Session 1-0
フィルキアの世界観&ユメノの独白シーンです。
興味の無い方は飛ばしていただいて構いません。
ユメノとコハルが住む世界――フィルキアは、とある国の大図書館の厳重保管対象文献に記されている、『アース』という場所によく似た世界だ。ただし総面積は『アース』よりも広く、大陸構成も著しく異なる。
この世界は旧機械文明時代に行われた“魔法実験の失敗”により一度滅び、そこから新たにヒューマノイド(人族)、エルフやドワーフなどの亜人族、あるいは魔族がそれぞれの文明を築き上げた。よって、通常はフィルキアで統一しても構わないが学者と接する際は、滅亡前を『オド・フィルキア』、滅亡後を『ネル・フィルキア』と、別けて会話する必要がある。
フィルキアは極めて広大なひとつの大陸と、両手の指で数えられる程度の数の離島からなる単一大陸世界である。その大陸『フィルキアーナ』は、横は約60,000キロメートル、縦は約40,000キロメートルにも及ぶ。海も合わせると、縦横ともに約65,000キロメートルで一周する計算だ。
しかし、広大な大陸に反して海は狭い。縦は極点から半径12,500キロメートルとそれなりに広いが、横は大陸の最西端から最東端までわずか5,000キロメートルしかないのだ。海は生命に必要な酸素を供給する。その面積が小さいということは、酸素の供給量が『アース』より少ないという事実に他ならない。
それゆえにフィルキアの海抜ゼロメートル地帯の酸素量は、『アース』の高度800メートル付近と同等であり、ふたりが活動するエト・スピレングス地方もこれに当てはまる。フィルキアにも喘息に酷似した病が存在し、呼吸器に疾患を持つ者にはとりわけ辛い環境といえるだろう。
フィルキアーナ大陸は大まかに分けて――国家の大半が近代化を推し進め、至るところに高層ビルが乱立する――大陸東部の『イースレスト地方』。ヤーペング国を始めとする東部国家の近代化政策を危惧し、異を唱えながらも自然とありのままに共存する――緑多き大陸北部の『ノールゼン地方』。大火山地帯である『ヴォスヴィーヤ火山帯』で、ドワーフ族と人族が良質の鉱物資源を採掘しながら豪放に暮らしている――大陸中央部の『センタネイル地方』。別名『常春地帯』と呼ばれ、オド・フィルキア時代の遺跡が数多く眠り、一攫千金を夢見て多くの冒険者が集まる――大陸西南部の『エト・スピレングス地方』。蛮族や悪魔族の支配地域であり、イースレスト地方からの近代化の波が届かない要因ともなっている――大陸南部の『ディマ・ヴァルファー地方』。国土の大半を砂漠と荒野が占め、極めて獰猛な魔物が数多く生息し、その中央部に何が存在するのか全く分からない――謎多き大陸西部の『ラスヴェール地方』。以上の6地方からなっている。
世界共通語にはフィルキア公用語が用いられる。通貨単位は、よほど特殊な地域でない限りは世界共通通貨である『イェル』で通用するだろう。
文明レベルはイースレスト地方が最も高く、最未開拓地域であるラスヴェール地方と比べると、月と鼈ほどの差がある。ヤーペング国では電気エネルギーが今や過去の物になろうとしており、核融合はおろか反物質エネルギーさえも実用されようかという段階にまできている。核分裂技術や魔動機械などは、もはや骨董品扱いであった。その代償に人族の心や感情といったものは退化してしまい、子どもや若者を中心に自殺を図る者が激増した。
急激な技術の進歩は国家間の軋轢を生み、やがては戦争へと発展する。が、イースレスト地方のいずれの国においてもそのような動きは見られない。フィルキアにおいては、蛮族の国である『バルバロッサ蛮族国』と、国境を隣接する『エンデュラ王国』、悪魔族の女王が統治する『ヴァルファー魔国』の間で多少の小競り合いが散見される程度であり、おおむねのところは平和が保たれている世界といえた――。
「――……ん」
網膜を焼くような刺激に、ユメノは瞼を開いた。常春地帯に属するといえど、ハイネスの太陽は眠る者に優しくはない。人によってはこの日差しのおかげで早起きができる――と喜ぶのだろうが、既に1ヶ月はここで寝泊りをしているユメノは未だに慣れない。朝方はこのせいで常に目がチカチカして不快だからだ。
