第十一話『かえんりゅう(火炎竜) その二』‐①
第十一話『かえんりゅう その二』
「おい、しっかりしろ!」
ラミアさんが声を張りあげる。
お兄ちゃんは、うっすらと目を開けた。
「僕は……、そうか。まだ生きているんですね……」
「お兄ちゃん。セレン先生が必死になって手あてをしてくれたの。だから」
しゃべろうと思っているのに、それ以上、どうしても声がつづかなかった。
落ちていくお兄ちゃんの身体からはすでに霊火は消えていたものの、セレン先生がアリアから飛びおりて、だきしめた時には、すでにこと切れていたという。地上におりると、すぐさまお兄ちゃんをみ(診)始めた。かみの毛や衣服は燃えつくされ、身体全体が黒こげ状態。
(弱くなっていたとはいえ、霊波をまとっていたはず。それなのにこんな姿になるなんて)
あらためて黒竜がはきだした霊火のおそろしさを感じた。
「セレン先生。お兄ちゃんは……」
わたしとラミアさんが近づこうとすると、『そこで待っていてくれ。ちりょうのじゃまだ』と、ものすごいけんまく(剣幕)で足をとめさせられた。この時はまだ、生きている、と思いこんでいたので、彼女の後ろでおとなしくしていた。
彼女はたんねん(丹念)にたんねんに黒こげの身体に手をあてていく。いわゆるしょくしん(触診)を行なっていた。ほんのわずかな見のがしもすまい、と神経をとぎらせながらやっているのが見ているこちらにも伝わってくる。ききせまる(鬼気迫る)姿だったといっても過言じゃない。しばらくしてわたしは気がついた。お兄ちゃんの身体が、口元が、ぴくり、とも動いていないのを。
「セレン先生。ひょっとしてお兄ちゃんは……」
「だまれぇっ!」
「うっ!」
初めてだった。彼女からこれほどのどなり声を浴びせられたのは。
(やっぱり、お兄ちゃんは……)
知らず知らずのうちに、なみだがこぼれていた。目の前にハンカチが差しだされる。『使えよ』といったラミアさんの横顔。そのほおにも涙のしずくがたれていた。
しばらくすると、セレン先生はお兄ちゃんの身体から手をはなした。どうやら、しょくしんが終わったみたい。ふぅ、とためいきをついたあと、彼女はこちらをふり向いた。
「これから元にもどす」
ひとこと、そういうと、またお兄ちゃんの方へと向きなおった。
(元にもどす、って……まさか!)
思わずそばによろうとした。ところが。
ぐいっ。
かたをおさえられて動けない。
「セレンを信じろ。ここにいるんだ」
ラミアさんの霊覚交信を心に感じた。ふり向くと、彼女の目も、そううったえている。
「判った」
わたしも心を伝える。彼女は、こくり、とうなずいた。
前へと視線をもどす。セレン先生が光る両手でぎゅうっ、とお兄ちゃんの身体をおさえつけたのが目に映った。神経にそって緑色の光が身体のすみずみにまで行きわたる。
と、次の瞬間。
どっくん。どっくん。
お兄ちゃんの命のこどう(鼓動)を感じた。最初は弱く、でも、だんだんと強く。
(や、やったぁ……)
こしがぬけそうになる。夢かとも思った。だけど、夢なんかじゃない。確かに感じる。わたしはラミアさんを、ラミアさんはわたしを、二人、同時に見つめあった。ともにうなずいたあとは、いっしょにセレン先生のそばへとよった。
「セレン」
ラミアさんが声をかける。
「……なんとか、……かろうじてなんとか、命はつなぎとめた」
両うでがだらりとさがる。うつむいてほっと一息をつくセレン先生。
「だが、まだ仕あげが残っている」
再び顔をあげ、両手をお兄ちゃんの身体にかざす。黒い身体があわい紅色の光に照らされた。
「こ、こりゃあ!」「す、すごい!」
照らされた部分が元の姿にもどっていく。かみ(髪)もすはだ(素肌)も。上から見ると、まるでセレン先生の手が黒いよごれをふいているかのよう。ふいたあとはきれいになっている。全てをふきさったあとに残ったもの。それは見なれたお兄ちゃんの姿だった。
「終わった。あとは目ざめるまで待っていよう」
疲れたのだろう。そういうと、彼女はお兄ちゃんの横に並んでねた。目をつむり、両うでをおなかの上でからませている。
「なぁ、すごいやつだろう。あたいの親友は」
「うん」
ラミアさんにうなずいたあと、わたしはお兄ちゃんの師へ感謝の言葉を口にした。
「お兄ちゃんを助けてくれてありがとう。セレン先生」
彼女は目をつむったまま、『ああ』と短い言葉を返した。
(もしもあの時、助けることができなかったとしたら……、
こうして生きているお兄ちゃんと話す機会など、二度となかった)
そう思うと、すぐになみだぐんでしまう。
「フローラ……。そうか。すみません、先生」
「無茶をやるなといったはずだ」
セレン先生はその顔に、ほっとしたような、泣いているような、そしておこっているような、複雑な表情をうかべていた。ふだん、無愛想な顔をしている人とは、とても思えないほど、感情豊かな一面をあらわにしている。
「だが、よかった」
そういってセレン先生は、お兄ちゃんの頭をだいた。目をつむったその下から、ひとすじのなみだがこぼれている。
「セレン……」
お兄ちゃんに近づこうとしたラミアさんを、そのなみだがとめた。
お兄ちゃんは多少、ふらつきながらも上半身を起こす。
「先生。霊波をまとっていたのにどうして……」
「光刃を流すのにはかなりの力を費やしてしまう。そのせいだろう。君の身体から発する光が弱くなっていた」
「そうでしたか。
先生。僕の力が足りないばかりに……。すみませんでした」
「わびる必要はない。できるかぎりのことはやったのだから」
セレン先生はそういってお兄ちゃんのかたを、ぽん、とたたいた。
「ラミアさん。今、あの黒竜はどうなっていますか?」
「それがな」
