14話 その後
俺は一人で帰りのバスの方向へ歩いていた。
あの後、陽菜から『ちょっとだけ一人になりたい』と言われたので、そうすることにした。
さすがにあんな衝撃的なことがあったのだから、一人でゆっくり考える時間が欲しいだろう。
大丈夫。彼女は強いから、きっと一人でもまたすぐに立ち上がる。そして、別の幸せを掴み取る。
そんなことを考えながら歩いていると、ある女子と目が合う。
それは――
「高坂さん? こんな所でどうしたの?」
「えっ!? あ、あぁ。えぇっと……あっちに良さそうなお店を見つけたから向かってたところ」
「そうなんだ……でもそれより――」
先程の雨によって、高坂さんの艶やかな髪と制服が所々湿っていた。
「風邪引いちゃうよ?」
「あぁ……どうせすぐ乾くし大丈夫だよ」
出来ることなら自分の着ているブレザーを貸してあげたかったけど、生憎、さっき陽菜に傘を傾けていたから背中の方が少し濡れていた。
濡れている服を貸すのは、返って悪化する。
それに高坂さんは多分俺のことを良く思っていない。
校外学習のお金の件に関して、少しは許してくれたような気もするけど、そんなすぐに許すような内容でもない。
そんな人からの優しさなんて、相手からすれば余計なお世話以外の何物でもない。
「とりあえず、このタオル使って。嫌なら捨ててくれてもいいから。じゃあ――」
「……ありがと」
背後から、何かに顔を埋めながら喋る声が微かに聞こえた。
少なくても、余計なお世話とは思われていないようだ。
俺は胸を撫で下おしつつ、バスの方へ戻った。
バスの集合場所でしばらく待っていると、班の皆が戻ってくる。
陽菜は、目の下が少々赤くなっていたが、ファンデーションのおかげか、あまり気にはならなかった。
先生が点呼を取って、もう皆が揃ったか、というところで、俺は気がつく。
唯一、班長の神宮寺だけが見当たらなかった。
同じ班の男子が先生に訊いたところ、神宮寺は怪我で先に帰った、と知らされた。
あまりにしんどそうだったから、先生から親御さんに連絡して、車で迎えに来てもらったそうだ。
それほど神宮寺にとって、先程の出来事が衝撃的だったのだろう。
これで懲りてくれればいいのだが……。
願いながら、同じ班の女子からの視線を感じつつ、俺はバスに乗り込んだ。
◇◇◇
校外学習が終わった。
これで一つ目の大体のシナリオが幕を閉じた。
この後に待ち受けていることは更に強大ではあるものの、とりあえずは一段落。
肝心の陽菜はというと、完全に元通り、というわけにはいかないものの、もうかなり回復しつつあった。
その証拠として、昼休み中、LINEで陽菜から『廊下見て』と言われた。
昼食をとり終えた俺は、スマホから目を離し、廊下側に視線を向けるとそこには、こちらに手を振る陽菜の姿があった。
よくこの教室に来たものだ。何せ、うちのクラスにはあいつがいるからだ。
とはいえ、奴にも変化があった。
それは高坂さんと会話しなくなったことだ。
なぜか分からないが、陽菜の告白以来、二人の間には不穏な空気が流れている。
そのため神宮寺は入学式の日につるんでいた陽キャグループに混ざっていた。
そして高坂さんも入学式の日と同様、本を読んでいた。メガネは未だにかけてないが。
『何してんの』
『早くこっち来て』
2通の催促のLINEが飛んできたので、思考をやめ、急いで陽菜の方へ向かった。
「私の手振りを無視して、どういうつもり?」
「ごめんごめん。ちょっと考え事してた」
「まぁいいや。それより裕也。今日の放課後映画見に行かない? 友達からチケット貰ったんだけど」
陽菜の呼び名が杉田から裕也に変わったのは、つい最近の話。
初めて名前を呼ばれた時に俺が『もういいのか?』と指摘すると、陽菜から『特別なんて思わないでね』と言われたことは今でも覚えている。
どうして名前呼びになったのかは話してくれなかったけど、きっと俺と対等な関係になりたい所以だろう。
素直に嬉しいのでもう指摘するようなことはしない。
「別にいいけど俺と二人っきりでいいのか?」
「もう今更じゃない?」
そう言われて今の状況を理解する。
「確かにそれもそうか――ちなみに映画のジャンルは?」
「恋愛……じゃなくて、コメディ」
「最高」
やっぱり陽菜は分かっている。今の俺の気分を容易に汲み取ってくれる。
そんな俺の感情を汲み取ってか、陽菜が「もう一度言うけど友達から貰ったやつね?」と、再度説明される。
「今度その友達、俺に紹介してくれ」
「調子乗んな」
俺はそれに「すんません」と、ノリで返す。
本当に今の陽菜との距離感には満足している。
今まで退屈だった学校が陽菜のおかげで今は楽しく過ごせている。
「そんなことより裕也、あの子からすごい見られてない?」
「えっ?」
もしかして神宮寺のことだろうか、と一瞬思うが、陽菜の呼び方的にそれはなかった。
陽菜が指す人物とは――反対方向にぷくーっと頬を膨らませている高坂さんだった。
完全にこちらに視線は向けていなかったものの、目を逸らされてる感が半端じゃなかった。
「裕也。彼女になんかしたの?」
「なんか、か……」
今の一瞬だけ考えてみても、思い当たる節しかない。
「あっ、やばい。授業始まる――ってことで裕也。放課後、校門前集合ね」
そう言うと、陽菜は満足げに教室へ戻っていった。
陽菜が立ち去った後、未だに顔を逸らし続けるような仕草の高坂さんを、必死に気にしないフリをして席に着いた。