壁に掛けてある魔動時計を見ると、今は陽入の後(午前6時)を少し過ぎたばかりだった。気だるそうに前髪をかき上げながら、ユメノはコハルに空色の瞳を向ける。何か良い夢でも見ているのだろうか、コハルは顔を緩ませながら健やかな寝息を立てていた。
ユメノとコハルは双子の姉弟だが二卵性双生児であり、双子にして瞳や髪の色が大きく異なるのはそのためであった。
「良く寝ている。もう少しだけ寝かせておこうか……」
と、コハルの寝顔を微笑ましく見つめていたユメノは、針金だけのハンガーから漆黒のワンピースを手に取る。ふと鼻の先に生地を当てると、行きつけの店で洗濯してもらったばかりのワンピースからほのかに花の香りが漂う。しかし、三日後には血と脂の臭いに変わっているのだろう。着替えの下着を手に、ユメノは浴室へと足を運ぶ。
「……」
身に着けているものを全て脱いで、浴室に入ったユメノはシャワーのコックをひねった。出たばかりでぬるい湯が、彼女の両手に降り注ぐ。エト・スピレングス地方は砂漠に近くも地下水に恵まれており、臣民が日々の生活に困らぬ程度には潤沢であった。
ほど良い温度になったのを確認したユメノは全身をくまなく濡らす。鏡から目をそらしながら手に持った海綿に石鹸を塗り付け、まんべんなく身体を洗っていく。それが終われば次は髪。ハイネスでは砂漠からの砂を含む風が吹くため、より丁寧に洗わなければならない。
「……気持ち良いな」
洗髪液を湯で洗い流しているうちに残りの眠気は吹き飛び、火花が散る感じだった目の調子も正常に戻った。だが、それは視界が明確になったという意味でもある。浴室に据えられた大鏡で、ユメノは自分の身体を見てしまった――。
「……っ!」
ガンッと拳を鏡に叩きつける。硝子製の鏡は割れなかったが、鋭い痺れがユメノの身体を駆けめぐった。目尻に熱いものが浮かぶ。
ユメノは浴室の鏡が、反吐が出るほどに嫌だった。自分の醜い身体を、嫌でも見なければならないのだから――。
身体中に刻まれた無数の傷痕と痣。一年ほど前までは、腕や脚までも傷だらけだった。数年もの間、ユメノに悪夢を見せ続けた者はもういない。されどあの日に植え付けられた落とし仔は、今も背の皮下で確実に成長している。思い出すたび、背中をはしる痛みが何よりの証拠であった。
「……身体の傷はいずれ癒える。でも……心に付けられた傷は……っ」
ユメノはうつむいて震えが収まらぬ自分の身体を抱きしめ、コハルに聞かれないように小さく嗚咽を漏らした。今は儚さしか感じられない空色の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
黒衣の男の嘲笑が、傷心の少女の頭の中で延々と響いていた――。
フィルキアにおける時間の見方
日始(午前0時~午前3時59分)
日始の入(午前0時~午前0時59分)
日始の中(午前1時~午前1時59分)
日始の後(午前2時~午前2時59分)
日始の終(午前3時~午前3時59分)
陽入(午前4時~午前7時59分)
陽入の入(午前4時~午前4時59分)
陽入の中(午前5時~午前5時59分)
陽入の後(午前6時~午前6時59分)
陽入の終(午前7時~午前7時59分)
陽中(午前8時~午前11時59分)
陽中の入(午前8時~午前8時59分)
陽中の中(午前9時~午前9時59分)
陽中の後(午前10時~午前10時59分)
陽中の終(午前11時~午前11時59分)
上天(午後0時丁度)
陽後(午後0時1分~午後3時59分)
陽後の入(午後0時1分~午後0時59分)
陽後の中(午後1時~午後1時59分)
陽後の後(午後2時~午後2時59分)
陽後の終(午後3時~午後3時59分)
陽没(午後4時~午後7時59分)
陽没の入(午後4時~午後4時59分)
陽没の中(午後5時~午後5時59分)
陽没の後(午後6時~午後6時59分)
陽没の終(午後7時~午後7時59分)
日終(午後8時~午後11時59分)
日終の入(午後8時~午後8時59分)
日終の中(午後9時~午後9時59分)
日終の後(午後10時~午後10時59分)
日終の終(午後11時~午後11時59分)