ここぞとばかり、ラミアさんもお兄ちゃんのそばにひざをつく。
「さっきの霊火についていえば、あれはやつにとっても予定外の行動だったらしい。まぁ、それをやらせるほど、お前の光刃をうとましく思ったってことなんだろうけどな。かなり弱っているみたいでさ。今は天空に拡がっている霊力を身体に集めてやがる」
「だが、それだけではすむまい。いずれまた、大地やそこに生きるものが持つ霊力をうばうべく、村をおそいにかかるのは目に見えている」
「先生、なんとかしないと。あれ以上暴れられたら、それこそ大変です」
「だが、ネイル。黒竜の今でもあれだけの力を持つ。現に君の光刃を退けるほどの力があるのだからな」
(光刃を、かぁ。あれっ、でも)
「ねぇ、セレン先生。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ? フローラ」
「光刃って、霊力の波動と呼ばれる、……ええと、確か……あっ、そうそう。霊波、霊刃、光波、光刃、だっけ。この四種類のうちで、一番強い力のはずよね。それなのにどうして霊波に負けちゃうの?」
「ネイルに聞いたのだな。確かに君のいうとおり、光刃が一番上であることにまちがいはない。だが、それはあくまでも人間の造りだす霊力の波動で比べれば、の話にすぎない。たとえ、霊波ではあっても、黒竜が造りだしたものであれば、ネイルの光刃を上まわることになんらふしぎはない」
「ふぅぅん。そういうことなのね」
「それにしても困った。予想外の力だ。これでは打つ手がひとつもない」
「先生、ひとつもない、とはいえないと思います」
「なんだと。それはどういうことか?」
「僕はあの霊火に巻きこまれた時、いっしゅんですが、『じゅうそうれい(獣爪霊)』をとおして体内の深層部にもふれました。あの黒竜は、ウォーレスの地上で死んでいった多くの者たちが造りだした、おんねん(怨念)の融合体です」
「なんと! そうであったか」
セレン先生はお兄ちゃんの言葉にきょうがく(驚愕)しつつも、次第に納得した表情へと変わっていく。一方、わたしは頭が混乱してきた。
(おんねんが黒竜を?)
あれこれ考えられるほどの頭は残念ながら、ない、と自認している。
(判らないことはすぐ聞こう)
自分の性格に従い、たずねてみた。
「先生から黒竜がかえんりゅうの幼体だって話はさっき聞いたけど……、かえんりゅうだって竜神の一種。つまり、神さまよね? 神さまがなんで村をおそったりするの?」
「フローラ。天空の村に存在する霊力は、強い意志に引きよせられるという特性を持っている。意志の善し悪しは関係ない。意志が強ければ強いほどたくさん集まってくる」
「ということは……」
「そう。強い意志と多くの霊力。この二つによって、霊体は生みだされる。正神となることもあれば、じゃしん(邪神)となることもある。あの黒竜はおんねんによって生みだされた。じゃしん(邪心)がじゃしん(邪神)を造りだした、というわけだ」
「竜神が邪神に……」
ぶるぶるっ、と身体が思わずふるえる。
(じゃあ、あいつに勝つってことは神さまに勝つってことよね。できるのかなぁ。わたしたちなんかに)
わたしは不安な思いにかられた。一方、なぜか、セレン先生の目が輝きだした。
「ネイル。君のやったことは決してむだではなかった。おかげで貴重な情報がえられたのだから。あんな黒竜を生みだすなど、そんとほうもない力を持つ意志が一体どこから、と考えていたのだが、これでなぞは解けた」
「だが、セレンよ。それが判ったとして、なにかいい解決策でもあるのか?」
ラミアさんは期待半分、といった感じで、セレン先生に問いかける。
「相手がおんねんというなら、こうげきじゅほう(攻撃呪法)ではなく、じょうかじゅほう(浄化呪法)を用いるのが常道だ。深層部分に浄化の呪をほどこすことで、個々のおんねんをつなぐ『くさり』を断ちきることができる。これなら、黒竜でも、いや、かえんりゅうになったとしても、ほろびはまぬがれまい」
「僕もそう思います。内側からゆさぶりをかけるのが一番かと」
「だが、ネイル。黒竜の深層部分へは、どうやってちょっかいをかけるつもりだ?」
「やり方はさっきと同じです。ちがいがあるといえば、浄化の力を流しこむぐらいでしょうか」
「となると、やっぱり、かえんりゅうに近づかないと意味がないぞ。またさっきの二のまい(舞)になるんじゃないか?」
「ラミアさんのいうとおりです。僕は身体に霊波をまとっていたにもかかわらず、霊火に巻きこまれてしまいました。なにか対策を講じないかぎり、近づくことは危険すぎます」
「大丈夫だ。我がやろう」
セレン先生がそういって立ちあがる。
「黒竜の霊火から身を守る一方で、多数のおんねんを浄化させなければならない。当然、強い霊力が必要となるが、我ならば可能だ。ネイルはしばらくここで休んでいてくれ」
「セレン、お前……」「先生……」
「うむ。行ってくる」
「じゃあ、セレン。あたいのミレイに」
ラミアさんがいい終わらないうちに、空から別のアーガに乗った村人が声をかけてきた。
「ラミア! 村に多数のけが人が出た。中には、一刻のゆうよ(猶予)もままならない重傷者もいる。今のままじゃとても手が足りない。いっしょに病院へ運ぶのを手伝ってくれ!」
「判った! すぐに行く!」
ラミアさんはセレン先生にふり向く。
「セレン、すまん。あたいは……」
「ラミア。我のことなら心配いらない。それより、けがをこうむった村人たちのはんそう(搬送)をたのむ」
「ああ。あたいに任せておきな。必ずみんな、生きたまま病院まで運んでやるから」
ラミアさんはミレイに乗る。気がかり、みたいな感じで、ちらっ、とわたしたちをいちべつしたものの、すぐに意を決したかのごとく前方へと目を向け、ミレイを飛びたたせた。
