Session 1-1
受諾中の依頼
依頼名:村の近くの廃屋を根城にしている蛮族の退治
依頼主:エト・スピレングス地方アルメイーデ王国辺境域 アステ村
依頼内容:
村の近くにある廃屋に突然、蛮族の一団が住み着き始めた。
奴らは週に一度、我々を武力で脅し、野菜や家畜を強奪していく。
村の若い者で抵抗しているが、普通のゴブリン相手には辛うじて戦えているが、
リーダーらしき毛色が違うゴブリンには全く歯が立たない。
このままでは村ごと奪われかねない。是非ともこの一団を退治して欲しい。
報酬:2,000イェル
進行状況:目的地到着前
「おはようございま〜すっ♪」
「……おはよう」
早朝ゆえか冒険者の数もまばらな『憩いの酒場スレッジ』に、元気と無感情の両極端な声。王国の国営新聞である『アフ・アルメイーデ』を流し読みしていたマスターが顔を上げ、負けないくらいの挨拶を返す。
「おう、おはよう! おっ、コハルちゃん! 可愛い格好してんじゃねえか。良く似合ってるぜっ!」
「えへっ、ありがとー、マスター♪」
ごましお髭のマスターに容姿を褒められたコハルは、まんざらでもない様子で答えた。今朝、『ハイネス武具服飾店』から届けられたばかりの萌黄色のワンピースと靴は、コハルの亜麻色の髪にほどよく映えていた。髪を飾る同じ色の大きめのリボンが、これまた良いアクセントになっている。
「それじゃ、おふたりさん。今日からよろしく頼むな!」
依頼の成否は、受諾した冒険者だけの問題ではない。冒険者を斡旋した者の信用にもかかってくるのだ。豪快に笑いながらも念を押すような口調でマスターが言うと、当たり前のようにふたりは力強いうなずきを返す。
「威勢が良いねぇ! ま、達成してくれることに越したことはねぇが、無理そうなら戻ってきても構わねぇよ。優秀な冒険者の卵を失うほうが、こっちにとっちゃ痛手だからな」
冒険者の質は、その冒険者が登録している酒場のステータスへとそのままつながる。有り体に言えば、たとえユメノとコハルが今回の依頼に失敗したとしても、ふたりを失わないということが店の利益となるのである。商売人であるマスターは、少なくともそのように先を見据えて考えているのだった。
「んー、ちょっと怖いけど頑張るねっ!」
「……どうしても駄目なら諦めるけれど、そうでないなら途中で投げるような真似はしない」
ふたりの瞳には、決意だけがこめられていた。もとより氷花の者の辞書に、『やらずして諦める』などという言葉は載っていない。
「そうかい。まっ、臨機応変にやってくれな!」
と、ヤーペング国のコマーシャルに出てくる芸能人のように、ニッと白い歯を見せたマスターは、コハルに冒険者の証となるカードを渡し、つづき中身の詰まった布袋をふたつ、カウンターに置いた。
「わぁい! あこがれの冒険者許可証だぁー♪」
「新米のコハルちゃんはまだ『仮』だがな。それと、こっちには1週間分の保存食が入ってる。俺からのサービスだ」
この地方の保存食は干し肉に干し果物という、冒険者の保存食としてはオーソドックスなものである。水がなければ食べにくいのが玉に瑕だが、貰えるものはもらっておくべきだ――と、ユメノはありがたく受け取り、礼を言う。
「ありがとう、マスター。助かるわ……」
「むーっ! 仮ってなんかカッコ悪いなぁー……」
仮冒険者であることが、コハルは気に入らないようだ。可愛い顔をトラフグのようにプクーと膨らませている。針を付けてハリセンボンにしたくなる愛くるしさだが、逆に猟奇的になりそうではある。
「……コハル。それは三回、依頼を達成すれば取れるから。一緒に頑張ろう」
「……はぁーい、ユメちゃん」
ユメノのなだめにも完全に納得してはいない表情がありありと浮かんでいたコハルだったが、渋々といった様子でうなずき、姉の右腕にしがみついた。その様子をマスターは微笑ましく思いながら、自分用に注いだアルメダ・エールを薄くしたものをあおる。
「それじゃ、マスター。私たちはそろそろ行くわ……」
「おう! 幸運を!!」
親指を上に立てたマスターは、エト・スピレングス地方では儀礼ともなっている言葉でふたりを送り出した。
「……ありがとう」
「いってきまーすっ♪」
ユメノは口元を緩ませて礼の言葉を、コハルは笑顔で手を振りながら、ふたりは店を後にする。名残惜しく揺れる木扉をマスターはしばらく見つめていたが、依頼を求める冒険者の声に気付き、応対を始めた。そのまま仕事をしていると、首にタオルをかけた――ドカタのような格好をしたサブロウが来店する。馴染みの冒険者と二、三声を交わしたサブロウは、マスターの正面の椅子に倒れこむように腰掛けた。
「ふぃー! 深夜のドカチンは金払いが良いのはいいんだが、疲れてしょうがねぇな。マスター! いつものくれや!!」
「あいよ! ガソリン一丁入りやーすっ!」
そう冗談めかして、本当に裏口から取りに行こうとするマスター。
「うぉい! 俺っちはクルマかよっ!?」
「チッ、冗談だっつの……ケツの穴の小せぇ野郎だな。で、そんな格好なんかしてどうしたよ? 冒険者やめてドカタにでもなんのか?」
舌打ちしながらも、マスターは特大ジョッキにアルメダ・エールを注ぎ、サブロウの前に置いた。コハルの力では到底持ち上がらないだろうそれをサブロウは軽々と片手で持ち上げ、喉に流し込む。ただのひとあおりでジョッキの半分以上が空になった。
「ふぅー! 生き返ったぜー! あ? 俺っちが冒険者やめるわけねぇだろーが。ダチが人手足りないってんで、手伝ってきただけだ。ちょうどオフ(依頼を受諾していない状態)だったしな。まっ、実入りは良かったわ。ところで、ユメノとコハルはもう出発したのか?」
「ああ。お前さんと入れ違いにな」
と、依頼書を整理しながらマスター。
「そうか。少し遅かったな……」
「……」
(サブの台詞にしちゃあ、やけにしおれてんな。何かあったのか……?)
