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贄代由詠は思い詰める

※『矢印は想い、煮詰めて。』(pixiv) https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17895185のキャラクター、贄代由詠の誕生日を記念した作品です。彼女のことを、とても愛おしく思います。

 誰かに、殺される夢をみる。

 誰かを、殺す夢をみる。

 僕に突き立てられたナイフが、首に集中した血液の配管を傷つけて、命という生命エネルギー生成炉の燃料を絶つ。

 僕が突き立てたナイフが、動脈をぐにぐにと突き進んでいって、ささくれだった傷口からヘモグロビンが飛び出していく。

 その瞬間、誰かは目を開き、ぞっとするような顔で嗤う。死して骸となるその直前に、呑み込まれそうなほど真っ黒な口腔から、言葉が飛び出してくる。

「よく産まれてきてくれたね、真瀬(まなせ)。誕生日おめでとう。」


⭐︎


「ねぇ……!真瀬くんってば。」

 あ、……と取り戻した意識が広がるうちに、その意識の境界線が、世界を塗り替えていく。やがて、百パーセントを刻んだ自意識が、教室の姿を照らし出す。

 他ならない僕に話しかけてきていた女の子を照らし出す。

 贄代由詠を、照らし出す。


⭐︎


「ねぇねぇあじょー。あれ、絶対止めた方がよかったくない?」

 気まずげな斎藤さんの口ぶりに、思わず頭を抱える。

「唆したの君たちだろ……」

 机を適当にくっつけて作った食卓の対面で、斎藤さんと脆渡さんは白々しく顔を見合わせた。もういい。

 最初は平和にお昼ご飯というやつをやっていた。それが、どうしてか俺と贄代さんの愛情表現の話になって、いつもは取り合わない贄代さんは、二人にまんまと唆されてしまったようで、「第三者の意見を聞きます。」と別の机の方に歩いて行った。

 贄代さんが声をかけたのは真瀬くんだった。

 男の俺から見ても、可愛らしい女性的な顔立ちだと思う。もちろん本人に伝えはしないけど。

 そんな華奢な彼は、贄代さんの突然の訪問───もとい突撃───にも、気を悪くした様子はなく、ただ、おそらくSOSなのだろう視線を俺に向けていた。

 そんな様子に気づくわけもない贄代さんは、真瀬くんをぐいぐいと引っ張って、俺たちのテーブルに座らせた。

「アンケートにご協力ください。」

「え?あ、うん……僕でよければ……」

 贄代さんの目は今日も据わっている。次の瞬間には、その手が俺の胸倉を掴み、熱烈なキスを求められるような気がしてしまう。

 贄代さんは、A4コピー用紙をどこからか取り出して、定規で引いたように真っ直ぐに、質問事項を書き連ねていく。

「はい。忌憚のない意見を聞かせてね、真瀬くん。」

 ちらりと俺を窺った真瀬くんに小声で謝る。

「ごめん、マジで」

「だ、大丈夫」

 その質問用紙の内容は、俺は読む気になれなかった。


⭐︎


 夏休みが終わろうとしていた。

 課題は早々に終わらせてしまっていたから、夏季休暇終了間際のみんなが共有する焦燥感は、私には少しだけ遠く見える。もちろん、夏休みが終わっちゃうのは悲しいけど。

「なんか飲み物持ってくるよ。」

 ドリンクバーのコップを手にして、亞城くんが聞いてきた。何にしようか迷って、ドリンクバーの方を向きながら頬杖をついた。悩んだときの癖だった。

「あじょー、あたしメロンソーダ」

「亞城くん、私も〜。カフェオレおねがい」

 そんな優しい亞城くんに、斎藤さんと脆渡さんのコップが差し出される。

 今のは、私に聞いたのに……!

