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天空の村2・水の妖精  作者: シード
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第四話『きずな』‐①

 第四話『きずな』


 セレン先生たちとの話しあいが思いのほか早く終わったのと、前の日に準備をしていたことが幸いして、よゆうで開演前には雅楽の頂上にたどりつくことができた。

 実は昨日、参加の予約をする際に思わぬ情報を耳にした。前回までは頂上付近で開さいされていたのが、今回は山の中腹にある一番大きな広場になったとのこと。頂上で起きた土砂くずれが主な原因らしい。

 アーガに乗ってきたため、上空から、新しい会場全体の様子が大体つかめた。

 この広場のおくにある切りたった白っぽい岩壁。そのすきまから流れおちるいくつもの水が、『たき』となって川にそそがれていた。このたきと川が広場の役割を分けた形になっている。たきの右側には木々で囲まれた特設会場がいくつも見える。これらの会場の中で複数の演奏が同時に、あるいは時間をおいて夜どおし行なわれるとのこと。一方、アーガがおりてこられ、身体を休めることのできる岩場が点在する左側は、さながら『休けい広場』とでも呼ぶべき様相をていしている。足元ぐらいまでの草が生いしげる草原と流れの速い川が目につく。川ぞいには食べものや飲みものを売る店が『のき』を連ねている。草原の方には、柱に屋根をかけただけの、いわゆる『上屋うわや』と呼ばれる建物が休けい所としていくつも並んでいる。休けい所はテーブルといすで食事をとれるところと、地面をおおった『しきもの』の上で食事をとれるところとに分かれている。このうち後者は、ごろりと横になって仮みんをとることもできる。休けい所を利用するにはあらかじめ予約しておく必要がある。

 わたしたちは仮みんもできる方を予約していた。

「お兄ちゃんも初めてだっけ?」

「ええ。こういうもよおしものがあることは前から知っていましたけどね。フローラのおかげです。こうやって来られたのは」

「でもわたし、お兄ちゃんに連れてきてもらってきたのよ」

「ひとりじゃ、めんどうで行く気が起きなかったんですよ。君に会えなければ、今日、ここにはいなかったでしょう。感謝していますよ、フローラ」

「ええぇ。そんなぁ」

 わたしはなんだか、顔がほてってきた。


 それから……数時間あとのこと。


 各会場での演奏が一段落して、次の演奏のための準備時間へと移行した。観客にとっては休けい時間になる。かなりがすくことから、お兄ちゃんとわたしは休けい所でひとやすみしていた。ううん。お兄ちゃんに関していえば、くたばっていた、といった表現が正しいかもしれない。

「昨日は帰りがおそかったし、今朝は先生からお説教。ようようの思いで来てみれば、だがぁん! だがぁん! ですからね。まいりましたよ」

「すごかったよね、お兄ちゃん。こんな体験、家の近くにいたら、とてもじゃないけどできないもの」

「いくらも経たないうちに苦情が来ますよ。

 恵力を利用した新楽器が使われている、って前からうわさにはのぼっていたんですが……、まさか、これほどの大音響になるとは。いつから音楽って耳で聞くものじゃなくて身体で感じるものになってしまったんでしょうか」

 多少、ぼやき気味なお兄ちゃん。

「うん。わたしもそんな感じがした。それにしても、みんな力いっぱいだったよね。会場の上で歌ったり音を鳴らしたりする人たちはもちろんだけど、下でそれを聞いている人たちもそう。楽器を鳴らす音にしびれる。声をからしながら一緒に歌う。音楽にあわせて、ぴょんぴょん、とはねる。お日さまが照りつけるあんな暑い中、よくもまぁ、あれだけつきあっていられるな、って感心しちゃった」

「フローラ。人ごとみたいにしゃべっていますけど、それは僕たちも同じですよ。気がついてみたら周りと同じようなことをやっていましたからね」

「つい、つられちゃった、って感じかな。わたしも思いっきり、はしゃいじゃっていたから。今思えば、なにかにとりつかれていたような、そんな気がしないでもないの」

「『きょう気』。……いや、これでは言葉が悪すぎますね。ええと、なにか……、

 そう、『こうふん』。こっちの方がぴったりでしょう。

 『しゅ』に交われば紅くなる、じゃありませんけど、人が多く集まっている場合、たとえひとりでも、こうふん状態におちいっている者がいたとしたら、それが全体に波及していくことがままあります。ここみたいなところは特にね。なりやすい条件がそろっているのでしょう」