「では、我もそろそろ行くとするか」
「先生、僕も行きます」
お兄ちゃんは起きあがった。
「だが、お前はまだ」
「アリアで行くのでしょう。かえんりゅうのすぐ近くまで送らせてください。今の僕にも、それぐらいはできます」
「判った。ではたのむ」
セレン先生はお兄ちゃんのしんけん(真剣)な表情に折れたのか、同行を許した。
「待って。わたしも行く」
「フローラ、危険ですよ」
「わたしでもなにか役に立つことがあるかもしれないよ。お願い、行かせて」
お兄ちゃんからの返事を待った。でも、声をかけたのはセレン先生。
「判った、フローラ。君もいっしょに来てくれ」
「せ、先生!」
『なんてことをいうんです』とつづかんばかりの非難めいた声をお兄ちゃんは張りあげる。
「今は一刻を争う。彼女なら我が考える以上の解決策を導くかもしれない。我らの切り札とも成りうるのだ。連れていったほうがいい。そうじゃないか、ネイル」
「先生……」
お兄ちゃんは視線をわたしに向ける。
「フローラ、本当にいいんですね」
「うん。お兄ちゃんについていくぅ!」
張りきって返した言葉に、『あなた方。どちらも僕には手に負えません』と首をふりながらつぶやき、あきらめ顔になった。
「判りました。じゃあ、聖竜の操作をお願いします」
これで決まり。わたし、お兄ちゃん、つづいてセレン先生が、アリアのせなかへと乗る。
「アリア。結構、人数が多いけど、重くない? 大丈夫?」
「くぉーっ(この程度、心配はいらない)」
「そう。じゃあ、飛んで!」
「くぉーっ!(判った!)」
わたしがたづなを引くと、アリアは大空へとまいあがった。
黒竜が飛んでいる空へと向かう中、セレン先生は再びこうじゅんれい(攻盾霊)を、しかも四つも呼びだす。その上、さらに新たな霊装具も呼びだした。
「出でよ、こうそうれい(攻槍霊)」
三角すい(錐)状のするどい刃を持つやり(槍)が現われた。おどろいたのはその数。
(ひぃ、ふぅ、みぃ、……うわっ、全部で二十本もある。
すごい数だなぁ。でも一体なんに使うんだろう?)
そう思っていると、『やり』が分散、『たて』五角の頂点にくっつき、一体化する。
(なぁるほどね。ひとつの『たて』に五本つけられるんだ。あっ、だからか)
霊装具の多さにおどろいて、お兄ちゃんにたずねてみた。
「ねぇ、お兄ちゃん。『正規の呪医』になると、みんなセレン先生みたいに、いっぱい、霊装具が使えるの?」
だとしたらいずれはお兄ちゃんも、と思ったんだけど、あっさりと否定された。
「まさか。あれだけの数を使いこなせるのは先生ぐらいでしょう。なんといっても先生は天空の村の人間ですからね」
「村の人間? お兄ちゃんもでしょ?」
わたしが、はてな? みたいな顔をしたせいだろう。『いや、そういう意味じゃなくて』と笑いながら、お兄ちゃんは説明してくれた。
「フローラ。前にも話したと思いますが、天空の村に住むほとんどの人間が、移民といってさしつかえありません。ところが、先生のご両親はお二人ともこの村に元々住んでいた、ようするに原住民なんだそうです」
「ふぅぅん。でも、それがどうかしたの?」
「両親のどちらかが原住民のこどもは、そうじゃないこどもに比べると、段ちがいに強い霊力を持っています。ましてや両方がそれだった場合は、究極的、とも呼べるほどの力を持つことになります」
「究極的って……」
「お姉ちゃんの話によれば、これにがいとう(該当)するこども、いや、人間は、今のところ、先生以外にはいないということです。先生が村一番の呪医となれたのも、これが大きな理由であることは本人も認めています。
まぁ、ほかの職業はいざ知らず、呪術師や呪医に関していえば、果たしてどれだけの強い霊力を持っているか、で地位の上下が決まってしまう世界ですからね。当然といえば当然ですが」
「でもセレン先生って、呪医で一番だとしても呪術師としてはどうなの?」
「フローラ。呪医というのは呪術師でも高い水準の者しかなることはできません。呪医で一番だってことは、呪術師としても、一、二を争うぐらいの力はあるってことですよ」
「へぇ、すごいんだなぁ、セレン先生は。
それで? お兄ちゃんはどうなの?」
「どう、っていいますと?」
「ご両親は原住民なの?」
「今もいいましたが、両方は先生だけですよ。僕はちがいます。父方は原住民ですが、母方は移民です」
「ふぅぅん。そうなんだ」
わたしがお兄ちゃんと会話している間、セレン先生は念のために、なのだろうか。『たて』と『やり』をいろいろと動かしていた。手なんか使っていない。動かしているのは頭と目だけ。
(あれだけで全部操れるんだぁ)
ひとしきり感心したあと、わたしは後ろをふり返った。
「ねぇ。お兄ちゃんも、ああいう風に使えたら、とか思っているの?」
てっきり、『だといいですねぇ』ってうらやましがるそぶりを見せるかと思っていた。ところが、返ってきた言葉は。
「いいえ。僕がめざしているのは呪医です。霊装具とのおつきあいに夢中になる『しゅみ(趣味)』など、これっぽっちもありません」
意外と冷めていた。
黒竜とそうはなれていない距離まで近づくと、ひとまずとまった。今、わたしたちの前面には四つの『たて』が並んでいる。ひとつひとつがたのもしく思え、特に不安は感じない。
「では、行ってくる」
セレン先生はそういって手をふったあと、造った『たて』とともに飛んでいく。
「大丈夫かなぁ」
「さぁ。でも、これだけはいえますね」
「なに?」
「あの重装備で勝てないなら、もう打つ手はありません。それだけは確かですよ」
「うん。わたしもそう思う」
近づいてくるセレン先生に気がついたのだろう。黒竜は霊火をはきだす。
ぼおおおっ!
