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変わり者ふたりの冒険帖  作者: 瑞代 杏
プロローグ
4/10

Session 0-4




 あまりの内容に思考が停止してしまった二人だが、流石は新米ながらもそれなりの経験を積んだ冒険者といった所か。いち早く時間凍結から復帰したユメノは、極めて冷静にマスターに声をかけた。

「……マスター」

「あん? どしたい、ユメノちゃん」

「ヴォスヴィーヤ火山帯って、馬車を使っても往復4ヶ月は掛かるんだけど……?」

 ユメノがわずかに困惑を見せながら言うと、マスターは怪訝な表情をして、

「あに、ヴォスヴィーヤ火山帯だって? そんな高レベル向けの依頼は渡した覚えがねぇんだけどなあ……。おっと、ちょっと待っててくんなっ!」

 奥から誰かに呼ばれたのだろうか。追及を避けたようにも思えるが、足早にマスターは奥の部屋へと去っていった。

「……」

 ユメノは左隣に目を向ける。コハルは未だ戻ってきていない。漫画やアニメであれば、目が黒縁の白丸になっている状態だ。起こしても良かったが、ユメノはもう少しだけ、その笑える顔を楽しむことにした。

 些か加虐の表情でユメノが眺めていると、右隣から威勢の良い音が響く。あれほどエールが注がれていたサブロウの特大ジョッキには、クリーム色の泡だけが残されていた。

「プハーッ! やっぱアルメダ・エールは最高だぜ! って、おいユメノ。何でコハルは固まってんだ?」

「……これ」

 ユメノが差し出した紙を受け取ったサブロウは、「ふーん、赤字の依頼書ねぇ……」といった様子で適当に眺め見ていたが、黙読を始めてすぐに吹き出しそうになった。

「うぉい! ちょっと待てや!! ヴォスヴィーヤ火山帯といやあ、レベル50の冒険者パーティーでも全滅するような場所じゃねえか!!」

 然り。余談ではあるが、ヴォスヴィーヤ火山帯の適正レベルは58である。姉弟のレベルはユメノが5、コハルが2。どう逆立ちしても立ち入れるような場所ではない。

「しかも、『ミュンヒハウゼンほらふき地方ソノヘンノ王国 王都ナイスジョーク』とか絶対ナメてんだろ……。おいこら、マスター!!」

 サブロウが迫力に溢れる怒鳴り声を上げると、丁度に用事を終えて戻りかけていたマスターが、ジュート生地の暖簾のれんをくぐって顔を覗かせる。

「うるせぇな……あんだよ、サブ。エールのお代わりかぁ?」

「違ぇよボケ! なんだよ、この依頼書は!?」

 サブロウから乱暴に突き付けられた依頼書を手に取ったマスターは、軽く苦虫を噛み潰したような顔で流し読みを始める。

「ったく、何だってんだ。…………ん? ああ、悪ぃ悪ぃ。こりゃあ、他の冒険者の酒場に回す奴だったわ。こっちが本物な」

「どうすりゃ、赤字の依頼書を普通のと間違うのか聞いてみてぇモンだがな……まぁ、良い。アルメダ・エールもう一杯くれや!」

「あいよ!」

 泡が溢れそうになるくらいまでエールが注がれた特大ジョッキが、ドンとサブロウの前に置かれる。

 続いてバツが悪そうに頬をポリポリと掻きながら、マスターはもう一枚の依頼書をユメノの前に置いた。一瞬、先ほどの依頼書からテープを剥がすような音がしたのは、ユメノ、サブロウ共に聞かなかったことにする。

 今度は赤字で書かれていたりすることもなく、少なくとも表面上はまともな依頼書に見える。が、一人で見るわけにもいかないのでユメノはコハルを強制的に現実へと戻すことにする。コハルの頭頂部にチョップを入れると、ゴスッという重そうな音の後にこちら側へと戻ってきたコハルは、キョロキョロと周囲を見回してから安堵の息を吐いた。

「うー。なんか、どこかの火山地帯でワームさんと2匹の赤い羽の悪魔さんに揉みくちゃにされる夢を見てたよー。はぁ〜、夢で良かったぁー。あ、それで依頼はどうなったのー?」

「……はい、これ」

 ユメノがスライドさせた普通の依頼書を、コハルは目を輝かせながら覗き込む――





依頼名:村の近くの廃屋を根城にしている蛮族の退治

依頼主:エト・スピレングス地方アルメイーデ王国辺境域 アステ村


依頼内容:

村の近くにある廃屋に突然、蛮族の一団が住み着き始めた。

奴らは週に一度、我々を武力で脅し、野菜や家畜を強奪していく。

村の若い者で抵抗しているが、普通のゴブリン相手には辛うじて戦えているが、

リーダーらしき毛色が違うゴブリンには全く歯が立たない。

このままでは村ごと奪われかねない。是非ともこの一団を退治して欲しい。


報酬:2,000イェル





「うーん……アステ村って、わたしがいたピンガ村から1日くらい歩いたところにある村……だよね?」

「ああ、そうだな。『ウァステ大平原』の東の入りから真東へ向かうと見えてくる村……だ」

 と、奇妙なことに、二人とも語尾を濁した。

 アルメイーデ王国、真の北端の村『アステ』は、しかし王国の正地図には村として掲載されていない。これは、アステが村ではなく、集落として認識されているためである。何しろ、アステはピンガの2分の1程度の大きさしかないのだ。