「で、終わってみれば、ぐったりと。こころよい疲労だからとても気分がいいの。始まったら、またすぐに行きたい、って感じかな」

「はしゃぎまわるのも、それはそれでいいんですけどね。でもできればここらあたりで、いすに座って静かに聞けるような音楽を演奏してもらいたいところです」

「あっ。でも、そういうものもあるみたいよ。特に夜中が多いみたいだけど」

「明日、お務めですからね。夜中では聞けません」

「そうかぁ。残念だなぁ。できれば最後までいたいのにぃ」

「最後までって……。フローラは元気ですねぇ」

「お兄ちゃんにいったじゃない。水の妖精はたくさんの仲間たちに、もまれながら生きているって。会話だって霊覚を閉じないかぎり、たくさん聞こえてきちゃう。こんなの、まだまだなまぬるい方よ」

「僕個人としては……ですね。もっと……もっとなまぬるい……世界の方が……好き」

「ふふっ。それじゃあ、あれかなぁ。お兄ちゃん的には、知らぬ間にねむっていた、なんて感じの音楽がいいんじゃないの?」

 すぅぅっ。すぅぅっ。

「あれぇっ。ねむっちゃったぁ。お兄ちゃん。お兄ちゃんてぇばぁ」



 暑いので開放型であるこの休けい所はありがたかった。お兄ちゃんは、と見れば、安らかなねいきを立てている。開演までには時間がある。わたしもお兄ちゃんのねがおを見ているうちに、うつらうつらし始めた。

 きゃあああ! ざわざわざわ! ざわざわざわ!

 きぬ……だっけ? ……をさくよな女の悲鳴が聞こえたと思ったのもつかの間、やたらめっぽう、うるさくなってきた。

「なにかあったのぉ?」

 ねぼけまなこをこすりながら、はいずって休けい所の外を出てみた。声のする方を見てみれば、なんと黒山の人だかり。

 ぴくん!

 わたしの好奇心がうずき始めた。お目目がぱっちりとさめる。それっ、とかけ足で向かった。


「こどもが……、川に流されてしまって……」

 人だかりをするりとぬけると、待っていたのは母親の悲しげな顔だった。ずいぶんと若い顔だちをしている。『どうかしたの?』ってたずねてみたら、うつろな目を浮かべたまま言葉数少なげに話してくれた。

「危険だって注意していたのに……、橋をわたらずに岩をわたって、それで……」

 わたしは母親が指さす方に目を向けてみた。川の向こう岸まで岩が……はすいているものの……点々と連なっている。おとなはもちろん、こどもでさえ、よっぽどちっちゃな子でもないかぎりは、簡単にわたれる気がする。さらに話を聞けば、こどもは岩から岩へわたるさなかに、だれかから声をかけられたという。それで視線がそちらへと向いたひょうしに落ちてしまったとのこと。

(でも、今からじゃなぁ)

 川の流れはすこぶる速い。水の妖精としての感でいわせてもらえれば、水量もおそらく豊富。相当下流まで流されたとみていい。

 警護隊にはすでに連絡をしてあるという。となれば、かわいそうだけど、ほかにはもうやれることはなにもない。

 集まっていた人も同じ考えなのだろう。次第に人だかりは消えていった。

 わたしもお兄ちゃんの元へもどろうとしていた。ところが。


「ねぇ、あそこにちっちゃな子が岩につかまっているわよ」

「あんなに泣いちゃって。だれか助けに来ないのかしら」


 心に声が届いた。わたしは思わず歩みをとめる。なつかしい声だと感じた。ついこの間まで、この声の間にわたしは身を置いていた。

(霊覚交信! しかも、いかにもおしゃべり好き同士の会話。

 まちがいない、水の妖精たちだ!)

 霊覚交信ができること自体は、お兄ちゃんとのやりとりでとっくに知っていた。だけど、人間になった以上、小さな水の妖精となんか話せるはずもない。そう思っていた。現にわたしが水の妖精でいる間は、どんなに言葉を伝えようとしてもお兄ちゃんの心には届かなかったのだから。

(すべては……わたしの思いこみにすぎなかったのかな?)

