中編:師との出会い、マスターファルコニウス
「あんたは、俺を助けてくれた……」
「私はエインヘリアル軍団の長、プレマテスだ。お前はエインヘリアルとして生まれ変わった。これからは我らとともに、地上の調和を守る使命に邁進するのだ」
驚くソラに、漆黒の騎士は諭すように語りかける。
見る者全てを威圧するような刺々しい姿とは裏腹に、その喋り方と眼差しには深い思慮が感じられた。
「ついてこい」
「あっ……はい!」
漆黒の騎士プレマテスに連れられ、ソラは部屋を出る。
「うわ……」
外に出ると、そこは天空に浮かぶ巨大な城だった。
周囲に広がる果てしない雲海。
同じような浮島が他にいくつもあり、その全てが黄金に輝いている。
ただ歩いて通るだけの通路すら黄金で彩られ、これが天上の世界かとソラはその異質さに圧倒される。
「我らは来たる巨人族との最終戦争に備え、日々鍛錬に励んでいる。大いなる主神オーディンの元、我らは……」
「あの……俺の村はどうなったんですか? 村のみんなは?」
「あの村を襲った巨人は全て倒した。安心しろ」
「あぁ、良かったぁ」
ソラが己の胸を撫で下ろすとプレマテスは扉の前で歩みを止め、振り返った。
「ひとつ、伝えておくことがある」
「……なんですか?」
「エインヘリアルは本来、人間であった頃の記憶を失って転生する。だが、お前はなんらかの不備で記憶を保ったまま転生した」
「え……」
「他の者は人であった事など忘れている。お前もこれからは人間ソラではなく、エインヘリアルのカナリアとして生きるのだ」
カナリア――それが自分の新たな名。
戸惑いつつ、ソラは変化した自身を受け入れようとする。
「覚悟しろ。ここから先、人間の常識は通用しない」
扉が開かれる。
聞こえてくる、幾重にも響く打撃と衝突音――。
「だりゃあっ!」
「ケリャアアッ!」
「どっせい!」
「むうぅぅん!」
大きな広間に出る。
そこでは何人もの異形の騎士が集まり、激しくぶつかり合っていた。
獣、鳥、昆虫、水生生物……。
様々な生き物が人の形を成したような騎士たちの姿に、ソラは息を呑む。
「集まれ!」
プレマテスの号令で総勢百を超える騎士たちが一斉に整列し、その強面で威圧的な視線がソラに……カナリアに向けられる。
「皆聞け、今日から我らが軍団に加わるカナリアだ。ともに切磋琢磨し、武を磨くように!」
ザッ――と、騎士たちが一斉に胸に拳を当て、了解のポーズを取る。
「よ、よろしく……」
「よろしくだとよ」
「なんか弱そうじゃなぁい?」
カナリアがたどたどしく挨拶をすると、ひそひそと小言が囁かれる。
「ファルコニウス、お前の隊だ」
「御意」
プレマテスからの配属命令に、黒い鳥のエインヘリアル・ファルコニウスが応えた。
『これより合同稽古を始める。全員、位置につけ!』
ファルコニウスの号令とともに騎士たちが内側と外側、2重の円状に並んでいく。
「お前はここだ」
「あ、はい……」
言われるがまま、カナリアは位置につく。
これから何をするか分からず、戸惑うカナリアの前に対戦相手が現れた。
「よぉ新入り、俺様は毒牙のセルパンテス!お前がどれほどのもんか、この俺様が見てやるぜ!」
紫の甲冑に身を包んだ毒蛇のエインヘリアル・セルパンテスが両腕に生えた牙を擦り合わせ、構えを取る。
「よ、よろしく。……っていうか、今から何を」
『始め!』
カナリアが問うより早く、稽古開始の鐘が打ち鳴らされた。
「イシャアアアッ!」
「ちょ、ちょっと待……」
ザシャアッ――。
(あっ……これ、死……)
胸に深々と突き刺さる牙。
襲いかかったセルパンテスの毒牙によって、カナリアは息絶えた。
……。
…………。
「はっ!?」
「おい、いつまで死んでやがる。さっさと起きろ!」
カナリアが目を覚ますと、先ほどと変わらぬ態度のセルパンテスが立っていた。
「え……?」
どういう事だと己の胸に触れると、斬られた傷が治っている。
