35話 変わらない日常
どうしてこうなった? どうしていじめはなくなった? どうして杏奈はいなくなった?
今の俺には何もかも理解できなかった。
だが、唯一理解できることがあった。
それは――また、俺は失敗したということだ。
いじめがなくなったことにより付き合う意味がなくなった今、俺は花音にフラれた。
また、またあの男に邪魔されたのだ。
一体どうやっていじめの犯人を見つけて、どうやっていじめを止ませたのか。
全くもって見当がつかない。
あの男は最近、昼休みにどこかへ行くことが増えた。
今まではずっと教室で、一人寂しく昼食をとるか、俺の元ヒロインたちと忌々しく時間を過ごすかのどっちかだった。
昼休み中、俺は奴の後をつけた。
奴は屋上で……花音と仲睦まじそうに昼食をとっていた。
あぁ、そうか……そうだったのか。
頭の中で言葉がよぎる。
これは、浮気だ。あいつらは浮気して裏で俺を嘲笑っていたんだ。
きっと三年前の中学時代も、二人して俺のことを嘲笑っていたんだろう。
ふざけるな。ふざけんなよ。
怒りでどうにかなりそうだった。今なら目の前の壁すらも破壊できると思えるほどに拳を強く握っていた。爪が皮膚にくい込み、滴る赤い血が今の俺の感情を表現していた。
だが、今の俺にできることは……何もない。
もう何も為す術がない。
こんなにも感情は高ぶっているのに、まるでやる気が出なかった。
もういいか……。
俺は午後の授業をすっぽかして、帰ることにした。
毎日杏奈を嫉妬させるために花音と歩いていた道を今日は一人で歩く。
考えることなんて何一つなかった。唯一、あの男の顔だけが頭に浮かぶ。が、不思議となんの感情も湧かなかった。
俺はこれからどうすればいいのだろう……。
考えながら、道角を曲がろうとしたところで、目の前から人影が現れ、まるで運命の出会いでも果たすかのように――ドンッ。
「キャッ!!」
女の甲高い声と共に、俺は尻もちをつく。
「いてて……」
こんな時に何なんだ……。
少しイライラしながら、立ち上がる。
「すみません! 大丈夫ですか!」
地面についた尻を叩いて汚れを落としていると、前で同じく尻もちをついた女の子が、声を張り上げる。
異様に耳に残る声に、俺は更にイライラする。
「あぁ。大丈夫大丈夫。じゃあ俺行くから――」
「ちょっと待ってっ!!」
その場から立ち去ろうと背を向けた瞬間、女の子から腕を掴まれる。
そしてまたしても不快な声が耳に響く。
「何ですか……離してください」
自制心を保つために敬語で問いかける。
「手怪我してるから。動かないでください」
「ちょっ。何すんだよっ」
強引に腕を引っ張られて、強制的に彼女と向き合う形になる。
ウザい。不快で仕方がない。
だというのに、怪我した俺の手に消毒液を塗る彼女に俺は何も言うことができなかった。
「はい。これで終わり」
そう言ってようやく手を離される。
「…………」
無言な俺に彼女が言う。
「この後、時間ありますか?」
「時間はあるけど……」
君に使う時間なんてない――そう言う前にまたしても強引に手を引っ張られる。
「じゃあお詫びさせてください。食べたいパンケーキがあるの」
それお前がただ食べたいだけだろ……。
思いながらも俺は、彼女の思うがまま流れに身を任せた。
たまにはこういうのも悪くないか。
◇◇◇
放課後。
なぜだか、神宮寺が体調不良で早退した。
なぜ、と言っても先生から体調不良と知らされたのだから、理由はそれ以外ないのだろうけど……どうしても深読みしてしまう。
不安に思いながら校門をくぐったところで、校門前で待っていた女の子に目を奪われる。
「楓? どうしたんだ? こんな所で」
なぜだか妹の楓が校門前で誰かを待っていた。
もしかして――
「俺を待ってたのか?」
「…………そうだけど、何?」
照れつつ視線を逸らす楓を愛しく思いながら、疑問を抱く。
「あれ? でも、今日午前授業って言ってなかった?」
「うん」
「もしかしてずっと待ってたの?」
「違う。途中までは友達といたから。たまたま近くを通ったから一緒に帰ろうと思っただけ。嫌なら私一人で帰るけど」
俺は、悲しいことを言う楓の手を掴んで前に歩く。
「帰ろ」
なぜだろう。今はなぜか無性に楓に甘えたくなった。
いつこの時間が終わるか分からないんだ。今日ぐらいは許してくれるはずだ。
「ちょっとお兄。恥ずかしいんだけど」
「お願い。今日だけ」
「まぁ、いいけど……」
少しだけ肌寒かった手が、楓の温もりのおかげですぐ温かくなる。
否。温かいではなく、
「ちょっと暑くない?」
「私も思った」
とは言いつつも、俺たちは手を離さずに家まで帰ったのだった。
◇◇◇
余談。
「あんたたち、なに二人して手繋いでんの?」
母さんに言われて、俺たちは瞬間に手を離す。
「だって。お兄が『どうしても』って言うから!」
「楓っ! もしかして嫌々だった、のか……?」
「当たり前でしょ!」
「楓。明日もお迎え頼む」
「絶対無理」
そんな俺たちを見て、母さんが微笑む。
ずっとこんな時間が続けば、と思った。だが、きっとそうはいかない、とも思った。