ほのおはまっすぐにセレンさんへと向かう。だけど、目の前に並んだ『たて』がこれを防いだ。やすやすと黒竜の前につく彼女。うかんだ姿勢で目を動かす。すると、四つの『たて』全てが動き始めた。
「セレン先生。どうするつもりなのかなぁ?」
わたしの言葉に、『多分、ですが』とお兄ちゃんが口を開いた。
「四つの『たて』で黒竜を包囲するつもりですよ」
「囲んでどうするの?」
「見ていれば判りますよ。……ほらっ」
「あっ。始まった」
お兄ちゃんのいうとおりだった。四つの『たて』に囲まれ、黒竜は行き場を失う。霊火をはいた。体あたりをした。でも、こわれる様子はみじんもない。セレン先生は、と見てみれば、立ち姿で右うでをあげていた。
「行けぇ!」
声とともに彼女のうでがふりおろされた。とたんに、四つの『たて』から、全ての『やり』が同時にはっしゃ(発射)。
ひゅぅっ。ずぶっ! ひゅぅっ。ずぶっ! ひゅぅっ。ずぶっ! …………。
『やり』を全て放ち終わると、視界をさえぎっていた『たて』が次々とセレンさんの元に引きあげていく。あとに残るは……黒竜のみ。
「いくらなんでも……」
あわれ、くしざし状態。二十本の『やり』全てがつきささっている。
「滅羅!」
これがとどめとばかりに、セレン先生の口から呪の言葉がつむぎだされた。
「フローラ。あれはね。人が使う中では最上級といわれている浄化呪法なんです。見ていてください。すぐに全部の『やり』が……」
不意にお兄ちゃんの声がとまった。ふり向けば、そこには、けわしい顔が。『やり』とセレン先生の顔をこうご(交互)に見ている。
「まずい……です」
うつむいて首をふったあと、お兄ちゃんの口からつぶやきともとれる声がもれた。
「あれじゃあ、『滅羅』は発動しません」
「どうしたの? お兄ちゃん」
思わずたずねてみた。すると、あごをちょっと上に動かして、『先生の顔を』と、たったそれだけの言葉を返した。
(顔っていったって……)
無愛想で無表情。一見、いつもと変わらないように思えた。ところが、彼女のひとみにふれたとたん、『れいせいちんちゃく(冷静沈着)』という名の仮面がはがれたような気がした。ひとつの感情がわたしの心に強く伝わってくる。わたしはお兄ちゃんの目を見てうなずいた。言葉の意味を理解したあかし(証)に。
(失敗かなぁ……。あっ、でも、ひょっとしたら)
浄化の呪は発動しなくても、あれだけの『やり』をつきさしたのだ。まったく効果がなかったとはいえないはず。そう期待した。そして……その期待に応えるかのようなできごとが。
ばがぁぁん!
黒竜の身体がばくさい(爆砕)、大きな霊火のかたまりがいくつも四方に飛び散る。身体につきささっていた『やり』は、と(溶)けるように消えていく。
(終わったのかも)
わたしはそう思った。ところが、
「滅羅でふっ飛ぶなど……、おかしい」とセレン先生は首をかしげている。そんな中、わたしの後ろにいるお兄ちゃんがさけび声をあげた。
「先生! 真上を!」
「なに? ……あ、あれはっ!」
散らばったはずの霊火のかたまりがひとつに。大きな火の玉となる。中から『りゅう(竜)』をかたどった霊火が現われた。頭の方から順に出てきて、それとともに、火の玉は小さくなっていく。
(火の玉が……消えて……。あっ、そんなぁ!)
「きぃぃう!」
あとに残ったのは、ぐれん(紅蓮)のほのおをまとった、りゅう(竜)一体。
「あれはかえんりゅう(火炎竜)だ。とうとう間にあわなかったか」
そうつぶやくセレン先生へ、りゅう(竜)はつっこんでくる。彼女はすかさず自分の前に一列、間を開けて、四つの『たて』全てを並べた。
ぼわっ! ぼわっ! ぼわっ! ぼわっ!
みるみる間に、『たて』は全てちり(塵)と消えた。セレン先生はふところから玉のようなものをいくつか取りだすと、あとわずか、とせまった敵へと放つ。だけどそれより早く、かえんりゅうは、口から霊火をはきだしていた。
ぼおおおっ!
彼女は霊火を浴びてしまう。強い霊波をまとっていたせいか、身体が燃える、という事態にはならなかったものの、気を失ったかのようにぐったりとしたまま、村へと落ちていく。
「先生!」
お兄ちゃんはアリアから飛びおり、セレン先生へと向かう。
(セレン先生とお兄ちゃんが黒竜のえじきになっちゃう)
そう心配してわたしは見あげた。ところが。
ぴきぃぃん!
