第4話 林道
駅舎の扉の外は、いつのまにか深い夕闇に沈んでいた。
入口に、車のライトを背に浴びて、いかにも山男風の中年の男性が立っていた。
「亮介さん」
多分、私の言葉の続きを待っていた青年が、一瞬の間をおいて立ち上がった。
亮介さんと呼ばれた中年の男性は、待合室に大股で入ってくると、青年に向かって朗らかに言った。
「ああ耕平、連絡ありがとうな」
それから、私の方に向き直って言った。
「あ、どうも、立花さんですね。お待たせしました。あさひ山荘の山上です。もう一本早い汽車で来るものと思っていて。さあ、どうぞ、車に乗ってください」
私は、山上さんに促されるまま、あさひ山荘の名前の書いてあるバンに向かった。
青年――耕平さんという名前らしい――は私の後ろからついてきて、車の手前でさっと私の前に出ると、後部座席のドアを開けてくれた。山上さんはすでに運転席についている。
「あの、今日はほんとに、お世話になりました。ありがとうございました。コーヒーも、ご馳走様でした」
車に乗り込む前に、私は必死の思いで言った。
「いえ、何でもないですよ。旅行、楽しんでくださいね。では、おやすみなさい」
私が座席に座るのを確認すると、彼は親しみのある笑顔で言った。
彼がドアを閉めようとした時、運転席の山上さんが振り向いて声をかけた。
「そうだ、耕平、離れの方の給湯の温度が安定しないんだ。見に来て欲しいんだが」
「わかりました。明日の午後でもいいですか?」
「ああ、頼むよ」
「了解です。じゃあ、また。お気をつけて」
「ありがとう。おやすみ」
「おやすみなさい」
彼は軽く頭を下げると、後部座席のドアを静かに閉めた。
耕平という名の青年に見送られて、あさひ山荘のバンは、夜が降りて真っ暗な駅前広場から、ゆっくりと走り出した。
バンのヒーターが低く唸り、足元からじんわりと暖気が広がってくる。
フロントガラスの向こうは真っ暗闇で、ヘッドライトに照らされた道だけが、白く浮かび上がっていた。
「このあたり、夜は真っ暗でしょう」
山上さんが笑い混じりに言う。
「都会から来た人は皆、びっくりするんです。
街灯も少ないし、月が出てないと、自分の手も見えませんよ」
私は曖昧に笑ってうなずいた。
窓の外を流れていく影の森を見つめながら、さっき駅に立っていた青年の姿を、ぼんやり思い出していた。
手袋。
缶コーヒー。
人懐こい笑顔。
名前を、もう一度心の中でなぞる。
――耕平さん。
胸の奥で、小さな灯りがともった気がした。




