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変わり者ふたりの冒険帖  作者: 瑞代 杏
プロローグ
2/10

Session 0-2




 アルメイーデ王国 地方都市ハイネス――。

 王国の北に位置するこの都市は、実際の所は辺境都市と呼称するのが正しいかもしれない。国内の主要都市を結ぶ道路はこのハイネスが北端であり、以北はピンガまで石畳の道が続いている。だが、ピンガを過ぎれば、西に広がる『ウァステ大平原』を越えて、隣国『イルトラッド共和国』との国境に位置する砂漠地帯まで、粗雑な土の道が続いているのみなのだ。

 しかし、このような辺境に座する都市とはいえ、ハイネスは大いに賑わっていた。街の北側にある石造りの建築物が立ち並ぶ商業区では、客を呼び込む威勢の良い声がひっきりなしに聞こえ、北方の隣国のみならず西方、南方の国からの行商人の露天も少なくはない。

 また、アルメイーデ王国国内には旧文明時代の遺跡が多く眠っている。依頼を斡旋する各種の酒場では昼夜、一山当てた者達の笑い声、次こそはとジョッキを煽る者達のぼやき、仲間を亡くして悲しみに暮れる者達の泣き声が絶えない。

 何せ、必ずと言って良いほど蛮族バルバロイを含む魔物が関わってくるのだ。今回、無事だったからといって次回も生き延びられる保証はどこにも無い。明日には死後の世界へと導かれるかもしれない。


 そんな、命知らずの仲間になろうとしている者がここにも一人――。



「うわぁー、おっきい街だねー……」

 陽が最も高く昇る時刻――ユメノの案内でハイネスに着いたコハルは、見たこともないような三階建ての建物を見上げてポカンと開口した。その手から、食べかけの橙色の果実が落ちそうになる。

「……コハル。気持ちは分からないでもないけれど、往来の邪魔になるからさっさと歩く」

「はぁーい」

 嗜めるユメノにコハルは素直に従い、大分小さくなった果実を果皮ごと口の中に放り込んだ。はみ出して垂れ落ちてきた果汁を手の甲で拭う。とても神に仕えている者とは思えぬはしたない行動だが、ユメノは何も言わなかった。

「そういえば、ユメちゃんのクラスって何なのー?」

「……私は魔拳闘士マジック・グラップラー斥候スカウトよ」

 と、ユメノは素っ気無く答える。

 斥候は罠の解除や危険感知に優れ、敏捷性に自信のある――手先の器用な者が好んでなることが多い。

 だが、パーティーに一人は必須と言われるほどメジャーなクラスである斥候に対して、魔拳闘士は驚くまでにマイナーなクラスだった。己の肉体を武器とする点は拳闘士グラップラーと同じだが、魔拳闘士は拳に蹴り足に魔力を載せて戦う。極めればかなり強いクラスだが、前衛であるにもかかわらず高めの魔力値を要求されるため、このクラスを習得できるものは極端に少ないからである。

 また、魔力と物理のハイブリッドを最大限に生かすため、魔拳闘士は特定の神(とりわけ四大属性に関わる神)を信仰していることが殆どだが、ユメノはいずれの神も信仰してはいない。

「魔拳闘士かぁー。ユメちゃんにはピッタリのクラスだね! さすが氷花りゅ――もごもごっ」

 コハルの、その言葉はユメノの手によって有耶無耶にされた。手足をバタつかせてもがくコハルに道行く人の奇異の視線が集中する。しかし、ユメノが水色の瞳で一瞥すると、何事も無かったかのようにそそくさと通り過ぎていった。

「……コハル」

 コハルの耳元に顔を寄せるユメノ。コハルは忍び寄る恐怖に身を震わせながら小さく頷く。

「良い? そのことは二度と口にしないで。もし破ったら……」

 実の弟でも許さない――ユメノの目がそう物語っていた。静かに解放されたコハルが思い思いに息を吸い込むのにも構わず、ユメノは先を歩き始める。

 切り出しの石造りの平屋を横に、コハルはユメノの背中を見ながら心の中で悲しそうに呟く。

(そっか……こんなところにいるなんておかしいと思ったけど、ユメちゃんは黙って氷花のお家から出てきたんだね……)