「まっ、村だろうが集落だろうが、依頼には変わりあるめぇ。どうだい、これならコハルちゃんがこなす初依頼としてももってこい・・・・・だと思うんだがな?」

 マスターの自信有り気な言葉に、ユメノはゆっくりと頷いた。遠い場所でもない村で蛮族の退治、報酬も妥当。これならば確かに、コハルにとっても良い経験になるだろう。

「……コハル、この依頼で良い?」

 一応、ユメノはコハルに確認する。

「うん、わたしもこれで良いよー! 蛮族は懲らしめなきゃいけないしっ。何より困ってる人達を助けることは、アルストロメリス様に仕える神官として当然だからねっ!」

 グッとガッツポーズを見せるコハルからは、初依頼に対する意気込みが十二分に感じられた。

 聖光神アルストロメリスは慈愛と平等の女神。神殿の司祭に認められさえすれば、魔物の信徒も厭わない。だが、人族寄りの神でもあり、人族に害を為す蛮族には厳しい。一部の過激派の仕業等ではなく教義そのものであるが故に、コハルが蛮族を目の敵にするのも仕様のないことだった。

「じゃあ、決まり。マスター、私たちはこの依頼を受ける。明日の朝、アステに向かうわ……」

「あいよっ! そんじゃ、詳しい話はアステ村の村長に聞いてくれ。あ、コハルちゃん。今からステータスの読取すっから、手のひらをこっちに向けてくんな」

 と、マスターが手に取ったのは、小型の読取機器スキャナ。それをコハルの手のひらに軽く当てる。

「何その機械、見たことなーい!」

 ピンガではお目に掛かれなかった機械に、コハルは強い関心を示した。赤茶色の瞳が、星印が見える程に輝いている。

「こいつを身体に当てると、そいつの今のステータスが分かるのさ。イースレストのヤーペング近辺なら大して珍しくもねぇが、この辺で使用してるのは冒険者の酒場とそれ絡みの店くらいだな」

 ヤーペングという地名にユメノの片眉がピクリと動いたが、それに気づいた者はいなかった。

「ふーん、便利なんだねー!」

「おっと、終わったようだな。……うーむ、コハルちゃんは神官だけあって魔力(MAG=マジカル・パワー)や知性(INT=インテリジェンス)は基準値以上だが、体力(VIT=バイタリティ)がちょっと低すぎるな……。ほれ、ユメノちゃんも見てみ」

 渋面のまま、マスターはユメノにディスプレイを見せる。それを見たユメノもまた渋い表情をしたが、すぐさま何時もの無表情に戻って口を開いた。

「……確かに、VITが基準値よりも低い。けれど、コハルに攻撃を届かせなければ良いだけのこと」

「ほう、大した自信だな? まぁ、ユメノちゃんがそう言うんなら止めはしねぇさ。しっかり守ってやんな!」

「言われるまでもないわ……」

 と、ユメノは不敵に笑ってみせる。透き通る水色の瞳には、ある種の妖艶さえ見えた気がした。

「んんー?」

 知らぬは本人ばかり――コハルは頭の上にハテナマークを浮かべ、可愛らしい声で唸る。

「さて、これから装備を揃えに行くんだろ? パーティー結成祝いにジュースを奢ってやるから、それ飲んでから行きな」

 二人の前にオレンジ色の液体が入ったコップが置かれる。西、南方諸国において絶大な人気を誇る飲み物――オランジィ(柑橘系果物を絞ったジュース。甘酸っぱく爽やか)である。

「わーい、喉カラカラだったんだぁー。ありがとーっ♪」

「……3本で良い」


 ――途中、コハルがこっそりとサブロウのエールにオランジィを混ぜ、それに気付かず飲んでしまったサブロウが、店中を逃げ回るコハルを追い掛け回したのはご愛嬌、ということで。


* 前回の赤色の巨人と愉快な仲間達 *



ラーヴァ・タイタン“タウノス”

Lv.63 BOSS ネームド 極めて温厚


タイタン種のネームド・モンスター。

ヴォスヴィーヤ火山帯南西部で謎の活動をしている。

タイタンは極めて温厚な種族で、怒らせなければ自ら襲ってくることはない。

片言であればフィルキア公用語で会話することが出来る。タイタン語を習得していれば完璧な会話が可能。



クリムゾン・ヘルカイト

Lv.58 非常に獰猛


ヘルカイト種。

主にヴォスヴィーヤ火山帯各地に棲息する。

ヘルカイトも竜族だが、ドラゴンとは枝分かれした同異種である。

知能はドラゴンよりも低く、特にクリムゾン・ヘルカイトは非常に獰猛で、敵を見かけたら即、襲いかかってくる。

竜言語を習得していれば会話は出来るが、聞く耳は持たないと思った方が良い。



ワーム・ヘリオン

Lv.52 極めて獰猛


ヴォルカニック・ワーム種

主にヴォスヴィーヤ火山帯各地に棲息、『ヘリオン』の名に相応しい暴れん坊である。

ずらりと並んだ鋭い牙と強靭な顎で、どんなに硬い岩石をも粉々に砕いてしまう。

人肉が大好物。訪れた人族の匂いを嗅ぎ付けて地面の中から奇襲を仕掛けてくる。

会話は出来ない。



ヴォスヴィーヤ・デーモン

Lv.55 非常に狡猾


ヴォスヴィーヤ・デーモン種。

ヴォスヴィーヤ火山帯中央部から南西部にかけてのみ棲息する。

燃え盛る一対の羽が特徴で、敵を発見すると火属性の高等魔術を駆使して攻撃を仕掛けてくる。

悪魔語を習得していれば会話は出来るが、性格が『非常に狡猾』なので要注意。

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