1話 告白劇
「「「「「ずっと前から好きでした!!!!!」」」」」
夕日に照らされた五人の美少女が、公園のド真ん中で一世一代の告白を口にする。
「…………」
告白された男子は五人の中から誰か一人を選ぼうとはせずに無言を貫いていた。
夕暮れの公園での告白劇。青春の一大イベントと言っても差し支えないその空間は、驚くほど静かで、いかにもなラブコメのラストシーンを彷彿とさせていた。
「私、ずっと前から光輝くんのことが好きだったの。だから――」
「わ、私も! 小学生の助けられた時からずっと、ずっと――」
そして三人目の首にヘッドホンをかけていた彼女が、後に続いて『私も』と口にした瞬間だった。
その刹那、驚くほど静かだった公園に、ザッザッ、と一つの足音が姿を現す。
その足音は公園内の茂みから聞こえてきたようだったが、六人には聞こえていないようだった。
その足音の正体は一人の成人男性。成人男性というには少々老けているその男性は、茂みから飛び出すや否や、ある方向へ一直線。
その謎の男の手には、銀色に光る鋭利な包丁が一本、キラキラと存在感を放っていた。
両手で必死に包丁を持つ姿は、まさに初めて料理をする子どものようだった。
だが、こんな場所で料理なんてするわけもなく、その男の向かう場所とは、公園の中央付近。現在告白劇を繰り広げている男――【神宮寺光輝】に向けてだった。
「光輝くんっ!」
首にヘッドホンをかけた彼女が男の存在に気づき、庇おうとしたのだが、既に手遅れ。
包丁を前に突き出す男は無我夢中になりながら、神宮寺光輝へ向かい……グサリ。
突き刺した。
「ああぁぁぁああぁぁぁぁ」
瞬間、俺――【杉田雄也】の横腹からドス黒い赤が滴る。
そのまま俺は包丁を刺された横腹を抑えながら地面に倒れ込む。
痛い、という抽象的な感想では伝えきれないほどの激痛が俺を襲う。刺されたお腹が急速に冷たくなっていく。
そんな俺の姿を見た容疑者は、狂ったような奇声を上げて、目に涙を溜めながら、走り去っていった。
咄嗟だった。公園の出入口から一部始終を見ていた俺は、神宮寺くんを助けられるのは自分しかいないと判断した。その結果俺は神宮寺くんの命を救うため自分の命を犠牲にした。
お腹辺りが冷たい。自分の身体からどんどん生気が抜けていく。声は出ない。体も言うことを聞かず動かすことができない。精々できるのは目を開けるぐらいだろうか。
それでも俺に後悔の念は微塵もなかった。
何せ俺は、この物語の主人公【神宮寺光輝】を慕っていたからだ。
そんなラブコメ主人公の名に相応しい神宮寺くんの役に立てて死ねるのなら本望だ。
「す、杉田くんっ!?」
もう人生に悔いはないと、人生を諦めようとした瞬間、女の子の声が貫くように耳へ入り込んでくる。
他にも驚愕する四人の声。
だが、今一番聞きたかった肝心の男の子の声は聞こえてこなかった。
それでも俺の心は落ち着いていた。
五人の女の子たちが好きな人ではなく、俺の方を見ていたからだ。つまりそれは神宮寺くんが無傷だということを示唆していた。
俺の咄嗟な行動は無駄ではなかった。良かった。死ぬ前に役に立てたのなら、もう――
自分の行動を誇らしく思いながら、深い眠りにつこうとしたところで……女の子たちの後ろにいる一人の男の子の不気味な笑みが目に焼き付く。
その男の子とは無論――神宮寺くん。どうして笑っているんだ?
だが、俺のそんな疑念も虚しく、徐々に意識は遠のいていく。
声を出そうにも、そんな力は残っておらず、体は既に限界を迎えており、血も止まろうとはしてくれなかった。
俺は神宮寺くんのハーレム計画に協力してあげたというのに……
「どうして」
両目が閉じかかる最後、主人公様は後ろでヒロインたちの肩を抱きながら、
「さ・よ・な・ら」
そう口パクして、俺の最期を見送った。
◇◇◇
俺は最善を尽くしたはずだ。
デートの取り付けや、二人っきりになれる口実、女の子たちの恋愛相談、告白の予行練習なんかにも付き合ってあげた。そこから更に命まで彼に授けた。
自分の命を犠牲にしてまで彼の力になりたかったから。彼を本当に主人公だと思っていたからだ。
彼はハーレムを作り上げるほどの行動力と、女の子たちを救う力があった。
神宮寺光輝は物語の主人公と認めざるを得ないほどの存在感を放っていた。
だから俺は主人公様の優しい友達役を演じてあげたのに、その主人公は最高のクズ野郎だった。
あいつは主人公なんかではない。俺や他の男をただの背景としか思っていない。俺はただの道具としか思われていなかった。
今でも死んだ俺を嘲笑ったあいつが可愛い女の子たちとイチャイチャしながらのうのうと生きている。そう考えただけで虫唾が走る。
だが、もう死んでしまった身。今の俺にはどうすることもできない。
もし……もしも、もう一度人生をやり直せるのなら、俺は絶対に、神宮寺光輝のハーレム計画を阻止してやる。
そんな叶わぬ願いと共に、俺は人生を諦めた。
◇◇◇
周りの喧騒がうるさい。痛々しい視線が何度も俺を突き刺す。
ここはどこだ?
おもむろに目を開ける。
俺は――気がつけば教室のド真ん中に突っ立っていた。