 遠くへと追いやられた自分とは違い、名高き氷花流華道の次期家元としての輝かしい未来が確約されていた姉。その姉が何故、冒険者などという危険な職に就いているのか、今ここで聞くわけにもいかず、コハルは小走りにユメノの後を追いかけた――。



 ハイネスに着いてから八分弱――二人は全体が異様な雰囲気に包まれている店の扉の前に立っていた。長年の風雨で擦り減った看板にはエト・スピレングス地方語で『憩いの酒場スレッジ』と書かれている。既に相当な人数が入っているのか、店の中からは相当に賑わっているようで時折「ガハハ」という豪快な声も聞こえてきていた。

「……コハル、もう一度聞くけれど……本当に冒険者になるのね?」

 念を押すように、ユメノはコハルの目を見る。

「うん! 元々、冒険者になるつもりでこの街に来たんだもん。ユメちゃんと一緒に冒険できるなら尚更だよー!」

 コハルの目から嘘偽りは微塵も感じられなかった。「そう」と、ユメノは短く返し、店の扉を開ける。鈴の音と共に開かれた扉の向こうから、熱気と若干の汗臭さが漏れ出してくる。新顔の登場に荒くれ者達は「おっ」と顔を向けたが、引き連れているのがユメノであることが分かると再び談話や飲酒、カードに興じる。むわっとした空気にコハルは些か吐き気を覚えたが、億尾おくびにも出さずにこそこそとユメノの後を付いていく。脇目も振らなかったので、すぐ近くを歩いていったウェイトレスに獣の耳と尻尾が生えていたことには気付かなかった。

 やがて、ユメノはカウンターの前で立ち止まり、その奥で忙しなく動いている人物に声を掛ける。

「マスター」

「ん? おおっ、ユメノちゃんじゃねえか! 今日はまた神官のお嬢ちゃんなんて珍しい子を連れてんなぁ!!」

 マスターと呼ばれた、齢五十ほどのゴマ塩髭だらけの男は、コハルに向けて人懐っこい笑みを浮かべた。そんな表情に、店の雰囲気に押されて萎縮していたコハルは笑顔で、

「土筆野コハルです! よろしくお願いしますっ!」

 と、元気いっぱいに挨拶した。

「はははっ、元気良いねえ! よろしくな、コハルちゃん。ところでここに連れて来たってことは、二人でパーティーを組むってことで良いのか?」

「……ええ、お願い」

「あいよっ! んじゃ、コハルちゃんはこれに名前とか書いてくんな。あ、くれぐれも嘘は書かないでくれよ? バレたら後々面倒なことになっからよ」

 そう言って大声で笑うと、マスターは他の客の応対を始めた。書く内容は分かっているものの、備え付けの羽ペンを手に軽く途方に暮れるコハルに、ユメノが助け舟を出す。

「マスターの言う通り、嘘さえ書かなければ大丈夫。出身地と信仰神の欄は任意でも良いわ……」

「うん、分かったー!」

 片手を上げてアピールしたコハルは、名前、性別、出身地、クラス、信仰属性、信仰神など多岐に渡る項目を埋め始めた。時折うなりながら羽ペンを動かすコハルの様子を見ていたユメノだったが、その内に話しかけてきた誰かと会話を始める。

(むー……ユメちゃんと話してるの誰なんだろー?)

 最初は気にしなかったが、こうも親しげに話されては気になって仕方ない。一通り書き終えてからコハルはその誰かを盗み見――そのまま固まってしまった。

「ん? どした、神官の嬢ちゃん。俺っちの顔になんか付いてるかい?」

 ユメノと話をしていた顔がコハルに向けられる。蛇の如く出し入れしている長い舌、ギョロっとした特徴のある爬虫類の目、そして青銅色の岩肌――。

「ぴ……」

「ぴ?」


「ぴぎゃあああぁぁぁぁ〜〜〜!!」


 店どころか、隣の建物の窓ガラスが割れそうになるくらいの叫び声が、『憩いの酒場スレッジ』に響き渡った。

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