「な、何が起きたんだ?俺、さっきの攻撃で死んで……」
「あぁ?お前、何も聞いてないのか?稽古場では何度死のうがすぐ蘇るんだよ!」
「……はぁ!?」
思わず驚きの声が上がる。
周りを見ると敗れた騎士たちが次々と斃れ、そして何事もなかったかのように起き上がり、また戦い始めている。
死すら操る、人知を超えた光景に圧倒される。
ここではこれが当たり前なのだ。
「つうか、お前武器は?何かないのかよ?」
「武器?えっと、武器武器……」
武器といったって、何も与えられていないし、周りにも置かれていない。
何か無いかと、カナリアは己の身体を探り始める。
すると太もも横の甲冑が開き……。
「おわっ!?え……剣?」
中から長剣が飛び出した。
大きさ的にどうやって収納されているのかわからないが、ともかくこれが自分の武器らしい。
「なんだ、あるじゃねえか。おら、来やがれ!」
「よし……いくぞ!」
剣を手にしたカナリアは、セルパンテスへ果敢に挑みかかった。
『そこまで!』
時間切れの号令が響く。
結局、カナリアは5回も殺された。
「はぁ……はぁ……」
「なんだお前、てんで弱えじゃねえか。つまんねえな」
倒れたカナリアに侮蔑の目を送ると、セルパンテスは去っていった。
『次!』
号令がかかると円の外側の騎士たちが1つずつ場所を移動し、次の対戦相手がカナリアの前に現れる。
「俺は咬牙のフェーン!新入り、根性見せな!」
「吾輩は火針のゴーロー!若人よ、胸を貸そう」
「あたいは墨鱗のメサ!手加減が苦手なんだ!耐えてくれよな!」
「わたくしは不在のセロン。できるだけ目を逸らさない事をおすすめします」
「特攻隊長、狂奔のスキーラだ……。死ぬんじゃねえぞ、お坊っちゃんよ♡」
「俺様は……」
こうして代わる代わる他のエインヘリアルと試合をし、カナリアは何度も死んだ。
「つ、強い……」
稽古が終わり、その場に倒れ込む。
エインヘリアルは皆、強かった。
人間の頃はそれなりに剣に自信はあったが、ここではまるで通用しない。
稽古場の効果で身体はピンピンしているが、心は徹底的に打ちのめされた。
「どうした?もう心が折れたか?」
倒れたカナリアの顔を、ファルコニウスが覗き込んでくる。
「お前ほど弱いエインヘリアルは見たことがない」
「俺も……そう思います」
「プレマテスから聞いたぞ。お前、人間の記憶が残っているそうだな?」
「そうです……」
「ふっ……ならば無理もないか。ついてこい」
カナリアの脚や翼を見て、ファルコニウスは何かに納得したようだった。
――――
「ここは様々な環境・空間を呼び出せる特殊な稽古場だ」
真っ暗な部屋でファルコニウスがコンソールに触れると、溢れ出した黄金の砂が形を成し、周囲が森に変わった。
「おおぉ……」
「まずはこやつらを相手に戦ってみろ」
ファルコニウスの操作で砂が集まり、巨人の姿になる。
「巨人!?」
「はやく倒さないと、次々に出てくるぞ」
話している間に砂が次々と集まり、巨人の数が増えていく。
カナリアは剣を抜き、戦い始めた。
「はっ!」
剣で斬り裂くと、巨人の身体は砂となって崩れ落ちる。
巨人――故郷を襲い、父の命を奪った憎き存在。
人間の頃はその大きさに圧倒されたが、同じ大きさなら負けはしない。
カナリアは襲い来る巨人を次々に斬り伏せていく……が、次第に全身に甲冑を纏った巨人、硬質な盾を持った巨人が現れ、剣が通らなくなる。
人間の頃のように甲冑に覆われていない隙間を狙おうとしても、今はその隙間が随分と小さい。
「ぐあっ!」
狙いが定まらないところに背後から棍棒を受け、カナリアが吹き飛ばされる。
起き上がり次の一撃を剣で防ぐも、巨人のパワーに抑えつけられてしまう。
「くっ……」
「どうした。なぜ翼を使わない?」
「え?」
「何故、その背中にある翼を使って戦わない。お前は飛べるのだぞ?」
お手本を示すようにファルコニウスは翼で飛び上がり、カナリアを抑え込んでいた巨人を仕留めた。
「やってみろ!」