セレン先生の放りなげたいくつかの玉が、かえんりゅうの周りを囲んでいた。ひとつひとつが青く輝き始める。その光がくさりのように玉と玉とを結んでいく。
「きぃぃう!」
玉に囲まれたかえんりゅうは狂ったようなおたけびをあげ、身体をよじらせる。なにかにとらえられた、みたいな感じ。身動きがとれないさまをさらしている。
「一体、なにが……。はっ! お兄ちゃんたちは!」
わたしはあわてて下をのぞいた。どこかへ飛んで行こうとしているお兄ちゃんの姿が目に映る。セレン先生をだきかかえていた。
(どうやら、間にあったみたいね)
「お兄ちゃあん!」
わたしも急いで降下した。
先に住居区の一角におりたお兄ちゃんは、セレン先生のしんさつ(診察)にとりかかっていた。
(大丈夫かなぁ)
手をかざして、彼女の身体に光をあてている。やわらかな白い光だ。頭の先からなめるように照らされていく。すごいきんちょう感があたりを支配。とても声などかけるじょうきょうじゃない。わたしはただ見守るしかなかった。やがて、足の先まで光が達する。『そろそろ終わりかな?』と思ったしゅんかん、ぱっ、と光は消えた。お兄ちゃんは、ほっ、とひと息つくと、やっとわたしをふり向いてくれた。
「ああ、フローラ。かえんりゅうはどうなりました?」
ついさっきまで暗い表情だったお兄ちゃんの顔が、今はほんの少しだけど、明るさをとりもどしている。
(よかったぁ。思ったほど悪くなかったにちがいない)
「それがね、お兄ちゃん。いくつもの光る玉が、かえんりゅうををおさえこんでいたよ」
わたしはこの目で見たことを話した。
「多分、護玉でしょう。先生が、『かく乱』の呪を仕こんでみた、とかいっていましたから。かえんりゅうが動かないとすれば、効果があったとみるべきでしょうね」
「『かく乱』? なんなの? それ」
「霊覚を始め、全ての感覚をまひさせます。これでしばらくは霊火をはきだすこともできなくなるはずです」
「どれくらい持つの?」
「さぁ。何分まだ試作のものらしいですよ。できるだけ長くもってくれればいいんですが」
「本当にねぇ」
あらためて地面にねかせてあるセレン先生に目を向けてみる。黒こげに、などはなっておらず、かみ(髪)もきれいなまま。息づかいもしっかりとこの目で確かめた。
(これなら大丈夫なんじゃないかな)
そう思いつつも、ちょっと不安な気持ち。おそるおそるたずねてみた。
「それで、セレン先生は?」
「命に別条はありません。ですが、こんすい(昏睡)状態におちいっているみたいです。入院が必要でしょうね」
お兄ちゃんはそういいながら、セレン先生のほおにかかっている彼女のかみを手で払いのけた。
しんさつが終わったというのに、お兄ちゃんはこしをあげない。『どうしたの?』って聞いてみた。でも、なにも答えてくれない。まるでわたしの存在を忘れてしまったかのよう。セレン先生を見つめたまま、ひとりつぶやく。
「僕のせいです。僕のせいで先生は……」
(お兄ちゃん……)
「先生がかえんりゅうに『いか(怒)り』を覚えていることぐらい、もっと早く気がつくべきでした。気がついていれば、浄化の呪を思いとどまらせることもできたはずです。それなのに……それなのにぃ」
ここでいったん、口をつぐんだ。でもすぐに、
「すみません、先生」といって両手を地面につけ、頭をさげた。
静かなる時をむかえる。ここは住居区なのに、みんな、ちかごうに身をよせているためか、なにひとつ聞こえてこない。まるで死の街そのもの。
ややあって、お兄ちゃんが顔をあげた。師に視線をあわせると、だれにいうでもない言葉をまたつぶやきつづける。
「静かなる心と相手へのいつく(慈)しみ。この二つをもって集中力を高め、一気に解き放つ。
それが……浄化の呪。
この呪が相手の心をしず(鎮)め、せいじょう(清浄)なものへと変える力を持つのに対し、『いかり』は相手の心をかき乱し、こんとん(混沌)としたものへと変える、相反する力を持つ。それなのに先生は……、『いかり』を心に宿してしまった。ひとたびこの感情が心にうずまけば、もう浄化など……やれっこないのに……、できっこないのに……」
言葉がとぎれる。つむった目からこぼれでたなみだがほおをぬらしていた。
わたしにはお兄ちゃんの気持ちがよく判る。わたしはセレン先生がひとつの感情にとらわれてしまったことを知っていた。その原因がお兄ちゃんであることも、それがこの結果を生んでしまったことも。だから……判る。痛いほど。
セレン先生が黒竜をくしざしにした時、彼女のひとみから、ひとつの感情がわたしに伝わってきた。それが……お兄ちゃんも気がついた、『いかり』。
考えてみれば、あたりまえ。セレン先生にとって、お兄ちゃんはただ一人の弟子。ふだんの様子から見れば、愛弟子といってもいいくらいの存在だ。それをかえんりゅうは黒こげにした。自分の大事なものを傷つけた。彼女が、かえんりゅうに、そして、危険を教えることができなかった自分に対し、『いかり』をおぼえたとしても、だれが責められよう。
ただ……その代償はあまりにも大きかった。『いかり』のために、浄化が行なえなかったばかりか、黒竜をかえんりゅうへと成長させてしまい、あげくのはては自分も霊火のほのお(炎)に巻きこまれてしまった……のだから。
ひとつの感情が全てをこわしてしまう。そのおそろしさに身の毛のよだつ思いがした。
(でも……いつまでもこうしちゃいられない)
ためらいを感じながら、お兄ちゃんに声をかけようとした。そしたら、逆に声をかけられた。
「さぁ、フローラ。そろそろ行きましょう」
そういって、すくっ、と立ちあがった。ひざを、ぱたぱた、とたたいている。
「お兄ちゃん……。お兄ちゃん、大丈夫なの?」
「落ちこむのはここまで。まだまだやらなければならないことがたくさんありますからね。
そうでしょ? フローラ」
「えっ。……うん。そうだね、お兄ちゃん」
(なんて立ちなおりが早いんだろう)
あ然としつつ、こくこくとうなずいた。
「あぁぁあっ、と」
お兄ちゃんは大きくせのびをする。
「たまにはいいですね、こういうのも。
みじめな自分にひたる。……うぅぅん。悪くない」
(そうかなぁ?)