 どうしてわたしには? との疑問が頭をかすめる。でも今はそれを考えているひまはない。とにもかくにも声を感じるのだ。それだけ判ればそれでいい。

(心に声が届くなら、……、話しかけることもできるはず)

「ねぇ、どこにいるの? その泣いている子はどこにいるの?」

 わたしはいくどとなく、心の言葉を伝えた。返してくる声を確実に受けとめようと、霊覚もとぎすませてみた。でも、妖精たちと思われる会話は、ぱたっとやんでしまった。だめなのかなぁ、とあきらめかけたその時、あきらかにこちらへの話しかけと思われる声を感じた。

「ねぇ、あなたはだれなの? どこにいるの?」

 わたしは思わず心のさけびを放つ。

「わたしはフローラ。今は人間と同じ身体をしているけど……、

 本当はあなた方と同じ水の妖精なの」

 ややあって声が返ってきた。

「つまり……変態ってわけ?」

 つづいてもう一つ声が。

「ねぇ、やめておかない? この会話。なんとなくうす気味悪いわ。へたをすると、こっちまで変態にされちゃうかもしれなくてよ」

 がくっ。

 心が折れそうになる。

(やっぱり、水の妖精たちだなぁ……。前の生活を想いだしちゃったよぉ。ぐすん。

 だけど……このままじゃあ)

 そう思っていた矢先、希望の光が。

「でもねぇ。あの子、このままだと危ないわよ。思いきって協力してあげようかな」

「そうねぇ。話しかけてきた変態にかけてみようか?」

「うん。変態にかけてみよう」

(なんかよい方向に向かっては、いるみたいだけど……、また変態あつかいかぁ)

「ねぇ、変……、いえ、あなた」

 落ちこみかかっているわたしの気持ちも知らないで、水の妖精が再び話しかけてきた。

「あの子のところに行きたいのよね。だったら、わたしが案内してあげる」

 思わぬ言葉に、どきっ、とした。落ちこんでなんかいられない。『こんなにも簡単に立ちなおれちゃうわたしって一体』と、あきれてもいられない。

「本当に?」

「ええ。だけどさっき、自分は人間になった、っていってたわよね。

 どう? ついてこられる?」

「もちろん!」

 ざぶん!

 わたしは川の中に飛びこんだ。じまんじゃないけど、霊覚によって言葉を伝えている妖精がどこにいるかは判っている。わたしはそこに向かって、まっしぐらに泳ぎ始めた。


 わたしの考えではあっという間につけるはずだった

 ところが……、わたしは気がついてしまった。自分の考えがどれほど、あまいのかを。

(し、しまったぁ! か、身体がぁ!)

 水の妖精でいた間とはちがって、人の身体は水圧をもろに受ける。その上、くつをはいていて作務衣も身につけたまま。どんどん水分を吸って重くなる。身体を思うように動かすことさえ、できなくなりつつある。

(くつも服もぬがなくっちゃ!)

 そう思ったものの、さらなる困難が立ちふさがる。

(く、苦しい!)

 人は水の中では呼吸ができない。当然のことながら息が苦しくなってきた。ぬぐなんてゆうちょうなことをやっている場合じゃない。立ちあがろうとした。でも、だめだった。水の流れが速すぎた。

 わたしにはもう、どうすることもできなくなっていた。泳ぐのにじゃまなものをぬぐことも、立ちあがることも、ひいては息をすることだって。

 つまり、はずかしながら……、本当にはずかしながら……、

 水の妖精……だったにもかかわらず……。

(お、おぼれちゃうぅ! お兄ちゃん、助けてぇ!)


 ――そして……時がとまった――


 霊体だけが訪れることのできる『いっしゅん』という名の時のはざま。そこに自分はいた。泳いでいたお魚さんたちが、ゆれていた水草が、うかびあがっていた水あわが、わたし以外のありとあらゆるものが、……全てその動きをとめた。

 わたしの目の前に、人の姿をかたどった『まぼろし』のようなものが現われる。

(お兄ちゃん? ……ううん、にているけど、ちがうな)

 一枚布をまとった女性の姿だ。顔をよく見た。

(ひょっとして……わたし?)

 いくらかおとなびた感じはするものの、その顔はまちがいなくわたしだ。

「フローラ」

 言葉が心に伝わってきた。その女性が霊覚交信を使ってわたしの名前を呼んだのだ。

「心に強く念じなさい。水の妖精にもどれ、と。あなたにはその力があります」

「力が……」

 わたしはしばし、自分の両手を見つめたあと、再び女性の方へ視線を向けた。彼女はうなずくと、さらに言葉をつづけた。

「今こそ秘めたる力を解きはなつ時。フローラ。自分が求める力を心の言葉でさけびなさい」

(心の言葉で……)

「どうしてそんなことが判るの? あなたは一体だれなの?」

 女性の顔にほほ笑みがうかぶ。ゆっくりと、そしてはっきりと、わたしの心に言葉を返した。

「わたしはあなた。あなたはわたし。だから……判るの。

 わたしの名前は……フローラ。水の精霊」

 女性はそういうと、その姿をかき消すように消えていった。

(水の精霊? そんなの聞いたこともない。水の妖精ならいっぱいいるけど……)