「は、はい!」
カナリアは背中に、人間の頃は無かった器官に意識を集中する。
己に存在するもう一対の体肢の感覚を掴み、羽ばたく。
「と、飛んだ……。飛んでる!」
ぶわりと身体が宙に浮き、いくつもの巨人の頭が眼下に見える。
「よおし……!」
空中から狙いを定め、巨人の脳天に剣を突き刺し、倒す。
巨人が襲い来るとすぐに飛び上がり、再び空中から刺し貫く。
「すごい……。なんて自由なんだ」
上下左右、自由に移動し、自在に攻撃できる。
鳥とはこのように世界を見ていたのか。
カナリアは己の力を確認するように羽ばたき、巨人を掃討していった。
「翼の使い方は覚えたようだな」
「はい!」
自分の新たな武器を会得したカナリアは、自信に満ちた応えを返した。
「それと……!」
「……っ!?がああっ!?」
突然、ファルコニウスの脚爪がカナリアの腹に食い込んだ。
「我らの爪はそれそのものが武器。覚えておけ」
「は、はい……」
硬質の爪、その強力さをカナリアは身を持って味わった。
「いてて……」
「先ほどから気になっていた。お前のその尾羽根、武器ではないのか?」
ファルコニウスはカナリアの背中から生えている尾羽根に着目した。
節が連なるように垂れた一対の尾羽根。
その先端はクナイのように鋭く尖っている。
「これが……?」
「動かせるのか?」
「はい、こんな感じに……」
カナリアが念じると、尾羽根が触手のようにくねくねと動く。
「力を込めてみろ」
ビシュンッ!
「うわっ!?」
力を込めると先端が飛び出し、岩に突き刺さった。
「それも武器のようだな」
「は、はい……」
無くなった先端を見て、これまた生えるのかなとカナリアは思った。
「もう無いか?」
「後はえっと……」
他に何か武器はないかと、カナリアは己の身体をまさぐる。
ファルコニウスはその背中にピンときて、カナリアの腰羽を掴んだ。
「えっ?」
「動くな。力を抜け」
バキッ――。
何かが外れるような音とともに、身体が少し軽くなった。
不思議に思ったカナリアが振り向くと――。
「ふむ……」
カナリアの腰羽をファルコニウスが持っていた。
「ちょっ……!?それ……俺の羽根!身体の一部!!」
腰に手を当て、カナリアが慌てふためく。
痛みはないが確かに腰羽が無くなっている。
ファルコニウスはそれを意に介さず、腰羽を細かく調べる。
「おぉ、見ろ。これは盾だ」
「盾ぇ?」
ファルコニウスは腰羽にある取手を掴むと、盾のように前に構えた。
自身の身体の一部が外れ、武器になり盾になる。
人間の感覚では理解が追いつかない。
「それに弓にもなるぞ」
構え方を変えると盾の羽根がガシャリと開き、弓のような形になる。
「撃ってみろ」
「撃ってみろって……」
弓を受け取ったカナリアが構え、盾の尾の部分を引くと、光の弦と矢が現れた。
標的の巨人を狙い、引き絞り、手を放す。
放たれた矢が巨人に突き刺さると爆発を起こし、上半身を粉々に吹き飛ばした。
「すっげ……」
「ふむ……剣、盾、弓。加えて足の爪と、尾羽根のクナイ。それだけあれば十分だろう。明日から特訓を始める。次の合同稽古までに、お前を他のエインヘリアルと同じ水準まで高めてやる。やる気は?」
「はい、やります!やらせてください!」
――――
次の日から、カナリアとファルコニウス2人の鍛錬が始まった。
「己を取り巻く大気の流れを見ろ!風を掴むのだ!」
「はい!」
翼を用いた空中での戦い。
「地の利を活かせ!集中を乱すな!あるもの全てを使え!」
「くっ、まだまだ!」
足の爪で木の幹や枝にしがみつき、横向きや上下逆さまになったまま激しく打ち合う。
「調和とは全てのものがあるべき姿のまま保たれている状態ことだ。巨人の脅威から儚き種族を護るために我らがいる。わかるな?」
「はい、師匠!」
ファルコニウスの薫陶は戦いの技術だけでなく戦士としての心得までにも及び、やがてカナリアは彼を師匠と呼ぶようになっていった。




