルさんが部屋のドアを開けてくれた。
「さぁ、どうぞ。
ミアンさん、行ってらっしゃい。ミーナさんもまた、遊びにきてくださいね」
「うん。それじゃあ」
「ネイルにゃん。行ってくるにゃよぉ!」
たったったったったっ。
「ああっ! ミアン。置いてきぼりは、『なし』だわん!」
ぱたぱたぱたぱたぱた。
アタシたちはネイルさんに見送られながら、外へと飛びだした。まぶしく輝く陽ざしを身体全身に浴びながら。
(きっとフローラも水面からこの陽ざしを浴びているんだろうな)
そう思ったらアタシは新しい友だちができたみたいに思えて、なんだか無性にうれしかった。
お・し・ま・い。 ……だわん!




