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天空の村2・水の妖精  作者: シード
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第十二話『別れ』

 第十二話『別れ』


 いつの間にかねむっていた。目を覚ましたのは、声とともに、だれかがゆさぶったからだ。

「よかった。もう起きないんじゃないかと心配しましたよ」

 目をうるませながら、わたしの顔をのぞきこんでいる人がいる。

「お、お兄ちゃん!」

(また会えた……)

 夢じゃないよね、とばかり、お兄ちゃんの顔をじっと見つめた。

「ここにいるってことは……、うまくいったってことだよね」

「ええ、なんとか。全ては君のおかげです」

「よかったぁ。お兄ちゃんが無事で」

 それだけ判ればそれでいい。すぐに身体を起こして座り姿勢をとる。『お兄ちゃんもとなりに座って』との意味をこめて、ぱんぱん、と手で長いす(椅子)をたたいた。わたしの意を察したのだろう、お兄ちゃんは、こくりとうなずく。『じゃあ、失礼して』とこしをおろして、こちらへと向けた顔には心配そうな表情が。わたしの身を案じるかのような視線が、わたしの頭の先から足の先へ、足の先から頭の先へとそそがれた。

「はぁう」

 深いといき(吐息)とともに、お兄ちゃんの口からもれた言葉は。

「その様子では……もう無理なんですね」

 悲しみと無念の思い。目の前の顔が、この二つを物語っている。わたしはうなずくしかなかった。

「うん。だめだった」

 何度も願ったけど、人間の姿にはもう、もどれなかった。形こそ同じものの、水の姿のまま。身体のあちこちに入ってしまった『ひび』が理由だ。

「お兄ちゃん。人間の姿を形造っていた霊体シールドが……こわれちゃったよぉ」

 この体形を保っているわけだから、正確にはまだこわれてはいない。でも、手からいくら霊波を浴びせても修復はかなわない。いや、修復どころか、逆に『ひび』が大きくなってしまうありさま。

「どうしたらいいの? お兄ちゃん」

 わたしはすがりつき、かずかな望みをいだいて見あげる。お兄ちゃんの顔には悲しそうな表情がうかんでいた。いつもなら、『大丈夫』といってだきしめてくれるのに、両うでは、だらりとさがったまま。ぎゅっとにぎりしめたこぶしがふるえている。なにもいわなくても、これらが全てを物語っていた。

(そうか。もう、お兄ちゃんでも……。

 ううん。判っていた。初めから。でも、いざこうなると……)

 がくがくがく。

 急にふるえが起こる。れいこく(冷酷)な現実がすぐそばまで来ていることを予感したからかもしれない。


 おそれていたことがついに。お兄ちゃんが……泣きだしちゃった。

「僕には……ううっ……なにもしてあげられない。君のおかげで村は救われたのに……。

 僕が無力なばっかりに……僕の『愛』が足りないばっかりに……ううっ!」

(『愛』は足りていると思うよ、お兄ちゃん。でも、それとは関係ない気がするよ)

 わたしにつっこんでいるよゆうなんてない。にもかかわらず、なぜか、つっこんでしまう。(ここらへんが、お兄ちゃんと一年近く暮らしていた成果かも)

 そう思うと、ちょっとむなしい……ってためいきをついている場合じゃない。

 お兄ちゃんはわたしの身体をだきしめ、むねに顔をうずめている。おえつ(嗚咽)であろう声とともに、水の身体になみだがしたたり落ちる。

「泣かないで。泣かないでよ、お兄ちゃん」

「フローラあぁ! ううっ!、ううっ!」

 こどもに返ったかのように泣きじゃくるお兄ちゃん。思えばわたしは悪い妹だったような気がする。お兄ちゃんを悲しませるって判っていたのに……すいひりゅうに変化へんげしたのだから。

 お兄ちゃんの『滅羅めら』を成功させる一役を担ったわけだから、変化したこと自体は、まちがっていたとは思わない。でも、そのせいでお兄ちゃんの心に悲しみをめばえさせたことは事実。否定のしようがない。

「ごめんね、お兄ちゃん」とわびるしかなかった。


「お兄ちゃん、聞いてほしいの。これからわたしが話すことを」

 もう残り時間は少ない。だから、今のうちにいっておきたい。

「思えば一年にも満たない間だったけど、わたしは楽しかった。お兄ちゃんをふくめ、たくさんの人に知りあえたし、本来なら、絶対に味わえない貴重な体験をすることもできた。これでもう十分。思い残すことはなにもないよ」

