34話 彩る世界
しばらくの間、屋上の地べたに両手をつきながらボーっとしていると、後ろの扉がガチャっとけたたましく開かれる。
「何してるの」
俺は後ろに目を向けなくとも、声だけで誰が扉を開けたのか判断する。
今日も今日とて、声に感情が乗っていない彼女に俺は背を向けながら答える。
「外の空気を吸ってる」
「そう……」
言いながら彼女も隣に腰を下ろす。
「君は何しに来たの? もしかしてまた?」
もしかして前回未遂に終わったことを終わらせに来たのか、と疑問に思って訊く。
その質問に彼女はかぶりを振る。
「ううん。今日は違う理由」
「そう」
彼女を真似るように相槌を打つ。
正直、理由なんてどうだって良かった。彼女が死にさえしなければ。
「うん。今日は君に会いに来たから」
続けて彼女は言う。
「また君が何かしたの?」
『いじめのこと』と彼女は実際に言葉にはしなかったが、俺は勝手にそう解釈する。
解釈した後に、シラを切る。
「なにかって?」
「またとぼけるんだ」
「…………」
俺が返答しないことにより、屋上に沈黙が落ちる。
その空気を打開するために俺は自分から「それよりも」と切り出す。
「俺と一緒にいたら彼氏に怒られるよ」
「また話逸らした。まぁ、君がいいならそれでいいけど――それと彼氏に関しては別れたから何の心配もいらない」
「別れた?」
引っかかった言葉だけを反芻する。
「うん。どうしてか分からないけど急にいじめがなくなったから必然的に彼氏を作る理由もなくなった」
なぜか、『急に』を強調する望月さんに質問を投げかける。
「神宮寺と付き合った時は『断る理由がない』って言ってたと思うけど、もしかして別れる理由が生じたの?」
「いや。そういうわけじゃない。別れる理由も特になかった」
「じゃあ、なんで?」
「今回で思った。恋人って想像以上に面倒くさい」
なるほど。つまりは彼女にとって『面倒くさい』という不利益が生じたというわけだ。
「でも逆に、面倒くさいことから逃げたら独りになるっていうことも今回で分かった。行動しない限り、孤独から抜け出せない」
「そうだね」
「…………」
相槌を打った後、またしても沈黙が生じる。
でも不思議と気まずくはなかった。
望月さんの方もそれは同じなのか、持っていた弁当を膝の上に乗っけて、食事をし始める。
隣から聞こえてくる弁当箱に箸が当たる音と、俺の口から薄ら漏れ出す白い吐息音だけがその場を支配する。
そろそろ冬が始まる。
◇◇◇
また独りになってしまった。
私はふとそう思った。
でもそれを屋上にいる彼に言うことはできなかった。言ったらまた迷惑をかけると思ったから。
私はずっと独りでいい。もう慣れた。
そう思ったのに――なぜ私はあれから毎日屋上に来ているのだろう。気づけば彼の姿を探している。
でも、そんなことする必要はなかった。
彼が当たり前のように毎日屋上にいてくれるからだ。彼は毎回『外の空気を吸う』と言っているけど、それが嘘なことぐらい分かっている。
無駄に会話することもなく、ただ隣に並んで座り、たまに他愛のない会話をする。
それがなぜか私には心地よかった。
今まで味がしなかったお昼ご飯に少しずつ味がついていくようだった。
「砂糖入れすぎちゃったかな……」
ふと、呟いた言葉に彼が反応する。
「この卵焼き?」
「うん。なんかいつもより美味しい」
「ずっと思ってたけど手作りなの?」
「うん。基本的に家事は全部自分でやってるから」
「そう」
彼はまるで初めからそれが分かっていたかのように返事をする。
「一つ食べてもいい?」
「いいよ。はい――」
私は卵焼きを箸で一つつまみ、彼に差し出す。
「これって、もしかして……」
差し出しているのに、ブツブツと呟きながら食べてくれない彼に私は無理やり卵焼きを押し込む。
しばらく咀嚼して彼は、
「お、美味しいよ」
美味しいとも不味いとも取れる反応をした。
「別に気遣わなくていいから」
「う、うん」
「本当は?」
「……本当にごめん。君の言った通り多分砂糖入れすぎてるかも」
彼の反応を見て思った。私は今までとんでもないものを食べていたのかもしれない。
私は少し悔しくなった。
「次は期待してて。絶対美味しいって言わせるから」
「うん。楽しみにしておくよ」
そう約束をして私はまた味付けの濃すぎる弁当に手をつけ始めた。
「ねぇ」
昼食をとり終えた私はグラウンドを眺めながら隣の彼を呼びかける。
「前、私に『光輝より先に自分が告白してたら付き合ってた?』って訊いたの覚えてる?」
「あぁ。覚えてるよ」
「あれの答え。今ならハッキリ答えられるよ」
「えっ、それって……」
困惑する彼に私は、笑みを浮かべる。
「まぁ、まだ内緒だけどね」




