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天空の村2・水の妖精  作者: シード
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プロローグ『雨が降る』‐①

 プロローグ『雨が降る』


 ざぁぁ、ざぁぁ、ざぁぁっ!

「あぁあっ。雨が降ってきちゃった。翅がぬれて飛べなくなっちゃうよ」

「急げ! 急ぐのにゃ!」

 突然降りだした雨に、アタシは頭を抱えながら飛ぶ速さを増していく。一方、ミアンも、アタシの真下を猛然とつっ走る。なんとか緊急の避難先に着いたものの、その頃には、アタシたちの身体はずぶぬれになっていた。

 アタシたちは、とある建物の外壁に並んでいる、ドアの一つをとおりぬける。

「ただ今にゃん!」「こんにちわん!」

「あっ。お帰りなさい、ミアンさん。ミーナさんもようこそ。突然の雨で大変だったでしょう」

 ネイルさんはそういって、ミアンを普通サイズのタオルで包む。

「ミーナさんのも用意してありますよ。身体の大きさ程度に切っておきました」

 アタシも小さいタオルで包んでくれた。

「ありがとうにゃん」「よかったぁ」

 もふもふもふ。 すりすりすり。

「ミアンさん。まだぬれていますよ」

 そういいながら、ミアンの身体から丁寧に雨水をふき取っていく。

「ほら。ミーナさんも」

 今度はアタシの身体を、自分の指先に巻きつけたタオルでぬぐった。

「すみません。ミーナさんは身体が小さいものですから、あまり上手にはやれないんですよ」

「そんなぁ。気にする必要なんてないわん。おかげでずいぶんと取れたし」

(本当にやさしい人なんだな、ネイルさんって)


『天空の村』。それは惑星ウォーレスの上空に浮遊する孤島。この星の生きとし生けるもの全てが、ここで暮らしている。

村にある森の一つ、『イオラの森』。そこには最長老の木、イオラが生えている。この木には、アタシのお母さんともいうべき精霊イオラが宿っていて、その中には、アタシが『精霊の間』と呼ぶ空間がある。かつてはミアンもこの中で、アタシやイオラとともに棲んでいた。

 現在のミアンは生活をともにするご主人さまがいる。そのご主人さまがネイルさん。

 ネイルさんは人間。この村の呪術師だ。中央区にある病院に、もっか、見習い呪医として勤務している。未成年で黄色い髪と色白の顔をした男の子。病院では白い作務衣の上に白衣を着用している。でも、今は家にいるせいか、作務衣のみの着姿。

 一方、ミアンはといえば、実は、彼女は一度、お亡くなりになっている。だけど、霊体としてよみがえった。世にいう化け猫さん。アタシが生まれた時からネイルさんとめぐり逢うまで、ずっとそばにいてくれた親友だ。容姿を簡単にいうなら、全体的には茶色地に黒のしま模様。おなかのあたりなどは白い毛で覆われている。しっぽが短く、身体全体は、アタシを『とりこ』にしてしまうくらい、もわんもわんとしている。

(あのせなかの上で、今までどれくらい、ごろごろ、したのかな。そして、これからもどのくらい、ごろごろ、するのかな)

「ふふふ」

 アタシは幸せな気分にひたっていた。


 ある程度、アタシたちに付着していた雨水がふき取れると、ネイルさんは仕上げにタオルとドライヤーの風でかわかしてくれた。

「はい、終わりましたよ。今はこういうものがあるので助かります。フィルさんが電気を使えるようにしてくれたから、これも生まれたんでしょうね」

 ネイルさんはそういいながら、ドライヤーを片づける。

「ふぅ。助かったのにゃ」

「ネイルさんの寮が近くでよかったわん。もし、もっと離れていたら、今頃、まだ寒さにふるえながら飛んでいたに違いないもの」

「すぐにこっちへ来てよかったと思うにゃよ。でも、この雨だとしばらくは」

「表で遊ぶっていうわけにはいかないよねぇ」

 アタシは窓にぶつかってくる雨の勢いに圧倒されている。

「まぁ、ミーにゃん。少しは落ちつきにゃさい。せまいながらも楽しい我が家にゃ。雨もしばらくしたらやむにゃろうから、それまではここでくつろいでいるといいにゃよ」

 ミアンは自宅ということもあってか、のんびりとした様子だ。八畳一間はちじょうひとまのこの部屋は、玄関からあがってすぐの『たたみの間』だけが、腰をおろしてゆったりと足を伸ばせる空間。