 ――そして……時が動き始めた。全てのものたちとともに――


「うっぷ。うっぷ」

 考えているひまなんてない。時がとまる前と同じ状態にもどってしまった。もう身体がもたない。一か八か。『わたし』だといった彼女の言葉を信じ、心の言葉でさけぶ。

「わたしは……、わたしは水の妖精。もどってきて! わたしの力よ!」

 身体に変化が生じる。みるみる間に水と同じとうめいな姿へと変わっていく。

「本当だ。身体があっという間に」

 身体の大きさをそのままに、霊波シールドをまとう水の妖精となっていた。

「行かなくっちゃ!」

 わたしはくつや作務衣から、するり、とぬけでる。

 周りを見まわす。だいぶ流されてしまっているみたい。でも大丈夫。この身体になった以上、なんの心配もいらない。案内してくれる水の妖精が発する信号もちゃんと霊覚でとらえている。

すぐにこどもの元へ向かえる。……とはいうものの。

(本当に助けられるの? もう手おくれじゃないの?)

 いちまつの不安はぬぐえない。それでもまだ絶望と決まったわけじゃない。そしてなによりもわたしにはあの子を助ける力がある。それだけ判ればそれでいい。

 わたしは大急ぎでこどものいる場所へと泳いでいった。


「にゃあ、ネイルにゃん。湖の中で現われた精霊、ってだれなのにゃろ?」

「そう……ですねぇ……」

 すらすらすら。

「ネイルさん、なにを書いているの?」

「お話で疑問に思ったことを質問用紙に記入しているんです。それで、と」

 ぼん。ぼん。

「解決できたら、右側の『解決済み』って書かれてある箱に投入。できなければ、『未解決』の箱に投入するってわけです」

「ネイルにゃん……。いつの間にそんにゃ箱を造ったのにゃん?」

「アタシも全然気がつかなかったわん」

「さぁ。僕も知りません」

「知らないって……、そんなぁ……」

「まぁ、いいじゃないですか。そんなことよりも今回の疑問についてですが……、

 ねぇ、ミアンさん。ひょっとすると、未」

「まちがっても『未来のフローラさん自身の姿』、なんていわないでほしいわん」

「ミーにゃん。そんにゃ非現実的なこと、ネイルにゃんがいうはずもないにゃろ」

「そうよねぇ。むだ口をたたいてしまって、ごめん、だわん」

 けしけし。けしけし。

「ネイルにゃん、どうしたのにゃん?

 にゃにか夢中で消しまくっているのにゃけれども」

「…………」

「あっ、今度は急にだまりこくってしまったのにゃん」

「うでを組んでうつむいているわん。なにか考えごとをしているみたいよ。

 ……あっ、そうだ。ネイルさんが考えごとをしている間に」

「うんにゃ? どうしたのにゃん?」

「ほらぁ。この前、アタシが、ぺったんこに」

「そう。これならぁ!」

 びくっ! びくっ!

「ネイルにゃん。急に大きな声をあげないでほしいのにゃけれども」

「本当本当。びっくりしたわん」

「ミアンさん。今、思いついたんですが……」

「なにを、にゃ?」

「実体と分離した僕の霊体だったっていうのはどうです。少し女装をほどこせば、フローラそっくりになるのはまちがいありません」

「ネイルにゃん。ウチが聞きたいのは、だれがそっくりさんになれるのか、じゃにゃくて、実際にだれにゃのか? なのにゃけれども」

「そうですか……。どうやら、まだつめがあまかったみたいですね。うぅむ……」

「おや、また考えごとを始めたわん。それじゃあ、アタシの方の話を先にすませるわん。

 ねぇ、ミアン。この前、アタシがぺったんこ」

「だったら、これしかありません!」

 びくっ! びくっ!

「ネイルにゃん。にゃからいったにゃろ? 急に大きな声をあげるにゃと」

「本当本当。またまた、びっくりしたわん」

「いいですか。よぉく聞いてください。

 お二体ふたりは霊体じゃないですか。ミーナさんが精霊の顔、つまり、フローラのそっくり顔に化けて、ミアンさんが胴体から足までの部分に化けるんです。頭と胴体以下をくっつければ、フローラそっくりさんの完成。これですよ。これしかありません!」

「ネイルにゃん……。にゃんてことをいいだすのにゃん」

「本当本当。あきれてものもいえなわん」

「ほら。やっぱり二体ふたりとも、食いついてきたじゃないですか。

 ふぅ。この件はこれにて一件落着、と」

 ぽい!

「こらぁ! 解決済み箱に放りなげるんじゃないわん!」


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