(わたしだって本当はつらい。泣いてお兄ちゃんにすがりたい。『いつまでもお兄ちゃんたちと暮らしていたい』ってさけびたい。でもそれをやったら、ますますお兄ちゃんは悲しむ。

 わたしにはできない。お兄ちゃんをこれ以上、悲しませることだけは)

 泣き声がやんだ。お兄ちゃんは自分の身体をはなすと、わたしの目に視線をあわせた。

「なにもしてやれないのに……、こんなにも僕を気づかってくれるなんて……。

 ありがとう、フローラ」

「お兄ちゃん……」

(そうだよね。わたしのお兄ちゃんになってくれた人だもの。

 わたしの気持ちなんか、とうにお見とおしなんだ)

「お兄ちゃあぁぁん!」

 わたしはがまんするのをやめた。思いっきり泣いた。こうかい(後悔)しないよう、精いっぱい。とめどもなく目からなみだがこぼれた。


 なみだがか(枯)れた……あとは、二人ともだまったまま並んで座っていた。自分の感情におぼれすぎた反動、かもしれない。とはいっても、このままなにもしないで時を過ごすのもどうかと思い、わたしのほうから口を開いた。

「ねぇ、お兄ちゃん。聞いてもいい?」

 わたしの声で我に返ったみたい。ふり向いた顔を見ると、ぼおっ、とした表情にいくぶん活気がもどっている。わたしを見つめる目もいつもと変わらず、やさしげ。

「ええと……、あっ、どうぞ」

「どうしてお兄ちゃんは初対面のわたしをすぐに自分のおうちへさそってくれたの?」

 特にたずねる理由はない。ただなにか話をしたかった。それだけのこと。ところが、お兄ちゃんの口から飛びだしたのは意外な言葉だった。

「そうですねぇ。僕自身が同居人をほしがっていたっていうのもありますし、君に(じゃき)邪気を感じなかったっていうのもありますけど……、

 やっぱり、あれですかねぇ。一番は君に感動したせいでしょうねぇ」

 聞きまちがい? かと思った。

「感動? わたしに?」

「そうですよ」

 とまどった。よく判らないどころか、全然判らない。

「ええと……わたしのどこに?」

「ほら。最初に会った時、君はいったじゃないですか。

 自分は水の妖精ようせいで、流れ星の力によって強い霊力が身についたって」

「うん。いった。でもそれがどうしたの?」

「フローラも空から見て知っているとは思いますが、天空の村は、全体が森でおおわれた『ことう(孤島)』です。人間の住む区域も『自由の森』の一角にすぎません。

 村人のほとんどがほかの星か、あるいはほかの世界からやってきた移民だそうです。ただなにぶん、大昔のこと。ここまで来るのに使った乗り物なんて、今はなにひとつ残ってやしません。つまり、この村から出ていく手段がないわけです。天外魔境を使えるラミアさんなど一部の村人をのぞけば、ほかはみんな、この中でかたをよせあい、生きていくしかありません」

(はて? なんで天空の村の説明なんかしているのかな?)

「わたしもマリアさんから聞いたような気がするけど……、

 そのこととわたしとどんな関係が?」

「今いったように、この村で生まれた僕たちは、ここで生きて、ここで死ぬさだめにあります。ほかの星や世界に行くことはありません。ところが君は……。

 同じ村の中とはいっても、僕たちとはまったくちがう世界で暮らしていました。それなのに、すみなれた故郷ふるさとをはなれてここへやってきたんです。しかも、たったひとりで。種も環境もちがうところに。どんなきっかけや理由があったにせよ、実際にそれを行動に移そうと思えば、かなりの勇気がいるはず。でも……君はやってのけた。その勇気に感動した。敬意を表したからこそ、僕はいっしょに暮らすことにしたんです」

(聞いてみるもんだなぁ。今、初めて知ったよ。お兄ちゃんもそれなりに考えていたんだ)

