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第7話 客室

第7話 客室


二階にある客室は二人部屋で、窓を挟んで両側の壁にそれぞれベッドと小さなクローゼットが設置されているだけだった。

窓には分厚いカーテンがかかり、窓下に設置されたヒーターのおかげで、寒さは全く感じなかった。

お風呂と宿泊者用のランドリースペースは1階に、洗面所とトイレは部屋を出たところに共用のものがある。

食事の時間は決まっていて、宿泊者全員で一緒に食べることになっていた。

食事の後は、談話室で過ごす客が多い。本棚に置かれたアルバムや思い出ノートをめくったり、仲間と明日の予定を相談したり。初対面でも、泊まり合わせた者同士で旅の情報交換や雑談をしたり、オーナー夫妻も交えて語り合うのが、あさひ山荘の昔からの習わしだった。

お洒落で快適なホテルとは正反対だが、一人旅ではこんなふうに、見知らぬ人との触れ合いがあるほうが、いいと思った。

一人にはなりたいけれど、独りでいるのは寂しい……。そんなどっちつかずの感情が、たまたまネットで見かけたこの山荘へと注意を向けさせたのかもしれない。


部屋の扉を閉めると、山の静けさがすっと戻ってきた。

都会の建物とは違う種類の静寂だった。

どこかで木がきしむ小さな音と、遠くで風が回り込む気配だけがある。

キャリーケースを壁際に寄せ、ベッドに腰を下ろすと、マットレスがゆっくり沈んで、疲れた体を受け止めた。

今日一日の出来事が、少し遅れて追いついてくる。

新幹線と、在来線と、ローカル線を乗り継いで。

灰色のビル街から田園風景、そして、白銀の森へと移り変わっていく車窓の景色。

降りた駅の刺すような冷たい空気。

紺色のジャンパーを着た青年。

山荘の薪ストーブ……。


スマホを手に取る。

通知はほとんどない。

少し寂しいのと、ほっとする気持ちと。

誰にも追われていない夜だった。

追われていると思っていただけなのだと気づく。

――ここにいる間だけは、次の仕事のことを考えない。

そう決めた途端、胸の奥の張りつめていた糸が、ふっとゆるんだ。


談話室から部屋に戻った私は、特にすることもなく、ベッドに入った。

山荘の消灯時間は夜十時。

目を閉じると、聞こえてくるのはヒーターの作動音と、時折強い風が吹いて窓の外の木の枝を揺らすガサガサという音。

会社員をしていた頃は……このくらいの時間まで、オフィスで残業してたっけ……。昼間と変わらず煌々と灯る照明の下、終わりの見えない処理すべき書類の山。聞こえてくるのは、書類をめくる音と電卓やキーボードを叩く音ばかり。

東京に置いてきたはずの過去の記憶が、心の底に静かに滲み出してくる。

私はすぐに、膨らみかけた幻影を消そうと、他のことを考えようとした。

ふと、心に浮かんだのは、紺色のジャンパーから、ふわっと舞う白い雪片。そして、屈託のない耕平さんの笑顔と、手のひらに感じた缶コーヒーの温かさだった。

缶コーヒーのぬくもりを思い出した指先が、無意識に毛布を少し強く握った。

見知らぬ土地で、見知らぬ人に親切にされた――

それだけのことなのに、不思議と胸の奥が静かになる。

都会では、たくさんの人と関わっていたけれど、その繋がりは、たいてい何か理由のあるものだった。

同じクラス、仕事の同僚、取引先……

クラスや職場が変わると、そのままぷつりと途切れてしまう。そして自分が一人だと気づかされる。

ただ、寒そうだったから――

一人でいる私に、そんな理由で優しく声をかけてくれた人――

心に直接、優しさが触れたみたいだった。


風がひときわ強く吹き、窓の外で枝が鳴った。

山が息をしているみたいだ、と思う。

怖さより先に、安心があった。

思考がほどけていく。

眠りは、ゆっくり、雪みたいに音もなく降りてきた。


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