4話 悪夢の再現
左腕に美少女。右腕に美少女。背中に美少女。前に二人の美少女。
そして、その五人の美少女たちから囲まれているラブコメの主人公。
「ねぇ、光輝くん。私の今日の服装どう思う?」
左腕に抱き着いている美少女が言う。
「うん。凄く似合ってるよ、〇〇」
そこから順番に、
「こ、光輝っ! 私は……?」
「うん。〇〇もすごい可愛い」
「私も! 私も!」
「うん。〇〇もいつも通り超可愛い」
「こ、光輝くん……わ、私は……? ヘアスタイル変えてみたんだけど……」
「いつもの〇〇も可愛いけど、今日の〇〇も可愛いよ」
そして最後の美少女は……なぜだか何も言わなかった。
だが、言われた四人の美少女たちは全員、一人の男によって顔を赤く染め上げる。それにより密着度も更に増す。
なのに、たった一人の美少女は何も反応しなかった。逆に男側が、その一人の美少女に顔を赤く染めているような、そんな気がした。
計六人の男女。いわゆるハーレム状態の六人は男を基準に前へ進んでいき、徐々に距離が離れていった。
その背中を見ていると、怒りがふつふつと湧いてくる。
でも、動くことはできず、声を出すことさえできなかった。
当たり前だ。だって俺は……一度死んだんだから。
◇◇◇
汗だくの状態で目が覚める。
「はぁはぁ」
急いで時計に目を向ける。現在時刻は朝の六時。
まだ起きるには早い時間帯だった。
妙に生々しい夢を見た。
もし今の夢が未来に起こる出来事だとするならば……居ても立ってもいられない。
でもその前に――
汗で気持ち悪いほど体にくっついた服を見下ろす。
「まずは風呂に入らないと」
まだ寝ているかもしれない家族を起こさないようにゆっくりと、階段を下りて、風呂場へ向かう。
気持ち悪い服を脱ぎ捨てて、引き戸を開けたところで、
聞き覚えのある甲高い声が風呂場で響く。
「ちょっ!? ノックぐらいしろ! バカ兄貴!」
全裸の体を必死に手で隠す妹の楓。
しっかりと血の繋がりがある兄妹なのに、顔が真っ赤になっている。
「何ジロジロ見てんだよ! 早く閉めろ!」
「ごめん、ごめん。悪気があったわけではある」
「は?」
一瞬だけ時が止まるが、構わず俺は続ける。
「だって普通に考えたら、風呂に入る前、シャワーの音が聞こえるんだから気がつかないわけがないだろ?」
謎の論理をかますと、楓はしばらく固まってから、数秒して理解が完全に追いつく表情を見せる。
「死ねっ!」
思いっきり戸を閉められた。
今のは普通に俺が悪い。少し反省。
◇◇◇
実の妹の杉田楓。
仲は多分良い方だと思う。じゃないと、お風呂に突撃なんてしない。
でも、それも今の時点での話だ。
何せ、前回の神宮寺ハーレムには妹の楓も入っていたからだ。
楓が神宮寺を好きになってからの態度はあからさまだった。
別に嫌われていたわけではないだろうが、明らかに神宮寺に構う時間が増えて、俺とは一切口を利かなくなった。
恋する少女なのだから、当たり前だけど、あの時の悲しみはいつまで経っても忘れない。
でも、今の俺だったら対処できる。
絶対さっき見た夢のようにはさせない…………って、あれ?
考えているところで、あることに気がつく。
それはさっき見た夢の中に楓がいなかったということだ。
代わりに神宮寺に靡かない謎の美少女がいた。
つまりそれが意味する答えは、早速未来が変わった。神宮寺と楓が出会わない世界線。
とは言っても、所詮は夢。油断は禁物だ。
とりあえず今俺がやるべきことは――高坂結月。
お風呂で汗を流した俺は、少しだけ楓をからかってから、家を後にした。
俺のあだ名が『泥棒』になってから数日が経っていた。
変なあだ名をつけられたものの、許容範囲。
その分、今回の功績は大きい。これで神宮寺ハーレムの完全阻止に少し近づいたのだから。
前回だと、今の時点で既に高坂さんは神宮寺に惚れていた。だが、今回では違う。確実に未来が変わっている。
前回の高坂さんはイメチェンのためにメガネからコンタクトに変えて、神宮寺の気を引こうとしていたが、昨日の時点で高坂さんは未だにいつもの丸メガネを愛用していた。
もうコンタクトなんかには変えずに、一生あのメガネを使ってほしいとさえ思う。
冗談はさておき、現時点ではまだ、恋に落ちていない。
安心するにはまだ早いが、一度目の事件を乗り越えることには功を奏した。
一度息をついた俺は、今日も気を引き締めて、ラブコメ主人公が存在する学校へ歩みを進めた。
「お。泥棒くんだ」「ホントだ。よくも普通に学校来れるよね。俺なら一生外出たくなくなるわ」「ほんそれ」
学校に着くや否や、物騒な内容が耳に入り込んでくる。
聞き流しつつ、廊下を歩く。
だが、次々と視線が俺を襲う。
校外学習の『泥棒計画』を実行しようとした時点でこうなることは予想していたが、いつになっても慣れない。
でも、この程度で神宮寺のハーレム計画を阻害できるならどうってことはない。
今のところ高坂さんにも変化はないだろうから、安心して教室に入れる。
そう思ったのも、束の間。
教室に入った俺の瞳にはとんでもない光景が映っていた。
そこには、楽しそうに会話している、神宮寺と高坂結月の姿があった。
それを見た瞬間に心臓が高鳴るが、自力ですぐに落ち着かせる。
大丈夫だ。まだ高坂さんが神宮寺を好きになったわけではないのだから……だから…………は?
更にとんでもない光景が目に入る。
まるで、今日夢で見た表情と全く同じ表情の高坂結月がいた。
さながらラブコメ主人公に恋に落ちたヒロインのような、輝いた表情だった。
その整った顔には、不幸中の幸いか、メガネはかかっていたものの、その唇には仄かな薄紅色が施されていた。
終わった。絶望を確信した瞬間だった。