 アタシは壁にかけてある鏡に自分の姿を映しだす。

(せなかの白い二枚翅も、白くすきとおった身体も、もうすっかりかわいている。

「水もしたたる、いい女」っていう言葉があるけど、したたったあともいい女の子だわん)

 霊体の時は、幻を見ているかのごとく、身体全体が、ぼぉっ、とした姿。でも、今は実体波をまとっている。だから、鏡には、くっきりとした姿の自分が映っている。

「ミーにゃん。なに鏡の前で角度を変えながら、自分の姿をじっと見つめているのにゃ?」

「えっ。いや、きれいな女の子だな、と思って」

「おひまみたいなにゃあ、ミーにゃんは。 あぁあっ」

 ミアンは口を開けて大きくあくびをした。

(ミアン。何百年も親友としてつきあっているんだから、そこは、『そうにゃね』ぐらいはいってほしいわん)

「それにしても、ミーにゃん」「なによん」

「ミーにゃんはイオラの木に咲く花の妖精にゃろ?」

「なにをいまさら。つい、数年前まで一緒に暮らしていたじゃない。まさか、忘れちゃったの?」

 アタシは心配になってきた。絶対に忘れてほしくないことだったから。

「ミーにゃん。そんな顔をしなくても大丈夫。ちゃんと覚えているにゃよ。ウチがいいたいのは、花の妖精なら、これくらいの雨風なんかへっちゃらじゃないかってことにゃ」

「今までは霊体だったからなんとも思わなかったのよ。でも、今は実体波をまとっているじゃない。だから、雨風の洗礼をもろに受けちゃうの。大変よ。ミアンだってそうでしょ?」

「いわれてみれば確かに。それに、ミーにゃんは最近になって、実体波を扱える能力をもらったのだったにゃ。ぶるっていても仕方のないことなのかもにゃ」

「ミアン! ア、アタシは別に、ぶるってなんかいないよ!」

「といいながら雨風を見て腕を組んでいるその姿が、ぶるぶるとふるえているのにゃけれども」

「こ、これは武者ぶるい。い、いや、び、貧乏ゆすりというやつよ!」

「声までふるえてきているのにゃ。可愛いにゃあ、ミーにゃんは」

「も、もう、ミアンったらぁ……」

「さぁさぁ。こっちへ来るにゃよ。ウチが守ってあげるのにゃ」

「だ、だから、アタシは……」

 がたがたがたっ!

「きゃああ!」

 窓が雨風でふるえている。気がついてみたら、アタシはミアンにしっかりとしがみついていた。

「ミーにゃん、いらっしゃい」「……えへへ。こんにちは、ミアン」

 すごく…… 照れくさかった。


 窓をたたきつける雨風を見ながら、アタシはミアンに声をかける。

「でも、ミアン。アタシ、実体波にあこがれていたけど、雨風はいやだな。ぬれちゃうし」

「それはウチも同じにゃよ」

 ふぅ。アタシとミアンは同時にため息をつく。そんなアタシたちにネイルさんが声をかけてきた。

「でも、ミーナさん、ミアンさん。よく考えてみたら、今、お二匹ふたりがぬれているのは実体波をまとっているからですよね。だったらこうしたらどうですか。雨が降りだしそうになったら実体波を解除して霊体になる。やんだら再び実体波をまとう。これならぬれずにすむと思うんですけど」

