30話 限界
とにもかくにも、望月さんに接点を持たない限り、話は始まらなかった。
彼女と話して少しでも情報を取り入れないと、今の状況は打開できないと判断した俺は、学校で一人になった瞬間の望月さんに声をかける。
「望月さん」
その呼びかけに、振り返った望月さんは声を発するためだけに表情筋を動かす。
「なに」
「少しだけ時間をもらってもいいかな?」
俺のその問いかけにすぐさま了承してくれる、と思ったのだが、望月さんはスマホを開いて一度何かを確認した後に、「いいよ」と了承した。
「じゃあちょっと場所を変えようか」
「ん」
一音の相槌を聞いて、神宮寺の目につかない校舎の突き当たりに場所を移動してから、望月さんと向き合う。
「それで話ってなに」
抑揚のない声で望月さんが切り出してくる。
「つかぬことを聞きますが……望月さんはどうして神宮寺と付き合ったの?」
「断る理由がなかったから」
間髪入れずに表情筋を動かす望月さん。
何とも彼女らしい理由だった。
「なるほどね……」
「話はそれだけ? 私、光輝に呼ばれたから行かないと」
言いながら、スマホを眺める望月さん。
さっき俺の誘いに了承する前、望月さんが一度スマホを確認した理由がようやく分かった。
神宮寺からの連絡をずっと気にしていたからだ。
今から神宮寺に会いに行くであろう望月さんを俺は呼び止める。
「ちょっと待って。最後に――」
「なに」
足を止めてくれた彼女に感謝しながら、気になっていたことを訊く。
「もしも、俺が神宮寺より先に君に告白してたら同じように付き合ってた?」
「……どうだろ。君と付き合うことによって何か不利益が生じなければ付き合ってたかな」
「そっ、か」
背を向ける望月さんに「付き合ってくれてありがとう」とお礼を口にすると、望月さんはそのまま去っていった。
望月さんは『不利益が生じなければ』と言っていたが、きっと俺が告白していたとしても結果は失敗に終わっていただろう。
何せ、俺は学校内で『泥棒』と呼ばれているからだ。
そんな奴と付き合えば、更に彼女のいじめが悪化する可能性がある。そう。彼女の言う『不利益』が生じるのだ。
なら、どうして神宮寺とは付き合ったのか。
口では『断る理由がない』と言っていたけれど、神宮寺と付き合うことによって彼女に少しの『利益』が生じる材料があったとするならば――例えば……『いじめから守ってもらえる』とか。
それだったら、彼女が言う『不利益』はおろか、何なら『利益』になり得る。そんなの付き合う以外に選択肢などない。
どうしたものか……。
俺が望月さんに何を言っても意味はなくて、且つ、いじめの犯人が誰だかは分からなくて、更に今回神宮寺はまだ何も悪いことをしていない。
つまりは今の俺に望月さんの心を動かすことは不可能ということだ。
何だろう……この出来レース感。まるで全て手のひらで転がされているようだ。
考えろ。少なくとも何か一つぐらいは穴があるはずだ。何か……、
必死に考える俺の前に、全ての元凶の男が通る。隣には、先程話していた女の子が妖艶な笑みを浮かべながら隣の彼の腕に抱きついていた。
あっ。もう無理だ。
望月さんの表情を見るに、彼女は本気で神宮寺を惚れさせようとしている。
その理由は、いじめから守ってもらうためだ。
絶望した俺の前を、二人のカップルが通り過ぎていく。
俺はそんな二人の背中を、呆然と眺めることしかできなかった。
◇◇◇
考えて考えて考えた結果、一週間が経過していた。
結局俺は何もできなかった。否。できることがなかった。
精々できることは、休み時間に望月さんのいる教室へ行き、視察するぐらいだった。
だが、当然いじめの犯人が分かるはずもなく……朝、昼、放課後、全ての時間を使っても何も情報を得られなかった。
一体いつ、誰が、何の目的で、いじめているのか……。
この一週間、唯一分かったことがある。
それは、明らかにいじめの度合いが前世とは桁違いだったことだ。
毎日隠された彼女の上靴には、酷い落書きがされていて、時には椅子の上に画鋲が置かれていたこともあった。
だが、望月さんは誰にも助けを求めなかった。彼女は人間という生物に期待をしていなかったからだ。
唯一、神宮寺には助けを求めているかもしれないが、神宮寺は何も行動しない。
もし神宮寺がそこで彼女を救ったとしても、好きになる確信が持てなかったからだろう。
神宮寺の考えることだ。どうせまた絶望の淵まで彼女を追い込み、そこを救う、とでも考えているのだろう。
神宮寺は今回上手くやっている、と自分で思っているかもしれないが……奴は見誤った。
何せ、望月さんは既に限界を迎えていたからだ。
家庭環境も悪くて、学校ではいじめられる。
何とかしてあげたかったけど、今の俺が彼女に話しかけても、俺の声は彼女には届かない。
俺は、明らかに疲弊した様子の望月さんの後を追いかける。
望月さんは、重い足取りで一歩一歩、階段を上る。
彼女が向かう先は――屋上だった。




