望月花音
2LDKのかなり広めの一戸建てに俺は足を踏み入れる。
「家には誰もいないの?」
そんな俺の質問に花音は部屋に案内しながら答える。
「うん。誰もいない。ってか、親はほとんど家に帰ってこない」
俺をそれを聞いて前世のことを思い出す。
そういえば彼女は家庭環境があまり良くないと前世で耳にしたことがある。
その内容を深くは知らないけど、見てみた感じ単身赴任で親が帰ってこないと言ったところだろう。
「ごめん……野暮なこと訊いた」
「別に気にしてない」
言いながら花音はいきなりこちらを振り返り、「それに――」と続ける。
「今はゆうくんがいるから寂しくない」
花音は目の前まで来ると、俺の手を握って引っ張る。
「ほら、早く行こ」
「うん」
俺は改めて彼女を絶対に手放さないと心に誓った。
「ゆうくん、どう? 美味しい?」
いつもの無表情で訊いてくる花音。
俺は花音が作ってくれた肉じゃがを口に運んでから、不安げに見てくる花音に伝える。
「美味しい」
前回食べた卵焼きのように味が濃いことはなく、俺の好きな甘めの肉じゃがだった。
俺の『美味しい』という言葉に花音は、久しぶりに顔を綻ばせて感情を表現させる。
「嬉しい……もっと食べて」
そう言って食べることを促してきたので、俺は喜んで残り全てを平らげた。
「美味しかったー」
「ふふ。これから毎日弁当作ってあげる」
俺が『美味しい』と言ってからずっと笑顔を絶やさない花音。
「それは、超絶に嬉しいけど……」
俺の昼はいつも購買のパンだから尚更だけど……さすがに毎日は申し訳ない。
頭の中で葛藤していると、花音の眉が徐々に下がっていることに気がつく。
俺は即座に頭の中の葛藤を踏み潰して、口を動かす。
「いや。毎日花音の弁当を食べさせてくれ」
「……えっ。それって……」
言ってから自分でも気がつく。
なんか、新手のプロポーズみたいになってないか?
俺は花音の言葉を反芻しただけなのに、花音はまるで最上級の告白でもされたかのように頬を染めて顔を逸らす。
なんだかんだで花音の照れているところは初めて見た気がする。
「と、とりあえず……毎日作ってあげる……から」
「うん。ありがとう」
俺が言うと花音は一度深呼吸してからいつもの無表情を装ってソファの方を向く。
「……映画見よ」
そっぽ向きながらソファに腰を下ろす花音の隣に俺も腰を下ろす。と、花音は即座に俺から一人分ほど距離をとる。
「花音?」
未だにそっぽ向く花音の名前を試しに呼んでみると、一瞬だけビクッと体を反応させる。
どうやら花音は自分からは攻めるくせに、相手から攻められると怯むようだ。
無理やり距離を詰めても良かったけど、それを否定されたら立ち直れる気がしない。
そんなこんなで俺は逃げの姿勢に入ったまま、暗い部屋で映画が再生されることになった。
さすがに映画が始まると花音は前を向く。
安心しつつ、俺も前に視線を持っていき、映画に集中しようとする。
「――――」
と、突然温かい何かが右手を包む。
隣を見てみると、花音がいつもの冷淡な表情で俺の右手に手を伸ばしていた。
いつの間にか彼女との距離も先程より縮まっている。
やはり花音は、相手から攻められるより自分で攻める方が得意なようだ。
そうなると、俺は受けに徹底するのみ。
◇◇◇
とは言ったものの……さすがにこれは距離が近すぎじゃないか?
映画が始まって約二十分――俺の膝の上には花音が座っていた。
確かに距離感は遠いより近い方がいいけど……これはいくら何でも近すぎる。それにそろそろ脚の限界が……
「花音。ちょっと映画止めてもいいか?」
「ん。いいけどなんで」
俺と身長差が大差ない花音は言いながら映画を一時停止して、立ち上がる。
「ごめん……そろそろ脚が……」
「あっ。ごめん」
しゅんとする花音。
花音には悪いけどこればかりは仕方がなかった。
申し訳なく思っていると、花音は何かを思いついたのか、ソファに座った後自分の膝の上を両手で叩く。
「ん?」
「ゆうくんが座って」
無表情でとんでもないことを言う花音。
俺が花音の膝の上に座って映画を観る……いや、どんな状況だよ。
「ごめん。普通に隣で座って観ない?」
花音は頬を膨らまして渋々といった様子で「……分かった」と納得してくれた。
そうして俺たちは普通にゼロ距離で座って映画を再生させる。が、それでもやっぱり納得できなかったのか、花音が肩に頭を乗せてくる。
まぁ、これぐらいならいいか……。
俺も彼女に頭を寄せて、そのまま映画を鑑賞した。
◇◇◇
観ていた恋愛映画が終わってエンドロールが流れる。
音楽と共にキャストやらが流れる中、俺は隣からの視線を感じていた。
一体どうして彼女は画面を見ずにこちらを見ているのか……。
「ゆうくん」
そう思った矢先、花音が名前を呼ぶ。
「なにっ――」
俺が隣を向いて聞こうとした瞬間に、唇の動きを止められる。彼女の唇によって。
真っ暗な部屋で真っ暗なエンドロールを前に、俺たちはドラマチックな口付けを交わした。
唇はすぐさま離されて、彼女はいつもの表情を盛大に崩して、満面の笑みを顔に彩る。
その笑顔はただただ美しかった。
「こういうロマンチックなキス一度してみたかったんだよね。もう一回してもいい?」
そう言う花音だったが、テレビに映されていた映画は既に終わっていて、画面にはおすすめの映画が表示されていた。
「それならもう一回映画観ないとね」
「……そうだね」
そうして俺たちは別の映画をもう一度再生するのだった。