「ミーにゃん。どうやら、ウチのご主人さまは、実体波についてよく判っていないみたいにゃよ」

「本当本当。雨水もふいてもらったし、ここは恩返しの意味で説明した方がいいかもね」

「うんにゃ。じゃあ、説明を頼むにゃよ、ミーにゃん」

「うん」

(アタシは実体波を使えるようになったばかり。だけど、ネイルさんは使えない。というか、使う必要がない。実体波は実体と同じ役割をになうことのできる霊波。実体を持つ人間のネイルさんには無用の代物だからだ。当然のことながら、実際に使った者と、そうでない者との理解の差は大きい。ここはミアンのいうとおり、先生になって説明をしてあげよう)


「えへん! それじゃあ、ネイルさん。説明するよ」

「はい、ミーナ先生」

「きゃあぁ! ミアン、今の聞いた? ネイルさんから『先生』って呼ばれちゃったよぉ!」

 アタシはあまりのうれしさにミアンのせなかへとダッシュする。その上に飛びのって翅をせなかにしまうと、すぐに転がり始めた。

 ごろごろごろ。ごろごろごろ。

「ああ、なんていい肌ざわりなの。身も心もとろけてしまいそう……」

「ミーにゃん!」

 ミアンはしっぽを長くしてせなかに乗っているアタシの身体に巻きつける。

「ちょ、ちょっと。なにするのよ、ミアン。アタシがつかの間の快楽にふけっているというのに」

 抗議したけど、全然聞いちゃくれない。ミアンはアタシを床へと降ろしてしまう。

「話の途中にゃよ。ちゃんと最後までいうものにゃ」

「いや、ミアンさん。それは違いますよ」

「なんでにゃ? ネイルにゃん」

「だってミーナ先生はまだ一言も説明していませんし」

「きゃあぁ! ミアン、今の聞いた? ネイルさんがアタシのこと、『先生』って」

 ごつん!

「ミーにゃん。いいかげんにするにゃよ!」

 ミアンのひたいには怒りのマークが。

「……はい」

 ミアンのげんこつに、アタシはしおらしく返事をする。でも、内心は不満でいっぱい。

(んもう! イオラにだってたたかれたことがないのにぃ。ぷんぷん!)

「ごほん。じゃあ、いうよ。ネイルさん。耳をかっぽじってよく聴いてね」

「お願いします。ミーナ先生」

「きゃあ……、わ、判ったわん。だから、ミアン。そんなに、ぶんぶん、と腕をふりまわさないでほしいんだけど」

「ミーにゃん。ウチが怒りだす前にしゃべるのにゃ」

「……はい。それでね、ネイルさん。……ええと、ええと」

「うん? ミーにゃん、どうしたのにゃ?」

「ねぇ、ミアン。アタシたち、一体なんの話をしていたんだっけ?」

 ぼがっ!

「ぐわぁっ!」

 ミアンは二つ足で立つと、強烈な右アッパーを放った。アタシは、はじき飛ばされ、思わず口から赤いものを吐く。

「ひ、ひどいわん、ミアン。いたいけな乙女に向かってこんな仕打ちをするなんて!」

 アタシは、およよ、と泣きくずれる。だけど、ミアンはそんなアタシをてんで意に介しない。

「ワンにゃん! ツーにゃん! スリーにゃん!」

 アタシを倒したミアン自身がカウントを数える。

「ミアンさんの勝ちぃ!」

 レフェリー役と思われるネイルさんが、いまいましいことにミアンの右前足をあげる。

「やったにゃあ!」

 ミアンは両方の前足をふって喜んでいる。

(なによ、ミアンったら。ネイルさんまで巻きこんだあげく、アタシが今やった大女優としての演技をまったく無視したりして。もう我慢できないわん!)

「ミアン!」

 アタシは食ってかかる。

「相手を倒したやつがカウントまで数えるなんて聞いたこともないわん。今のは無効よ!」

「にゃんと! でも、ミーにゃん。『勝ち』っていったのはネイルにゃん。だから、無効にはできないのにゃよ。ごめんにゃ」

 ミアンはアタシにあやまる。

「しょうがないなぁ……。今回は大目にみてあげるわん」

 アタシは寛大。

「ありがとうにゃん。それでこそウチの親友にゃん!」

「うん、ミアン!」

 アタシとミアンは抱きあった。


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