19話 ストーカー三人組
俺の行動によってあまりにも前世の時と変わりすぎている。
前世では、神宮寺と七瀬が仲良くなるのはまだ先の話だった。
一刻も早くどうにかしないと、またしても神宮寺ハーレムが形成されてしまう。
とりあえず今日の放課後をどう乗り越えるかだ……。
そうして放課後。
俺は焦りながら、後方の席へ目を向けると、そこには神宮寺を帰りに誘う七瀬がいた。
神宮寺はその誘いに快く了承して、二人は周りの生徒から囲まれる前にそそくさと教室から出ていった。
俺は間髪入れずにその後を追う。
あまりこのような行為はしたくなかったが、神宮寺の心に火がついた以上、やむを得ない。
二人は、疎らに人が歩く校門をくぐって、まっすぐ進み、帰路につく。
俺はバレないように電柱で身を潜めながら後をつける。
傍から見た俺はまるでストーカーだろう。
「誘いに乗ってくれてありがとう。まだちょっと怖くて……」
末尾にボソッと呟いた言葉を神宮寺は見逃さない。
「怖い?」
「う、うん……」
手を微かに震わせる七瀬に神宮寺が踏み込む。
「ここへ引っ越してくる前、何かあったの?」
「誰にも話す気はなかったんだけど、実はね――」
そうして七瀬は前世と同じように神宮寺に説明する。
その内容とは、ズバリ、ストーカーだった。
「どこからか分からないけどネットに情報が漏れちゃってね。まだ相手の姿は確認できてないけど、確実に誰かからつけられてた」
「警察には言った?」
「うん。でも、怖かったから念の為、ここに引っ越してきた」
「なるほど……」
神宮寺は何かを思考してから、震えている七瀬の手を両手で覆う。
「それは災難だったね。でも、これからは俺に任せてほしい。君を守ってあげるから」
「うん……」
七瀬は仄かに、安堵した表情を見せるが、やっぱりまだ完全には信用できないと言った様子で思考する。
「でも、大丈夫。さすがに出会ってから一日の人を巻き込むわけにはいかないから」
「そう……」
同情心を誘うように神宮寺は気を落とす。
「ごめんね」
「いいよ。でも、何かあったら絶対に俺を頼ってほしい」
「分かった」
七瀬が言うと、ようやく神宮寺が七瀬の手を離す。
きっと神宮寺は、また俺に邪魔されることを警戒しているのだろう。
このストーカー問題を俺に知られれば、またしても邪魔されて、ハーレム計画を阻止される、と。
「ありがとね。神宮寺くん。正直、転校してきて心細かったの。でも神宮寺くんがいるなら安心かな」
「それは良かった。いつでも俺を頼ってくれ」
「うん。ありがと」
再度感謝する七瀬は「じゃあ、私こっちだから」と言って、神宮寺と別れようとする。
「家まで送ろうか?」
「大丈夫。さすがに引っ越したばかりだし、ストーカーはいない、と思う」
なぜだか自分のことを言われているような気がして、冷や汗をかく。
そのうちに、二人は別々の方向へ歩いていき、それぞれの帰路についた。
さすがにこれ以上、七瀬を追うのは、法に触れるような気がしたので、結局俺は何も行動できずにその日を終えた。
◇◇◇
七瀬が転校してきてから数週間が経った。
二人は学校内で常に仲睦まじそうにしていたが、思ったより七瀬のガードが固いのか、神宮寺はかなり手こずっているように見えた。
初日から関係は変わらず、未だ友達止まりだった。
勝手に安堵する俺だったが、俺も初日と同様でまともに七瀬とは会話すらできていなかった。
理由は単純明快――七瀬が人気過ぎる故だ。
神宮寺と絡んでいない時の七瀬の周りは常に人だかりができていた。
前世では、俺と神宮寺が友人関係だったから、俺でも七瀬と友達になれることができたのだが、今世ではそうはいかない。
現時点で、俺と神宮寺は犬猿の仲と言っても差し支えないほど、不穏な関係性だ。
そのため、きっと神宮寺から七瀬に、『あいつは悪い奴だから関わるな』、とか何とか勝手なことを言われているのだろう。
その材料として『泥棒』というレッテルが張られている俺だから、俺と七瀬を関わらせないのは容易なことだ。
さて、一体どうしたものか……。
考えてる暇はない。今日の放課後、意を決して七瀬に話しかけてみよう。
そう考えていたのだが、予鈴が鳴った瞬間に、七瀬は荷物を持って立ち上がり、そそくさと教室から出ていく。
きっと何か予定があるのだろう。
そのことは神宮寺も承知の上なのか、何も言わずに席に座って帰り支度をしていた。
そう思った矢先、神宮寺は七瀬の後を追うかのように、急いで教室から出ていく。
そうして、いつもの如く俺もその後を追いかける。
前回同様に、校門を出てまっすぐ帰路につく七瀬。そんな彼女のことを身を潜めながら、見守る神宮寺。
今日も七瀬と神宮寺は一緒に帰ると思っていたのだが、そうではなく、神宮寺も俺と同じように彼女のことをストーカーしていた。
きっと神宮寺は一度七瀬を帰りに誘ったが、『用事がある』と断られたのだろう。
だからと言って神宮寺が俺と同じように七瀬の後をつける理由が分からなかった。のだが、すぐさまその理由は知ることとなった。
電柱に身を隠しながら七瀬の後をつける神宮寺。その後を自販機に身を隠しながらつける俺。
そうして――神宮寺の前に同じく身を隠しながら七瀬の後をつけている成人男性が一人。
あれは……本物のストーカーだ。
神宮寺は七瀬のストーカーを警戒して、七瀬の後を追いかけたのだ。
七瀬のことをストーカーしている人をストーカーする人のストーカーをする俺。
頭がおかしくなる謎の状況の中で俺は冷静に考える。
神宮寺からすれば七瀬の安全を心配する、というのはただの大義名分でしかない。
本当に七瀬のことを心配しているなら、今すぐにでもあのストーカーのことを捕まえた方がいいのに、神宮寺はそうしなかった。
きっと神宮寺はその時が来るのを待っているのだろう。確実に七瀬を落とすために。
ストーカーが七瀬に牙を剥いたその瞬間に、ラブコメ主人公がカッコよく登場して、さながら王子様のように、華麗にストーカーから七瀬を救い出す。
そうして確実に惚れさせて、自分だけを見るように、ヒロインになるように、七瀬を調教する。
それを阻止するためには、俺が今ここで神宮寺よりも先にストーカーを捕らえる。
そうなれば、悪い言い方をすれば俺の手柄になって、七瀬が神宮寺を好きになる理由がなくなる。
やるしかない。
覚悟を決めて、自販機から一歩踏み出そうとしたのだが、
あれ? 足が動かない。
足が生まれたての子鹿のようにブルブル震えていて、完全に動かないことを理解する。
どうして足が動かないのか……それは俺の体があいつを覚えていたからだ。
ストーカーのあの男は、前世で俺のことを殺したあの男だった。
トラウマが蘇り、変な汗が頬を伝い、手の震えが止まらない。
お腹を刺された時の痛みを思い出した瞬間に、頭が真っ白になった。
そうこうしているうちに、七瀬は自宅に入っていき――完全にストーカーに七瀬の自宅がバレた。
自分の惨めさに嫌気がさして、俺はその場で膝から崩れ落ちることしかできなかった。