首をかしげつつも、いつものお兄ちゃんにもどったので正直、うれしい。
(でも変な人。……あっ、いつものことか)
納得したくないけど、納得してしまった。なぜかといえば……、つい、先日のこと。だれになぐられたのか知らないけど、ぼこぼこな顔になりながらも、『ソラ。むだむだ。暴力もまた「愛」ですよ』といって幸せそうな表情をうかべていたお兄ちゃんの姿をまのあたりにした。あれが今、脳裏へ色あざやかに再現されてしまったからだ。
(あぁんもう! 余計なことを考えるのは、やめやめぇっ。
まったくぅ。今はそれどころじゃないってぇのにぃ)
本当に……それどころじゃない。
「それでお兄ちゃん。これからどうするの?」
「この近くに大きなちかごう(地下壕)があります。臨時に造られたしんりょう(診療)所が中にあって、僕たちの仲間がかんじゃの手あてをしているはずです。まずはそこへ連れていきましょう」
「そうだね。行こう」
セレン先生をかかえると、お兄ちゃんはわたしといっしょに歩き始めた。
そして……わたしたちは、ちかごうについた。黒灰色のごつごつとしたがんばん(岩盤)がむきだしになっている『ほらあな』だ。住居区によくもまぁ、こんなものを造ったと、感心せざるをえない。お兄ちゃんのいうとおり、中は広くて、灯りもたくさん点いている。おく(奥)のほうに、かんじゃ用と思われるベッドが何台も並んでいるのが目に映った。
(あそこだな。しんりょう(診療)所っていうのは」
「お兄ちゃん、こっちこっち」
そこには何人かの呪術師、いや呪医がかんじゃをみ(診)ている。お兄ちゃんは、かんじゃさんからはなれたばかりの呪医に声をかけた。
「せんぱい(先輩)、お久しぶりです。
今日は……と。ほら、きゅうかん(急患)をひとり、運んできました」
セレン先生の顔をのぞけやすいようにするためか、自分の両うでを少しかたむけた。
(これがお兄ちゃんの『せんぱい』……ねぇ)
色黒の顔で、およそ、呪医とは思えないほど、あらっぽい顔つきをしている。原野をかけめぐる野生の『けもの』、みたいな感じで、どう見たって、お兄ちゃんとは対極に位置する人物としか思えない。かみ(髪)は男にしては長めだと思う。耳の前は首の真ん中あたりまで。後ろがみはかた(肩)ぐらいまでのびている。
「なんだ、ネイルじゃないか。きゅうかんなら、どうして中央病院に運ば……。
おい、これは院長じゃないか。一体、なにがあったんだ?」
「実は……」
どうやら知りあいみたい。お兄ちゃんはセレン先生の容態をくわしく話すと、『せんぱい』とやらの呪医さんに彼女を預けた。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「ああ、任せておけ。お前も手があいたら、すぐ手伝いに来い」
「もちろんです」
わたしたちは頭をさげると、ちかごうをあとにした。
「あの呪医さんには僕が学生時代のころ、いろいろとめんどうを見てもらいました。二才年上でしてね。先生のせんぱいでもあります」
「へぇ。それで名前はなんていうの?」
「『ギイア』。とてもたよりになる人です。きっと、先生を元の健康な状態にもどしてくれるでしょう」
「そう。よかったぁ」
外に出た。上空を見れば、遠くのほうに黒竜の姿が。
「問題は、かえんりゅうです。あれをなんとかしないと」
「そうよね」
二人並んで立っているところへ、アリアが飛んできた。
「くぉーっ?(これからどうする?)」
「さぁてと。どうしましょうか……」
お兄ちゃんは黒竜を見あげながら、なにやら思いをめぐらせているみたい。わたしは、じゃまをしないように口をつぐんで、お兄ちゃんが声をかけてくれるのを、ただそれだけを待っていた。
「方法は、あることはあるんですよ」
長き、ちんもく(沈黙)のあと、お兄ちゃんの口から出た言葉がこれ。
「僕がやつの体内にはいって浄化の呪を放つ。これが一番、ほろぼせる可能性のある方法です。
ただ問題がひとつ。どうやってあの中に入るか……」
(お兄ちゃんはまた危険なことをしようとしている。なんとかやめさせなきゃ)
「お兄ちゃん」
「どうしました?」
「前に聞いたけど、お兄ちゃんの命って、ガムラが与えたものでしょ?」
「正確にいえば、僕のこわれた命を、ガムラが自分の命の欠片でおぎない、正常に動くようにしたんですよ」
「それってつまり、お兄ちゃんの命には、ガムラの一部が宿っているってことよね。
なのに、力を貸してもらえないの?」
期待した。なんとかしてくれるのでないか、って。でも、お兄ちゃんはそれには答えず、
「フローラ、聞きたいことがあります」と逆にたずねてきた。
「えっ。……なんなの?」
「霊火のほのお(炎に)を浴びて黒こげになった僕を助けてくれたのはだれですか?」
『なんでそんなことを聞くんだろう』と思いながらも、一応、言葉を返した。
「セレン先生だけど、それが…………はっ!」
(そうだ。助けたのはセレン先生で……ガムラじゃない! 助けてなんかくれなかった)
わたしの顔から心を読みとったのか。はたまた、知らぬ間に霊覚交信となってしまったのか。多分、そのどちらかだと思うけど、お兄ちゃんは『どうやら判ったようですね』とうなずいた。
「僕の中にいるガムラはね。僕の命をささえるだけで精いっぱいなんです。それ以上のことはできません」
「そんなぁ」
最後の望み、と思っていただけに、心のどうよう(動揺)をかく(隠)しきれない。
「セレン先生もおっしゃったように、人間を助けられるのは人間しかいません。僕たち自身の手でどうにかするしかないのですよ」
(だめなものはだめ、か……。よぉし)
「だったら」
わたしは心を決めた。
「わたしがかえんりゅうと戦う」
「フローラが? でも、どうやって」
「湖『恵那』に飛びこんでね。すいひりゅう(水飛竜)になろうと思うの」
「そういえば、以前、ラミアさんがいっていましたね。変化したって」
「うん。かえんりゅうを湖の中へ引きずりおろすことができれば、わたしの勝ち。まちがいなくほろぼすことができるよ」
「ですが……。そんなことをしたら、フローラ、君は」
「霊力のほとんどが失われ、わたしはこの身体を維持できなくなるんでしょう?