珍しく口調を変えたサブロウに、自分用のジョッキをエールで満たしたマスターはサブロウの正面に腰掛けた。仕事中に飲酒か、とサブロウが呆れたような眼を向ける。
「朝っぱらから飲りながら仕事かよ。この不良マスターが」
「んなこたぁどうでもいいんだよ! サブ、何か情報つかんでんのか?」
マスターの顔は神妙そのものであった。ふざけているときではない、とサブロウの口調も次第に真剣味を帯びていく。
「……実はそのドカチンにアステから出稼ぎに来てる奴がいてよ、ソイツから聞いた話なんだが、アステの近くに陣取ってる蛮族のリーダーは名前付らしい」
「あに、ネームド・モンスターだって!?」
サブロウの口から出た意外な言葉に、マスターの右眉が上がった。ネームド・モンスターとはその名が示すとおり、個別の名を与えられた魔物の総称。通常の魔物よりもレベルが高く、蛮族社会においては軍団の指揮官を務めることも多い。一応ではあるが、リザードマンのサブロウもネームド・モンスターである。上位のネームド・モンスターは賞金首として人族社会にその名を轟かせている。
「それで、そのネームドはゴブリン・リーダーか?」
「いや、ソイツも正体は分からねぇって言ってたな……。小規模な集団らしいし、たいした奴じゃねぇとは思うが……」
「そか……。ま、ユメノちゃんならゴブリンのネームドくらい、ロードやキングでもなけりゃあ楽勝だろ。格下だしな」
常識で考えれば、小規模軍団の指揮をゴブリン以外のネームド・モンスターが執ることはまずありえない。だが、何事にも絶対という言葉は存在しない。それを考えると――マスターとサブロウはまんじりともしない表情で、ほぼ同時にジョッキをあおるのであった。
昨晩、綿密に立てた進行スケジュールどおりに陽中の後過ぎにピンガを通り過ぎ、上天へと差し掛かる頃に一度、森の木陰で味気ない昼食と休憩をとる。出発後は再び他愛もない話に花を咲かせながら、ユメノとコハルは人通りが少ない往来を歩き続けた。普段どおりのユメノの足であればピンガまでは1時間弱で到達できる、進行ペースは極めて遅い。だがそれも、体力が低すぎるコハルを気遣ってのことであった。消耗中に好戦的な魔物と遭遇したのでは目も当てられない。
ユメノとコハルはそのまま何事もなく進み、行きの行程の半分少々過ぎを消化した頃には陽は傾き、沈もうとしていた。今は陽没の中くらいだろうか、他に歩き、すれ違う者もいなくなり、本格的に魔物の襲撃に備えなければならない時間帯だ。
ユメノはコハルの顔を見る。平然に見える笑顔には、彼女にしか分からぬであろう疲労が色濃く出ていた。
(……良く耐えている。けれど、もうコハルは限界に近い。早く野営できる場所を探さないと――)
ほど良い場所はないか、とユメノが視線を森に向けたとき――不穏な気配を察した彼女は足を止める。
「それでねそれでねっ……って、どうしたのユメちゃん?」
「コハル、私の後ろにいなさい。絶対、前に出ないで……」
「う、うん……」
コハルは姉の強い言葉に従い、数歩後ろに下がる。すると、まるでタイミングを見ていたかのように背の高い草むらから、明らかに人族ではない醜悪な姿が飛び出てきた。猫背の小鬼が粗雑なナイフを右手に持っている――紛うことなき蛮族の姿。
「ヒャッハー(弱そうな人族、金と食い物置いてけ!!)」
赤銅色の肌を持つ魔物――ゴブリンは、ユメノには理解不能な言葉で叫ぶとナイフを構えて戦闘態勢を取った。
ゴブリン
Lv.2 極めて野蛮
ゴブリン種。
フィルキーナ大陸各地に棲息する。典型的な蛮族であり、徒党を組んで人族の村を襲撃する姿が多々見られる。
大規模な軍団の場合、背後にオーガ種がいる可能性が高い。
第四種バルバロイ語での会話が可能。