その1
1
雲ひとつない空を見上げながら老齢の宿屋の店主は絶句していた。
ゆうに人の数倍はあろう巨大な翼の生えたトカゲが3体上空よりこちらを見据えながら
悠々と下降しているのが見て取れる
「なんで下級がこんな辺境に」と宿屋の主人は悪態をつきながらもこの村の終わりを予感していた
下級と呼ばれたレッサードラゴンは加速するでもなくゆったりとした速度で段々とその影を大きくしていく。
「なぁ爺さん」
上空の視覚情報だけで破裂しそうな宿屋の主人に新たな聴覚情報が現れるが
彼にはそれを処理出来ずにいた
「なぁ爺さんって」無視をされた青年はさらに老人に呼び掛ける
「今はそれどころではない、若いの。この村はもう終いだよ」と悲観した声でそれに答える
「あいつらさ、仕留めたら俺にいくらくれる?」
「仕留めるってあんた…」と宿屋の主人は初めてそこで青年に目をやる
マントを羽織り、比較的軽装の青年はいかにも冒険者と言った様相である
宿泊客としていつも見てきた冒険者のその青年に2つだけ特異な点を発見した
左腕に異様な重量感の鈍器をだらりと構え
そして右腕は肩から先が無かった
「あ、あんたもしかして…」宿屋の主人は彼に心辺りがあった。
「銀貨5枚でどうだい?」青年はぶっきらぼうに討伐条件を示す
「5枚?5枚なんて出せるわけが無い…」
「そうかい?じゃあそうだな、今夜の宿がねぇんだ泊めてくれねぇかい?」
「あぁ…それなら構わんが…」
「交渉成立だな、それとでっかい鍋はあるかい?」
「鍋…?どうするつもりなんだ…?」
「今夜はドラゴンの肉をふるまってやるよ…!」
と言うや否や隻腕の冒険者はその不釣り合いな鈍器を持ち上げ空に駆けあがっていく。
「なぁアンタ…もしかして…」と宿屋の主人が空に向かい問う
「なぁに名乗る程の名はねぇよ。ただ」
「ただ?」
「全ての竜は俺が滅ぼす、借りがあるんでな」
そう言い終える頃には宿屋の主人にはその冒険者が随分小さく見えていた。
2
そこは昨日まではのどかな村だった
漁師たちが取った魚を女達が料理し毎日酒を飲むそれだけが村人の幸せだった
だが今は違う、焦土と化したその村に生き残った者は一人しかいなかった
焦土と化した村の少年はその姿をはっきり見ていた
7枚の翼を持つ竜が父も母も友人も住む家も全てを灰にしてしまった所を
村の鍛冶屋の息子だった少年は誓う
竜を殺せる武器を作ると
今思えば、どこからこの物語は間違ってしまったのだろう
幸か不幸かこの日、幼い竜殺しがこの世界に誕生した。
3
「そいつはほんとかい?」と少年は昼間から酒場で飲んだくれている男に問う
「あぁ、間違いねぇ…ここから北東の森の奥にある洞窟から唸り声が聞こえた。ありゃとんでもねぇ化け物に違いねぇよ…」とやや怯えた声でいう
「そうかい、ありがとよ」と言うと少年は酒代を男の代わりに酒場の主人に放り投げる
「なぁ、あんた…行くのかい?」と飲んだくれている男が問うと
「まさか、そんなバカな真似はしないさ」と笑い酒場を立ち去る
「会えるといいんだけどな」と空を仰ぎ少年は呟く
故郷を燃やされてから彼が笑顔になる事がないまま5年の歳月が流れた。
4
道中はかなり険しかったが然程苦労する事もなかった
岩肌が剥き出しになっている洞窟の奥で
少年はそれと対峙する
「やれやれ、探していたのはアンタじゃないんだがなぁ」
大きく開けた洞窟に鎮座していたのは
目の前には身の丈数倍はあろうかという大きなトカゲ
一つ目の巨大なトカゲは下部にいる少年を見据えている
「人間か、我を見て臆せぬとは、余程愚かと見える」と地響きがしそうな声で呻く
「トカゲよりはマシなつもりだがね、あんたを殺しにきた」
「殺す?我をか?面白い事を言う小僧。我を殺すというのか?我は偉大なる竜の長、七竜が一つ、一つ目。貴様などに殺されはせぬぞ」と尻尾を少年に向け叩きつけるが
その先に既に少年はいない
少年はその身の丈数倍はある上空へと跳躍し腰にある短刀を抜き、竜の顔に目掛け振りかざす
竜の目に切っ先が刺さるかと思われたその刹那、見えない壁の様なものがその短剣の刃をへし折った
そのまま地面に降り立ち少年は「なるほどな」と呟きながら折れた短剣をその場に捨てる
「効かぬぞそんな鈍では、我を貫きたくばそれなりの武器を持ってこい。ただし小僧、貴様はここで死ぬがな」と一つ目竜は目から収束した光の線を少年に向ける
(つづく)