……また、元の『水の妖精』にもどるわけだ……。
でも、お兄ちゃん。それでこの危機をかいひ(回避)できるというのなら、わたしは」
「フローラ。判っているとは思いますが、いったん元の姿にもどったら、もう人間にはもどれません。僕も君を認識できなくなります。……それでも」
お兄ちゃんはいつになく悲しそうな表情をうかべている。やめさせたいと思う心が強く伝わってくる。だけど……やらなくちゃならない。お兄ちゃんのためにも。わたしに親切にしてくれた村の人たちのためにも。
わたしの力なら守れる。それだけ判ればそれでいい。
「お兄ちゃん。本当なら、わたしはこうしてお兄ちゃんと知りあうことも、『お兄ちゃん』って呼ぶこともできなかったんだよ。短い間だったけど、わたしはとても楽しかった。
お兄ちゃん。わたしは感謝したいの。わたしにこんな楽しいひとときを与えてくれたこの村に。わたしはこの村がとても好き。だから守りたいの。お兄ちゃんをふくめ、ここに住む人たちみんなを。これ以上、あいつにこわされたくないの」
わたしはお兄ちゃんの両うでをつかみ、身体全体をゆさぶった。
「ねっ。判ってよ、お兄ちゃん」
『判って』と何度も何度もくり返した。やせた身体を何度も何度もゆさぶった。
(どうあってもここでお兄ちゃんを説得しなくちゃ)
そして……願いはつうじた。
はぁう。
わたしをしばらく見つめたあと、お兄ちゃんの口から深い、といき(吐息)がもれた。
「どうしても……どうしても戦うつもりですか? 決心は変わりませんか?」
「うん」
「……ふふっ」
悲しみの中にうかぶ笑み。心が決まったあかし(証)、ともとれる。
お兄ちゃんの開いた口からつむがれた言葉は。
「フローラ。君は強い。僕なんかよりもはるかに」
わたしをじっと見つめるその顔には、いつものおだやかさがもどっていた。
「判りました。それなら僕もいっしょに行きます。フローラのやり方でほろぼせれば、それでかまいませんし、だめであれば、僕がやつの体内で浄化の呪を使うのを手伝ってください。
いっしょにあいつをほろぼしましょう」
(これでいい。少なくともわたしが戦っている間は、お兄ちゃんは、無茶はしないと約束してくれた。だったら……今はこれで十分)
「お兄ちゃん……。ありがとう」
わたしは思わずお兄ちゃんをだきしめた。
「それは僕の台詞です。……ありがとう、フローラ」
お兄ちゃんもわたしを、ぐっ、とだきしめてくれた。
「ううっ。フローラにゃんのやさしい心根には泣けてしまうのにゃあ」
「ぐずっ。本当本当。いくらアタシでもあそこまではいえないわん」
「大丈夫にゃよ。ミーにゃんはフローラにゃんに負けにゃいくらいやさしいのにゃん」
「そんなことは……」
「ずっとミーにゃんを見てきたウチがいうのにゃ。まちがいにゃい」
「ミアン……」
ぽっ。
「急にいわないでほしいわん。はずかしくなってなにもいえなくなってしまうわん」
「……にしても長いにゃあ、今回のお話はぁ。にゃあ、ミーにゃん」
「……本当、困ってしまうわん」
ぽっ。もじもじ。もじもじ。
「いや、困るというほどではないのにゃけれども」
「いうなら前もって教えてもらわないと。ふぅ。本当、困るわん」
ぽっ。ぱっ。もじもじ。もじもじ。
「ミーにゃん。あんた、なんの話をしているのにゃん?」
「えっ!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「にゃあるほど。やっと判ったのにゃん」
「ミアン。なにが判ったの?」
「にゃんでセレンにゃんは、お話を変えたくにゃかったのか、という点についてにゃよ」
「あっ、それ。アタシにもなんとなく判ってきたわん」
「今回のお話を聞いたら、すぐに、ぴぃん、ときたのにゃ。あれほど目いっぱい活躍しているっていうのに『ぼつ』ににゃったら、だれだって、がっくりときてしまうのにゃん」
「アタシも。アタシがセレンさんの立場だったら、泣きあかしちゃうわん」
「それにしてもにゃ。平気で一時は『ぼつ』にしようとした『だれかさん』には、
……いやはや、まいったにゃあ」
「本当本当。自分の師なのにね。あきれちゃうわん」
「あのぉ。それって、ひょっとすると、僕へのあてつけですか?」
「ほかにだれがいるのにゃん」
「むねに手をあてて想いだしてみるといいわん」
「あのぉですね」
「ネイルにゃん。いいわけは見苦しいのにゃよ」
「そうよ。男らしく反省しなさい」
「まぁまぁ。ご批判の前に、とりあえず聞いてくださいな。僕が内容の変更をしようとしたのは、次の話からですよ」
「にゃんと!」
「あっ、そうなの!」
「そうだったのか」
「おや、先生。またお見えで」
「にゃにゃんと!」
「まさに、しんしゅつきぼつ(神出鬼没)だわん」
「すまない。どうやら、我は誤解をしたらしい」
「ということは……。ねぇ、ミアン!」
「うんにゃ。まだウチの企画がこわれていないってことにゃん。
にゃあ、ネイルにゃん」
「すみません、ミアンさん。そうしたいところではありますが、もう次のお話ですので、いまさら変えようがないんです。かんべんしてください」
「にゃにゃんと!」
「そんなぁ、だわん!」
くるっ。くるっ。
「セレンにゃん! あんた!」
「セレンさん! どうしてくれるんだわん!」
「すまない……。これ、このとおり」
ぺこり。
「前回と今回。師弟であやまる羽目になったわけですか。やれやれ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「にゃあまん」
「なによ」
「おとめにゃのに、にゃあまん」
「だから、なんなのよ!」
「ねこに、にゃあまん」
「こばん(小判)だわん」
「にゃあまんの手も借りたい」
「ねこの手だわん」
「にゃあまんは一日にしてならず、にゃん」
「あのね、ミアン」
いらいら。いらいら。
「……めったやたらに、『にゃあまん』をつけるんじゃないわん!」
「にゃにゃああん!」
『にゃあまん高校 女教師にゃあまん「おとめにゃのに、にゃあまん!」』
「泣いても笑ってもこれが最後の第五話。別れのなみだをかくしつつ、いってみよう!
……にゃん!」
《
「よぉし。ついたのにゃん」
「って、目の前にあるの、私の教室ですよね。どうする気ですか?」
「ほら、あの窓を見るのにゃん。おあつらえ向きに、大きく開いているのにゃん」
「今日は暑いですからね」
「にゃら、さっそくいくにゃよぉ!」
「なにを? ですか?」
「今は亡きジュリアンが」
「亡くなったんですか?」
「いや、それはよく判らないのにゃけれども。とにかく、今は亡きジュリアンが命名した必殺技、『気の重くなる光線』にゃあ!」
「いいんですか? そんな名前で?」
「ウチが決めたのにゃから、いいのにゃん」
びぃびぃびぃびぃびぃびぃ……。
「あのぉ。かなりおそいみたいなんですけど……」
「しっ。ばれたら元も子もないのにゃん」
「あっ。……はい」
「な、なんだ? 窓の外から『九千九百九十九万とんで一色』の光がぁ!」
「早く閉めてよぉ!」
「だめだ。もう間にあわない!」
びぃびぃびぃびぃびぃびぃ……。
ずばばばばぁぁん!
