第6話 談話室
夕食後。私は、談話室の椅子のひとつに腰掛けて、薪ストーブの揺らめく炎を見つめていた。
ストーブの熱は、じんわりと体に染み込んでくるようだ。
真冬の日曜日の夜のせいか、山荘に他の宿泊客の姿は見えない。
山荘の談話室は私一人には広すぎるが、今はその静けさが心地よかった。
「立花さん」
山上さんが、マグカップを手に私の傍に立った。
「どうぞ。柚子茶です。自家製ですよ」
「……ありがとうございます」
大きなマグカップから立ち上る、柚子の香りのする湯気を顎にあて、一口すすると、甘さと共に爽やかな酸味とかすかな苦味が口の中に広がった。
「美味しい……柚子茶、初めて飲みました。……あと……ご飯も、とっても美味しかったです」
私は、夕食の冬野菜たっぷりのシチューを思い浮かべて言った。
「それは良かった」
山上さんは笑って、私の隣の椅子に腰を下ろした。
「……ほかにお客さん、いないんですか?」
「昨日までは二組いたんですけどね。明日は月曜日だし、もともと冬はそんなに多くないんですよ」
「そうですか……」
そんな場所にどうして来たのか、と聞かれるかもしれない。そう思って、私は心の中で身構えた。しかし山上さんは、私がこの宿に来た理由を尋ねるかわりに、こう言った。
「冬も、なかなかいい所ですよ。温泉こそないけれど、雪景色の林道をスノーシューを履いてハイキングするのは、気持ちのいいものです。森の木々に囲まれた鏡池っていう小さな池があるんですが、冬は凍って、綺麗ですよ。危ないので上を歩くのはダメですけどね。
ちょっと離れてますが、山向こうの牧場では、乗馬もできます。大人しい馬ですから、初心者でも林の中をトレッキングできます……」
その楽しそうな話し方で、山上さんもこの場所が本当に好きなんだな、ということが伝わってきた。
薪がはぜる音が、小さく乾いた拍手のように響いた。
「立花さんは、山は?」
不意に聞かれて、私は少し考えた。
「登ったことは……ありません。見るのは好きですけど」
「それで十分ですよ」
山上さんはあっさりと言った。
「好きになるのに、登れる必要はないですから。ここでは、好きに過ごしてください。一日ここで昼寝してたってかまいませんよ。俺もたまにここで居眠りしますが、嫁さんには冬眠中の熊だって言われます」
その言い方が可笑しくて、私は少しだけ笑った。
久しぶりに、作らない笑いだった気がした。
「明日、もし天気が良ければ、裏の林だけでも歩いてみるといいですよ。朝の光が入る時間がきれいです」
押しつけじゃない、置いていくみたいな誘い方だった。
断ってもいいし、乗ってもいい。
そんな何気ない自由が、ありがたかった。