「へぇ。そうだったんだぁ。わたしはてっきり、この人は」

「アホだと?」

「えっ。ううん、ちがうよ。ただ、なんて頭の軽い」

「やっぱり、アホじゃないですか」

 あわわわ、とあわてて訂正にかかる。

「じゃなかった。性格の軽いっていおうとしたのぉ」

「本当ですかぁ? 思わず、本音が出ちゃったぁ、みたいな感じでしたよ」

「ちがうちがう。そんなことないって」

「いいんですいいんです。この際、いいたことはいっちゃいなさいな」

「まぁ、ちょっとは……って、んもう! だから、ちがうんだってばぁ!」


 ……こんな楽しい話のやりとりを今までにどれくらいやっただろうか。

 それができなくなるなんて……まるでうそのよう。

 でも……わたしの身体に新たな『ひび』が入るたびに、これが現実、と知らされた。


「お兄ちゃん、お願いがあるの」

 会話にあった『故郷』という言葉から、わたしはお兄ちゃんへのたのみごとを思いつく。

「わたしがすんでいた湖に連れていってほしいの。元の姿にもどったわたしが帰れる場所っていったら、あそこしかないから」

 話をしているさなかもわたしの身体にはひびが入りつづけていた。もし仮に、ここで全ての霊波シールドがこわれてしまったとしたら……、地面にすいとられ、どこへ流れつくか判らない。場合によっては地中に閉じこめられたまま、死をむかえることもありうる。

「それはかまいませんが……、今、すぐ行きますか?」

「ううん。もうちょっとここにいる。……あっ、お兄ちゃん、あれを見て」

「あれって……星のことですか?」

「うん」

 陽がかたむきかけている。あともう少しすれば夕焼け空となるのにちがいない。暗くなってきたせいだろう。星がいくつか目に映る。

「お兄ちゃんともう一度、満天に輝く夜空の星が見たかったなぁ。

 でも……。うん。これだけあればいいや」

 わたしは自分の頭をお兄ちゃんのかたにもたれさせる。

「フローラ」

 お兄ちゃんもわたしのかたをそっとだいてくれた。

(このまま。ずっとこのままでいたいのに)

 かなわぬ願いと知りつつ、そう思わずにはいられなかった。


 全身に『ひび』が拡がってしまった。

(もう限界だな)

「お兄ちゃん。そろそろ行こう」

「判りました」

 お兄ちゃんはすぐさまわたしをだきかかえる。上空を飛びまわっているアリアに、『フローラを運びます。手伝ってください』と霊覚交信を使って呼びかけた。アリアはすぐさま降下、低空飛行で近づいてくる。お兄ちゃんはふわりとうかぶと、紅い色のせなかに足を乗せた。どうやら、立ち姿のままで行くみたい。

「アリア、佐那さなへ」

「くぉ……(判った……)」

(力なく言葉を返している。お別れだって気がついたのかな?)

 アリアはわたしが望んだ湖へと飛んでいく。


『佐那』にたどりついた。わたしはお兄ちゃんにたのんで、湖のはるか上空でとめてもらう。真下をのぞきこむと、なじみの光景が拡がっていた。

(いよいよ、か)

 衣服から、するっ、と抜けだす。わたしは、水の身体をふわりとうかばせ、お兄ちゃんと向きあう形をとった。もちろん、わたしのほうは宙にういた状態。そのままおりれば湖の中へとしず(沈)んでいける。

 わたしは最後の願いを口にする。

「お兄ちゃん。おばあちゃんやお世話になった村のみんなに伝えてくれない?

『今まで、ありがとう』って。もうわたしが直接話すことはできないから」

「判りました」

 それから、と、短い間ながらも、わたしと空を飛んでくれた友だちに声をかける。

「アリアにも聞いてほしいことがあるの」

「くぉーっ?(なんだ?)」

(これだけはいっておかなくっちゃ)

 そう思っていた言葉を口にした。

「わたしが病院勤めを始めてからは、ほとんど毎日のように、いっしょになって飛びまわってくれたね。とても楽しかったよ。ありがとう、アリア」

「くぉーっ、くぉーっ(ワタシにとっても楽しい日々であった。ありがとう、フローラ)」

 わたしはアリアに近よって身体をさすった。感謝と別れの意味をこめて。

(もう、こんなことは二度とできないんだろうな)

 そう思うと悲しくなる。でも、なみだはこらえた。


(アリアとのお別れもすんだ。あとは)

