一日の計は朝食にあり②
梅村美咲の司法解剖が行われた。
直接の死因は心筋梗塞だった。司法解剖で他殺の痕跡は認められなかったが、血液検査の結果、血中から毒成分が検出された。致死量を遥かに超えたアコニチン、シクトシンが検出されたのだ。
梅村美咲は毒殺された――と判断された。
アコニチンはトリカブト、シクトシンはドクゼリに含まれる成分だ。鑑識官によれば、自生したトリカブトやドクゼリを採取して来て、そこから毒成分を抽出した可能性が高いと言うことだった。犯人は科学の知識を持った人物のようだ。
事件は殺人事件として捜査されることになった。
群馬県警の柊正義が捜査を任された。
柊は捜査一課きっての敏腕刑事だ。年は四十代後半、額が抜けるように広い。頭の良さを象徴しているかのようだ。鼻筋がすっと通り、横長の大きな目の目尻が垂れ下がっている。日本人離れした顔立ちだ。顔に比べて、胴が長く、脚が短いことが日本人であることを強調していた。
安中警察署から被害者、梅村美咲の身辺調査の報告書が上がって来ていた。
梅村美咲は夫の省生と二人暮らし。二人の間に子供はいない。安中市秋葉にある梅村家は美咲の実家だった。両親は既になく、長女の美咲が実家を相続し、省生と二人で住んでいた。
夫の梅村省生はかつて、安中市の中学校で教鞭を取っていた。理科の先生だった。そこを退職してから、町のホームセンターの園芸売り場で非正規社員として働いていたが、そこも二年前に辞めており、現在は無職だった。
美咲も同じホームセンターに勤めており、レジの仕事をやっていた。美咲の方はまだ働いていた。梅村家の家計は美咲の肩に掛かっていたようだ。
美咲は温厚で争いごとが嫌いで、口数の少ない女性だった。美咲のことを悪く言う同僚はいなかったが、かと言って評判が良かった訳でもない。小太りで動作が緩慢だったことから、仕事に対する評価は低かった。
美咲の妹、晴香が高崎市に住んでいた。姉によく似て小太りの晴香から話を聞いてみた。
「姉は大人しい人で、誰かの恨みを買うような人間ではありません」と涙ながらに証言した。そして、「もし仮に、姉を殺した人間がいるとするならば、それは、あの夫、梅村だと思います」と赤く泣きはらした目で言った。
何故、そう思うのか――尋ねたところ、「あんな男の何処が良いのか、姉はあの男の言いなりでした。姉が大人しくて、何も言えないのを良いことに、あの男、姉のこと、まるで召使か何かのように扱っていました。
高熱を出して寝込んだ時も、あの男、姉のこと放っていたのですよ。自分は外で食事を済ませて、姉のことは放りっぱなし。姉から電話があって、私が駆けつけた時には、肺炎を起こして死にかけていました。私が救急車を呼んで、病院に運んだのです。
姉には、あんな男と早く分かれた方が良いって、言ったいたのに、とうとう、こんなことになってしまいました」と言って、晴香はまた泣いた。
安中署からの報告書にも、被害者の夫、梅村省生に不審な点が見られるとあった。
「茂木~不審な点が何なのか、安中署から事情を聞いておいてくれ」と柊は相棒の茂木輝基に頼んだ。
茂木は三十代、柊と組んで六年になる。頭脳派の柊に対して、学生時代、柔道で鳴らした茂木は角張った顔に角張った体の肉体派だ。性格は穏やかで、柊の毒舌に一向に動じる気配がない。その点が、長くパートナーを組まされる原因になっている。多少、神経が図太くないと、柊の相手をするのは大変だ。神経をすり減らしてしまう。茂木が相棒を勤めるまで、柊の相棒はいずれも短命だった。
茂木は新井と連絡を取ると、梅村省生からの事情聴取の様子を尋ねた。
「とにかく異常な男でした。遺体を調べてもらって良かった」と新井は言う。
「お手柄でしたね。病死として処理されてしまうところでした」
「梅村について、調べておきました。と言っても、二年前にホームセンターを辞めてからは無職で、奥さんの稼ぎで暮らしていたようですので、知り合いが少なくて、大したことは分かりませんでした。
ただ、あいつ、中学校の理科の教師をやっていた過去がありますので、科学の知識がありました。毒を作り出すことが出来たはずです。ああ、これ、やつに関する捜査結果です。不明な点があれば、何でも聞いて下さい。他に知りたいことがあれば、直ぐに調べます」そう言って新井は梅村省生に関する捜査報告書を茂木に手渡した。
「ありがとうございます。これで十分です。後はこちらで調べます」茂木は礼を言って新井と別れると、「柊さん。どうやら旦那が怪しいようです。朝起きて台所に倒れている奥さんを見ても驚かなかったようです。新井さんは、予め奥さんが死んでいることを知っていたから、驚かなかったんじゃないかと言っていました」と新井から聞いた内容を柊に伝えた。
「ふん。家で妻が殺されれば、犯人は夫に決まっている」と柊は断定的に言う。
「決めつけはまずいと思います」と茂木が言うと、「一般論を言っているだけだ。旦那が犯人だと決めつけている訳じゃない」と開き直った。
「梅村から話を聞いてみましょう」
「そう思っていたところだ。いちいち、俺に指図するな!」
「すいません・・・」
柊も十分、異常な男だ。
柊と茂木は梅村家に向かった。
「また刑事さんですか。随分、お暇なようだ」
「我々は暇であった方が良いのです。最も、今は、あなたが忙しくさせているのではありませんか?」流石は柊だ。負けてない。
省生は口元を結んだまま答えなかった。