第3話 駅
列車は目的地――終点から一つ手前の駅に着いた。
ホームに降り立つと、凍える寒さが襲いかかってくる。
まだ日没には間があるはずの時間だが、山あいの無人駅は早くも夕闇に沈みつつあった。
小さな木造の駅舎を出ると、古びた街灯と小さな広場があるだけで、建物らしいものは何もない。
案内板さえなかった。
「……」
私が呆然としていると、
「国道まで行けば、多少は店なんかもありますけどね」
後ろから、先程の青年が声をかけてきた。
せっかくの親切を断ってしまったことに罪悪感を持っていた私は、思わず体が強ばる。
一拍遅れて振り向くと、彼がすぐ後ろに立っていた。
夕闇の中でもわかるくらい、彼の屈託のない笑顔が近くて、私はたじろいだ。
「さっきは、急に言ってすみませんでした」
先にそう言ったのは彼の方だった。
責めるでも、気を遣わせるでもない、ただ事実を置くみたいな口調。
「いえ……私のほうこそ」
何に対しての「こそ」なのか、自分でもわからないまま答えてしまう。
断ったことへの気まずさと、まだ少し残っている警戒心と、その両方が胸の中で絡まっていた。
駅前の広場には、古びた街灯が一本立っているだけで、ほかに人影はない。
風が吹き抜けるたび、足元の白い粒がさらさらと移動する。
「山荘に電話、してみます?」
私がスマホを取り出して連絡先を探していると、隣で発信音が鳴った。訝しげな私の視線に気づいて、
「うちの店のお客さんなんです。……」
早口で言った。その間に電話の相手が出たのか、私に目配せしてスマホに向き直った。
「あ、まいど、トクヤマ電器の耕平です。亮介さん?今、駅についたところで。……そうです。宿泊のお客さん、ええと……(お名前は?)」
尋ねる顔で私を見る。
「あ……立花です……」
「そう、立花さん。迎えに来てもらえます?……はい、ああ、そう、わかりました。伝えます……どうも。それじゃ、よろしくです……」
私はただ、呆気にとられて、傍らに立っているだけだった。
電話を切ると、彼は私の方を向いて言った。
「20分くらいで着くそうです。それまで、中で待っていたらいいですよ」
「あの、ありがとうございます」
「うち、電器屋なんです。ここから歩いて10分くらいのところに店があります。電気工事もやってて、あさひ山荘さんはお得意さんなんですよ」
なるほど、と腑に落ちる。
肩幅の広い、がっしりした体つきも、日に焼けた顔も、その言葉で急に現実味を帯びた。
「その格好じゃ寒いでしょう。駅舎に入りましょう」
私は彼に促されて、駅の待合室に入った。
待合室は駅舎の一隅にベンチがあるだけの薄暗く殺風景な場所だったが、粉雪混じりの北風を防げるだけで、寒さはだいぶましだった。
それでも、扉や窓の建具から、すきま風が吹き込んで足元からじんじん冷えてくる。
「どうぞ」
電話を切って姿が見えなくなっていた彼が戻ってきて、私に缶コーヒーを差し出した。
てっきり帰ったと思っていた私は驚いて彼を見返した。
「どうぞ。温かいうちに」
彼がもう一度言って差し出してくれたコーヒーを私は受け取った。
「あ、ありがとうございます」
缶コーヒーの温かさが手のひらを温める。胸の奥のこわばりが、ほんの少しゆるんだ。
彼は、待合室の木のベンチの私と反対側の端に座り、自分の分の缶コーヒーのタブを開けた。
私は缶を両手で包んだまま、落ち着かない気分で横目に彼の様子をうかがう。
彼は、迎えの車が到着するまで、ここで一緒に待っていてくれるつもりなのだろうか。
私は何か世間話でも話しかけた方がいいのか、それとも、一人で大丈夫なので先に帰ってください、と言ったほうがいいのか迷っていた。
決めかねているうちに、彼が穏やかに話し始めた。
「今日は町の青年会の代表として隣町であった会合に行ってたんです。普段なら、車で行くんですが、今日はこの雪でしょう?峠道が通行止めになると困るんで汽車を使ったんです。この辺は観光地でもないし、温泉があるわけでもないから、夏の山歩きシーズンでもないこの時期に、あなたみたいな人は珍しいなと思って、つい声かけちゃって」
「ええと……私は……」
東京でOLをしていて……(一人になりたくて飛び出すようにしてここまで来ました)
言おうとした言葉も、多分言えなかった理由も、どちらも口からこぼれる前に、待合室の扉が開かれる音で、霧消してしまった。