「み、みんなぁ!」
くるっ。
「にゃあまんさん、なんてことを!」
「マリアにゃん、心配はいらにゃい。
ほら、光が消えたのにゃろう? 自分の目で見てごらん」
「自分の目で、っていわれましても……。
ああっ! にゃあまんさん。みんなが自習をやっています!」
「うかれすぎた心とウチの『気が重い光線』とが相まって、いつものみんにゃにもどったというわけにゃん」
「そうだったんですね。ありがとうございます。にゃあまんさん」
「いいってことにゃん。マリアにゃんにはつね日ごろから世話になっているしにゃ。こんなもの朝飯前にゃよ」
「すごいですね。朝飯をまだ食べていないで、これだけのことをやってのけたんですか」
「いや、マリアにゃん。これはもののたとえにゃよ」
「にゃあまんさぁぁん。さよぉならぁぁ!」
「いろいろとありがとうございましたぁ!」
「じゃあ、またにゃあ!
ぶふふっ。窓の外でみんにゃが手をふってくれているのにゃん。
さぁてと。にゃあまん高校の方はどうなっているのにゃろう?」
びゅぅぅん!
「あっ、先生。お帰りなさい」
「学級委員ミーにゃん。自習おつかれさまにゃん。
さてと。さっそく成果を見せてもらうのにゃん」
「もう、なの?」
「あんまり期待はしていないのにゃけれども。一応にゃ」
「判ったわん。それじゃあ、みんな。整列よぉ!」
おおうぅぅっ!
「にゃあんかとんでもにゃく、りき(力)が入っているみたいなのにゃけれども」
「じゃあ、先生。かけ声、よろしくぅ!」
「判ったにゃん! いくにゃよぉ!」
きびきびっ!
「おとめにゃのに」『にゃあまん!』
きびきびっ!
「き、決まったぁ……。決まったにゃああん!
ううっ……。にゃんという感動にゃん。それにしてもどうしていきにゃり?」
「先生。みんながね。先生がにゃあまんだって判ったのと、人助けのために飛びまわるさまを見たのとで、すごく感動してね。自分も先生のためになにかしてやりたい、と思ったのよ。その全員の気持ちがこの『きせき』を生んだってわけ。つまり、これができたのは全部、先生のおかげなのよ」
「にゃんと! ウチのことを思う心が、みんにゃをひとつにさせるにゃんて。
ああ。にゃんとも、ありがたいことにゃん」
「さぁ、先生。仕あげをお願い」
「判ったのにゃん。
いいにゃ、みんにゃあ。三回くり返しにゃよぉ!」
『はぁぁい!』
「じゃあ、始めるにゃよぉ! せぇのぉっ!」
きびきびっ!
「おとめにゃのに」『にゃあまん!』
きびきびっ!
「おとめにゃのに」『にゃあまん!』
きびきびっ!
「おとめにゃのに」『にゃあまん!』
きびきびっ!
「やったぁ……。やったにゃん! 成功にゃん!」
『うわぁぁい!』
ぱちぱちぱち。ぱちぱちぱち。ぱちぱちぱち。…………。
「よかったわん。先生。本当によかったわん。ぐすん」
「うわんにゃ。うわんにゃ。この日をどれだけ待ち望んでいたことか……。
さぁ、みんにゃあ。最後はあの夕陽に向かって走るのにゃよぉ!」
「うん。先生、感動的だわん」「にゃあまん先生!」「先生さまぁ!」……。
たったったったったっ! たったったったった! …………。
ぐわん!
『おとめにゃのに、にゃあまん!』
完
》
「最後、夕陽に向かって、先生を頭に、つづいて走る生徒たち。ぐわん、と飛びあがると、『おとめにゃのに、にゃあまん!』とさけぶみんなの顔、顔、顔。それを、はいけい(背景)に、『完』の太くて白い文字がうかびあがって、にゃあまんの話は終わる……。
どうにゃん? 感動の終わり方にゃったろう……って、あれっ?
みんな、どうしたのにゃん? にゃんかずいぶんと身体をひねくりまわしているのにゃけれども」
「どうしたもこうしたもないわん。かゆい、かゆすぎるわん!」
「ミアンさんが説教好きな上に、こんな古くさい終わり方を考えだすなんて夢にも……。
か、かゆい! 死にそう……です」
「ほらぁっ、みんにゃ。かゆがっている場合じゃないのにゃよ。ちょうど三体いることにゃし、ここは最後に決めポーズで終わらせるのにゃん」
「ええっ! アタシもぉ?」「僕も、ですか?」
「ほかにいないじゃにゃいか。さぁ、時は金なりにゃん。ぐずぐずしてはいられないのにゃよぉ」
「にゃよぉ、って、ちょっとはりきりすぎだわん」
「さぁさぁ。ウチが真ん中をやるからにゃ。ミーにゃんは右を、ネイルにゃんは左を受けもつのにゃん」
「ねぇ、ミアン。本当にやるの?」
「もちろんにゃよ。それじゃあ、始めるのにゃよぉ。せぇのぉっ!」
きびきびっ!
「おとめにゃのに」『にゃあまん!』
きびきびっ!
「決まったのにゃん!」
「ミアン、これで満足した?」「心残りはありませんか?」
「うんにゃ。楽しかったにゃあ。もうにゃにも思い残すことはないのにゃん」
「それならこれで、『にゃあまん』は終わりにしますよ。いいですね?」
「もちろん、にゃよ。ミーにゃんもネイルにゃんも手伝ってくれてありがとうにゃん」
「では、ミアンさん、ミーナさん。最後いっしょにお別れの言葉を」
「判ったにゃん」「判ったわん」
『さよにゃらぁ! にゃああまぁぁん!』