 再びお兄ちゃんと向きあう。

(ついにこの時が。なにかいわなきゃ。でもなにを話したら)

 迷っていると、向こうから声をかけてきた。

「君は村を守ってくれた。でも、僕は君を……守ることができなかった。許してください」

 そう話すお兄ちゃんの目には、光るものがある。

「ううん。あやまる必要なんてないよ。お兄ちゃんのおかげで毎日が楽しかったんだもの。

 すてきな想い出をくれて……本当にありがとう」

 わたしもまた、目に光るものをためていた。

(これが最後)

 そう思ったら、たまらなかった。多分、お兄ちゃんも同じだったのだろう。まるですいよせられるように、どちらからともなくおたがいを求め、近づいていく。

 ふと気がつけば、だきしめあい、口づけを交わしている自分たちの姿がそこにはあった。


 そして……ついにお別れの時がやってきた。

 別れの言葉にもいろいろある。でも、二度と会えない別れ、となれば……、思いうかぶのはひとつだけ。さっきはいわずにすんだ。でも、今度はいわなきゃならない。『過去との決別』というよりも、『未来へと一歩ふみだす決意』を伝える言葉として……だから。

「それじゃあ、お兄ちゃん。……さ、よ、な、ら」

 わたしは手をふりながら、『悲しみに負けるもんか』と別れの言葉を一文字一文字かみしめるように伝えた。

「さよなら、フローラ。いつまでも元気で」

 お兄ちゃんは笑顔で手をふっている。わたしもおくればせながら笑顔を造った。二人とも、まだほおはぬれていない。実は約束していた。別れの際は笑顔で、と。だから。

「くぉーっ(さらばだ。フローラ)」

 お兄ちゃんとアリアが見送る中、わたしは降下を始めた。


 同じ紅い色なのに、と思う。かえんりゅうの霊火は、どき(怒気)をはらんであらあら(荒々)しかった。一方、今、わたしの目の前に拡がる光景は、まるでちがうものに映る。残りわずかな陽の光をお(惜)しめとばかりに空や村を染めあげる夕焼けは、あまりにも美しく、もの悲しく、そしてさみしい。今のわたしにぴったり。人の世に別れを告げようとしているわたしの心そのもの、といっていい。

 わたしは残った霊力を使ってゆっくりとおりていく。視線の位置も当然さがる。お兄ちゃんの姿が見えなくなったとたん、目にたまっていたものが、すぅっと、ほおを伝った。視界が村から森、森から湖へとせばまってくる。

 自分のうでやおなかに目を向けてみた。

(思えば、よくもったな)

 すいひりゅうからこの身体にもどったあとは、ずぅっと、ひびが入りつづけ。今もそう。身体中が真っ白になりつつある。

(でも、なんとか間にあった。こわれるのは多分、湖に入ってからだ)

 わたしには判っていた。人間として暮らした『きおく(記憶)』。これが今の身体を形造っている水の中にあることを。元の姿にもどればこの水と別れるため、わたしの中から消えてなくなることだって。人間の世界で体験したさまざまなできごと。出会った人の顔、顔、顔。これらが次から次へと早足で脳裏にうかんでくる。

(みんなを守れた)

 それだけ判ればそれでいい。

「さよなら、メリナおばあちゃん。自分の孫のように可愛がってくれて本当にありがとう。

 さよなら、セレン先生、ラミアさん、マリアさん、レミナさん。

 さよなら、フィルさん、リンダさん、アムちゃん、キヌちゃん。

 さよなら、村のみんな。

 そして……そして……」

 ずぶずぶずぶずぶずぶ。

 わたしは湖の中へとしずんでいく。なつかしの古巣へ帰ってきた。

 どんどんもぐっていく。底まで行くのかな、と思ったその時。

 ぼん!

 くだけた。人間の形をした水の身体が。


 意識がうすれゆく中、水面へと運ばれる自分を感じていた。お兄ちゃんの去っていく後ろ姿が見える。今のわたしがいくらさけんでも、もう、お兄ちゃんの心には届かない。それでもさけばずには、いられなかった。

「さよならぁ、大好きなお兄ちゃああん!」

 つづけて小さな声でそっとつぶやいた。

「さよなら、……わたしの恋心さん」

(ああ……、わたしのきおく(記憶)がはなれていく……。わたしの意識が遠のいていく……)


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