生命のエンジン②
柊と茂木は、改めて梅村省生について調べた。一度、新井が調べてくれていたので、その捜査内容を確認するだけで良かった。ただ、梅村省生の家族についての捜査が抜けていた。梅村省生は高崎の生まれで、実家がそこにあった。実家には父母と妹が健在だった。
実家を訪ねて話を聞いた。「省生とは絶縁状態にあります」と背が高く、省生によく似た顔の父親、康介が恥ずかしそうに言った。
「絶縁状態?」
「はい」と康介が説明する。省生は高校を卒業すると、家を出て地元の大学に進んだ。学費こそ、面倒を見たが、家を出てから一度も実家に帰っていないと言う。
「一度もですか⁉」茂木は流石に驚いた。
「はあ・・・すいません。あの子は子供の頃から家族を嫌っていたものですから。反抗期――というのとは、ちょっと違うと思います。実は、あの子の妹が発達障害でして、子供の頃は直ぐにパニックを起こしていました。ちょっとでも気に入らないことがあると、断末魔の悲鳴のような声を上げて、手足をばたつかせて暴れるのです。最初は子供特有の嫌々病だと思っていたのですが、ひどくなる一方で、小児科で見てもらったところ、発達障害であることが分かりました。一度、パニックを起こしてしまうと、もうダメです。何を言っても、どうなだめても、落ち着くのを待つしかありませんでした。
そんなだったから、私も母親も、妹に掛かりっきりで、省生のことを放っておいたのが良くなかったのでしょう。あの子、両親から捨てられたとでも思ったのかもしれません。
小学生の低学年の頃から、私どもに対して反抗的になり、子供とは思えないような口調で口汚く罵ったり、家を出て戻らなかったり、手が付けられなくなりました。私どもの眼を盗んで、妹のことを虐めたりしていました。火がついたように泣き叫ぶので、省生が妹を虐めたことが分かる――なんてしょっちゅうでした。それで叱ると、腹を立てて、家を出て行ってしまいます。まあ、子供の頃は、お腹が空けば戻って来たのですが、高校生くらいになると、平気で家を空けるようになりました。
一週間くらい戻って来ないことがありました。それでも、なんとか、大学まで出てくれて、教師になってくれたので、ほっとしていたのです。まあ、結局、それも辞めてしまいましたけど。
美咲さん。ああ、あいつの奥さんですけど、ろくに結婚式も挙げていないようなんです。私どもに結婚したことさえ、教えてくれませんでした。美咲さんが気を使って、一度、省生に黙って挨拶に来てくれました。それで、あの子が結婚したことを知った訳です」
「それは・・・徹底していますね」
「はい。私どもとは縁を切ったつもりなのでしょう。そんな有様ですので、省生のことは、何も知らないのです。すいません。美咲さんが亡くなったと聞いて、びっくりしています」
康介は「ふうう」と大きなため息をついた。
実家では、事件に関連のありそうな話は聞けなかった。康介に礼を言って家を出ると、茂木が「障害のある妹を守ってやとうとは思わなかったんですかね」と嘆いた。
「簡単に言うな。当事者にしか分からないことが、色々ある」柊が妙に常識的なことを言った。
「そうですね。他人が簡単に口を出せることではないのかもしれません」
「ふん。とにかく、これで、あいつの人となりが多少なりとも分かった。正義感とは無縁の自己中、それが、やつの正体のようだ」
「そうですね。どう攻めます?」
「お前なら、どう攻める?」
「自分のことが可愛くて仕方がないのだと思います。やつのプライドを刺激してやれば良いんじゃないですか?」
「ああ、それも良いな」
何時ものことだが、柊は茂木の知恵を拝借するのが上手い。(柊さんなら、梅村省生のプライドをズタボロに引き裂いてくれそうだな)と思うと、茂木は可笑しかった。