「じゃあ、僕もいくよ。」

「真瀬、あたしメロンソーダね」

「うん」

 亞城くんの隣に座った真瀬くんが、斎藤さんからコップを受け取る。

「ありがとう。ごめんな真瀬」

「全然」

 亞城くんは、やけに親しげに真瀬くんと席を立つ。

 あー、その手があったか。

「贄代さんは?」

 こっそり小声で聞いてくる亞城くんの顔が近くて、少しだけドキドキする。

「ぁ、……こ、コーヒー。ちょうだい……?」

「うん。りょーかい。」

 こんなので私の機嫌がなおると思ってもらっちゃ困る。取り上げられたコップを握っていた手が、無意識にぎゅっと握り拳を作った。

 真瀬くんと何かを話しながら歩いていく君の背中を、不意に笑った君のその横顔を、私は後ろから眺めているだけだった。


⭐︎


「最近さ、二人、仲良いよね。」

 二人が席を立ったのを皮切りに、斎藤さんがそんな話題を出した。無意識のうちに思っていたことを言葉にされた瞬間、少しだけ心臓が跳ねた。やっぱり、勘違いじゃない。

「亞城くんが呼び捨てにするの、初めて聞いたかも。」

「ねぇーちょっと羨ましー」

 私を蚊帳の外で好き勝手に噂話を展開する友人たちに、何か思わないわけではなかったけれど、また我を忘れてしまっては、真瀬くんとの馴れ初めを再現しかねない。

 私はまだ、真瀬くんにちょっと怖がられている気がする。

 もやもやと思い詰める私は、お守りのように保存しているある画像を表示した。困惑した亞城くんと、誰が見てもわかるくらい緩んだ表情をしたウェディングドレス風の格好をした私のツーショット。

 夏休み前の授業で撮った写真だった。

 いつか、本当の結婚式を挙げたいな。

「ねえ贄代さん、……どしたの?」

「んーん。なんでも。」

 私がいまだにこれを眺めてニヤニヤしているのは、亞城くんにすら盛大にバレているから、今更隠したりしなかった。

「で、聞いてた?真瀬とあじょーがさ、二人っきりの放課後の教室でさぁ」

「なに!そのシチュエーション……!なんか、怪しくない……?」

 思わず声をあげた。してやったり、という表情の斎藤さん。でも、脆渡さんが否定しないってことは、二人の中でそれは既に了解された事実なのだ。

「いやぁ、うちも噂で聞いただけなんだけどさぁ……」


『二人で、傷つけあって、生きていこうよ真瀬。』


 「って、あじょーが言ったんだって!」

 潜めてはいるものの、ワクワクが隠しきれない斎藤さんの声に、私は思わず亞城くんの方を見た。

 やけに楽しそうに真瀬くんと飲み物を注いでいる、私の彼氏。

「わたし……そんなこと……言ってもらったことない……!」

 悔しくて思わず涙すら出そうだった。

 そうか、これが、彼女は男友達にはなれない、というやつなんだろうか。

 流石に、まだ亞城くんの連絡先を検閲したりしたことはない。スマホ見せてよ……、ってじっとりした声で聞いて、ちょっとだけ脅かすくらいだ。

 でも、そんなところに伏兵がいるなんて思いもしなかった。

「真瀬くん……!」 

 決意を新たにする私を、どこか生温かい二人の目が見ていた。


⭐︎


 たしかあの時は、7月の頭だった気がする。

 私が夏服に衣替えする前だったのを覚えている。

 担任が思ったよりも時間が余った、と放った日をきっかけに、それ以降、彼女の授業は被服になった。

 もともと服飾系の専門学校に通っていた、という担任の来歴が幸いして、みんな面白おかしくミシンやまち針と格闘していた。

 大体の子達は、シュシュとか小さなクッションのように、小物を使っていたけど、中には先生につきっきりで教えてもらいながら服を作っている子もいた。

 真瀬くんはそんな子たちから頼まれて、デザインをしていた。女子だらけのグループだったけど、真瀬くんと仲のいい子がいたみたいで、彼はよほど私と話しているときよりのびのびと三面図を描いていた。

 二、三時間目くらいで、そこに亞城くんが加わるようになって、その理由は、彼女たちが作っている服のモデルに私が選ばれたからだった。

 最初は、斎藤さんのために作ってあげる、という趣旨だったらしいのだけれど、真瀬くんの描いたデザインが白を基調にしたパーティドレスだとわかると、たちまちにウェディングベールも作って贄代由詠に着せよう、となったらしい。

 どういうこと?

 斎藤さんは、満面の笑みで私にそれを伝えにきて、私は別に乗り気じゃなかったから怪訝そうな顔をした。すると彼女は「先生が最後の授業のとき、一眼レフ持ってくるって。亞城くんと結婚式風の写真撮ってもらったら?」と亞城くんをダシにしてきた。

 そんな姑息な揺さぶりに、私は毅然とした態度を取り、しかし、友人たちの楽しみを悪戯に無碍にすることもないと思って引き受けてあげた。

 ベールのデザインはショートベールがいい、と要望した。


 亞城くんは、まさか自分とのツーショットのためにその服が製作されていることなど知らない様子で、というか知らせないようにして、率先していろいろと手伝っていた。

 真瀬くんとは、多分それで仲良くなったんだと思う。

 一度だけ、彼と二人だけで話したのを思い出した。

「はい、真瀬くん。」

「ぁ、え、ありがとう……えっと」

 ちょっと疲れてるみたいだった真瀬くんに、コーヒーを差し入れした。一般的な高校生男子の嗜好がわからなかったから、いつも亞城くんにするのとおんなじでブラックコーヒーにしていた。

