43話 本性
リーちゃんとは幼い頃からの友達だった。
学校は別々で、彼女が何歳なのかすら知らなかった。
けど、学校が終わった後、あの空き地に行くと毎日のように彼女に会えた。
痩せ細っていて、服はお世辞にも綺麗とは言えなかった。
俺はそんな彼女に毎日毎日、小学校から持ち帰った給食を与えていた。が、突如として彼女は空き地から姿を消した。
念のために給食の余りを手に空き地へ向かうが、あるのは彼女が座っていたあの土管のみ。
あだ名で呼び合っていたから本名を知らなかったし、家も知らなかったから、その後会えることはなかった。
今だから分かる。彼女は、リーちゃんは親から虐待を受けていたのだろう。
「もう大丈夫なの?」
俺は目の前にいる、昔とは見違えるほどに大きく成長した彼女に問いかける。
「はい。先輩のおかげで」
立花さんは微笑を浮かべてから続ける。
「実は、あの後、私は児童養護施設に入ることになったんです」
それを聞いて俺は安堵する。
「そうだったんだ……」
「ごめんなさい。別れも言えずに姿を消しちゃって……」
「大丈夫だよ。無事に育ってくれて良かった」
彼女は俯きながら「はい……」と呟いた後、顔を上げて目を見合わせてくる。
「でも先輩――気づくの遅くないですか?」
「それはごめん。まさかこんな所で再会するなんて思ってもみなかった」
「まぁ、当然ですよね……最後に会ったのはかれこれ八年前とかですから」
そう言う割には立花さんの方は覚えているようだった。
ふと、疑問に思う――どうして彼女は自分がリーちゃんだということを隠していたのか。
それに、
「なんであんな復讐するようなマネしたの?」
俺が純粋な疑問を口にすると、一気に立花さんの纏う空気が変わる。
「…………」
まるで地雷でも踏んだかのようだった。
立花さんは数秒考えた後、ようやく口を開く。
「これは……恩返しです」
「恩返し?」
「はい。次は私が先輩に恩を返す番ですからね。とは言ってもこの程度で返せるとは思ってないですけど――先輩がやらないから私がやった。ただそれだけの話です」
恩返し。確かにそう言われれば不思議と納得できたが、それでも完全とまでは行かなかった。
まだまだ分からない部分が多すぎる。
立花さんはどうやって神宮寺がクズ野郎だと気がついたのか。どうやって俺を見つけ出したのか。というか、楓の友達ということで何度か家に来ていたのも不可解だ。
様々な疑問が頭を飛び交う俺を見て、理解した立花さんは一から説明してくれる。
「まず前提に私はずっと先輩のことを見てました」
「…………」
瞬間、その場に沈黙が訪れる。
「ええっと……ちなみにそれって――いつから?」
「中学生の頃からです」
「マジか……」
「マジです」
こう言うのも悪いけど、俺の周りにはどうしてこうもストーカーが多いのだろう?
やはり類は友を呼ぶ、ということだろうか。
構わず立花さんが続ける。
「私は中学生の頃に街中で先輩の姿を見つけて以降、ずっと先輩のことをストーキングしてました。それに関してはごめんなさい」
軽く会釈しつつ、さらに続ける。
「ある日、同じ中学に先輩の妹さんがいることを知り、先輩との距離を近づけるために、妹さんの楓ちゃんと接触を試みることにしました。妹さんと仲良くなったら先輩と話せると思ったからです――ですが、今では楓ちゃんが大切な友達ということに変わりはないので。そこは安心してください」
今までのことを全て話し終えた立花さんは深呼吸をして、悪びれる様子もなく俺の目を見つめる。
「大体は分かったけど……どうして神宮寺に復讐しようと思ったの? 確かに立花さんの言う通り、俺は神宮寺に復讐しようと思っていたけど、その理由は知らないはずだよね?」
「そうですね。だから私は調べることにしたんです。あの、神宮寺光輝という人間を――先輩のストーカーができなくなるのは悲しかったですけど、私は仕方なく神宮寺光輝の後をつけることにしたんです。毎日毎日学校終わりに彼の後を追いかけた。その結果、あることに気がついた。彼はふとした時によく笑みを浮かべるんです。それも嬉しいという感情とは程遠い不気味な笑み。でもそれは突如としてなくなることがあるんです」
「つまりそれは俺が……」
「そうです。先輩が神宮寺光輝の邪魔をしたからです。正直初めの方は不可解なことが多すぎて意味が分かりませんでした。ですが、ある異変に気づいたんです。数ヶ月前の出来事です。神宮寺光輝が女の子と帰っている時に、私以外の女の子のストーカーが彼の後をつけていたんです」
きっと杏奈さんのことだろう。
「それに彼は変に背後を意識するから、当時の私は焦ってよく身を隠してました。でもどうして背後に意識しているのか、そう思った瞬間に……彼はストーカーが隠れている電柱に視線を向けたんです。ストーカーには気づいてるんだと思いました。どうしてストーカーに気づいているのに何もしないのか……それは彼女たちの会話を聞いたら一瞬で分かりました」
『実は私イジメられてるの……』
『主犯は分かってるの?』
『分かってない』
「そんな会話を聞いていたストーカーは、まるで自分が犯人とでも言っているかのように笑みを浮かべた。それを見て確信しました。彼は、ストーカーからの反感を買って、わざとイジメさせている、と。動機は神宮寺光輝の笑みを見れば一目瞭然でした」
ハーレムを作るため……。
「今まで、神宮寺光輝の異常なまでのモテ具合に違和感を抱いていたんですが……彼はあのような手法で数々の女の子を射止めていたんですね」
どうやら立花さんはもう全て知っているようだった。きっと瑞希の時も後ろから見ていたのだろう。
彼女は、望月さんとの場面で神宮寺がクズ野郎だと確信して、
「わざと曲がり角で彼とぶつかり、好意があるように振る舞った、ということです」
「とてつもない復讐だ」
俺の咄嗟に出た感想が立花さんの癪に触ったのか、頬を膨らませて見つめてくる。
「心外です。先輩は気づいてないかもしれないですけど、私が今までで『神宮寺先輩』と口にしたのは一度だけです」
つまり、他の『先輩』と言っていたのは……。
立花さんは『ご想像にお任せします』とでも言うかのように、上目遣いを向けてくる。
「でも今回で二度目だ」
「えっ。先輩もしかして嫉妬してるんですか?」
「そ、そんなんじゃない……」
立花さんから視線を逸らすと彼女は途端に真顔になって、
「先輩。私とセックスしてください」
「…………は?」
とんでもないことを口走った。




