24話 信じる気持ち
「どうして私にここまで肩入れするの」
初めて家を訪ねた時よりかは、少しだけハリのある七瀬さんの声が扉に向いていた俺の足を止める。
振り向くと、そこには未だに布団に顔をうずめる七瀬さんがいた。
聞き間違いかと思いながら、俺は返答に困っていると「お金ないんじゃないの?」と七瀬さんから続けて言われる。
きっと、神宮寺から聞いた『泥棒』というレッテルに基づいての純粋な疑問なんだろう。
どうしてお金がないのに、ずっと私の食料を買ってきてくれているのか――そういうことを言ってるのだろう。
「確かにないと言われたらないね」
実際問題、既にバイトは辞めてしまっているわけで。
「お金返す」
そう言うと、七瀬さんは初めて身を起こして、食費を返すためスクールバッグから財布を取り出す。
そこを俺は急いで止める。
「お金は返さなくていいから」
「なんで……」と今にも消えそうな声で呟かれる。
なんで……。
「俺は……七瀬さんの幸せを願っているから」
あくまでも『罪滅ぼし』とは言わない。
それを言ってしまえば、自分がタイムリープしてきたことを匂わせるような行為になってしまう。
七瀬さん視点、俺はただのしがないクラスメイトなわけで――謝られることなんて一つもないのだ。
七瀬さんは乾いた笑いで「なにそれ」と言って、スクールバッグに財布を戻す。
「まるで――」
続けて七瀬さんが言おうとする言葉に俺は見当がついていた。
まるで、
「ストーカーみたい」「主人公みたい」
「「…………」」
沈黙がその場を支配する。
「え? 今なんて……」
俺の聞き間違いじゃなければ彼女は「ヒーロー」と、全く俺なんかには似合わないようなことを言った。
「だから、ヒーローみたい、って。少なくとも私をこんなに心配してくれた人に『ストーカー』なんて言わない」
「そっ、か」
「うん」
七瀬さんは一度俺の前に向き合って、目を見つめ合う。
七瀬さんの綺麗な瞳の周りは、まるで炎上を表すかの如く真っ赤に染まっていた、と少し不謹慎なことを思った。
「改めて私をここまで心配してくれてありがとう。それとお礼を言うのが遅れてごめんなさい」
頭を深く下げる七瀬さんに俺は、「大丈夫。ただの自己満だから」と頭を上げさせる。
七瀬さんは、ベッドの方まで歩いて、また寝るのかと思ったのだが、枕元に置かれていたスマホを手に取る。
「あっ。また来てる」
スマホを見つめて言いながら、微笑を浮かべる七瀬さん。
「友達から?」
単純に疑問に思ったので問いかける。が、今度こそは本当に見当がついていた。
相手は、
「神宮寺くんから。私が引きこもってから毎日LINEを送ってくれてるんだよね」
「なんてLINEが来てるの?」
「今日は『いつまでも待ってるからな』って来てた」
「そう……」
「マネージャーからも裏切られて、もう誰も信じられなかったけど……君と神宮寺くんなら信じられるかも」
「マネージャー?」
初耳の情報に思わず言葉を反芻する。
「君になら話してもいいかな……」
呟いてから七瀬さんは、ストーカー事件後に起こったことを話してくれた。
俺はずっと、どうしてストーカーがそんな容易にみずりんを特定できたのかに、疑問を持っていた。
だが、その考えは根底から違っていたんだ。
ストーカーは特定したのではなく、みずりんの専属マネージャーと繋がっていたのだ。
ストーカーがマネージャーに賄賂を渡して、情報を手に入れていたらしい。
引っ越したみずりんを躊躇なく追いかけてくるような奴だ。恐らくだが、俺みたいな学生には到底想像できないほどの額を積んだのだろう。
「そんなことが……」
「うん。でも二人のおかげでかなり落ち着いた」
「良かった」
良くない――口では言ったものの、本心は真逆だった。
こんな状況でも、七瀬さんは俺を『信じられる』と言ってくれた。が、もう一人の奴がその中に含まれているのはダメだ。
それなら誰も信用してない方がまだマシだ。きっと七瀬さんなら一人でも立ち直ることができる。
だが、そうなっていないのが現状。このままではまた、前世と同じ未来を辿ってしまう。
そうさせないためにも、俺は容赦なく目の前の彼女に現実を突きつける。
「落ち着いて聞いてほしい。君の信用している中の一人は……とてつもない悪人だ」
それを聞いた七瀬さんの表情が一変する。
それでも俺は構わず続ける。
「神宮寺光輝……彼はダメだ。絶対に七瀬さんを傷つける。彼とつるむことによって七瀬さんの人生は真っ暗闇の中に囚われることになる」
そうしてその暗闇の中で七瀬さんは、神宮寺からリードで繋がれて、自由を失う。
そう、籠の中の鳥だ。
「嘘っ! そんなわけないっ!」
が、当然真実を知らない七瀬さんは、現実に目を背けるかの如く否定の言葉を叫ぶ。
吸音材が貼られた壁が彼女の大きな声を吸う。
だが、俺はそれでも続ける。
「神宮寺と関わるのなら、君は近い未来涙を流すことになる。いや、違うな……既に泣かせたようなものか……実際、君が泣いて悲しんでいる最中に、神宮寺は笑っていた。それも君を嘲笑うかのように」
最後の部分は少し誇張したかもしれないが、大体は事実だ。
奴は自分とヒロイン以外はモブと思っているのだから。
目の前で俯く七瀬さんに俺は背を向けた、ところで、背中に何かがのしかかる。
「じゃあ私は、誰を信じればいいの!」
俺の背中をポンポン叩く彼女は枯らしたはずの涙をもう一度流して、また叫ぶ。
あぁ、これじゃあ俺も神宮寺と一緒だな。彼女を泣かせておいて何が贖罪だ。
こんなのなんの罪滅ぼしにもなっていないじゃないか。
それでも今は現実を突きつけるやり方しか俺には見つからなかった。
「私は……誰を信じたら……」
とうとう背中を叩くのをやめて、膝から崩れ落ちる彼女。
「私は、誰を……」
意気消沈した様子の彼女に俺は言う。
「誰も信じなくていい。信じるのは、自分だけでいい」
「自分だけ……」
「そうだ。これからは自分だけを信じて、自分がやりたいことに忠実に生きるんだ」
「忠実に……」
「七瀬さんは、これからどうしたい? どう生きたい?」
「私は…………」
長い長い沈黙の果て、彼女はようやく、
「配信がしたい」
自分の想いを打ち明けた。