 まだ怯えるような目をしている真瀬くんのことは心外だったが、まぁ悪いのは私なので勘弁してあげた。

「亞城くんから。渡しといてって。大変そうだね」

 なんとなく嘘をついて、本心から労いをかけた。女の子のノリに一人だけ放り込まれるのは、多分疲れるんだと思う。亞城くんを見てると、そう思う。

「僕は、全然。鉛筆走らせてるだけだから。ミシンで形にする方が、もっと大変だよ。」

「そっか。」

 お粗末な配線で繋がれたコードを目で追ってみる。終着地点、あるいは始発地点にはミシンがあって、それを繰る子の目は、どこか輝いている。

「申し訳ないな。私のための服なんて。」

「みんな、一緒になにか作りたいだけなんだよ。それで、どうせなら、その魅力を一番引き出してくれそうな人に着てほしい。僕も、そう思ってデザインしてる。」

「真瀬くんも、本当にそう思うの?」

「うん。贄代さんなら、きっと、素敵なものになる。絶対。」

 真瀬くんが思ったよりはっきり言い切ったのが、少しだけ意外だった。

「悪いなぁ。そんなに言ってもらってるのに、私があんまり乗り気じゃないの。」


⭐︎


 真瀬くんのところにコーヒーを届けた私は、脆渡さんの隣に座った。いつもなら笑って挨拶してくれるのに、「ん」とだけ言って黙ったので、なんだか気になった。

 「ん」と言って腕に擦り寄ってみても大した反応がなかったので、ごろんと彼女の膝に寝転がった。

「ん」

「んー」

「んん?」

 人間ではない会話をしていたら、やっと脆渡さんは私に専念してくれたみたいで、優しく頭を撫でてくれた。指先がすべすべで気持ちがいい。

「なんか元気ない。」

「んー?そんなことないよ。別に。」

「私のこと……?」

「うーん、当たらずとも遠からずって感じ」

「ふーん。そっか」

 そこからは、彼女の膝の上でごろごろしながらスマホをいじっていた。ふと、鼻先が脆渡さんの匂いに触れた。

「いい匂いする。」

「でしょ。」

「んふ……好きかも。」

 私は、どんな顔で微笑んだだろうか。

 脆渡さんは、思い詰めた顔を和らげて、私の頬をうりうりと揉みしだいた。

「あーもう。ほんっと、贄代由詠だ、お前はぁ」


⭐︎


 ファミリーレストランでの衝撃的な話。次の日私は、亞城くんの家に押しかけた。

 わざとなにも連絡しないで行ったら、お義母様と出会して、私をジロジロと見た後に、ちょっとだけ頭を撫でられた。

 結局一言も話さずに玄関に招かれて、お義母様はそのまま出かけてしまった。めちゃめちゃイケメンだなぁ、と私は少しの間惚けていた。


 亞城くんは、びっくりするほど平常運転で、自分の部屋まで案内してくれた。あー、もう。そういうとこ。私なんかより、真瀬くんみたいな友達と馬鹿やる方が楽しいんでしょ。

 ぶすっとした私の膨れっ面を見て、亞城くんが微笑む。ずっと煮詰めて、思い詰めて。私のこれって、一体どれくらい意味があるんだろうか。

 亞城くんがそうやって微笑むたびに、気付かされる。

 私が我慢して、こうやって不機嫌になっていれば、変な独占欲で亞城くんを傷つけることはない。

 私が亞城くんのスマホのパスワードを解く必要もないし、亞城くんの思想統制をする必要も、貴方の身体に鈍い傷痕をつける必要もない。

 ずっと前にも、そんなことを考えていた気がする。

 私が駄々を捏ねて起こした水飛沫が、貴方の心にさざなみを浮かび上がらせる。私にはどうしても、それが許せなかった。

 でも、私は結局、亞城くんの水面をぐちゃぐちゃにかき乱したし、ずっとそこに浸っている。決別したはずの思い詰めた贄代由詠は、もう既に私の一部。

 アンピュテーションは、上手くやらないと予後が悪い。

 だから、私は切断しない。今日もまた、ここで、思い詰める。

「贄代さん……?」

 本当は、なぁに?って甘い声で反応したい。貴方に名前を呼ばれることが、こんなに嬉しいんだよってわかってほしい。

 でも、私はむすっとしたまま、亞城くんのベッドに飛び込んで、そのまま呼吸をするだけの葦になった。

 亞城くんの水面の横で、ただそよぐだけの植物。

「ゅ、由詠さー……ん」

「!?っ……ん、んぐぅ……」

 名前っ!?名前、呼ばれた!?名前……!?なんて返すんだっけ、どうしたらいいんだっけ、今ってキスしていいタイミングだったっけ!?!?

 一瞬で吹き飛んだ不機嫌が、まるまる高揚に転化する。

 あんなの、ただのご機嫌取りだってわかってる。お手軽に私の機嫌を良くして、しめしめって贄代由詠取り扱い説明書にメモされるスキームだ。

 なのに、なのに……!

「ゆ、え……?」

 チラリと、片目だけで君の表情を窺った。

 不安そうに、切なそうに、弱々しく私のことを呼んだ声。おっかなびっくり私に触れようとした、その優しい掌。

「ん……なに?」

 ゆるんだ表情を亞城くんのベッドに埋めて、自分でも胸焼けするくらい甘い声で、私は応えた。

「なんか、……怒ってるかなって。」

「ぉ、怒ってるよ……」

 嘘。もう割とどうでもいい。でも、まだ何か甘いことをしてくれそうだから黙ってる。

 亞城くんは、シーツを握りしめた私の指先をちょっとだけ弄んで、すぐにやめた。

 ちょっとだけ、怒りがぶり返す。

 なんで、すぐやめちゃうの……!

「亞城くんは、さ……!」

 体を起こして亞城くんの顔を見る。

 それで、また思い出してしまう。

 私は、目の前にあった贄代由詠の滑らかな首筋にナイフを突き立てて、その軌跡の先で地面に打ち捨てた。

 私が悪いのは、わかってるんだよ?亞城くん。でも、まだあの感情は私の中にいるから。何回殺しても、湧いて出てくるから、だから。

 その度にまた、私にナイフを頂戴。

 そしたら多分、君を傷つける覚悟が、できるはずだから。だから、私たち二人で、傷つけあって、生きていこう?


⭐︎


 放課後、真瀬くんと二人で、デザインを描いていた。

 贄代さんが着るなら、どんなのが似合うか、なんて、俺は恥ずかしげもなく真瀬くんに話していた。

「贄代さん。いい人だよね。」

 真瀬くんは、突然にそんなことを言った。苦いのは苦手なはずなのに、ブラックコーヒーを飲んでいた。

「わざわざ差し入れ、くれたんだ。いきなりでびっくりしてたら、亞城くんから、ってわざわざ嘘までついてさ。

 嬉しかった。贄代さんも、斎藤さんも、脆渡さんも、亞城くんも。僕の、ほんとうに大事な友達だよ。」

 真瀬くんは、真面目な顔で、少しだけ表情を綻ばせながらそう言った。

「この衣装、もし完成したら。多分、一番魅力を引き出せるのは贄代さんだと思う。変な意味じゃなく、贄代さんのスタイルは、こういう服に向いてる。ほんと、軌跡的なくらい。

 僕は、できればこれを完成させたい。それで、贄代さんに着てほしい。でも、それは僕の、僕らのエゴなんだ。」

 真瀬くんは、少しだけ目を細めた。小さな葛藤が、その反射を生んだ。

「それで贄代さんが傷つくなら、僕は……これを、完成させない方がいいと思う。」

 真瀬くんは、握っていた鉛筆の芯を、デザイン画の中心に突き立てようとした。ゆっくりと浮いた筆の先が、些細な加速度を得る。でも、その速度は、一ミリにも満たない薄紙を突き破るのには充分すぎる。

 咄嗟に、彼の手を掴んだ。

「真瀬く……真瀬……俺も、真瀬と友達になれて、よかった。そんなに、俺たちを……贄代さんのことを考えてくれて、嬉しい。」

 でも、と息を継いだ。

「勿体無いよ。自分を、煮詰めるなんて。」

「で、でも……」

「俺、真瀬が何が好きなのか、全然知らなかったんだ。まぁ、馴れ初めがあれだから、仕方ないかもだけどさ。

 でも、真瀬も、絵描くんだ、とか、デフォルメめっちゃ上手いな、とか。そういうの、一緒に話せるようになって嬉しかったんだ。真瀬のエゴを知れて、嬉しかったんだよ。」

 なんだか、いつかもこんな話をしたことがあった気がする。この教室で、相手は、誰だったっけ。

「真瀬は、誰かを傷つける。でも、傷つけないようにしたら、もう、真瀬じゃなくなる。」

 君だって、傷つけられたことがあったはずだ。

 でも、人間はそういう生き物だから。

 俺は、所詮十余年の達観を、偉そうに説いた。それは、俺にたくさんの考える時間と、事由を与えてくれた恩恵ばかりの人生のお陰だ。

「俺は、”真瀬”と友達になりたいよ。」

 誰でもない人間なんて。

 あの日、瞳を伏せた贄代さんを思い出した。

 なんにも、面白くない。

「それに、贄代さんに乗り気じゃない、みたいなこと言われただけでしょ?」

「な、なんで、わかったの」

「贄代さんのこと、一番知ってるから。

 あれは本当に嫌がってる顔じゃない。だから、全然いいんだよ。むしろ乗り気な風に俺は見えるな。」

 真瀬は、言った俺の目をじっと見た後で、指先に力を込めた。

「もし、贄代さんが本当に嫌がったら、どうする……?」

 真瀬は、本当に真摯な人間なんだなって思う。

 でも、その答えはもう示してある。

「俺が、贄代さんを傷つける奴は許さないってエゴを発揮する。」

「ふふっ、そっか。じゃあそのときは、僕たちのエゴ同士、戦わないと。」

「だね。二人で、傷つけあって、血を流して、一緒に友達をやろうよ、真瀬。」

 小さく、頷いた表情。

 真瀬は、何かに気づいたように、その視線を彷徨わせた。ここではないどこかを見るように、その視線はやがて、自分の首筋に触れる手に終着した。

「どうした?真瀬」

「ぁ、……ううん。なんでもない。

 夢の話。僕のエゴを殺そうとするやつがいたら、ちゃんと、戦わないとなって。ナイフとか、使ってさ」

 真瀬の目の奥に、真瀬が見える。その首筋は、真っ赤に濡れていた。


⭐︎


 亞城くんに爪を引っ掛けて、思いっきり爪跡を残す。じんわりと滲んでいく血を幻覚する。それでも、貴方は私を抱き止める手を緩めなかった。

 私は、亞城くんへの嫉妬とかメンヘラとか愛情とか劣情とかを全部全部吐き出して、亞城くんは私にことの真相を語った。

 呆気なかったけれど、私は結局、大暴れして亞城くんを傷つけた挙句、その原因は自分の感情発露障害のせいだと答を得る。

 カットもVFXもどんでん返しもない、ワンカット十余年のクソ駄作映画。Filmarksでボロクソに書かれるような、私の一人芝居の喜劇映画。

 私は、亞城くんにダルいことをしたいというエゴを殺す贄代由詠に、またしても手を引かれていたということになる。

 つんのめった身体が崩したバランスが、私の精神衛生に雪崩を起こし、その果てに、この現実がある。


 その日、夢を見た。




 誰かに、殺される夢。

 誰かを、殺す夢。


 いや、それは私だった。


 贄代由詠を、殺す夢。

 贄代由詠に、殺される夢。



 私にに突き立てられたナイフが、首に集中した血液の配管を傷つけて、命というエゴの燃料を絶つ。


 私が突き立てたナイフが、動脈をぐにぐにと突き進んでいって、ささくれだった傷口から醜悪で腐り果てた、ぐちゃぐちゃのエゴが飛び出していく。


 贄代由詠(あなた)は、贄代由詠(わたし)から生まれてきた。

 贄代由詠(あなた)が育てた、贄代由詠(あなた)を殺し続ける贄代由詠(わたし)から、贄代由詠(あなた)を守るために、贄代由詠(あなた)が産まれた。

 それは、攻撃的な細胞に白血球が現れるように、バットマンがいる場所に、ジョーカーが現れるように、天敵を作り出す法則に則っている。

 ねえ。贄代由詠(あなた)は、贄代由詠(わたし)が産んだんだよ?


 だから、贄代由詠(わたし)をちゃんと殺せるようになってくれて、とても安心している。新しい贄代由詠(あなた)の誕生に、贄代由詠(わたし)が贈る。


 血が噴き出す。その色が、真っ黒に変わっていく。

 その瞬間、贄代由詠は目を開き、ほっとしたような顔で笑う。死して骸となるその直前に、呑み込まれそうなほど真っ黒な口腔から、言葉が飛び出してくる。

 どうして、そんなにも、愛しむように贄代由詠(わたし)を見るの?


「誕生日おめでとう、贄代(にえしろ)由詠(ゆえ)

 

誕生日おめでとう。贄代由詠。

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